BRAIN and NERVE Vol.74 No.12
2022年 12月号

ISSN 1881-6096
定価 2,970円 (本体2,700円+税)

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昨年12月号『芸術家と神経学』に引き続き,クリスマス特集を企画しました。精神・神経疾患が描かれた映画を題材として,その疾患がどのように扱われていたのか歴史を紐解くとともに,病態の解明や治療法の進歩,社会状況の変化を踏まえ現代の視座から何が考えられるのかを解説しています。映画館に行くことも大変になった世の中で,自宅で映画鑑賞でもしながら,あらためてさまざまな精神・神経疾患への理解を深め,楽しい年の瀬のひと時をお過ごしください。

 嗜眠性脳炎—『レナードの朝』  神田 隆
1917〜1928年の間に全世界を席巻した嗜眠性脳炎は,脳炎後パーキンソニズムの代表的な原因疾患である。オリヴァー・サックス氏は,自身のマウント・カーメル病院での臨床経験を基にこの映画の原作であるAwakeningsを著し,映画はロビン・ウィリアムスとロバート・デ・ニーロを主役として1990年に公開された。レボドパ黎明期の脳炎後パーキンソニズム患者への効果,副作用,そして同治療の結末が時間を追って描かれており,長期にわたって治療法がなかった患者が「帰ってきた」ことの喜びの共有こそが,私たち脳神経内科医の原動力であることを思い起こさせる。そして何より,ロバート・デ・ニーロの迫真的な演技がこの映画の白眉である。

 『アリスのままで』にみる遺伝子診断の重さ  安東 由喜雄
映画『アリスのままで』に登場するアリスは,若年性アルツハイマー病を患っている。本症の多くは孤発例で,通常65歳以降に発症するが,遺伝性の場合,多くはプレセニリン1,2やアミロイドβ蛋白質などの遺伝子異常で起こり,アリスのように発症年齢は50代が多い。彼女はプレセニリン遺伝子変異を持つことがわかるが,本映画では,3人の子供たちの遺伝子診断に対するアリスの葛藤も描かれている。

映画にみる認知症  三村 將
映画は人の生きざまを描き出すための映像芸術の一手法である。人生は記憶に裏打ちされており,記憶喪失をはじめ,記憶障害をテーマとした映画は古今東西,枚挙にいとまがない。その中で認知症を扱った映画も多い。本稿では若年性レビー小体型認知症の人とその家族を描いた『妻の病 レビー小体型認知症』と,若年性アルツハイマー病の人とその家族を描いた『アリスのままで』という2作品を取り上げ,精神医学的観点から考察を試みた。前者の作品では幻覚妄想状態と視覚認知障害,また認知症の介護に焦点を当てた。後者の作品では認知症の語健忘,自己鏡像認知障害,自殺,そして告知の問題について私見を述べた。

抗NMDA受容体脳炎—『エクソシスト』,『8年越しの花嫁 奇跡の実話』,『彼女が目覚めるその日まで』 
亀井 聡

抗NMDA(N-methyl-D-aspartate)受容体脳炎は,若年成人女性に好発する自己免疫性脳炎であり,亜急性に精神症状で始まり,痙攣・不随意運動・意識障害・呼吸抑制を呈する。この経過から昔は悪魔による仕業と考えられ,悪魔祓いされたこともあった。映画『エクソシスト』の原作モデルの患者は,本症であったとの指摘がなされている。また本症は免疫治療で軽快するが,回復まで年余を要する場合もあり,その体験談が映画化され,本邦では『8年越しの花嫁 奇跡の実話』,米国では『彼女が目覚めるその日まで』が製作されている。このように本症は一般の方にも知られるようになっている。

...First Do No Harm—薬剤抵抗性てんかん  甲田 一馬 , 松本 理器
てんかんは大脳の神経細胞が過剰に興奮する疾患であるが,歴史上では悪魔や精霊によるものと考えられていた。治療には抗てんかん薬が用いられるが,抵抗性の場合は手術療法が検討される。本作中の1990年代以降から,脳機能マッピングや,術中モニタリングの進歩により,外科手術の安全性は向上した。手術の適応がない場合は,ケトン食療法が施行される。本作はケトン食療法の周知に寄与し,2016年から本邦でも保険適用となっている。

