医学界新聞

 ミシガン発最新看護便「いまアメリカで」

 ナースプラクティショナーの活躍
[第2回]

 余 善愛 (Associate Professor, Univ. of Michigan School of Nursing)


 今回は,アメリカで近年飛躍的にその地歩を固めつつあるナースプラクティショナーの役割を通して,アメリカのダイナミックな看護・医療の一面を紹介してみたいと思います。

ナースプラクティショナーとは

 Advanced Registered Nurse Practitiners(ARNP)は,Registered Nurse(RN)でさらに上級の教育と訓練を受けた人々で,たいていは4年の大学教育を受けRNになり,さらに修士課程の約2年を終えてARNPの認定試験を通った人たちです。
 2年間の修士レベルでの教育は,主としてプライマリケアに関するもので,健康増進,疾病予防,そして急性・慢性疾患の管理までを含めた幅広いものです。具体的な専門分野としては,婦人の健康,小児の健康,家族ケア,老人の健康および成人の健康等ですが,助産婦を除くとほとんどといってよいほど,外来診療や地域保健事業が主な仕事になってきます。実際の仕事の内容は,既往歴を取ることから始まり,健診の実施(physical examination),必要に応じて検査の実施,または検体をラボに送ること,そして薬の処方と患者教育とにまとめられましょう。
 このようなARNPの出現は,1960年代頃からですが,近年の社会的必要性の増加と養成機関の成熟とがあいまって,最近の飛躍的な成長につながったのだと思われます。一方では,これらの動きに対して反対派の声(主とて医師たちの声)も高くなってきています。
 社会的な必要性としては,抑えのきかない医療費の上昇や専門化されすぎた医師の教育に対し,近年その必要性が強く叫ばれているプライマリケアの総括的な人間のとらえ方と合わないということなどがあげられるでしょうが,それにも増してARNPの養成者側の長年の努力が実ってきたことも見逃せない事実でしょう。

医師との攻防

 最近のニューヨークタイムス(1997年11月2日付)の記事によりますと,医療過疎地では独自で開業を許可され,診療報酬も医師と同価に支払われているARNPたちも,医師があふれている都市では医師または,医師のグループの指揮下でのみ働けるという規制がついているということです。これは,managed health careの容赦ない侵略から,自分たちのなわ張りと収入を守ろうとする医師たちの熾烈な攻防戦の一面を見せていることでもあると,新聞は語っています。
 ところがこのような政治的な攻防戦では,常に最先端を走ってきたかのHMO(健康維持機構)がナースプラクティショナーに医師と同額の報酬を支払い始めました。ただし,協定医の必要性は変わっていません。
 これに対して,ニューヨーク州医師会は強く反対の意見表明をしており,医師会側は,「このようなHMOの処置は,人々があやまって,看護婦と医師は同等の教育と訓練を受けていると思いこむことにつながる」と主張しています。
 医師側の反対はこれだけにとどまらず,各州でARNPがプライマリケアの範囲において処方箋を独自で出す特権を獲得しようとしているのを,やっきになって阻止しています。それでもつい2週間ほど前に,ミシガン州でもついに看護者側の長年の努力が実り,法律改正にこぎつけました。ARNPが限られた範囲で処方箋を独自で出すことが可能になったのです。
 この法律改正要求は,州議会で何度も棄却され,そのたびに医師側は,「処方箋を書けるだけの知識と判断力があるのは医師だけである」と主張してきました。これに対して看護者側は,「プライマリケアの範囲においては実際われわれのほうがARNPの学生のために,大学院で薬理学の時間を医学部生より多くとっており,訓練期間も長いので,医師と同等,またはそれ以上に知識と判断力がある」と反論してきました。

アメリカ医療のシステムの中では

 このように述べてきますと,アメリカでは医師と看護者が常に対立している印象を与えるかもしれませんが,現実は,多くの医師たちが,今やARNPなしには機能できなくなっているのもまた事実なのです。現在保険システムの大半を占めているHMOのシステムでは,加入者(クライエント,患者)は自分が決めたARNPまたは医師のところに行かなければなりません。ARNPは協定医に一定の契約金を払わなければならないし,異常がある場合は,その医師に患者を回します。医師のほうは,加入者1人あたりに年間いくらという形で,HMOから報酬が支払われているわけですから,加入者が多いほど収入が多くなるのです。加入者の数を増やす一番効率のよい方法は,ARNPを雇い入れることです。
 資本主義が徹底しているアメリカでは,医療もまたその例外ではありません。非常に高度な専門教育を受け,それゆえに高収入を保障しなければならない医師が,1日の診療時間の大半を,腹痛や鼻風邪の治療に費やすというのはどう考えても間尺に合わなくなってきているのです。それよりも,高校卒業後約6年をかけて,主として健康増進と疾病予防の教育や訓練を受けているARNPのほうが,より的確に,個人の家庭や仕事場でのストレスまでも考慮した全人的なケアが比較的安価で与えられるということが,徐々に人々に認められてきたのだろうと思います。

(以降,偶数月に連載)

余 善愛氏プロフィール
1976年 聖路加看護大学卒業
1979年 東京大学医学部保健学科母子保健学において修士号取得
1982年 同博士号取得
1982年 渡米
1984年~86年  イリノイ州シャンペーンカウンティのプラントペアレントフッドでナースプラクティショナーとして働く
1986年 イリノイ大学看護学部成人看護学科にて修士号を取得
1986年~ ミシガン大学看護学部勤務
 生まれは京都。現在はアソシエイトプロフェッサーとして,教育,研究および臨床活動に携わる。