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質的研究をめぐる10のキークエスチョン
サンデロウスキー論文に学ぶ

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「質的研究で数を扱ってはいけないの?」「適切なサンプルサイズは?」「結局のところ、質的研究は一般化を目指せないの?」など、質的研究において根本的であるにもかかわらず掘り下げられてこなかった疑問について、米国の研究者サンデロウスキーの論文に答えを求め、訳者が解説を加えた。質的研究を志すすべての方必読!何か釈然としなかった「あのこと、このこと」への明解な回答が詰まった1冊。
マーガレット・サンデロウスキー
谷津 裕子 / 江藤 裕之
発行 2013年11月判型:A5頁:220
ISBN 978-4-260-01895-1
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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はじめに(谷津裕子)/日本の読者の皆様へ(Margarete Sandelowski)

はじめに
 サンデロウスキー論文集——このような本が日本で出版される日が来るとは,誰が想像できたでしょうか.
 本書を構成する10の論文の著者,マーガレット・サンデロウスキー(Margarete Sandelowski)先生は,ノースカロライナ州立大学チャペルヒル校看護学部教授で,同大学から,卓越した研究教育業績を挙げた教授のみに与えられるCary C. Boshamer Distinguished Professorという名誉ある称号を授与されています.また,同学部が毎年夏に開催する質的研究プログラム(The Summer Program in Qualitative Research)のディレクターであり代表教授も務めておられます.
 サンデロウスキー先生はペンシルバニア大学にて看護学士号,ボストン大学にて母性・小児看護学の修士号,コロンビア大学教員養成課程で教育修士号,ケース・ウエスタン・リザーブ大学にてアメリカ研究で博士号をそれぞれ取得され,看護と社会科学分野におけるジェンダーとテクノロジー,質的研究方法論に関するテーマで150を超える文献を執筆する著名な研究者です.2000年に出版された著書『Devices & Desires』が2004年に邦訳(『策略と願望——テクノロジーと看護のアイデンティティ』和泉成子監訳,日本看護協会出版会)されたことから,日本においても彼女の名前を耳にしたことのある方は少なくないと思います.
 しかし,意外なことに,彼女の研究主題である質的研究方法論に関する書籍はこれまで出版されたことがありません.もちろん,質的研究に関する論著は膨大な数にのぼります.彼女が編集委員を務める『Research in Nursing & Health』誌には質的研究の方法論や方法に関する論文が多数掲載されています(本書に収められている論文はすべてこの雑誌に収載されています)し,2007年にはデューク大学看護学部准教授(現在は同大学教授)のジュリー・バローゾ(Julie Barroso)先生との共著で『Handbook for Synthesizing Qualitative Research』という質的研究の統合法に関する書籍も出版されています.また,近年では質的研究と量的研究の統合法の開発に力を入れ,連邦政府の補助金を得て,慢性疾患をもつ小児とその家族に関する研究のミックスド・メソッドによる統合に着手しておられる様子です.しかしながら,複数の質的研究の結果を統合したり,質的研究と量的研究の結果を統合するようなメタ研究ではなく,単独の質的研究がどのように進められるのかに関する基本的,基礎的な方法論に関する書籍は,未だ本国アメリカ合衆国においても出版されたことはないのです.
 ではなぜ,遠く日本でこれが可能になったのか.一言で申すなら,それは,いくつかの幸運が重なったためだと言えますが,本書が誕生した経緯を紹介することを通してサンデロウスキー先生の魅力をお伝えすることができると思いますので,もう少しだけ詳しい説明にお付き合いください.
 1つ目の幸運は,サンデロウスキー先生との出会いです.本書に収載されているサンデロウスキー先生の論文を解題・解説している私(谷津)は,日本赤十字看護大学で学士号,修士号,博士号を取得し,修士論文と博士論文で質的研究に取り組みました.修了後は同大学で教員をする傍ら質的研究論文の質の評価や質的研究の方法論に関心をもち,サンデロウスキー先生の論文にもいくつか目を通していました.しかし,サンデロウスキー先生の存在の偉大さをはっきりと自覚したのは,先に紹介した著作『策略と願望——テクノロジーと看護のアイデンティティ』を読んだ2006年12月のことでした.専門が母性看護学・助産学であり,医療におけるジェンダー問題や権力構造に関心がある私に,当時同じ大学の上司だった中木高夫先生(現在は天理医療大学教授)がこの本を薦めてくださったのですが,その内容のあまりの見事さに圧倒され,めまいを感じつつ一気に読み進めたことを覚えています.
