質的研究法ゼミナール 第2版
グラウンデッド・セオリー・アプローチを学ぶ
質的研究法, グラウンデッド・セオリー・アプローチを学ぶ最適の入門書、待望の改訂
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質的研究法、グラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)を学ぶ者の定番となった入門書、8年ぶりの改訂。実際のゼミ形式に基づきわかりやすい「島巡り」の流れでその真髄に迫ります。初版、増補版からさらに進化/深化した編者のデータ収集、分析の実践的なテクニック満載。実際のディスカッションや学生の振り返りの様子も紹介し、難しいと敬遠されがちな研究の世界へ読者を誘います。
編 | 戈木クレイグヒル 滋子 |
---|---|
発行 | 2013年09月判型:A5頁:288 |
ISBN | 978-4-260-01867-8 |
定価 | 2,860円 (本体2,600円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
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第2版の刊行にあたって
はやいもので,アンセルム・ストラウス Anselm Strauss 先生から学んだグラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,GTA)を教え始めて20年近くになります.ゼミの状況を紹介してみてはどうかと,当時『看護研究』誌の編集をなさっていた医学書院の北原拓也さんに誘っていただき,小田嶋永さんのご担当で本書の初版を書いたのは8年前のことでした.ゼミの具体的な進め方とやりとり,分析結果をありのまま提示したので,どんな反応が返ってくるかとドキドキでしたが,それがきっかけとなって,たくさんの方から有意義なご意見や質問をいただくことができました.また,ワークショップや大学院での集中講義をとおして,いろいろな領域の方々と出会うこともできました.その中には,本書を何度も読んで独学でGTAを学んでくださった方も多く,もともと意図した自習書の役割が果たせたことを本当に嬉しく思いました.
このような中で,私自身もこれまで以上に真剣にGTAと向き合わざるをえなくなりました.そこで2008年に林田秀治さんに増補版にする機会をいただいたときに,Strauss先生のバージョンをもとにしながらもプロパティとディメンションを前面に出し,カテゴリー関連図を用いながら分析を進めるという私のバージョンのGTAをそれまで以上にはっきりとした形で提案しました.
結果的に,本書を含めて性格の異なるGTAの本を4冊出版し,自分としては伝えたいことは書いたし,Strauss先生とジュリエット・コービン Juliet Corbin 先生への恩返しもできたはず,GTAに関わる仕事はもう縮小しようと考えはじめていた矢先,たまたまこれまでに発表されたGTAを用いた原著論文を検討する機会があり,論文数は増えたものの,以下のような問題があるという結果に愕然とさせられました.
まず,研究法がデータ分析だけを指すと誤解されているのか,多くの論文ではリサーチ・クエスチョンやデータ収集についての説明が不十分でした.また,研究法の混同があり,研究の趣旨に適した方法を選ぶという意識が低いように思われました.くわえて,分析作業で使われている手順と技法に関する説明や用いられ方が適切ではありませんでした.つまり,まだGTAは正しく根づいていない……これはショックでした.
そのような時期に,ちょうど北原さんから「増刷のために,訂正が必要な箇所があればお知らせください」という連絡をいただきました.片づけてあった本を5年ぶりに読むと,いろいろと反省すべき点がありました.また,GTAに対する自分の考え方や教え方が少し変化していることにも気づきました.研究法は進化すべきものですし,週に2~4コマもGTAのゼミをやっていたら変化するのは当然だともいえます.
改訂版にするための書き直しは全体にわたっていますが,大きな変更点としては以下のものがあります.まず,研究テーマとリサーチ・クエスチョンについての説明をくわえ(SESSION 1),データ収集についての説明を見なおしました.また,GTAの手順と技法を理解していただくために,分析の概要に関する章を独立させたうえで(SESSION 4),SESSION 5~9で詳しく説明しました.さらにSESSION 10,11のデータ分析がわかりやすくなるように修正しました.
こうした改訂版づくりの作業は,初版,増補版のときと同じように仲間たちと一緒におこないました.初版は,2005年当時,首都大学東京健康福祉学部(旧東京都立保健科学大学)でおこなっていた質的研究法ゼミの録音データをもとに再構成したものでした.実際のゼミでは,何度も同じ項目について反復して学習するために,テープおこしをみると同じ項目についての説明とやりとりがあちこちに散在した状態だったので,まず私が学習内容別に分類し,それをSESSION毎にまとめました.これは,オープン・コーディングの作業に似ており,けっこう楽しめたものの,予想外に時間がかかったことを覚えています.