副腎白質ジストロフィー—『ロレンツォのオイル/命の詩』  山脇 健盛
『ロレンツォのオイル/命の詩』は,1992年に公開された映画である。5歳のロレンツォに奇行が目立ち始め,徐々に運動機能,言語機能が障害されていった。両親は,医学知識がないにもかかわらず,独学でこの疾患の勉強を始め,ついに治療法を見つけていくという事実に基づいた過程を描いた感動作である。本作の配役は,ほとんど実名が出ており,1992年の公開後もいろいろな意味で話題を提供してきた。

慢性外傷性脳症—『コンカッション』  下畑 享良
実話に基づいて2015年に米国で製作された映画『コンカッション』を紹介する。この映画は慢性外傷性脳症(chronic traumatic encephalopathy:CTE)が米国においてどのように社会問題として取り上げられるようになったかを理解するのに有用なだけでなく,科学者が真実に向き合う姿勢について考えさせられる。CTE研究の歴史と現状についても合わせて提示する。

『ビューティフル・マインド』の異教的鑑賞ガイド  村松 太郎
統合失調症の当事者であり,かつノーベル賞受賞者であるジョン・ナッシュの半生を描いたアカデミー賞受賞作品『ビューティフル・マインド』は,感動的なラブストーリーであるとともに,統合失調症の優れた教科書にもなっている。ただしもちろん美化されている部分も含まれている。真実を知るためには,ナッシュについても統合失調症についても,光だけでなく影の部分を見なければならない。

映画『ジキル&ハイド』と解離性同一性障害—自己分裂の不安に立ち戻る  林 直樹
『ジキル博士とハイド氏』は,英国で1886年に刊行された小説であり,解離性同一性障害の代名詞として語られてきた。それは繰り返し映画化されてきたのだが,それはそこに描かれている自己分裂の不安が現代人に広く見られるものだからであろう。原小説のサイドストーリーを映画化した1996年の『ジキル&ハイド』は,住み込みのメイドとジキル,ハイドそれぞれとの交流が描かれており,そこに現代人の自己分裂を癒す治療的示唆を見出すことができる。

親友『レインマン』  酒井 邦嘉
映画『レインマン』の主人公は自閉症サヴァンであり,利己的な弟との絆が描かれる。印象的なのは彼らの道中であり,互いへの共感と思いやりが乏しかった兄弟が,時を共にして学び,関係を深めていく。本稿では,高機能の自閉症サヴァンに見られる視覚的および数学的な把握力について例を挙げる。神経科学から自閉スペクトラム症のメカニズムについて仮説をいくつか紹介し,それらの意義と研究の方向性についても議論する。

吃音—『英国王のスピーチ』にみる発話機能の理解  虫明 元
『英国王のスピーチ』は2010年の映画で,吃音に悩まされた英国王ジョージ6世と,その治療にあたったオーストラリア出身の平民である言語聴覚士ライオネル・ローグの友情を史実を基に描いた作品である。映画のシーンを振り返りながら,一見奇妙に思えるローグの治療法や行動の背景になる発話とその障害としての吃音に関して神経科学的に考察する。

『カッコーの巣の上で』にみる精神・神経疾患  髙尾 昌樹
映画『カッコーの巣の上で』のワンシーンとして出てくる電気痙攣療法とロボトミーに関してまとめた。電気痙攣療法は,紆余曲折を経ながらも有効な治療法としての地位を築いた。ロボトミーは施行されることはなくなった。医学者には,未来を見据えた,確かなる治療法の確立を目指す責務が課せられている。

ALSと映像作品  荻野 美恵子
ALSは進行性の身体障害をきたし,気管切開人工呼吸器を選択しなければ3〜5年で死亡する病気であるため,頻度の低い病気ながら多くの人に知られる。不自由な体ながら生きることを選ぶのか逝くのかを自ら選択することになり,どのような状態を「生きる」と考えるのかという課題を突き付けられる。このようなテーマを取り上げた映像作品を見ることで,この問いをさらに深く捉えることができる。

『震える舌』 破傷風—50年前の医療現場と家族の心情描写  吉沢 和朗
映画『震える舌』は50年前の医療現場を忠実に再現している。5歳の主役は破傷風の症状を正確に表現し,当時の医療環境,医療機器,医薬品を駆使した懸命の治療にもかかわらず,症状が悪化し,それに伴い両親の不安や恐怖が増していく過程が詳細に映像化される。現在との比較,破傷風の歴史,疫学,広域災害時の発生,日常生活の中での発症,医療裁判などに触れ,最終的には個人がワクチン接種で防御すべき疾患であると確認した。

