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質的研究のための現象学入門 第2版
対人支援の「意味」をわかりたい人へ

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医療従事者は広義に言えば支援者である。本書は、現象学を哲学の範疇から開放し、支援者がケアの原点を見つめるためのツールとして解説。本書の解説を理解することにより、質的研究の質を飛躍的に高める。とっつきにくい印象がある現象学を、支援者の目線でゼロから学べる1冊。
編著 佐久川 肇
植田 嘉好子 / 山本 玲菜
発行 2013年12月判型:B5頁:176
ISBN 978-4-260-01880-7
定価 2,860円 (本体2,600円+税)

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第2版に寄せてはじめに

第2版に寄せて
 初版発行以来,本書に対してネットや学術専門誌などを通して,読者からさまざまな意見や感想が寄せられました.これに答えるため,第2版の出版に踏み切りました.初版に対する読者からの意見は大きく二つに分けられると思われました.
 一つは意見・感想の大部分を占める対人支援(ケア)の現場で,特に緩和ケアや難病の支援に関わる看護師などの支援者と,ベテラン,若手を含む研究者からの本書に対する賛同のご意見でした.その中でも特に目立ったのは,クライエント(支援を求めて支援者を訪れた人)の「生」の意味の充足を目指す「実存的支援」(第III章で詳述)に対する関心の高さでした.現象学的研究における実存的テーマ(疾病・障害などによってクライエントの「生」の意味や価値はどのように脅かされ,どのような支援が求められるのかなど)は,この領域の中心的課題であるにもかかわらず,従来の解説書ではあまり重視されていないと見受けられました.このことに鑑みて,本改訂版では実存(生の意味を目指す人間のあり方)の理解を深めるためにゼロから説明する大幅な書き換えを行ないました.初版に対する意外な結果は,現象学的研究を志す初心研究者に対する手引き書として書いたつもりの本書が,かなりの読者に現象学の一般書として,そして教養書として読まれたことでした.したがってこのような読者に理解していただける内容にすることも,改訂版としての本書の目標です.
 「ケアの現象学」の解説では,通常は「ケア」そのものよりも「現象学」の説明に重点が置かれます.しかし「よりよいケア」を目指すことがケアの研究の本来の目標ならば,そこで要請される現象学とは哲学としての純粋な現象学ではなく,「より本質的なケア」を目指すための応用現象学である,というのが本書の基本的立場です.
 疾病・障害を人間という生き物の心身に生じた故障・不具合と見なせば,それに対応するための「医学的支援」,「社会学的支援」,「心理学的支援」などは実際に役立つ学問として,社会の仕組みとして,そして支援のスキルとして確立されており,支援者の役割はこれに習熟することによって果たせるかに見えます.にもかかわらず,医療,看護,福祉など対人支援の現場で支援者は,しばしば苦しみながら衰えていくクライエントを,対応策が尽き果てて手をこまねいて見守るしかない局面に立ち会わされます.このことは,クライエントにとっての疾病・障害の本質が,生き物としての心身の不調に留まらず,これによってもたらされた人間として生きる可能性の縮小(言い換えれば薄められた死への接近の不安・恐怖)として,また疾病・障害を一人で背負ったままそこから逃れられない「孤独」という実存(人間性)の危機として経験されるため,上記のような実体的(具体的な効果がある≒科学的)支援だけではクライエントからの真の要請には応えられないことを示していると考えられます.現象学が最も力を発揮できるのはこのような場面です.客観的な知識に頼ることができないこのような状況下では支援者は,「クライエントにとっての疾病・障害の苦しみとは何の苦しみなのか,それは本人にとってどのような意味をもっているのか」,そして「これに対して,人間として自分にできることは何なのか」を自分の力で見つけ出すことが求められ,支援者は職業的役割を超えて,人間としてどうすべきかを問われます.ケアの原点とも言えるこのような疾病・障害の本質が看過・忘却されると「ケア」は一つのスキルと化し,現象学的研究は科学的研究のようなケアの実体的有用性を目指す学になるか,哲学としての存在論,認識論の論議という知的ゲームの対象にされかねません.こうならないために「疾病・障害の本質とは何か」,「クライエントに対する支援を人間としての根源に遡って考えるにはどうすればよいか」,という本質的な要請に応えることが対人支援の現象学の究極の課題である,というのが本書の立場です.
 二つ目の意見はごく少数ですが,現象学の専門家らから示された本書に対する違和感,当惑,そして婉曲的な批判でした.それはこれらの方々の現象学理解と本書の内容との隔たりが大きいことに起因すると思われますので,これらの批判にも本文で答えたいと思います.本書は一般市民を対象にした教養書としての,フッサール,ハイデッガー現象学の入門書ではありません.本書は現象学的研究によってより深い支援の指針を得たいにもかかわらず,その方法がまったくわからないケア領域の実践家や研究者に対して,ゼロ地点から出発し,論文執筆までを目指す応用現象学の超入門書です.したがって,臨床の現場で答えのない問いの前に立たされて逡巡しながらそれを研究にまとめたい現象学の超初心者と,ケアの現場に直接居合わせることなく,クライエントに接することのない現象学の専門家との間に横たわる深い溝を少しでも埋めたいというのが,本改訂版のもう一つの目標です.
 また初版では「解釈学的現象学」については簡単な説明にとどめましたが,実はケアの領域の研究で現象学とされているものは,大半が「解釈学的現象学」です.われわれに求められている現象学を,ケアの領域で,よりよい支援を目指すための研究のツールとして考えるならば,その大半は「解釈学的現象学」という方向を取ることになる流れについても,Part B,第I章の基礎編で新たにゼロ地点からの説明を行ないました.そして同じくPart Bの第II章,「実践編」ではこれに基づく研究の具体的な手順を示し,実際の「語り」を取り上げて,研究論文として完成させるガイドラインとしての解説を試みました.同実践編では,現象学の要〈かなめ〉である「還元」と「遡及的思考」について,ゼロ地点からの説明を試みました.最後に研究の具体例として,現場の看護師と難病患者さんとの交流の「語り」を題材として取り上げて「解釈学的現象学」の一モデルとして提示し,読者の実践研究として論文執筆に結びつけるための解説を試みました.
 必ずしも「解釈学的現象学」による論文執筆を目的とせず,そのエッセンスだけを知りたい読者と,「実存的支援」の実際を知りたい読者は,まずPart B 第I章は飛ばして,第II章のD(p109)の「悪性リンパ腫患者との関わりについての看護師による語り」だけを読んでもかまいません.