そのあと,各SESSIONの担当者が,渡されたデータを使ってゼミの場面を再構成するとともに,不足事項を書き加えて,本書でいうとSESSION 5~11の『データの分析』にあたる部分の原稿をつくりました.この原稿は,担当者,サブ担当者,私の間を何度か行き来する中で修正されました.そして,最後に書き上がったものを,私が確認し,『講義』と『学生の学び』の部分をくわえました.
今回の改訂版では,このような行程でつくった初版・増補版の原稿に,慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科でのゼミのやりとりを含めました.各SESSIONの『分析』の部分は,文中にもあるように,SESSION 6 高嶋,SESSION 7 岩田,SESSION 8 三戸,SESSION 9 高嶋,SESSION 10 三戸,SESSION 11 高嶋が担当しています.
以上のような書き替えをおこなったものの,この本がGTAの入門書であり自習書であるという性格は変わりません.ゼミ生たちと一緒に,データ収集(インタビュー法と観察法)とデータ分析(オープン・コーディングとアキシャル・コーディング)の基礎をじっくりと学んでいただきたいと思います.質的研究では,結果の表面にあらわれてこない基礎の部分こそが重要です.プロパティとディメンションに沿って進める分析の流れを理解すれば,GTAはミース・ファン・デル・ローエの建築物のように“Less is more.”(シンプルこそ効果的)を体現した方法だと思います.
今回の編集担当の青木大祐さんには,細かい点や意匠にまでこだわりつつも,厳しい時間の中での作業をプッシュしていただきました.また,デザイナーの吉村知美さんとイラストの寺田久美さんには,ビジュアル面からサポートいただいたうえに,夏はカヤックとヨットしか頭にない夫の撮影した写真を,見返しに使っていただきました.みなさまのおかげで新しいものを創造するGTAの入門書にふさわしい活気のある本ができたと思います.この場をお借りして心からお礼を申し上げます.
はやいもので,アンセルム・ストラウス Anselm Strauss 先生から学んだグラウンデッド・セオリー・アプローチ(以下,GTA)を教え始めて20年近くになります.ゼミの状況を紹介してみてはどうかと,当時『看護研究』誌の編集をなさっていた医学書院の北原拓也さんに誘っていただき,小田嶋永さんのご担当で本書の初版を書いたのは8年前のことでした.ゼミの具体的な進め方とやりとり,分析結果をありのまま提示したので,どんな反応が返ってくるかとドキドキでしたが,それがきっかけとなって,たくさんの方から有意義なご意見や質問をいただくことができました.また,ワークショップや大学院での集中講義をとおして,いろいろな領域の方々と出会うこともできました.その中には,本書を何度も読んで独学でGTAを学んでくださった方も多く,もともと意図した自習書の役割が果たせたことを本当に嬉しく思いました.
このような中で,私自身もこれまで以上に真剣にGTAと向き合わざるをえなくなりました.そこで2008年に林田秀治さんに増補版にする機会をいただいたときに,Strauss先生のバージョンをもとにしながらもプロパティとディメンションを前面に出し,カテゴリー関連図を用いながら分析を進めるという私のバージョンのGTAをそれまで以上にはっきりとした形で提案しました.
結果的に,本書を含めて性格の異なるGTAの本を4冊出版し,自分としては伝えたいことは書いたし,Strauss先生とジュリエット・コービン Juliet Corbin 先生への恩返しもできたはず,GTAに関わる仕事はもう縮小しようと考えはじめていた矢先,たまたまこれまでに発表されたGTAを用いた原著論文を検討する機会があり,論文数は増えたものの,以下のような問題があるという結果に愕然とさせられました.
まず,研究法がデータ分析だけを指すと誤解されているのか,多くの論文ではリサーチ・クエスチョンやデータ収集についての説明が不十分でした.また,研究法の混同があり,研究の趣旨に適した方法を選ぶという意識が低いように思われました.くわえて,分析作業で使われている手順と技法に関する説明や用いられ方が適切ではありませんでした.つまり,まだGTAは正しく根づいていない……これはショックでした.
