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ジェネラリストのための内科診断リファレンス
エビデンスに基づく究極の診断学をめざして

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疫学、病歴、身体所見、検査という診断学の一連の流れすべてを網羅し、エビデンスに基づいた診断とは何かを追求した書。殊に病歴、身体所見を深く掘り下げ、リファレンスをあげて「多い・少ない」「大きい・小さい」という抽象的な説明でなく、極力具体的な数字を示して解説。診断に悩む症例に遭遇した際に、役に立つ。ジェネラリストにこそ求められる診断学として、内科診断のみならず整形外科、眼科・耳鼻科なども収載。
シリーズ ジェネラリストのための
監修 酒見 英太
上田 剛士
発行 2014年02月判型:B5頁:736
ISBN 978-4-260-00963-8
定価 8,800円 (本体8,000円+税)
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推薦の序(松村理司)/監修にあたって(酒見英太)/(上田剛士)

推薦の序
 十数年前に以下のように考え,書いた.

 〈日本の医療現場のEBM〉が臨床的問題解決の強力な武器として生き残れるかどうかは,臨床実践の中での輝きの如何にかかっている.もしも,EBMとは世代的に遠い‘古典的’名医が,私達が遭遇しているさまざまな難問をEBMを一切使わず,合理的に,しかも素早く解決し続けたら,どの世代も〈医療現場のEBM〉を見限るに違いない.逆に,EBMの素養のある中堅内科医が,頭脳に蓄積された多くのエビデンスの妥当性を次々に現場で披露することで,‘古典的’名医の回答に一層の科学的豊かさを付け加える展開をすれば,関係各位からの割れんばかりの内心の拍手は間違いがない.ということは,特にジェネラリストを目指す若手世代には,EBMの手法の修得と平行した一般内科や総合診療の臨床力の必死の獲得が不可欠になる.コンピュータが何台も並んで,瞬時の情報獲得ができるようになったとしても,それだけで良質の臨床とはいえない.そういう思案をすべき岐路に,〈日本の医療現場のEBM〉はそろそろさしかかっていると思われる.(『“大リーガー医”に学ぶ』 282頁,医学書院,2002年)

 本書の著者である上田剛士君こそ,その「EBMの素養のある中堅内科医」ぴったりである.およそ7年前に,本書を監修した酒見英太君の文字通り跡を追って洛和会音羽病院(当時698床)に入職してきた上田君だが,現在は急性期病院に特化した洛和会丸太町病院(137床)の救急・総合診療科の医長として,同科を率いている.弊会の大小2病院の臨床現場で汗をかき,それぞれの診療上の特性を踏まえたうえでEBMを駆使している.
 本書は,上田君の単独著ではあるが,監修の枠をはるかに超えた酒見君の添削ぶりを身近に眺めると,両名の共著に近い観がある.正に師弟コンビの合作といえよう.エビデンスにあふれる文体はともすれば硬質で,無味乾燥に陥りやすいものだが,臨床的経験と学識に富んだ師の真摯な介在がクッションになっていると信じたい.
 私自身といえば,すでに年余に及んでいた監修を少しでも介助しようとしたのだが,わずか1-2か月で早々に頓挫してしまった.ひとえに作業の知的程度が高いのである.今となっては懐かしく思い出される逸話である.
 身内の作品とはいえ,飛び切り喜んで推薦する次第である.日本のあちこちの臨床現場でのさまざまな議論に資するものであってほしい.