 「看護職は,テクノロジーを取り込んで地位を高めようと策略するが,同時に,取り込んだつもりが取り込まれてしまい,自己のアイデンティティを見失いかねない罠にはまりこんでしまう」という看護とテクノロジーの皮肉な関係について,緻密かつ刺激的に描写していくその偉業に,まさに度肝を抜かれてしまいました.内容の素晴らしさに加えて私が魅了されたのは,その研究の方法論です.歴史的資料や学術論文,多様な歴史を生きてきた看護師たちの証言など,さまざまなデータがサンデロウスキー先生の研究疑問,すなわち「文化を創出し保存していくために,ジェンダーとテクノロジーが一緒になってどのように機能するのか」という問いのもとに1つに集められ,新たに解釈されていくその様に,これまでに感じたことのない知的興奮を覚えました.
 サンデロウスキー先生に質的研究を学びたい.そう感じた半年後の2007年6月に,私はサンデロウスキー先生が主宰する質的研究プログラム2(現象学的/解釈学的方法)に参加していました.翌年の夏には質的研究プログラム1(実証的/分析的方法)に,翌々年には第14回質的研究夏期研修所(ケーススタディリサーチ)に,それぞれ参加しました.日本から来た不安げな参加者である私に,サンデロウスキー先生は毎回優しく声をかけ,英語の講義についてこられるか,楽しんでいるかと心配してくださいました.私が研究の相談をすると熱心に聞き入ってくださり,明快で適切な返答をくださいました.研究者としてはもちろん,教育者としての素晴らしさをも垣間見ることができたことは,サンデロウスキー先生に直接お会いしたからこそ得ることができた貴重な学びの1つです.
 2つ目の幸運は,江藤裕之先生との出会いです.江藤先生とは,長野県看護大学に在職中に執筆された著書『看護・ことば・コンセプト』(2005年,文光堂)でお名前を知りましたが,専門分野も異なることから,密にお話しする機会は多くありませんでした.しかし,サンデロウスキー先生の存在の偉大さについてお伝えしたところ,江藤先生は,その偉業を日本に紹介してはどうか,しかも間接的に紹介するのではなくサンデロウスキー先生の論文を1冊にまとめるかたちで,と大胆なご提案をくださったのです.もともと私にはサンデロウスキー先生の教えを日本に広め,日本の看護研究の質を高めたいという夢はありましたが,サンデロウスキー先生の英文を正しく日本語に訳し換える自信がありませんでした.というのも,「あとがき」に江藤先生が記されているように,サンデロウスキー先生の英文は,科学論文の厳密な形式に則って正確にしたためられながらも,文学や社会学,歴史学,美学など幅広い教養に支えられた奥深い言葉や審美的な表現が用いられています.そのため,言葉の指し示す意味を文脈から繊細に読み取ることのできる素養なしには,サンデロウスキー先生の主張を適切に伝えることができないのです.その点で,英語をご専門とされ,既に翻訳書も数点出されている江藤先生にご協力いただけるのであれば心強い限りです,ぜひその方向でいきたいと即答しました.
 とは言っても,サンデロウスキー先生からご承諾が得られなければ夢はかないません.冒頭で述べたように,米国ですらサンデロウスキー先生の質的研究に関する書籍は出版されていませんので,そこには何か理由があると考えるのが普通です.サンデロウスキー先生に相談するのを躊躇する私に,江藤先生は「ダメでもともと.日本の看護研究の質を高めたいという情熱を,まずは伝えてみては」と励ましてくださったので,思い切ってメールしてみました.すると,ほどなくしてサンデロウスキー先生からお返事がありました.「もちろんヒロコのことは覚えていますよ.私の論文を,翻訳の価値があると考えてくれてありがとう.どうぞ!完成したら,ハードコピーを1部くださいね」というあっさりとした,しかし寛大な,慈悲にあふれたお言葉でした.さらに,私が感激したのは,こちらが希望した掲載論文リストから1つの論文を削除し,代わりに別の1つの論文を追加するようにとコメントしてくださったことです.私は喜びのあまりその現実を信じることができず,しばらく心の震えが止まりませんでした.これが3つ目の幸運といえるでしょう.
 さて,本書でご紹介する論文ですが,ほとんどが1990年代半ばから2000年代初めの論文であり,最も古いものは1992年に執筆された論文です.なぜ20年以上も昔の論文を,今この日本で紹介する必要があるのでしょうか?