そのような時期に,ちょうど北原さんから「増刷のために,訂正が必要な箇所があればお知らせください」という連絡をいただきました.片づけてあった本を5年ぶりに読むと,いろいろと反省すべき点がありました.また,GTAに対する自分の考え方や教え方が少し変化していることにも気づきました.研究法は進化すべきものですし,週に2~4コマもGTAのゼミをやっていたら変化するのは当然だともいえます.
改訂版にするための書き直しは全体にわたっていますが,大きな変更点としては以下のものがあります.まず,研究テーマとリサーチ・クエスチョンについての説明をくわえ(SESSION 1),データ収集についての説明を見なおしました.また,GTAの手順と技法を理解していただくために,分析の概要に関する章を独立させたうえで(SESSION 4),SESSION 5~9で詳しく説明しました.さらにSESSION 10,11のデータ分析がわかりやすくなるように修正しました.
こうした改訂版づくりの作業は,初版,増補版のときと同じように仲間たちと一緒におこないました.初版は,2005年当時,首都大学東京健康福祉学部(旧東京都立保健科学大学)でおこなっていた質的研究法ゼミの録音データをもとに再構成したものでした.実際のゼミでは,何度も同じ項目について反復して学習するために,テープおこしをみると同じ項目についての説明とやりとりがあちこちに散在した状態だったので,まず私が学習内容別に分類し,それをSESSION毎にまとめました.これは,オープン・コーディングの作業に似ており,けっこう楽しめたものの,予想外に時間がかかったことを覚えています.
そのあと,各SESSIONの担当者が,渡されたデータを使ってゼミの場面を再構成するとともに,不足事項を書き加えて,本書でいうとSESSION 5~11の『データの分析』にあたる部分の原稿をつくりました.この原稿は,担当者,サブ担当者,私の間を何度か行き来する中で修正されました.そして,最後に書き上がったものを,私が確認し,『講義』と『学生の学び』の部分をくわえました.
今回の改訂版では,このような行程でつくった初版・増補版の原稿に,慶應義塾大学大学院健康マネジメント研究科でのゼミのやりとりを含めました.各SESSIONの『分析』の部分は,文中にもあるように,SESSION 6 高嶋,SESSION 7 岩田,SESSION 8 三戸,SESSION 9 高嶋,SESSION 10 三戸,SESSION 11 高嶋が担当しています.
以上のような書き替えをおこなったものの,この本がGTAの入門書であり自習書であるという性格は変わりません.ゼミ生たちと一緒に,データ収集(インタビュー法と観察法)とデータ分析(オープン・コーディングとアキシャル・コーディング)の基礎をじっくりと学んでいただきたいと思います.質的研究では,結果の表面にあらわれてこない基礎の部分こそが重要です.プロパティとディメンションに沿って進める分析の流れを理解すれば,GTAはミース・ファン・デル・ローエの建築物のように“Less is more.”(シンプルこそ効果的)を体現した方法だと思います.
今回の編集担当の青木大祐さんには,細かい点や意匠にまでこだわりつつも,厳しい時間の中での作業をプッシュしていただきました.また,デザイナーの吉村知美さんとイラストの寺田久美さんには,ビジュアル面からサポートいただいたうえに,夏はカヤックとヨットしか頭にない夫の撮影した写真を,見返しに使っていただきました.みなさまのおかげで新しいものを創造するGTAの入門書にふさわしい活気のある本ができたと思います.この場をお借りして心からお礼を申し上げます.