ハンセン病—『砂の器』  松原 四郎
ハンセン病は主に末梢神経と皮膚に症状を表すらい菌による慢性感染症である。戦後有効な治療薬ができ日本では克服された。戦前は早期発見と隔離が唯一の有効な対策であったことから強制隔離などの施策がとられ,病気への強い恐怖感を国民に与える結果となった。その施策が戦後も長期に維持された原因の1つとして,疾患に対する正しい知識が社会に普及するのに年月を要したことが挙げられる。この間同病を扱った2本の映画を中心に述べる。

『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』—天才チェリストと多発性硬化症  王子 聡
映画『ほんとうのジャクリーヌ・デュ・プレ』は,天才チェリストであるジャクリーヌ・デュ・プレが,多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)を発症したことをきっかけに,一人の音楽家として,そして一人の人間としての自身の意義について思い悩む姿を描いた作品である。本稿では,ジャクリーヌのMSとしての臨床像,そしてジャクリーヌにとって最善であると考えられるMS治療について,当時のMS診療と最新のMS治療戦略を比較しながら考察する。

『潜水服は蝶の夢を見る』から患者の気持ちを考える  鈴木 健太郎
『潜水服は蝶の夢を見る』は脳梗塞により閉じ込め症候群(locked-in syndrome)を呈した元編集局長 ジャン=ドミニク・ボビー(Jean-Dominique Bauby:1952-1997)が,眼球運動による意思疎通で本を執筆するという実話を基に製作された映画である。日常診療で医療者側としては経験することのない,患者目線での感情がリアルに描かれており,年末や仕事の区切りで自らを振り返る際に,ぜひお勧めしたい作品です。本稿では,locked-in syndromeの臨床についても解説し,最後に映画について触れることとする。

脊髄小脳変性症—『1リットルの涙』  佐々木 秀直
この作品は脊髄小脳変性症と診断された少女の闘病日記を映画化したものである。13歳で起立・歩行のふらつきで発症し,高校に入学するが,2年生で養護学校に転校した。在宅療養を経て入院療養生活に至る。病の進行が人生の夢を次々と奪っていく。しかし家族,友人,医療関係者の支援のもとに自らの人生を精一杯生きる様が描かれている。難治性進行性疾患における医師と患者の関わり方について考えさせる作品である。

筋ジストロフィー—『こんな夜更けにバナナかよ』  尾方 克久
本邦では1964年から国立療養所に筋萎縮症病棟が整備され,医療,訓練,教育の機会が提供され療育が図られた。1990年代以降,心肺治療の進歩により筋ジストロフィーの生命予後は伸び,社会資本整備も進んだが,障害者の社会生活に対する支援体制整備にはなお時間を要した。『こんな夜更けにバナナかよ』は,自立生活を営んだ筋ジストロフィー患者とボランティアを描いた書籍であり,同書を原案に製作された映画作品である。

ポンペ病—『小さな命が呼ぶとき』  大矢 寧
やや軽症の乳児型ポンペ病(糖原病Ⅱ型)の患児2人を抱えた両親,特に父親が糖生物学研究者とともに治療薬の開発に携わる話の映画化である。ポンペ病は呼吸筋罹患が目立つ筋疾患で,ライソゾーム病でもある。乳児型は心筋症や肝腫大も伴う。酵素補充療法が米国で2006年に承認されるまでの経過のノンフィクションを,映画では少し脚色している。難病患者を抱える家族の葛藤,患者会の力や,希少疾患をめぐる製薬企業の事情も描かれている。

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医書.jpにて、収録内容の記事単位で購入することも可能です。
価格については医書.jpをご覧ください。

特集 映画を観て精神・神経疾患を知る

嗜眠性脳炎──『レナードの朝』
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佐々木秀直

筋ジストロフィー──『こんな夜更けにバナナかよ』
尾方克久

ポンペ病──『小さな命が呼ぶとき』
大矢 寧


●脳神経内科領域における医学教育の展望──Post/withコロナ時代を見据えて
第16回(最終回) Post/withコロナ時代で見えてくる海外の動向とわが国の方向性──医学教育のレヴューと連載のまとめ
西城卓也,他

●臨床神経学プロムナード──60余年を顧みて
第22回(最終回) 人名語eponymeさまざま,それは何故使われるか──それぞれに歴史や背景がある。
平山惠造

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