 2013年12月
 洛和会ヘルスケアシステム総長 松村理司


監修にあたって
 私も監修者としてそれなりに手を入れさせてはもらったとはいえ,本書は卒後12年そこそこの新進気鋭の若手,上田剛士医師による単独著である.私と上田君とは,彼が卒後3年間を救急で知られた名古屋掖済会病院で過ごした後,2005年に当時私の勤務していた国立京都病院総合内科に後期研修医として赴任して以来の付き合いである.上田君は当時から卒後4年目とは思えない力量を発揮していたが,翌年,私と時期をほぼ同じくしてともに現在の洛和会音羽病院に移り,総合診療科の若きリーダーの1人として,診療にまた初期・後期研修医の臨床教育に遺憾なく力を発揮してくれた.彼の研修医向けレクチャーは,その内容の新しさと「数字=定量的エビデンス」で常に好評を博していた.現在は系列の姉妹病院である洛和会丸太町病院で救急・総合診療科のリーダーとして多忙な診療の傍ら,若手医師の教育にいそしんでいる.
 本書は彼が研修医時代,もしかしたら医学生時代から収集してきた医学情報をEBM-Noteと称してまとめてきた膨大なファイルを基に書き起こしたものである.1990年代に幕を開けたIT時代の真っ只中で育ち,コンピューターリテラシーに長けた彼の世代の医師たちの中には,文献はすべてPDF化してコンピューターに入れ,簡単に検索して取り出せるようにしている人が多い.われわれ熟年世代であれば,紙コピーを取ってラインマーカーで線を引きながら読んだものをビニールファイルに入れ,ぎゅうぎゅうの本棚に押し込んでいたところを,である.上田君の偉いところは,ただコピーを保管するだけでなく,できるだけ定量的なエビデンスを重視しつつ,各トピックについて自分なりにコンパクトにまとめ直したファイルをこつこつと作成してきたことにある.それが集大成されて今回の書籍となったわけである.
 IT時代が幕を開けるまで,われわれ中年以上の世代は研修医時代,何か調べものをしたいと思えば,今思えば結構エビデンスレベルが低い内容が羅列されたマニュアル類(いわゆるアンチョコ)に手っ取り早くあたって済ませることが多かったように思う.『ハリソン内科学』など定評のある教科書にあたるのは比較的良心的なほうであった.少し本気で文献検索を試みようものなら,図書館へ行って分厚い『Index Medicus』を紐解くか,製薬会社のプロパーさんに頼んで提供してもらうなどという,今から考えれば悠長で,かつザルのような情報収集をしていたことを思い出す.そこへいくと,キーワードを上手に選べば世界中の文献を1つの窓から瞬時に検索し取り出すことができる現在は,まさに隔世の感がある.
 しかし情報が氾濫する現代だからこそ,疾患頻度,病歴と身体所見の「検査」特性を定量的に評価しつつ,効率の良い診断を手助けする本書は出版する価値があるのではないかと考え,私は本書の監修を引き受けた.
 本書は,内容的には,疫学的データは外国の文献を用いた場合にはわが国の実情とは齟齬が生じる場合があるし,そもそも疾患頻度は調査がなされた時点での医療レベル(診断能力や手段の利用しやすさ)に依存するため今後どんどん変化する可能性があること,また,尤度比LRの元となる感度Sn,特異度Spを割り出した研究に用いられた患者群の選択や診断のゴールド・スタンダードまでいちいち明らかにできていないことなどの謗りはあるかもしれない.さらに,診断推論の初端の数字,すなわち,病歴をとった時点での身体診察前確率,病歴と身体所見をとった時点での検査前確率などは,症例経験の有無や豊富さに依存することも,実際の臨床では理解しておく必要がある.
 しかし,数字を示しているものには必ず出所となる文献を示しているため,疑問に思った読者はその文献に直接あたっていただき,異議を感じられたり異説を発見された際はお手数でも著者・監修者にご連絡いただければ忝く思う.
 若くして有能な臨床家かつIT時代の申し子である上田君の著書をサポートできたことは私の誇りであり,本書が総合臨床,総合内科をめざす読者の方々の臨床推論の実践に役立つことがあれば喜びに堪えない.

 2013年12月吉日
 酒見英太



 医療を大きく診断・治療の2つのカテゴリーに分けるならば,若手医師にとってより困るのは診断であろう.病名が分かれば治療を調べることはできるが,診断が付かない段階では教科書を調べるとしてもどこを調べてよいのか分らないからである.
 病態については過去の偉業の集積である『ハリソン内科学』や『朝倉内科学』などは優れた教科書である.また日進月歩の治療学については『UpToDate』が世界中でスタンダード化しつつある教科書といえる.
 一方,診断学については『Batesの診察法』『McGeeの身体診断学』『Wallachの検査値診断マニュアル』(これらはすべて和訳もされている)といった良書はあるが,いずれも確定診断に至るまでの一連の過程(病歴・身体所見・検査)をすべては網羅はしておらず,いわば診断学の断片を記したものに留まっている.
 そこで病歴,身体所見,検査という診断学の一連の流れのすべてを網羅し,かつエビデンスに基づく教科書がほしいというのが本書誕生のきっかけである.