 2013年9月
 佐久川 肇


はじめに
 医療や看護,福祉の目標はクライエントに対するよりよい支援です.したがってこの領域の研究の究極の目標とは,「よりよい支援に貢献する」ということになるでしょう.支援の対象となる「クライエント」とは疾病や障害などにより苦痛・困窮を体験している人々です.ここで言う現象学的研究とは,研究者の目に映ったこのようなクライエントの,その人だけにしかわからないその人固有の「生」の体験について,できる限りその人自身の意味に沿って解き明かすことを指します.これはクライエントの苦痛・困窮をより根本的な視点から洞察・理解することを意味します.これによって支援者はより深い視点から支援方法を探ることができるでしょう.しかし研究者の目に映ったクライエントの固有の体験の意味とは,まさに研究者の主観そのものです.「私」を離れて,研究対象者を客観的に見ることが学問の条件のはずなのに,研究者の主観を対象としたのでは研究にならないのではと思うかもしれませんが,これを可能にするのが現象学で,このような研究を目指す学生のために,現象学をできる限り基本から説明する,というのが本書の目標です.
 対人支援の領域における現象学の研究方法については,既に多くの解説書が出ています.しかしこれらを手に取ってみると,内容のわかりにくさに戸惑います.初心者のためにわかりやすく解説されているはずの入門書の内容も,必ずしも初心者にとってそれほどわかりやすいとは思えません.その最大の原因は,予備知識をまったくもたない読者に対して,現象学の原理に関するゼロ地点からの説明がなく,また現象学の原理がケアに応用されればどのようになるのかも説明がなされないまま,現象学についてのこれまでの知見が述べられ,研究方法が紹介されている点にあると思われます.言い換えれば,難しさの原因は,多くの解説書で読者は現象学について,既にある程度の知識があるものと暗黙に前提されており,結果として初心者に対して始めから高いハードルが設けられていることにある,と見受けられます.
 本書はこのような暗黙の前提を取り払って,読者が現象学的研究方法をまったく知らないゼロの状態から理解できることをねらいとします.そのゼロ地点を(1)「研究とは何か」,(2)「疾病・障害をもつクライエントとは何か」,(3)「支援とは何か」を理解することに定め,そこを出発点にしました.これらは出発点であるとともにゴールでもあります.本書では現象学の原理を支援研究のツールとして用いることが目的であるため,原理の詳細には立ち入らず,わかりやすさを最優先して説明します.