目次
開く
SESSION 1 「島巡り」をはじめる前に
(1)質的研究の定着状況
(2)研究法を学ぶ理由
(3)トレーニングの目的
(4)質的研究におけるよい結果とは
(5)グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた研究の流れ
SESSION 2 インタビュー法によるデータ収集
(1)質問項目の作成と改善
(2)協力者の選定
(3)前準備
(4)依頼の手順
(5)インタビュー環境を整える
(6)本番での作法
(7)リッチなデータを得るための方策
(8)インタビューが終わったら
(9)インタビュー法のトレーニング
SESSION 3 観察法によるデータ収集
(1)観察法によるデータ収集
(2)「観察法トレーニングゼミ」の概要
1.観察の難しさ体験
2.映像を使ったトレーニング
(3)フィールドでのデータ収集
1.フィールドへのエントリー
2.倫理的配慮
3.リサーチ・クエスチョンの選び方
4.データ収集への挑戦
5.学生の学び
SESSION 4 グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた分析の流れ
(1)データの読み込み
(2)データの切片化
(3)ラベルの抽出
(4)カテゴリーの抽出
(5)カテゴリーを現象毎に分類
(6)カテゴリー同士の関連づけ
(7)ストーリーライン
(8)カテゴリー関連統合図
(9)理論的サンプリングに基づくデータ収集
(10)セレクティブ・コーディング
SESSION 5 プロパティとディメンション
[講義]
(1)プロパティとディメンションとは何か
(2)プロパティとディメンションの抽出
(3)結果として示すべきもの
(4)プロパティとディメンションを増やす方法
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 6 ラベルの抽出
[講義]
(1)質的研究におけるコーディング
(2)データの読み込み
(3)データの切片化
(4)ラベル名をつける
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 7 カテゴリーの抽出
[講義]
(1)ラベルをカテゴリーにまとめる
(2)カテゴリーを明確にする
(3)コアカテゴリー,カテゴリー,サブカテゴリー
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 8 カテゴリー同士の関連づけ
[講義]
(1)パラダイムとカテゴリー関連図を使う理由
(2)パラダイム
(3)カテゴリー関連図
(4)カテゴリー関連統合図
(5)ストーリーライン
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 9 比較と理論的サンプリング
[講義]
(1)比較とは何か
(2)理論的サンプリング
(3)理論的飽和
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 10 インタビュー法を用いて収集したデータの分析
(1)データを読み込む
(2)ラベルの抽出
(3)カテゴリーの抽出
(4)カテゴリー同士の関連づけ
(5)比較
(6)理論的サンプリング
SESSION 11 観察法を用いて収集したデータの分析
(1)バイアスつきのラベル名
(2)カテゴリーの関係づけの難しさ
(3)分析例
索引
データ
SESSION 10の分析に用いたデータ
SESSION 11の分析に用いたデータ
SIDE NOTE
『質的研究法ゼミ』の概要
分析作業の工夫
メモを書き続ける
(1)質的研究の定着状況
(2)研究法を学ぶ理由
(3)トレーニングの目的
(4)質的研究におけるよい結果とは
(5)グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた研究の流れ
SESSION 2 インタビュー法によるデータ収集
(1)質問項目の作成と改善
(2)協力者の選定
(3)前準備
(4)依頼の手順
(5)インタビュー環境を整える
(6)本番での作法
(7)リッチなデータを得るための方策
(8)インタビューが終わったら
(9)インタビュー法のトレーニング
SESSION 3 観察法によるデータ収集
(1)観察法によるデータ収集
(2)「観察法トレーニングゼミ」の概要
1.観察の難しさ体験
2.映像を使ったトレーニング
(3)フィールドでのデータ収集
1.フィールドへのエントリー
2.倫理的配慮
3.リサーチ・クエスチョンの選び方
4.データ収集への挑戦
5.学生の学び
SESSION 4 グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いた分析の流れ
