医学界新聞

第62回日本循環器学会総会から

心臓移植の現状と問題


 学会2日目のパネルディスカッション「心臓移植-現状と問題」(司会=京大 篠山重威氏,九大 野本亀久雄氏)では,臓器移植法施行から半年経つが,いまだ1例も行なわれず,患者が海外渡航して移植手術を受けている現状を踏まえ,種々の立場の関係者が一堂に会し,論議を深めた。
 まずはじめに重藤和弘氏(厚生省保健医療局臓器移植対策室)が,行政サイドの視点から臓器移植の現況を報告。臓器移植法適応には,患者自身が(1)脳死判定,(2)臓器提供の2点の意思表示が必要なことが医師にも患者にも理解されていないと指摘。また現行の法律では15歳以下からの臓器提供はなされず,小児は海外で移植を受けざるを得ない状況を述べ,「3年後の本法見直しに向けて論議すべき点」とした。

レシピエント適応評価の問題点

 次いで堀正二氏(阪大)は,1990年から阪大心臓移植適応検討会において,臨床現場に適応者がどのくらいいるのか,またその予後を検討すべく,患者105名を適応群(ランクA),適応の可能性のある例(ランクB),適応外(ランクC)の3群に分けて比較検討した。特に,B群と判定された中にある時点で増悪してきわめて予後不良となる例があり,そのような患者ではβ遮断薬の導入・増量が困難なことから,β遮断薬が予後の予測指標になる可能性を示唆した。
 また移植医の立場から小柳仁氏(東女医大)が,ネットワークに登録された患者を医学的緊急度で分けた場合,「Status 2(緊急度がさほど高くはない)で登録した患者の中にも,悪化してstatus 1(適応例)となる例が確実にあるが,レシピエント登録時期決定にはドナー出現までの待機時間は考慮されず,後手にまわる可能性がある」と指摘。また移植待機中の患者に対しては補助心臓(Novacor)やBatista手術(左室形成術)を考慮すべきとし,後者については1年生存率60-80%を切るようなグループへの適応を示した。

臨床現場における混乱

 さらに臓器提供・脳死判定を行なう救急医学サイドから島崎修次氏(杏林大)が,「日本救急医学会では『脳死は(医学的事象として)死である』との見解をまとめているが,現行の法律では臓器提供患者のみが脳死判定され死とみなされても,提供しない脳死患者は判定されず,死とみなされない」と述べ,社会的意味合いの強い臓器移植法との見解にずれがあり,現場の医師に混乱を与えていることを訴えた。さらに法施行以後,アンケートで臨床脳死患者と判定した数を調査した結果,一般病院ではゼロに近く,ドナー出現は救急救急センター以外では困難であることを指摘した。
 また年間100例近くの心臓移植を行なっている南和友氏(ドイツ・ボッフム大)が,ドイツにおける移植の現状を報告。昨年移植法が成立したドイツにおいてもドナー不足が叫ばれ,患者の待機時間増加に伴い死亡率も上昇し,人工心臓装着率も増加している点を明らかにした。
 最後に非営利組織「心移植サポート」に所属し,自身も医師として心臓移植のため患者を海外に送った経験を持つ布田伸一氏(国立甲府病院)が,市民団体の一員として口演。移植コーディネーター養成やドナーカード普及に向けた啓発活動などを団体の活動を報告し,さらに拡張型心筋症の患者をビデオで紹介し,次いで口演の途中で 5年前にアメリカで心臓移植を受けた患者が登壇し,移植の効果と重要性を訴えた。
 このほか,和泉徹氏(北里大)が日本循環器学会に設置された心臓移植委員会の活動と現状を,さらに門間和夫氏(東女医大)が現法律では移植適応とされていない15歳以下の小児の問題点を概説し,現在6歳以下の脳死判定基準の設置を検討する動きがあることを明らかにした。