 端的に言うと,日本の看護学界で実施され,報告されている質的研究は,米国でこれらの論文が出版された時代の質的研究の水準に,現時点でようやく追いつきつつあると考えられるからです.しかし,これは日本の現状に対するかなり楽観的な見方であり,この水準に追いつくのはまだ相当先のことだと指摘されてもしかたないでしょう.本書に収録された論文に目を通していただければわかるように,そこで展開されている質的研究の本質に関する議論や論文中に例示されている研究を読む限り,1990年代の米国では,私たち日本の研究者が未だ到達していない俯瞰的な観点から質的研究の特徴をとらえ,さまざまな困難に行き当たり,新たな方法を編み出してそれらの困難を乗り越えようとしていたことがうかがえます.とはいえ万事順調に進んでいるわけではなく,時おり道に迷いながらの様子ではありますが.
 今日,日本の看護学界では,毎年数多くの質的研究の成果が誌上報告されていますし,質的研究の成果を認められて博士号を取得する看護学研究者もたくさん輩出されています.こうした動向の背景には,看護学における大学院教育の普及とそれに伴う質的研究への関心の高まり,そして,この関心を後押しする質的研究関連文献やインターネットを通じた情報の流通が存在すると考えます.特にこの20年間に大きく様変わりしたのは,質的研究について論じた書籍の数でしょう.1993年に,日本の看護研究にこの上なく大きな影響を与えたと考えられる『看護研究——原理と方法』(Polit & Hungler著/近藤潤子監訳)が医学書院から出版されましたが,その書では量的研究を中心とした科学的研究における一連の過程に焦点が当てられていました.当時は決して珍しい例ではなく,看護研究に関する書籍の多くは量的研究のプロセスを解説したものであり,質的研究についてはごく簡単にまとめて紹介される程度でした.それが今ではどうでしょう.質的研究を中心にまとめた書籍が数多く出版され,某通販サイトのサイト内検索に「質的研究」と入力すれば約450件の和書(翻訳本を含む)がヒットします.先述した『看護研究——原理と方法』も2010年に翻訳第2版(原書の第7版:Polit & Beck著/近藤潤子監訳)が医学書院から出版されましたが,質的研究方法についての記述が拡充され,質的研究のデザイン,方法,質的研究と量的研究の統合などが新たに詳しく解説されています.
 こうした変化は,日本の看護学界に質的研究に取り組む研究者の増加をもたらしました.誰もが手軽に「質的研究」の情報にアクセスできるようになり,優れた質的研究論文に触れ合う機会も増え,質的研究を実施したり評価したりするために必要な知識や感覚が磨かれたことは,喜ばしい変化だと思います.
 しかし同時に,質的研究がいわば「大衆化」したことにより,多くの人が行なっている方法が良しとされ,権威者の発言に追従する人が増えたこともまた事実と言えるかと思います.この3年ほど,全国各地で質的研究に関する講演をしてきましたが,質的研究の入門書に記されていることや指導教員や論文審査員からの指導や助言,査読者の指摘する内容に納得がいかず,どこかおかしいと疑問に思いつつもそれを言葉にできずに悶々としている研究者や研究者予備軍に多数出会ってきました.質的研究に関する根拠に乏しいhow-toが看護界を席巻し,質的研究者の視界を曇らせ,判断を鈍らせてしまっているようです.
 巷にあふれかえっている質的研究の書籍の多くは,さまざまな方法論を広範囲に紹介する入門書の類か,各方法論の特徴を詳細に解説する専門書の類に二分されます.それらの書籍が,それぞれの読者のニーズに応じて教育や研究の場で有効に活用されていることについては,今や疑問をさしはさむ余地はないでしょう.しかし,浅く広い情報が網羅的に紹介されている入門書や,方法論ごとの詳細な解説書が何冊積み重なっても,質的研究の本質的な問題群に接近することは難しいこともまた事実です.
 「質的研究者は数を扱ってはならないのか?」,「質的研究における適切なサンプル数とは?」,「結局のところ質的研究は一般化を目指せないの?」等々,質的研究の本質的問題に対して1つひとつ明快な答えを提示しているのがサンデロウスキー先生です.本書は,質的研究者が避けては通れない諸問題を「キークエスチョン」のかたちで読者に投げかけ,それらに対応するサンデロウスキー先生の論文を訳出し,その内容をもとに「論文の解説」において問題解決の糸口を提示するものです.本書のコンセプトは,質的研究に対して私たちが素朴に抱く疑問を共有し,サンデロウスキー先生の論文からともに学び,考えることにあるのです.
 質的研究の本質的問題を取り上げる本書は,研究に対するパースペクティブを広げ,理解を深める意味で,看護学生や学部生,大学院生,臨床家,教育従事者,研究者など,質的研究の初学者から上級者までの幅広い層の要求に応えるものだと思います.教育機関や医療施設などで開催される質的研究に関する授業や勉強会で,10のキークエスチョンについて1章ずつ,あるいは関心のある章をピックアップして,小集団で抄読したりディスカッションしたりするのも一案でしょう.本書が,質的研究を本気で学びたい人のバイブルとなり,良質な質的研究を生み出す強力な種子となることを,心から願っています.米国から後れを取った20年余の月日を少しでも縮めることに本書が貢献するなら,サンデロウスキー先生の論文を日本に紹介する者としてこれ以上の喜びはありません.