 本書の特徴としてまずできる限り具体的な数字を記載することとした.多い・少ない,大きい・小さいなどの用語は抽象的で具体的なイメージはもてない.またその解釈も状況により大きく変わるからだ.
 また診断の9割近くは病歴と身体所見で決まるとされるが,これらは簡便で侵襲性がないだけでなく,医療コストを増大させない利点がある.そのため本書では診断の一連の流れである疫学・病歴・身体所見・検査所見のいずれについても言及しながら,病歴・身体所見については特に深く掘り下げて記載した.
円グラフ「病歴・身体所見・検査の診断寄与率」
 本書は若手医師の方々がエビデンスに基づいた診断学を実践するうえで,必ず役立つものと信じている.診断に悩む症例に遭遇したときは当然のことであるが,初期研修医で内科をローテーションする人,エビデンスに基づいた診断学を実践したい人,後輩研修医の指導にあたる人,病歴・身体所見を学び直したい人,総合診療科医を目指す人には本書を特にお勧めしたい.

 最後となったが,内科医師としてはまだまだ未熟である私に出版の機会を与えて下さった松村理司先生,多忙にもかかわらず快く監修を引き受けていただいた酒見英太先生,そして医学書院の関係者の方々にこの場を借りて感謝を申し上げたい.

 2013年12月吉日
 洛和会丸太町病院 救急総合診療科  上田剛士

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A 主要症候・内科一般
 1 体重減少 2 浮腫
 3 リンパ節腫脹 4 動悸
 5 めまい 6 失神
 7 ショック 8 意識障害
 9 発熱 10 脱水・出血
 11 心肺停止 12 血液ガス
 13 維持輸液と栄養学 14 アルコール関連問題
 15 薬物副作用
B 消化管
 1 急性腹症総論 2 虫垂炎
 3 腸閉塞総論 4 腸閉塞各論・ヘルニア
 5 消化管穿孔 6 特発性食道破裂
 7 急性下痢症 8 院内発症下痢症
 9 慢性下痢症 10 アニサキス症
 11 炎症性腸疾患 12 過敏性腸症候群
 13 上部消化管出血 14 下血・下部消化管出血
 15 胃癌 16 大腸癌
 17 便秘症 18 嘔気・消化不良
 19 逆流性食道炎 20 急性腸管虚血
 21 門脈血栓症・上腸間膜血栓症 22 消化管壁ガス・門脈ガス
C 肝・胆・膵
 1 肝疾患の診察 2 肝機能異常の解釈
 3 ウイルス性肝炎 4 アルコール性肝障害
 5 薬剤性肝障害 6 慢性肝障害
 7 肝細胞癌・転移性肝腫瘍 8 肝膿瘍
 9 胆石・胆道感染 10 腹水
 11 腹膜炎(消化管穿孔以外) 12 脾腫
 13 急性膵炎 14 慢性膵炎
 15 膵癌
D 循環器
 1 頸静脈圧 2 心音・心雑音へのアプローチ
 3 安定狭心症 4 急性冠動脈症候群
 5 冠攣縮性狭心症 6 心嚢水貯留・心外膜炎
 7 心タンポナーデ・収縮性心膜炎 8 急性心筋炎
 9 心不全 10 たこつぼ心筋症
 11 心筋症 12 ブルガダ症候群
 13 感染性心内膜炎 14 大動脈解離
 15 腹部大動脈瘤 16 深部静脈血栓症
 17 肺塞栓症 18 慢性下肢動脈閉塞症
    (特にASOについて)
 19 二次性高血圧症
E 内分泌・代謝・栄養
 1 低ナトリウム血症 2 低カリウム血症・高カリウム血症
 3 高カルシウム血症・低カルシウム血症 4 糖尿病
 5 低血糖発作 6 糖尿病性昏睡
 7 甲状腺結節・甲状腺癌 8 甲状腺機能スクリーニング
 9 甲状腺機能低下症 10 甲状腺機能亢進症