(1)データの読み込み
(2)データの切片化
(3)ラベルの抽出
(4)カテゴリーの抽出
(5)カテゴリーを現象毎に分類
(6)カテゴリー同士の関連づけ
(7)ストーリーライン
(8)カテゴリー関連統合図
(9)理論的サンプリングに基づくデータ収集
(10)セレクティブ・コーディング
SESSION 5 プロパティとディメンション
[講義]
(1)プロパティとディメンションとは何か
(2)プロパティとディメンションの抽出
(3)結果として示すべきもの
(4)プロパティとディメンションを増やす方法
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 6 ラベルの抽出
[講義]
(1)質的研究におけるコーディング
(2)データの読み込み
(3)データの切片化
(4)ラベル名をつける
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 7 カテゴリーの抽出
[講義]
(1)ラベルをカテゴリーにまとめる
(2)カテゴリーを明確にする
(3)コアカテゴリー,カテゴリー,サブカテゴリー
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 8 カテゴリー同士の関連づけ
[講義]
(1)パラダイムとカテゴリー関連図を使う理由
(2)パラダイム
(3)カテゴリー関連図
(4)カテゴリー関連統合図
(5)ストーリーライン
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 9 比較と理論的サンプリング
[講義]
(1)比較とは何か
(2)理論的サンプリング
(3)理論的飽和
[データの分析]
[学生の学び]
SESSION 10 インタビュー法を用いて収集したデータの分析
(1)データを読み込む
(2)ラベルの抽出
(3)カテゴリーの抽出
(4)カテゴリー同士の関連づけ
(5)比較
(6)理論的サンプリング
SESSION 11 観察法を用いて収集したデータの分析
(1)バイアスつきのラベル名
(2)カテゴリーの関係づけの難しさ
(3)分析例
索引
データ
SESSION 10の分析に用いたデータ
SESSION 11の分析に用いたデータ
SIDE NOTE
『質的研究法ゼミ』の概要
分析作業の工夫
メモを書き続ける
書評
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開かれた知をつくる質的研究法を求めて (雑誌『看護研究』より)
書評者: 能智 正博 (東京大学大学院教育学研究科教授)
本書は,質的研究法の中でも最も広く用いられている手法のひとつであるグラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)の自習書の第2版である。しかし,単なる技法の自習書を超えて,筆者がつかんだ質的研究のエッセンスを読み手に伝えようとする真摯なメッセージのようにもみえる。初版から継続する本書の特徴は,GTAの学びの過程が10前後のステップに分けられ,著者のゼミナールに参加しているかのような臨場感のもとでその手続きやコツが学んでいける点である。今回の改訂では特に,研究テーマとリサーチクエスチョンの設定について大幅に加筆がなされ,具体的なデータを扱う準備段階に関するアドバイスも増えている。著者の実際の授業が絶えず更新され深みを増しているのに呼応して,本書も進化を続けているのである。旧版の読者でも,本書を通じてさらに深くGTAを学び直すことができるであろう。
微妙だがより大きな旧版との違いは,いくつかあるGTAの手法の中で著者が自らのそれを「戈木クレイグヒル版(のGTA)」と呼んでいる点である。背景には,自らの方法の独自性を自覚した筆者の自負と覚悟があるように感じられる。その独自性の中心にあるのが,分析過程における「プロパティ」と「ディメンション」という分析ツールの重視である。さしあたり,「プロパティ」は対象の属性を捉えるための大枠(例えば「色」),「ディメンション」はその大枠の中における位置づけ(例えば「赤」)と考えておけばよい。著者は,データを読んでそこにラベル名をつける際にも,また,カテゴリーをつくってそれらを結びつける際にも,この2つの概念を参照する。この手続きは旧版以上にていねいに解説されているように思われる。
この分析ツールは,一見,分析手続きをやや面倒で手間のかかるものにしているようにみえるかもしれない。けれどもこれこそ,質的研究を「研究」としてしっかり位置づけようとする著者が,理論的な格闘の末に出した1つの答えなのである。もともと質的研究は,従来の方法で掬い取れなかった現象の側面を読みとるために,その視点や手続きを工夫していこうとする試みであった。しかしそこで生まれる多様な読みを他者に伝えたりその質を議論したりするためには,「ここまでは確かにそう言える」といった共通の基盤が必要になる。「プロパティ」と「ディメンション」を通じて著者が達成しようとしているのは,質的データという一見多義的であやふやなものを扱う際に,人々の間で共有できるコミュニケーションの土台づくりである。