 2013年11月
 谷津裕子


日本の読者の皆様へ
 本書は,質的方法について私がこれまで発表してきた論文の中から10編を厳選したものです.このたび日本語訳が完成し,皆様にお読みいただけるようになりましたことを大変うれしく思っています.と申しますのは,私が理解するに,日本の看護研究において質的研究への関心が次第に高まってきているからです.
 本書に収録されている論文の多くは,1990年代に書かれたものです.当時のアメリカでは,質的研究に対する関心が看護研究者の間で徐々に高まりつつありました.そのような中で私は,質的研究方法論に関する知識を簡潔に,かつ包括的にまとめようと考えました.ある同僚は,これらの論文を評して「小さな本(little books)」と表現しましたが,それは,質的方法論にまつわる課題について全体を見通し,最新の研究成果を紹介するものだったからだと私は思います.質的分析におけるケース志向性,質的分析の初期段階と量化,サンプリング,逐語録作成とテキストの引用,質的研究における理論の使用と時間の場,質的記述などに関する専門書や論文がこれまでたくさん書かれてきましたし,これからも書かれることでしょう.しかし,質的に考えることを学び,質的方法を理解し,質的研究で得られた結果を評価するときに,本書はその入門編として皆様のお役に立てることと確信しております.
 本書を日本語に翻訳し出版の労をとってくださった谷津裕子教授および江藤裕之教授に心から感謝を申し上げます.お二人がこの仕事を通して日本の質的研究の質を高めようと目指された,その学問的情熱に敬意を表します.本書に収録された論文で私が伝えようとしたことは,言葉の違いを超えて皆様に届くものと信じております.本書は,質的研究という変化に富んだ,そして不思議な魅力のある土地を旅する皆様にとって,最良のガイドブックとなることでしょう.
 それではどうぞ良い旅を.

