医学界新聞

 

〔連載〕How to make

クリニカル・エビデンス

-その仮説をいかに証明するか?-

浦島充佳(東京慈恵会医科大学 臨床研究開発室)


前回2514号

〔第38回〕フレミンガム・ハート・スタディ(1)

フレミンガムでの試み

 フレミンガムはマサチューセッツ州,ボストンから車で40分程度の郊外にある町で,いくつかの大きな会社がありました。今もショッピング・モールがあり,週末には多くの人が訪れます。戦後,フレミンガムは,人口2万8000人の町で,1つの中央病院とこれに近接して研究施設がありました。そして,1948年より「冠動脈疾患の予後因子を明らかにする」ことを目的として,フレミンガム・ハート・スタディが始まったのです。
 戦後,疫学研究のデザインは格段に進歩します。皮肉なことに疫学調査に応用される前に,戦争によって「効率的に」とか,「ランダムに」といった概念が進歩したのでしょう。具体的には,30-62歳の間のおよそ5000人を20年間という長期に渡り追跡調査する,いわゆる大規模プロスペクティブ・コホート・スタディが組まれたのでした。地域の人たちがランダムに選ばれたのですが,アメリカの産業が成長し前向きな時代だったためか,フレミンガム住人はほとんど断ることもなく積極的に参加してくれたそうです。冠動脈疾患が発生したか,またリスク・ファクターが変化していないかどうか,2年ごとに参加者をチェックしました。
 20年とは気が遠くなる話ですが,なぜそんなことをするのでしょう? でも考えてみてください。ある冠動脈疾患を起こした患者さんを20年前から2年ごとに診察したカルテがいくつありますか? しかも糖尿病も高血圧もない人があなたのもとを2年ごとに受診してくれますか?
 医療機関を定期的に受診する人は,同じ病気でも合併症が多いかもしれません。よって,病気の人を健康な人と比較するケース・コントロール・スタディだけでは,時として結果を過大評価してしまうことになるのです。ランダム化臨床試験も,観察が長期に及ぶものでは,よくデザインされた前向きコホートより劣ることもあります。一方,前向きコホート研究で大勢を長期に渡って追跡するのも大変です。しかも,稀な疾患であれば事実上前向きコホート研究では不可能です。
 しかし,フレミンガムのグループはこれらの困難を乗り越え,冠動脈疾患の危険因子の多くを明らかにしたのでした。

最初の検診

 45歳以上の1406人に限って冠動脈疾患を患っている人がどれくらいいるか調べてみました。ある時点でどれくらいの人が病気であるかを有病率(prevalence)と呼びます(表1)。
 女性では年齢があがるにつれて徐々に冠動脈疾患のprevalenceが上がっています。
 一方,男性では50代になるといきなり上がっています。しかし総じて男性のほうが冠動脈のprevalenceが高そうです。女性では女性ホルモンが動脈硬化を抑制する働きがあるために閉経前,冠動脈疾患にかかりにくい生物学的特徴があるからと説明されています。

表1 冠動脈疾患の有病率
性別年齢検診人数冠動脈疾患数Prevalence
女性45-49
50-54
55-59
60-62
234  
234  
214  
55  
3   
5   
7   
2   
0.01
0.02
0.03
0.04
男性45-49
50-54
55-59
60-62
212  
211  
184  
62  
3   
10   
8   
5   
0.01
0.05
0.04
0.08

20年後の冠動脈疾患

 コホート研究において疾患発生を数える時,分母になる数は疾患を発生し得る人々でなければなりません。これは非常に重要な点です。例えば,進行胃癌の発生を調べるのに早期胃癌で胃を切除した人を分母に含めてはいけません。子宮筋腫で子宮摘出した女性を子宮癌の調査対象とはしないのです。しかし,この点で曖昧な研究が意外に多く見受けられます。表2は冠動脈疾患の発生リスクにあった人々を20年間追跡し,何人が新たに冠動脈疾患を発生したかについて,男女別に示したものです。
 合計が1406人になっていませんが,どうしてですか? 最初の検診で冠動脈疾患を合併していた人を除外してあるからです。発症率(Cumulative incidence: CI)は男性で164/643=0.26,女性で104/720=0.14です。
 女性に対する男性のリスク比[cumulative incidence ratio(risk ratio)=RR]はいくつですか? 0.26/0.14=1.77です。つまり男性のほうが女性より1.77倍冠動脈疾患に罹患しやすいことになります。リスク差(risk difference=RD)は,0.12です。
 オッズは冠動脈疾患を発生しなかった比率(1-p)に対する冠動脈疾患を発生した(=p)比率〔p/(1-p)〕です。RRとは違います。男性では164/479=0.34,女性では104/616=0.17です。よって男女のオッズ比(OR)は0.34/0.17=2.13です。ですからRRとORでは,分母が異なるため異なった値となります。しかし,分母が分子に比べて非常に大きくなると(稀な病気であると),両者は近似します。

表2 20年後の冠動脈疾患発生数
性別冠動脈疾患(+)冠動脈疾患(-)合計
男性164   479   643 
女性104   616   720 
合計268   1095   1363