医学界新聞

シンポジウム「医学教育におけるリベラルアーツ」


 1991年の大学設置基準の一部改正によって一般教育課程が廃止され,従来の医学部1,2年次学生に課せられていた人文・社会・自然科学系のいわゆるリベラルアーツ(一般教養)のカリキュラムが取り払われたが,今回の医学教育学会ではシンポジウム「医学教育におけるリベラルアーツ」(司会=金沢医大副学長 角家暁氏)でこの問題があらためて取り上げられた。

リベラルアーツを身につけるには

 リベラルアーツとは,本来ギリシャ・ローマ時代からルネッサンス期にかけて一般教養の基本となった「3学4科」(文法・修辞学・論理学の3学と,算術・幾何・天文学・音楽の4科)のことであるが,橋本信也氏(慈恵医大)はその歴史的起源と変遷を詳説した後に,「大学設置基準の一部改正に伴ってカリキュラム編成の自由度が高くなった反面,医学部の専門教育が過密スケジュールになったために,カリキュラムが前倒しになる傾向があり,憂慮すべき新たな一面が見られるようになった」と現状の問題点を指摘。さらに橋本氏は,「医師は人の生命に携わる職業であることは言うまでもなく,医療には社会学的な配慮や人文学的な知識が必須であり,一般教育課程で習得すべき人間学(medical humanities)がなおざりにされてはならない」と強調した。また,「特に最近の医学・医療技術の進歩による疾病構造の変化,高齢化社会の到来,国民医療へのニーズの変化などさまざまな問題が発生しているが,こうした傾向に対応するために,各医科大学でも近年,入学時からカリキュラムを改善して,人間学教科の取り組みに積極的な姿勢を示している」と分析し,入学試験における面接・小論文の重視,福祉施設における体験学習,一般教育科目の再編成,臨床実習の態度評価,また教員の意識改革としての「Teacher Trainingのためのワークショップ」などの試みを紹介した。
 一方,日野原重明氏(聖路加看護大学)は,“人間は病む生きものである”という哲学者ニーチェの言葉を引きながら,「いかなる医学の進歩をもってしても死をまぬがれることはできない。そのような人間の身体と心をケアする医師となるための学習の期間に,病む人間を理解し,同時にいのちの尊厳を理解する感性と知性を持つ訓練が必要である」と,医師におけるリベラルアーツの意味とその必要性を提起した。
 そして,氏が敬愛するW.オスラー博士がかつて,「医学生のためのベッドサイドライブラリー」として,旧・新約聖書を含めた10冊の哲学書を医学生に勧めた故事に倣い,「平静の心」(W.オスラー),「自省録」(アウレリウス),「医戒」(フーフェランド),「夜と霧」(V.フランクル),「隠れた神」(M.ブーバー),「老年期」(E.エリクソン),「星の王子様」(サンテグジュベリ),「人生の秋に」(H.ホイヴェルス),「臨床医学の誕生」(M.フーコー),「死とともに生きる」(C.ソンダース),「リルケ詩集」,「愛するということ」(E.フロム),「海からの贈り物」(A.リンドバーグ),「思い出す事など」(夏目漱石),「医の道を求めて-W.オスラー博士の生涯に学ぶ」(自著)などの20書を提示した。

文部行政の立場からの発言

 続いて,今年7月に文部省高等教育局医学教育課長に就任した木谷雅人氏が文部行政の立場から特別発言した。
 周知のように,文部省は「21世紀医学・医療懇談会」(参照)を1995年11月に設置し,昨年6月にその第1次報告「21世紀の命と健康を守る医療人の育成を目指して」を発表。この中で,「医療関係者の育成に関しては抜本的な見直しが必要」という認識のもとに,「21世紀における新しい学校制度の創設」を提唱。大学の学部4年間で幅広い教養教育を修了した者が4年制のメディカルスクールに進学し,医療に関する専門的な学習を集中的に行なう制度を提案した。そして,この提案にはリベラルアーツ型の教育を実施している大学が少ないことや,育成年限が現在より2年間延びるという隘路はあるが,現行制度下でも当面対応できる方策として,(1)適性を持った者が医療人になれる人材選考システムの構築,(2)中・高等学校における進路指導の改善,(3)社会人を対象とした特別選抜,(4)編入学枠の拡大などを提言した(詳細は本紙第2199号参照)。
 木谷氏は,以上の第1次報告の推移と,今回発表された第3次報告の趣旨を解説するとともに,文部行政におけるリベラルアーツに対する概要をまとめた。