医学界新聞

第62回日本循環器学会総会開催


 近年,食生活の欧米化に伴う動脈硬化症の増加や超高齢化社会への移行などを背景として,循環器疾患が重要視されている。そのような中,第62回日本循環器学会総会・学術集会がさる3月26-28日,矢崎義雄会長(東大教授)のもとで,東京国際フォーラムにおいて開催された。インターネットを駆使し,ペーパーレスをめざして運営された学術集会では,会長講演「循環器病学の展望―臨床を背景とした分子生物学的アプローチ」,美甘記念講演「Future Horizons and Challenges in Cardiovascular Molecular and Genetic Therapeutics」(ハーバード大 Victor Dzau氏),真下記念講演「心臓とサイトカイン:ノックアウトマウスからのレッスン」(阪大総長 岸本忠三氏)の他,シンポジウムとパネルディスカッションが4題,外国人招請講演3題,国際セッション10題が企画され,1万名におよぶ参加者を得た(関連記事)。


「循環器病学の展望 臨床を背景とした分子生物学的アプローチ」

“発生・分化”研究の 中心課題としての心血管系

 会長講演で矢崎氏は,「循環器病学を真にインパクトの大きな領域にするためには,生命科学としての位置づけと国民保健医療政策面からの重要性を明確に提示する必要がある」と指摘。前者に関して,「21世紀を展望した生命科学研究の基本課題は(1)発生・分化,(2)癌,(3)脳の領域に絞られることが予測され,老化はこれらの領域の基盤をなすものである」と述べて,循環器としての心血管系の研究をレビューした。
 心血管系は個体発生の最早期に特異的な遺伝子の発現によって分化するとともに,外界の刺激に迅速に反応して生命を維持するというきわめて高度に分化した器官を形成する。そのため,「心血管系の分化誘導の分子機構を解明することは,個体発生の基本概念を理解するためには必須の課題であり,細胞の分化誘導がangiogenesis(血管形成),myogenesis(筋形成)という新しい治療法の開発になるものと期待され,発生・分化という研究課題の中心的な位置に心血管系の研究がある」と強調した。

心血管系への分子生物学的アプローチ

 1970年代から始まった分子細胞生物学の潮流は,それまでの研究の方向性を大きく変化させたが,矢崎氏は心血管系への分子生物学的アプローチの新技術導入による研究の飛躍の時代を,(1)カラム,電気泳動法の活用(1965―1975),(2)細胞融合法によるモノクローナル抗体の作成(1975―1985),(3)遺伝子のクローニング(1985―1995),(4)組み替え法を用いた遺伝子操作(1992―)に分けて概説。また,(1)心血管系の負荷に対する適応現象である肥大形成と形質変換,(2)機械物理的負荷に対する特異な免疫応答,(3)心血管形の発生・分化,という循環器における重要な研究課題に関する自らの研究成果を重ね合わせて,心血管系への分子生物学的アプローチを詳述した。さらに,「肥大型心筋症」や「QT延長症候群」を例にあげて,進展が著しい遺伝子解析による病因遺伝子の同定に触れ,従来の方法論では不可能だった病態生理の分子レベルにおける解明への期待を述べるとともに,心血管系のエンドセリンの役割や昨今話題になった「老化抑制遺伝子(klotho)」の発見にも言及して,将来の循環器病学の展望を語った。

国民保健医療政策上の位置づけ

 一方,国民保健医療政策面に関しては,「循環器疾患の診療において,質的向上と効率化を目標として医療改革を行なうには,健康保険制度を包括医療制に移行するのか出来高払い制を保持するかにかかわらず,そのキー・ポイントは医療の標準化である」と指摘。そして,それを推進するためには,科学的に証明された専門家によるデータに基づいた専門の視点に立ち,しかも医療経済的にもコスト・ベネフィットを十分に考慮した診療のガイドラインの整備や,コホート研究の標準化が早急に求められることを強調してその講演を結んだ。