 11 亜急性甲状腺炎 12 副腎腫瘍
 13 クッシング症候群 14 褐色細胞腫
 15 副腎不全 16 骨粗鬆症
F 腎・泌尿器
 1 血尿 2 蛋白尿・ネフローゼ症候群
 3 急性腎不全 4 急性糸球体腎炎・急速進行性糸球体腎炎
 5 慢性腎不全 6 尿路感染症
 7 急性前立腺炎 8 尿路結石症
 9 腎梗塞 10 排尿障害
 11 前立腺癌 12 急性精巣痛
G アレルギー・膠原病
 1 関節炎 2 化膿性関節炎
 3 結晶性関節炎 4 関節リウマチ
 5 脊椎関節炎 6 リウマチ熱
 7 全身性エリテマトーデス 8 成人スティル病
 9 リウマチ性多発筋痛症・側頭動脈炎 10 血管炎
 11 サルコイドーシス
H 血液
 1 貧血の診断 2 貧血の鑑別
 3 小球性貧血 4 大球性貧血
 5 血管内悪性リンパ腫 6 多発性骨髄腫
I 感染症
 1 菌血症 2 伝染性単核球症
 3 肺結核と粟粒結核 4 麻疹・風疹
 5 HIV感染症 6 免疫抑制患者での感染症
 7 免疫抑制患者での肺感染症 8 開発途上国からの帰国後熱発
J 呼吸器
 1 喀血 2 ばち指
 3 急性咽頭炎・扁桃炎 4 インフルエンザ
 5 慢性咳嗽 6 百日咳
 7 市中肺炎 8 レジオネラ肺炎
 9 院内肺炎 10 誤嚥性肺炎
 11 膿胸・肺炎随伴胸水 12 気管支喘息
 13 慢性閉塞性肺疾患 14 気胸
 15 特発性縦隔気腫 16 胸水の存在診断
 17 胸水の原因検索 18 悪性腫瘍による胸水
 19 結核性胸膜炎 20 肺癌
K 神経
 1 頭痛 2 認知症
 3 パーキンソン症候群 4 正常圧水頭症
 5 慢性硬膜下血腫 6 脳卒中
 7 くも膜下出血 8 髄膜炎
 9 亜急性髄膜炎 10 ヘルペス脳炎
 11 蘇生後脳症 12 ウェルニッケ脳症,他
 13 痙攀 14 顔面神経麻痺
 15 末梢神経障害 16 頸動脈狭窄
 17 心因性疾患
L 皮膚科
 1 特徴のある皮疹 2 結節性紅斑
 3 多形滲出性紅斑 4 薬疹
 5 帯状疱疹 6 壊死性筋膜炎
M 整形外科
 1 腰痛症と脊椎圧迫骨折 2 椎間板ヘルニアと脊柱管狭窄症
 3 悪性疾患に伴う腰痛 4 感染性脊椎炎・椎間板炎
 5 骨腫瘍 6 手根管症候群
 7 糖尿病性足部骨髄炎
N 眼科・耳鼻科
 1 眼科的疾患 2 急性喉頭蓋炎
 3 急性副鼻腔炎 4 アレルギー性鼻炎
O 産婦人科
 1 産婦人科的急性腹症 2 クラミジア感染・淋菌感染

  和文索引
  欧文索引

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後期研修医にお薦め 『生きた』知識の内科診断リファレンス
書評者: 林 寛之 (福井大病院教授・総合診療部)
 これだけのボリュームを一人で書きあげるなんて驚愕の事実! なにしろこれでもかこれでもかとコンパクトにエビデンスが書き連ねてある。

 特筆すべきは症候学や疾病各論のみならず,日本の現状に合わせたテーラーメイドな解説が微に入り細に入り記載されていることだ。エビデンスというと,どうしても「『では』の神」(アメリカでは~,アメリカでは~)となってしまうところだが,多くの海外の論文を参考にしながら,日本で医療をしていくにはどうしたらいいのかがきちんと書いてある。また単純に事実の羅列にとどまらず,上田剛士先生による「解釈」が入っており,『生きた』知識になっている。大学教授が机上でこねくり回した机上の知識じゃないのがいい。……って大学教授が言っちゃっていいのかしらン??

