いまアジアでは-看護職がみたアジア
近藤麻里(兵庫県立看護大・国際地域看護)E-mail:mari-k@dg7.so-net.ne.jp
(前回,2524号)
【第38回】焼け焦げた家に戻ってきた家族
美しい景色の裏側で

日本とは異なり,レンガで作られたヨーロッパの家の壁は,焼け焦げた後も外壁がその姿を留めています。戦車や爆弾で破壊され,原形を留めていないものもありますが,ほとんどの家は,木で支えられた天井と2階の床がすっぽりと抜け落ち,蓋のない箱のような形になってしまうのです。しかしながら,遠目にはそれらの家々が整然と並んで見えますから,よほど近づかないとその悲惨さは伝わって来なかったのです。
幹線道路を走りながら,車の窓から眺めると,それらの家並みが続いて見えます。そして,おそらくは地雷が埋められた広い平原や田畑には,高い丈の雑草に混じって,ヒマワリやコスモスの花々が自由に咲き乱れていました。しかし,その美しい景色の裏側で,人々の当たり前の生活や,尊い命が奪われていたわけです。
自分ならば何を望むのか
緊急救援活動では,まず水と食料,次に安全な居場所,そして医療の保障などを人道的援助の基本として思い浮かべることができます。これらは,直接的に健康問題に関わることであり,最低限必要だろうと予測されるものです。では,もしも私が苦しんでいる側の人間だとしたら,私は何を望むでしょうか。きっと,同じように生きていけるだけの水と食料,そして安心して眠れる場所を選ぶことでしょう。しかし,その次がどうしても続かないのです。もちろん,健康を害している場合には,医療を受けたいと思うでしょう。
けれども,外傷もなく身体が動かせるのであれば,次に心揺さぶられるほど欲するものは一体何であるのか。私はそれを知りたいと思っていました。
例えば,こんなことを想像してみました。
昨日まで通勤していた会社へ行って仕事の続きをする。離ればなれになった家族を探す。破壊された家を修復する。困っている人の世話をする。ぼろの衣服を着替えて風呂に入る。温かいご飯と味噌汁を食べたい,などと思うのか。それとも,呆然とし,悲嘆にくれる毎日が長く続くのでしょうか。
もちろん,このような体験をしていない私には,これらのことは想像の域を越えることではありません。想像することの大切さはわかっても,その人の気持ちはどうすれば理解できるようになるのでしょうか。
大切なイヤリングへの想い
ある日のできごとを思い出します。通訳の方と私が修理をしている家を訪問した時のことでした。夫の隣で静かに話を聞いていた妻が,何かの記憶が蘇ったのでしょうか,突然,はらはらと涙を落とし始めたのです。
つい先ほどまで,笑顔で家の残骸の後片付けをしていた彼女が,赤ん坊を抱いて目を真っ赤にしているのです。そして,ゆっくりと話し始めました。
「あの日の朝4時頃,警察官(治安維持部隊)が家の中に突然押し入ってきた。この家から出ていくように言われ,荷物をまとめる時間もなく飛び出した。最後に荷物を持って出てきた従兄弟2人は,その場で撃たれた」
「みんな,身につけているネックレスや指輪,お金をすべてとられた」
そう言って彼女は,耳たぶに残るイヤリングの穴の痕跡と,引きちぎられた時にできた傷を私たちに見せたのです。
「イヤリングは夫から贈られたものだったのに……。それを,むしり取られた」
そして,彼女は長い時間,両手で子どもを抱えたままで,拭おうともせずに大粒の涙を零したのでした。
こんなに涙が切ないなんて,思ってもみなかった。もしかすると,人は憎しみにではなく,怒りにではなく,大切な「想い」が傷つけられた時に涙するものなのかと思ったのです。彼女は,イヤリングにではなく,イヤリングへの「想い」に涙しているのかもしれません。焼け焦げた家の中から必死になってアルバムを探す人々も,写真を探しているのではなく,その中にある想いを探しているのかもしれません。
家や物を失ったら,また買えばいい,作ればいい。でも,傷つけられた「想い」はどうしても買い替えることはできない。この女性の涙は,その後も深く心に残り,私がそれまでの物質的な援助のやり方を反省していくことに繋がったのです。
そして,もしも私が,このような地にまた行くことがあるならば,その時は,診療所内には鏡を飾り,その前にクシと口紅を用意しようと思っているのです。
(この項つづく)