 本書の執筆にあたり,フッサール,ハイデッガー現象学については,哲学者・現象学者の竹田青嗣教授の著書60)-76)から多大のご教示をいただきました.また岩田靖夫教授の著書『よく生きる』6)と『神なき時代の神』5)からは,レヴィナス思想について多大のご教示をいただきました.新田義弘教授の『現象学と解釈学』96)からも多くのご教示をいただきました.この場を借りてお三方に厚くお礼申し上げます.

【参考文献】
5) 岩田靖夫:神なき時代の神.岩波書店,2001
6) 岩田靖夫:よく生きる.筑摩書房,2005
60) 竹田青嗣:現代思想の冒険.毎日新聞社,1987
61) 竹田青嗣:世界の輪郭.国文社,1987
62) 竹田青嗣:現象学入門.日本放送出版協会,1989
63) 竹田青嗣:意味とエロス.ちくま学芸文庫,1993
64) 竹田青嗣:はじめての現象学.海鳥社,1993
65) 竹田青嗣:ニーチェ入門.筑摩書房,1994
66) 竹田青嗣:自分を知るための思想入門.ちくまライブラリー,1995
67) 竹田青嗣:エロスの世界像.講談社学術文庫,1997
68) 竹田青嗣:ハイデガー入門.講談社,1998
69) 竹田青嗣:自分を生きるための思想入門.芸文社,1999
70) 竹田青嗣:プラトン入門.ちくま新書,1999
71) 竹田青嗣:言語的思考へ.径書房,2001
72) 竹田青嗣:現象学は思考の原理である.ちくま新書,2003
73) 竹田青嗣:近代哲学再考.径書房,2004
74) 竹田青嗣,西研:ヘーゲル『精神現象学』.講談社選書メチエ,2007
75) 竹田青嗣:完全解読フッサール「現象学の理念」.講談社選書メチエ,2012
76) 竹田青嗣:超読解! はじめてのフッサール「現象学の理念」.講談社現代新書,2012
96) 新田義弘:現象学と解釈学.筑摩書房,2006