それが土台としてどれほど堅牢で確実なものかは,まだ議論の余地があるかもしれない。しかし,そうした土台を構築していこうとする筆者の一貫した姿勢は,知を議論に開かれたものにしていこうとする点で,質的研究全般においても重要だろう。その意味で本書とそこで解説されている手続きを学ぼうとすることは,GTAに関心がある者だけではなく質的研究に関心がある者すべてにとって,研究を行なう上での1つの構えを身につける貴重な契機となるに違いない。
(『看護研究』2013年12月号掲載)
活きた講義の息吹が感じられる研究法テキスト (雑誌『看護教育』より)
書評者: 井上 智子 (東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科)
ほぼ30年の月日を費やし,質的研究は日本の看護領域において当たり前の存在となりました。当たり前とは,「当然」「そうあるべき」「ありふれていること」ですが,ここに至るまでの道のりは,今なお第一線で活躍している看護研究者たちの貢献なくしては語れません。
本書の著者である戈木クレイグヒル滋子先生も,その多大なる貢献者のお一人です。グラウンデッド・セオリー・アプローチの開発者である米国カリフォルニア大学のアンセルム・ストラウス(Anselm Strauss)先生から直々に学び,ご自身の博士論文を完成させ,その後20年にわたり日本で後継者育成に携わりながら,いくつもの質的研究に関する著書を発表されています。
本書は2005年に初版が,そのわずか2年後に「増補版」として,分析過程(プロパティとディメンション)についての加筆がなされたものが発行されました。それから6年を経たこのたびの「第2版」は,質的研究法解説の洗練もさることながら,研究過程全般にわたり研究実践者ならではの助言や示唆にあふれたものとなっています。そこに看護研究者・教育者20年の蓄積と若い研究者への温かな眼差しを感じます。
などと書くと,大変な大家,老成者のように受け取られるかもしれませんが,とんでもない,著者は本書の表紙や挿絵にも描かれている「シーカヤックでの島巡り」がリアルに好きな,好奇心あふれる魅力的なパフォーマーでもあります。
研究法解説書としては異例の構成である本書は,小舟でいくつもの島(各章:これが研究プロセスになっている)を順に巡るバーチャルゼミにたとえられています。そして研究という海原を,著者のコンダクター,ナビゲーターとしての手ほどきを受けながら自らの力で島にたどり着き,また次の島を目指して出発することで,自然とグラウンデッド・セオリー・アプローチが学べる仕組みとなっています。
研究法関連書籍は,必要に迫られたときに,必要な箇所を目次をたどりながら拾い読みするのが常となっていた評者ではありますが,本書を手に取り1ページ目から読み始めてすぐに,書物としての面白さにも引き込まれてしまいました。文章はこなれていて読みやすく,時にウイットに富む比喩もあり,それでいて各章を読み終わるごとに,研究法を改めて学び直せたという満足感ももたらしてくれる,なんとも贅沢な書であります。
ゼミナールという書名から,初学者向けと思われるかもしれませんが,“翻訳ものにはない活きた講義の息吹を感じながら研究法を学ぶ”醍醐味は,むしろ研究歴の長い人々にこそ味わってもらいたい。読後にそんな思いが浮かんでくる,躍動感あふれる一冊です。
(『看護教育』2013年12月号掲載)
質的研究者が贈る“共同生成する生きたテクスト”
書評者: やまだ ようこ (立命館大学特別招聘教授・質的心理学)
「質的研究法」は,今では多くの学問領域で市民権を得ているといってよいでしょう。いうまでもなくグラウンデッド・セオリーは,その中心的な研究方法の一つです。著者は,その日本の第一人者として大きな役割を果たしてこられました。
私が尊敬するのは,著者が初学者にもわかりやすく実践的なテクストを出され,すでに定評あるそのテクストを繰り返し改訂し続けてこられたことです。そして,今度ついに『質的研究法ゼミナール』第2版を出されました。そこには,「研究方法は生き物で,使い手の成長に伴って変化するものだと思います。いったん出版した以上,よい方向への変化があれば,可能なかぎりそれにあわせて書き替える責任があるのではないかと思ったのです」という著者の思想が裏打ちされています。
