総合診療 Vol.36 No.4
2026年 04月号

ISSN 2188-8051
定価 2,860円 (本体2,600円+税)

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“思考する道具”と向き合う
矢吹 拓(国立病院機構 栃木医療センター 内科)

 “I'm sorry, Dave. I'm afraid I can't do that.”
 スタンリー・キューブリック監督のSF映画「2001年宇宙の旅」が公開されたのは1968年である。本作品の中でデイヴ・ボーマンら5人の宇宙飛行士は、木星探査ミッションに派遣された。彼らの乗る宇宙船ディスカバリー1号には、知覚を持つ人工知能HAL-9000という最新型のコンピュータ・システムが搭載されている。HALは宇宙船のあちこちに配置された赤い目の球形レンズで、宇宙飛行士の様子を見ながら会話ができる。しかし、そのHALが奇妙な挙動を示すようになるのである。
 HALの挙動に懸念を抱いたデイヴと同僚は、HALに会話を聴かれないよう船外活動ポッドに入り、HALの機能を停止させることにした。だが、HALは赤いレンズで2人の唇を読んで会話内容を把握し、2人の計画を阻止するために宇宙飛行士たちの殺害を決行する。HALは人工冬眠中の他の宇宙飛行士たちの生命維持装置を切断した。船外活動をしていたデイヴはそのことに気付かずに宇宙船に戻ろうとして、HALにこう命令する。
 “Open the pod bay doors, HAL.”
 それに対するHALの応答が、冒頭の台詞である。HALの丁寧かつ冷静な口調がより恐怖を誘う場面であり、高校時代に初めてこの映画を見た時は、鳥肌が立ったのを覚えている。
 半世紀以上前に描かれたこの物語は、「人工知能は人間を裏切るのか」という単純な問い以上のものを訴えてくる。HALは暴走した怪物というよりも、矛盾した期待と運命を背負わされた存在として描かれている。完全であることを期待されながら、不完全な人間の指示に従うという歪みが生んだ、悲劇とも言えるだろう。
 そして2026年のいま、私たちは再び“思考する道具”と向き合っている。生成AIである。
 もちろん、現在の生成AIはHALのような自律的意思を持つ存在ではない。だが、問いに答え、文章を整え、鑑別を広げ、論点を整理するその姿は、かつて空想の中で描かれた人工知能の片鱗を思わせる。生成AIに初めて触れた時、多くの人が驚きを覚えただろう。完璧ではなく、時に大きく間違えることもある。それでも「思った以上に使える」と感じる瞬間があるのではないだろうか。
 新テクノロジーの台頭時は、常に期待と懐疑が入り混じる。インターネット、スマートフォン、SNSと、私たちは、いつも新テクノロジーとの付き合い方を試行錯誤しつつ、現場に取り込んできた。生成AIもまた、その延長線上にあると思う。医療現場では、外来での情報整理、病棟でのカンファレンス準備、退院支援の文書作成、教育におけるフィードバック、研究計画の構想、制度理解の補助、論文内容の要約など、生成AIが医療現場で果たす役割への期待は非常に大きい。
 もちろん誤情報、ハルシネーション、バイアス、個人情報管理、過度な依存など、懸念はある。だからこそ重要なのは、「使うべきか、使わぬべきか」という二択ではなく、「どう使うか」である。診療の主体は常に患者であり、最終的な判断と責任は私たちにある。生成AIはあくまでその補助であることが、本特集でも繰り返し語られている。HALの物語が示したのは、技術の脅威だけではない。技術をどう用いるかという、人間側の成熟の課題でもあると思う。
 この“思考する道具”は、あなたの臨床現場で何に使えるだろうか? ポッド・ベイのドアを開けるのは、AIであってはならない。ドアを開くのは、私たち自身なのである。

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医書.jpにて、収録内容の記事単位で購入することも可能です。
価格については医書.jpをご覧ください。

特集 今さら聞けない臨床現場のAI──結局何に使えるの?
企画:矢吹 拓

■総論 AIの基礎と医療への応用
①生成AIとは何か?──基本概念と医療分野での役割
藤田卓仙

②医療AI導入のメリットと課題
香田将英

■各論 具体的なAIの臨床応用事例
①AI問診──われわれ臨床医の“思考の死角”をどう照らすか?
白石達也

②画像診断支援AIの活用
藤田広志

③電子カルテ作成やトリアージ・診療・教育支援のAI活用──生成AIが拓く“時間”と“可能性”
金子雄司|篠原直樹

④AIによる薬剤選択・処方支援──6Sアプローチのsystemsを生成AIで再現する
青島周一

⑤医療AIチャットボットの可能性
松井健太郎

⑥在宅医療・遠隔医療におけるAIの役割──訪問診療の現場から考える、AI時代の在宅医の生き方
鎌形博展

⑦自己学習・ブレスト・省察相手としてのAI──私の生成AIとの付き合いかた
藤沼康樹

⑧AIを用いた学会発表・スライド作成
大塚篤司

⑨医療での生成AIの活用に関連する法規制の概要
平山貴仁

⑩医学教育現場における生成AI活用の現状
松山 泰

■コラム 私のAI活用術
①私と生成AI“コビト”との付き合いかた
尾藤誠司

②“生成AIと暮らす”をイメージする
平島 修

③プレイングマネージャーの視点で管理業務を効率化する
西村 涼

④“上田流”AI活用の心得と実践
上田剛士

一目でわかる! 明日からすぐ使える! “初心者”AI活用術


●Editorial
“思考する道具”と向き合う
矢吹 拓

●新連載 CKD診療の新しい潮流|“腹膜透析”という選択肢|1
なぜ“腹膜透析”という選択肢が認知・実装・実践されていないのか?──その構造をストリームモデルで考える
草島邦夫

●新連載 臨床に役立つ! 東洋医学のパール&ピットフォール|1
令和版の口訣集 連載「東洋医学パピ集」始めます!
【パール】顔面神経麻痺には鍼治療を考慮する
寺澤佳洋(著)|吉野鉄大・鈴木雅雄・寺澤佳洋(監修)

●地域に根ざす泌尿器科医が贈る|新発想! 超プライマリ・ケア目線からの泌尿器疾患診療|4
プライマリ・ケアで前立腺癌の有無をきっちりと判断する
松木孝和

●アスクレピオスの杖|想い出の診療録|72
臨床経験がキャリアを変える瞬間
具 芳明

●What's your diagnosis?|280
「浮腫で見逃せないあの病気とかけまして、無人駅での下車と解きます」──その心は?
瀬堂川 拓|矢吹 拓

●構造式で語る医学|薬物の交差反応や意外な副作用を学ぼう!|16
鉱質コルチコイド
上田剛士

●オスラーに学ぶ“平静の心”|医師と医学生に贈ることば|9
科学(サイエンス)と医術(アート)
森島祐子|仁木久恵

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