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Part A 質的研究のための「現象学入門」
対人支援の「意味」をわかりたい人への研究の手引き
 序 現象学的研究方法をわかりやすく学ぶには
   1.本書の基本的立場
   2.現象学をわかりやすく言えば
   3.対人支援(ケア)の真の目標とは「実存的支援」である
   4.現象学はクライエントの「生」の意味を解き明かす
   5.現象学的研究の課題とは研究者の主観を客観化すること
   6.ゼロ地点から考える「原理の学」
   7.現象学の基本的原理
   8.現象学的研究の目標
   9.解釈学的現象学とは
   まとめ
 I 学問の原理とは-ゼロから始めよう
   1.研究とは「研究者の主観」を客観化すること
   2.現象学は「クライエントの個別的体験」を研究する
   3.対人支援における研究の2方向
   4.科学と現象学
 II 「支援」から見た科学と現象学
   1.支援の4段階のモデル
   2.「生活モデル」の真の目標とは
   3.支援の視点から見た実存哲学と現象学
   4.支援における現象学の導入
   5.現象学的研究の主要テーマ
 III 支援の研究に必要な「実存」の理解とは
  A 実存理解の前置き-疾病・障害の本質が隠蔽される背景と支援の本質とは
   1.疾病・障害の本質とは「薄められて到来した死の脅威」のこと
   2.医療における「死の隠蔽」の構造
   3.支援(ケア)の究極には「治らない人」と「死に逝く人」への支援がある
  B 「実存」と「実存状況」
   1.実存とは「現実存在」のこと
   2.「実存」は「実存状況」を通してしか見ることはできない
  C クライエントを理解するための実存の特性
   1.自己実現を目指す強さとしての実存
   2.孤独の極に置かれた弱さとしての実存-強さとしての実存の破綻
  D 「実存的支援」とは
   1.「かけがえのない他者としてのクライエント」の発見と
     「支援者の実存の覚醒」
   2.実存的支援の本質とは支援者が「実存としての自らを差し出す」こと
   3.「リカバリーの本質」から「支援の本質」を考える
     -励ましとしての実存的支援
  E 実存的支援の辺縁
   1.「実存的支援」と「受容」「傾聴」「共感」の関係
   2.スピリチュアルケアと実存的支援の違い
 IV 「支援」(ケア)における現象学的研究の基本
  A ケアの現象学の大枠
   1.「支援の研究」の出発点とは
   2.現象学的研究のあらまし
   3.現象学的研究の2つの課題
   4.「語り」などによって表わされるクライエントの「固有の体験」とは
   5.「自然的態度」とは
   6.「判断保留」とは
   7.「本質観取」とは
  B 実践研究における「還元」の手順
   1.ケアの現象学では「還元」は「解釈」に近づく
   2.なぜ「還元」(本質観取)が可能になるのか
   3.解釈学的現象学への発展
   まとめ
 V 現象学的研究の実践-現象学的方法をどのように修得するか
   はじめに
   1.最も簡単な還元の例
   2.女子学生に見る「還元」の手順
     -「客観的事実」から「客観的意味」を取り出す
   3.中高生における対人支援ボランティア体験の現象学的解明
 VI 現象学的研究に対する批判
   1.批判に対して「客観」を現象学的に考えると
   2.客観の本質とは
   3.初版の読者から寄せられた批判

Part B 解釈学的現象学をわかりやすく学ぶ
 I 解釈学的現象学の原理
  A 解釈学的現象学の前置き
   はじめに
   1.「理解」の3段階
   2.理解したことを明らかにする解釈学的現象学の目標
   3.解釈学的現象学の対象と目標
  B 解釈学的現象学のあらまし
   1.全体像は「当たり前のこと」としてあらかじめ与えられる
     -自然的態度による理解
   2.解釈とは「当たり前のこと」の理解を深めること
     -「ケアの現象学」は必然的に解釈学的性格をもつ
   3.「解釈」は「説明」を超えなければならない
  C 解釈学的現象学の骨組みと性格
   1.解釈学的現象学の骨組み
   2.対人支援の現象学は必然的に解釈学という性格をもつ
 II 解釈学的現象学の研究の実践
  本章の概要
  A 語りを対象とする解釈学的現象学の研究方法の基本的な特徴
   はじめに
   1.語る意味とは-「語ること」の本質とは
   2.聴き手の課題-何のために「語り」を聴くのか
   3.「語り」を理解するための手掛かりとしての遡及的考察の出発点
  B 客観から実存への遡及の原理
   1.「客観」から「実存」への遡及とは
   2.「What?」とは「人間とは何か」についての答えの一つ
   3.遡及的考察の手掛かりは語りの内容についての
     「よい」,「よくない」の理由を追求していくこと
  C 研究実践の骨組みと手順
   はじめに-遡及的考察とは「事実」から「意味」へ
   1.「語り」を対象とする解釈学的現象学の骨組みとは
   2.解釈学的現象学の手順
   3.解釈学的現象学の「原理」と「骨組み」および「手順」のまとめ
  D 手順に基づく研究実践の具体例
   悪性リンパ腫患者との関わりについての看護師による語り
   手順1:①-1 テクストとして逐語録化された「語り」(事実としてのHow①に相当)
   手順2:①-2 逐語録のコンテクスト化(事実としてのHow②)
   手順3:②,③,④ 語り手の「客観的全体像」と「一般的(客観的)意味」の把握
   手順4:⑤,⑥,⑦ 手順5:⑧ 実存的意味のWhyへの遡及=現象学的解釈
   まとめ
  Part A・B 引用・参考文献