これは,教科書としてのテクストだけに当てはまる思想ではなく,「共同生成する生きたテクスト」をめざしている質的研究者の多くが持つ思想だと思います。しかし,私を含めて「言うは易く,行うは難し」,本当に実行することは容易ではありません。著者が,ゼミナールの受講者も巻き込んだ教育プロセスの中で「共同生成する生きたテクスト」を真に実践されてきた成果が,この第2版には生き生きと盛り込まれています。
グラウンデッド・セオリーは,普及しましたが,「正しく根づいていない」「研究法がデータ分析だけを指すと誤解されている」という著者の嘆きに,私も大きく賛同します。そこで第2版では,「研究テーマとリサーチ・クエスチョン」「データ収集」の説明などが加わりました。グラウンデッド・セオリーだけではありませんが,特に日本では,てっとり早く使える即席の技術としての「質的データ分析法」を求める傾向が強いように見受けられます。研究は,どのような問いを立て,何を探求したいのか,そのためにはどのような方法論をとるべきかを十分に考えてなされなければ,新しい「知」を生み出す「学問」や「研究」の領域には到達しないでしょう。
「はじめて質的研究法を学ぶときは,1つの方法にコミットして,系統立って学んだほうがよいと思います。いろいろなものをちょっとずつかじるというやり方では,パッチワークのような知識になる危険性が高くなってしまいます」。
全体を通じてみられる,経験者でないと発することのできない,含蓄に満ちた数々の言葉の端々にも,はっと共感させられます。
書評者: 能智 正博 (東京大学大学院教育学研究科教授)
本書は,質的研究法の中でも最も広く用いられている手法のひとつであるグラウンデッド・セオリー・アプローチ(GTA)の自習書の第2版である。しかし,単なる技法の自習書を超えて,筆者がつかんだ質的研究のエッセンスを読み手に伝えようとする真摯なメッセージのようにもみえる。初版から継続する本書の特徴は,GTAの学びの過程が10前後のステップに分けられ,著者のゼミナールに参加しているかのような臨場感のもとでその手続きやコツが学んでいける点である。今回の改訂では特に,研究テーマとリサーチクエスチョンの設定について大幅に加筆がなされ,具体的なデータを扱う準備段階に関するアドバイスも増えている。著者の実際の授業が絶えず更新され深みを増しているのに呼応して,本書も進化を続けているのである。旧版の読者でも,本書を通じてさらに深くGTAを学び直すことができるであろう。
微妙だがより大きな旧版との違いは,いくつかあるGTAの手法の中で著者が自らのそれを「戈木クレイグヒル版(のGTA)」と呼んでいる点である。背景には,自らの方法の独自性を自覚した筆者の自負と覚悟があるように感じられる。その独自性の中心にあるのが,分析過程における「プロパティ」と「ディメンション」という分析ツールの重視である。さしあたり,「プロパティ」は対象の属性を捉えるための大枠(例えば「色」),「ディメンション」はその大枠の中における位置づけ(例えば「赤」)と考えておけばよい。著者は,データを読んでそこにラベル名をつける際にも,また,カテゴリーをつくってそれらを結びつける際にも,この2つの概念を参照する。この手続きは旧版以上にていねいに解説されているように思われる。
この分析ツールは,一見,分析手続きをやや面倒で手間のかかるものにしているようにみえるかもしれない。けれどもこれこそ,質的研究を「研究」としてしっかり位置づけようとする著者が,理論的な格闘の末に出した1つの答えなのである。もともと質的研究は,従来の方法で掬い取れなかった現象の側面を読みとるために,その視点や手続きを工夫していこうとする試みであった。しかしそこで生まれる多様な読みを他者に伝えたりその質を議論したりするためには,「ここまでは確かにそう言える」といった共通の基盤が必要になる。「プロパティ」と「ディメンション」を通じて著者が達成しようとしているのは,質的データという一見多義的であやふやなものを扱う際に,人々の間で共有できるコミュニケーションの土台づくりである。
それが土台としてどれほど堅牢で確実なものかは,まだ議論の余地があるかもしれない。しかし,そうした土台を構築していこうとする筆者の一貫した姿勢は,知を議論に開かれたものにしていこうとする点で,質的研究全般においても重要だろう。その意味で本書とそこで解説されている手続きを学ぼうとすることは,GTAに関心がある者だけではなく質的研究に関心がある者すべてにとって,研究を行なう上での1つの構えを身につける貴重な契機となるに違いない。
(『看護研究』2013年12月号掲載)
活きた講義の息吹が感じられる研究法テキスト (雑誌『看護教育』より)
書評者: 井上 智子 (東京医科歯科大学大学院保健衛生学研究科)
ほぼ30年の月日を費やし,質的研究は日本の看護領域において当たり前の存在となりました。当たり前とは,「当然」「そうあるべき」「ありふれていること」ですが,ここに至るまでの道のりは,今なお第一線で活躍している看護研究者たちの貢献なくしては語れません。