 上田先生の単著によるところが何より素晴らしい。グタグタと長ったらしい記載が一切なく,わかりやすい。紙面も見やすく,エッセンスをギュッと詰めた感じでありながらも,単著ならではの統一性があり読みやすい。本書を上梓するまで7年かかったというが,血と涙と努力の結晶ということがすぐにわかる。上田先生の日頃からの勉強姿勢に頭の下がる思いだ。

 特に日本のさまざまな場において専門医研修を積んでいる後期研修医にぜひ本書をお薦めしたい。忙しさにかまけてどうしても経験則的な診断や治療に陥りがちな落とし穴にはまらないためにも,世界のスタンダードはどうなっているのか,エビデンスとしてはどこまでわかっていることなのかを確認しつつ,臨床をこなしていくと必ず血や肉となって力がついてくる。病院の徒弟制度もそれはそれで力がついていいが,世界に目を向けて勉強する姿勢は本書から学ぶことができる。その道標を上田先生が示してくれるとも言える。まさしく本書にさらなる新しいエビデンスを後期研修医自身が書き加えて,自分の臨床にあったデータベースを歳月をかけて作り,本書と共に成長していくことができる。近年まれにみる良書だ。

 内科にとどまらずマイナー科や整形外科,産婦人科にも言及している点でまさしく総合的に役立つ書と言えよう。当直で専門外を見ないといけない当直医にとっても十分役に立つ。初期研修医なら勉強会の資料作りに役に立つし,各分野の専門医なら自分の専門領域の知識の整理のみならず,自分の不得意とする分野の復習,さらなる勉強に非常に役に立つこと請け合いだ。とにかく紙面は読みやすく,専門医の貴重な時間を無駄にはしない満足のリファレンスになっている。ぜひ一度手に取ってみてほしい。簡単に通読できる厚さではないが,それ以上の見返りが必ずあるはずだ。
研修医・指導医必携! 病歴聴取と身体診察を徹底した診断学書
書評者: 岩田 健太郎 (神戸大大学院教授・感染症治療学/神戸大病院感染症内科)
 さて,本書を読み始めて数ページで何をしたかというと,すぐに感染症内科実習の必須教科書に指定した。チュートリアル部屋と初期研修医部屋にも購入するよう提案。できれば,指導医みんなにも配って回りたいくらいである。

 内容は実に重厚である。本書は上田剛士先生の単独書であり,かつ酒見英太先生の監修が入っている。引用されていないものも含めると1万以上の論文を参照しているという。洛和会に勤務しながら7年近くかけて執筆した大著である。単独著でこれだけ重厚かつエンサイクロピディックな書籍というと,青木眞先生の『レジデントのための感染症診療マニュアル』(医学書院),Marino,Cunha,Cope(Silen)などが思い出される。しかし,感染症や集中治療といった一領域のみならず,外科や精神科も含めてこれだけの膨大な文献を読み通せる医師はほかにはちょっと存在しないのではないだろうか。

 本書は診断に力点を置いた本である(もっとも,治療についてもかなり詳しい言及がある)。診断学の本というとSapiraにせよWillisにせよ病歴と診察が中心のことが多い。本書もまた,病歴聴取と身体診察の徹底においてはこれらに引けを取らない。

 「(失神は)病歴,身体所見,心電図を合わせれば,ほぼ100%で心原性失神を検出することが可能である(p 23)」

 が,同様に本書は各種の検査についても価値がニュートラルである。検査に関する言及も実に多い。要はちゃんと診断できることが大事なのだ。

 「(急性腹症について)重篤と考えても診断がはっきりしなければCT検査が有用である(p 72)」

 日本の医療は診断に弱い。それは,医学部や初期研修において診断学をシステマティックに教わっていないからだ。いやいや,診断学講義はある,という人もいるかもしれないが,そのほとんどは「検査学」である。MRIのメカニズムとか,心電図の読み方とか。