 2013年11月
 Margarete Sandelowski, PhD, RN, FAAN
 Cary C. Boshamer Distinguished Professor
 University of North Carolina at Chapel Hill School of Nursing

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はじめに
日本の読者の皆様へ

Key Question 1 よい結果を導く質的分析のポイントは?
 質的分析とは何か,そして,どのように始めるのか?
 論文の解説

Key Question 2 質的研究で数を扱ってはいけないの?
 本物の質的研究者は数を数えない?-質的研究における数の使用
 論文の解説

Key Question 3 質的研究における適切なサンプルサイズとは?
 質的研究におけるサンプルサイズ
 論文の解説

Key Question 4 結局のところ,質的研究は一般化を目指せないの?
 「1」は最も生き生きとした数-質的研究のケース志向性
 論文の解説

Key Question 5 質的研究と時間はどう関係する?
 時間と質的研究
 論文の解説

Key Question 6 逐語録を作成するとき,研究者が取り組むべき課題とは?
 逐語録の作成について
 論文の解説

Key Question 7 生データをなぜ,どのように引用する?
 質的研究における引用
 論文の解説

Key Question 8 質的記述的研究とはどういうもの?
 質的記述はどうなったのか?
 論文の解説

Key Question 9 質的記述的研究にまつわる誤解とは?
 名前がどうかしましたか?-質的記述再考
 論文の解説

Key Question 10 質的研究に理論は必要?
 素顔の理論-質的研究における理論の使用と装い
 論文の解説

索引
あとがき

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すべての質的研究者に読んでほしい (雑誌『看護教育』より)
書評者: 北 素子 (東京慈恵会医科大学医学部看護学科教授)
 例えば次のような一節を読んで,質的研究に関心をもつあなたならどう感じるだろうか?

 「よい質的研究を行うには,数を扱う能力が非常に重要です」「質的研究は一般化を目指せます。一般化のエッセンスが詰まっているのです」「質的記述的研究は解釈や理論を含まない“お手軽な”研究ではありません」

 おそらく,疑問が次から次へと湧き出てきて,考え始めてしまうのではないか。

 本書は質的研究の方法論に関するものであるが,方法論のHow toを紹介する一連の書籍群とは一線を画すものである。ノースカロライナ州立大学チャペルヒル校看護学部教授であり,質的研究方法論に関する著名な研究者,マーガレット・サンデロウスキー博士による質的研究に関する珠玉の論文10篇が紹介される。扱われている内容は,質的分析,数(量化),サンプルサイズ,一般化,時間,逐語録,引用,質的記述的研究とその誤解,理論。どれをとっても質的研究者の関心を引くものとなっている。

 本の構成は,これらについて章ごとに,問いの提示(キークエスチョン),それに答えるサンデロウスキー論文,そしてその論文とキークエスチョンとのつながりの解説という形となっている。

 10篇の論文は,これまで谷津裕子氏による論文や学会交流集会等での引用,日本赤十字看護大学で定期開催されている研究会JRC-NQRで断片的に紹介されてきた。それが今回,英語がご専門の江藤裕之氏との出会いにより書籍という形でまとめられ,より多くの読者に届けられることとなった。