本書の著者である戈木クレイグヒル滋子先生も,その多大なる貢献者のお一人です。グラウンデッド・セオリー・アプローチの開発者である米国カリフォルニア大学のアンセルム・ストラウス(Anselm Strauss)先生から直々に学び,ご自身の博士論文を完成させ,その後20年にわたり日本で後継者育成に携わりながら,いくつもの質的研究に関する著書を発表されています。
本書は2005年に初版が,そのわずか2年後に「増補版」として,分析過程(プロパティとディメンション)についての加筆がなされたものが発行されました。それから6年を経たこのたびの「第2版」は,質的研究法解説の洗練もさることながら,研究過程全般にわたり研究実践者ならではの助言や示唆にあふれたものとなっています。そこに看護研究者・教育者20年の蓄積と若い研究者への温かな眼差しを感じます。
などと書くと,大変な大家,老成者のように受け取られるかもしれませんが,とんでもない,著者は本書の表紙や挿絵にも描かれている「シーカヤックでの島巡り」がリアルに好きな,好奇心あふれる魅力的なパフォーマーでもあります。
研究法解説書としては異例の構成である本書は,小舟でいくつもの島(各章:これが研究プロセスになっている)を順に巡るバーチャルゼミにたとえられています。そして研究という海原を,著者のコンダクター,ナビゲーターとしての手ほどきを受けながら自らの力で島にたどり着き,また次の島を目指して出発することで,自然とグラウンデッド・セオリー・アプローチが学べる仕組みとなっています。
研究法関連書籍は,必要に迫られたときに,必要な箇所を目次をたどりながら拾い読みするのが常となっていた評者ではありますが,本書を手に取り1ページ目から読み始めてすぐに,書物としての面白さにも引き込まれてしまいました。文章はこなれていて読みやすく,時にウイットに富む比喩もあり,それでいて各章を読み終わるごとに,研究法を改めて学び直せたという満足感ももたらしてくれる,なんとも贅沢な書であります。
ゼミナールという書名から,初学者向けと思われるかもしれませんが,“翻訳ものにはない活きた講義の息吹を感じながら研究法を学ぶ”醍醐味は,むしろ研究歴の長い人々にこそ味わってもらいたい。読後にそんな思いが浮かんでくる,躍動感あふれる一冊です。
(『看護教育』2013年12月号掲載)
質的研究者が贈る“共同生成する生きたテクスト”
書評者: やまだ ようこ (立命館大学特別招聘教授・質的心理学)
「質的研究法」は,今では多くの学問領域で市民権を得ているといってよいでしょう。いうまでもなくグラウンデッド・セオリーは,その中心的な研究方法の一つです。著者は,その日本の第一人者として大きな役割を果たしてこられました。
私が尊敬するのは,著者が初学者にもわかりやすく実践的なテクストを出され,すでに定評あるそのテクストを繰り返し改訂し続けてこられたことです。そして,今度ついに『質的研究法ゼミナール』第2版を出されました。そこには,「研究方法は生き物で,使い手の成長に伴って変化するものだと思います。いったん出版した以上,よい方向への変化があれば,可能なかぎりそれにあわせて書き替える責任があるのではないかと思ったのです」という著者の思想が裏打ちされています。
これは,教科書としてのテクストだけに当てはまる思想ではなく,「共同生成する生きたテクスト」をめざしている質的研究者の多くが持つ思想だと思います。しかし,私を含めて「言うは易く,行うは難し」,本当に実行することは容易ではありません。著者が,ゼミナールの受講者も巻き込んだ教育プロセスの中で「共同生成する生きたテクスト」を真に実践されてきた成果が,この第2版には生き生きと盛り込まれています。
グラウンデッド・セオリーは,普及しましたが,「正しく根づいていない」「研究法がデータ分析だけを指すと誤解されている」という著者の嘆きに,私も大きく賛同します。そこで第2版では,「研究テーマとリサーチ・クエスチョン」「データ収集」の説明などが加わりました。グラウンデッド・セオリーだけではありませんが,特に日本では,てっとり早く使える即席の技術としての「質的データ分析法」を求める傾向が強いように見受けられます。研究は,どのような問いを立て,何を探求したいのか,そのためにはどのような方法論をとるべきかを十分に考えてなされなければ,新しい「知」を生み出す「学問」や「研究」の領域には到達しないでしょう。
「はじめて質的研究法を学ぶときは,1つの方法にコミットして,系統立って学んだほうがよいと思います。いろいろなものをちょっとずつかじるというやり方では,パッチワークのような知識になる危険性が高くなってしまいます」。
全体を通じてみられる,経験者でないと発することのできない,含蓄に満ちた数々の言葉の端々にも,はっと共感させられます。