 診断的アプローチは,患者の訴えから系統立てて問題点を整理し,アセスメントを立て,そして妥当に検証することをいう。しかし,自分が診た患者の経験値だけで診断しようとする医師は今でも多い。だから,自分の科(臓器)の病気のミミックに無関心であったり,検査属性を勉強せずに検査陽性例だけを相手にしていたりすることが多い。「○○が陰性なので,なんとか病は否定的です」とその病気のスペシャリストがさらっと言い切ってしまう誤謬は驚くほど,多い。「検査(や所見)陰性の意味」を知るだけでも,本書を読む価値は高い。

 本書は極めてクール・ヘッドな本だが,同時に熱いハートの本でもある。そういった点も上田先生らしさが出ていてよいと評者は思う。

 「病歴聴取と身体診察はくまなく・繰り返し・しつこくが基本であり王道である(p 40)」

 通常,「エビデンス」というと,治療に関するエビデンスを指すことが多い。要するに,RCTである。一方,診断に関するエビデンスは小さな雑誌に載ることが多い。上田先生のように根気強く,好奇心豊かに,コツコツと調べ上げねばならない。本書は内科領域のみならず,国内外のあらゆる領域の専門誌を参照しており,その点は驚異的だ。

 「日本では8,275例の法医解剖の0.8%が腹上死で,心原性が50.7%,97%が男性[Nihon Hoigaku Zasshi 1963 Sep;17:330-40](p 47)」

 1963年の日本法医学雑誌掲載論文を探して,腹上死の疫学を調べるなんて,上田先生以外にはできないのである。

 本書はエキサイティングな本でもあるが,反省を促す本でもあった。自分がいかに臨床上の疑問をほったらかしにし続けていたか,痛感させられた。知性を刺激し,魂に反省を促すのが,本書である。
診断の正確さを高める最強のクイック・レフェレンス
書評者: 徳田 安春 (地域医療機能推進機構研修センター長)
 臨床推論がブームである。診断学関連の学術論文でも臨床推論の心理メカニズムがトピックとなっている。そこで前提となっているのはダニエル・カーネマン(ノーベル経済学賞受賞者)のシステム理論である。システム1は直観的推論であり,システム2は分析的推論である,とされている。カーネマンは,人間はシステム1を多用する傾向があり,システム2を使う方がより正確な推論が可能となると述べている。カーネマンの理論が正しいかどうかは今後の研究の展開を待つ必要があるが,システム2の中心となる分析的推論の重要性については皆が異論のないところであろう。診断プロセスという不確定な事象を徹底的に分析し尽くそうとすると,究極的には条件付き確率理論を持ち出さざるを得ない。システム2の究極は,疾患の検査前確率と,さまざまな臨床所見の尤度比から検査後確率を求めていく作業ということになる。条件付き確率理論の主役はベイズ定理であり,これを簡便に表したノモグラムも世に広まった。

 しかし,である。ベイズ定理(ノモグラム)を日常診療で常時活用し,臨床判断を行っている医師はこれまではいなかっただろう。なぜなら,臨床現場の最前線でこの定理の変数項に投入すべき具体的な数値情報が診察室やベッドサイドにおける医師の手元にそろっていなかったのである。システム2の致命的な弱点だ。臨床現場の診断で即使えるデータベース(レフェレンス)がないと,この定理は役に立たない。なるほど,JAMAで連載されたRational Clinical ExaminationやMcGeeのEvidence-based Physical Diagnosisなどは手元にある。しかし,前者は病歴と診察所見,後者は診察所見にほぼ限定した内容であり,使い勝手がよくない。書かれ方が読みもの調となっており,多忙な臨床医のためのクイック・レフェレンスではなかった。

 そこで,本書が登場した。日本人若手医師が一人で作成したレフェレンスというから驚きだ。膨大な論文の継続的なコレクションと分析・整理がなされ,病歴,身体所見,検査所見に至る全過程のエビデンスが網羅されている。システム2の完全試合をめざすには最強の武器である。本書の内容に匹敵するシステム2のレフェレンスは現時点ではないだろう。診断の正確度を高めるために,多くの内科医師が,本書を手元におき,レフェレンスとして活用されたい。

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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。

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