 サンデロウスキー博士は論文中,さまざまな言い方で,質的研究が厳しい学問的手順を必要とする科学的側面をもつ一方,方法やテクニックに縛られすぎず社会的想像力を発展させて使う力,そして自分自身が自分自身の研究の方法論者となる力「intellectual craftsmanship(知的職人芸)」(p.4,p.166)を必要とするものであると伝えている。提示された10の問いに答える論文には,一人ひとりの研究者が自分の頭で考え抜いてほしいというメッセージが込められている。そしてこの本には,その大切さを,サンデロウスキー論文を通して発信していきたいという訳者等の熱い願いが込められている。その意味で本書は,サンデロウスキー論文の単なる翻訳集を超えるものである。

 読み終えて,質的研究者の端くれとして襟元を正された。「intellectual craftsmanship」をもち,そしてもち続けられるようにしていきたいと切に思う。それは自ら厳しく責任を負っていくことでもあるが,がんじがらめのマニュアル主義から自由になり,混沌とした現象のなかから私たちにとって大切な何かを見出す道に開かれることだから。

(『看護教育』2014年5月号掲載)
質的研究を哲学する本
書評者: 中木 高夫 (天理医療大教授・看護学科)
 本書はハウツー本ではない。質的研究の本質は方法論ではなく《理解》にある。理解のためにさまざまな方法が,研究者の置かれた制約を反映して考案されているのだ。現在,ノースカロライナ大学チャペルヒル校の教授であるサンデロウスキーは,1990年代,『Research in Nursing & Health 』誌に質的研究を哲学する論文を連続的に発表した。それらの論文は1冊の本としてまとめられることはなかったが,質的研究者の間では「little books」と呼ばれていた。

 JRC-NQR(日本赤十字看護大学質的研究勉強会)を主宰し,質的研究のさまざまな研究方法の根底を流れるものを問い続けていた谷津裕子氏(日赤看護大教授)は,数十編のlittle booksを前にして,大きな野望を抱いた。というのも,今の日本の質的看護研究は,まず指導教員から与えられた方法ありきという状態に思えたからだ。そこで,サンデロウスキー自身の協力を得て,必要不可欠な10編を選んで翻訳し,さらに日本の読者の理解に資するための解説を書き下ろした。翻訳にあたっては,JRC-NQRの盟友江藤裕之氏(東北大教授)が全面的にバックアップした。一例を示そう。

 「質的研究は1つひとつのケーススタディを深め,次にメタシンセシスを行っていると思うが?」

——ケーススタディは,……常に「1つのもの」の理解へと向いている。その「1つのもの」とは,1人の人間のように単一のものの場合もあれば,家族,組織,文化的集団,出来事といった集合的な,つまり空間と時間によって決定づけられるものを指す場合もある(p. 65)。それぞれのケースに注意して……データの意味を理解し……ケース間の比較へと移り,さらに,分類を行い,仮説や理論を立てて検証し,……そこから逸脱していないデータの集約,統合,解釈などを行う(p. 67)。

 「となると,質的記述的研究は?」

——質的研究者は自らの仕事を,……現象学的研究,グラウンデッド・セオリー法,エスノグラフィックな研究,ナラティヴ研究を行っているというよりは,あまりにも多くのケースで,現象学,グラウンデッド・セオリー,エスノグラフィー,ナラティヴを「装っている」(Wolcott, 1992)だけの結果となった。……ごくわずかしか構造化されていない開放型のインタビューしか行わない研究でもナラティヴと呼び,研究参加者の「主観的な」経験の報告にすぎないものでも現象学的と呼び,さらに,異なるエスニック集団の研究参加者しか含まないにもかかわらずエスノグラフィックと呼んでいる。……そこにナラティヴ的,現象学的,エスノグラフィックな含みがあったとしても,質的記述的研究と言い表わしたほうがよい場合が多い(pp. 134-135)。すべての質的研究アプローチの基礎となるものではあるが,質的記述的研究は,それ自体が価値のある方法論的アプローチを形づくっている(p. 145)。質的記述的研究は「分散型残余カテゴリー」に位置づけられるのである(p. 166)。

 本書の一端を理解していただけただろうか?

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