Part C のぞいてみよう! 質的研究
現象学の位置づけとその意味
   1.質的研究とは何か
    1)研究方法を選ぶ前に
    2)質的研究とは何か
    3)手段から見る質的研究-「言葉」を用いる
    4)「言葉」とは何か-文字から意味へ
    5)目的からみる質的研究-よりよい支援をめざす
    6)「質的研究」全体の特徴
   2.代表的な質的研究方法の紹介
    1)グラウンデッド・セオリー・アプローチ(Grounded Theory Approach:GTA)
    2)エスノグラフィ(Ethnography)
    3)ライフストーリー法(The Life Story Interview)
    4)ナラティヴ・アプローチ(Narrative Approach)
   3.質的研究法の関係図式
    1)質的研究法の基本姿勢
    2)各方法論の関係
    3)現象学的研究はどこに位置づけられるか

  Part C 関連文献
    質的研究全般に関する文献
    Part C-2.代表的な質的研究方法の紹介での引用・参考文献

あとがき
索引

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現象学の豊かな解釈と支援に繋がる研究方法への挑戦
書評者: 佐藤 泰子 (京大医学部非常勤講師/京大大学院人間・環境学研究科研究員)
 現象学を用いて質的研究を試みたいと願う看護・福祉関係の研究者が,具体的に研究方法を説明したものを手にし,それにのっとって研究を進めることが思うほどスムーズにはいかないという現実があることは否めない。「現象学的研究」と冠された論文に素晴らしい発表が確かに存在するが,管見の限りではあるがその多くは職人技の手さばきを感じるような論考も多く,誰でもがそれを参考に,あるいはまねをして研究を進めることは困難であるという印象を持つ。そのような事情を鑑みると具体的な方法論に言及した本書は,現象学的研究をしたい研究者にとっては福音であろう。

 本書は初版を改訂した第2版となるわけだが,双方に通底しているのは,具体的に方法論を示す態度である。そのためには,現象学とは何か,現象学を質的研究に使うとはどういうことか,についての説明が必要になる。本書のなかでは,そのような問いへの応答を繰り返し丁寧に述べていく。とりわけ「支援につながるように」という著者の思いを背景に懸命な説明がなされているのが印象的である。どんな優れた研究でも援助につながらないというのではもったいない。しかし,本書では徹頭徹尾「実存的支援」のための研究であることをめざす。

 また,大きなテーマに「実存の究明」がある。実存は実体ではないので,そのアプローチ,そしてその分析結果を読者に納得してもらえるように発信するには鏤骨を極める。実体のない実存を究明しようとする佐久川肇氏らは客観的状況,語られたテクストなどについて実存的視点からみることで,その実存的意味に迫ろうとする。その方法として解釈学的現象学を駆使しテクストを厳しく吟味しようとする。さらに解釈したことについて読み手が納得できるようにするにはどのようにすればいいのかについても説明されている。

 現象学を用いた質的研究のために「還元」「本質観取」「客観」「判断保留」「自然的態度」などの現象学のテクニカルタームを説明し,それらを分析の手続きに押し上げていく。本書を読み始めたころは,浅学で不知案内の私自身の現象学理解の未熟さを棚上げにして「このようなテクニカルタームの調達法もあるのだなあ」といった心隈と共に内容に分け入っていたが,はたとその心隈を横断してくる私自身への批判を私は見逃さなかった。それは「ある学問や言葉についてのわれわれの理解は己の解釈の内を出ることは困難で,己の解釈が的中しているかどうかはわからない」ということだ。研究者が,現象学やその領域の難解な言葉そのものの「解釈」を持ち寄って不断の自明を振り切りながら議論する場があるのはそのためである。言い換えれば現象学理解が世に豊作であるのは,現象学そのものがさまざまに「現れる」からなのである。そのような状況に切り込み,現象学を研究に使うための方法論構築のために心を砕き具体的でわかりやすい説明を試みた佐久川氏らの苦衷を了察し感謝したい。

 初版への論難に対し従容たる態度で潔く丁寧に応答している佐久川氏の人柄が行間に現われているのも心地よい。

 ここから何かが始まるかもしれない新しい足音が聞こえた気がする1冊である。

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