新医学教育学入門
教育者中心から学習者中心へ

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「教育者中心から学習者中心へ」という世界的な医学教育改革の流れを踏まえ、日本における医学教育の「問題群」を明快に指摘。「よい教育とは何か?」、「そのために何か必要か?」を示す。医学・医療の新しい時代を切り開くために、次世代を育てる医学教育に何ができるか? 改革・改善のためのヒントに満ちた「医学教育学」の入門書。
大西 弘高
発行 2005年06月判型:A5頁:176
ISBN 978-4-260-12733-2
定価 2,420円 (本体2,200円+税)
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  • 目次
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1 医学教育が注目されているのはなぜ?
2 医学教育の枠組み
3 教育とは何か?
4 勉強する人しない人
5 成人の学習とは?
6 カリキュラムって何だ?-(1)顕在的か?潜在的か?
7 カリキュラムって何だ?-(2)現実と理想の違い
8 カリキュラム開発の枠組み
9 カリキュラム開発の基盤となる考え方
10 学習者は何を求めているか?
11 教育目標とは?
12 教育目標分類(タキソノミー)とは?
13 教育方略とは?
14 タキソノミーと教育方略,評価の関係
15 カリキュラムの実施段階
16 評価とは?
17 評価にまつわるさまざまな問題
18 学習者評価とプログラム評価
19 評価にまつわる最新理論
20 小規模の勉強会とカリキュラム開発
21 卒後臨床研修システムの再構築
22 クリニカル・クラークシップの考え方
23 講義をよくするには
24 PBLテュートリアルの是非
25 診断能力の獲得
26 医学教育の将来
索引

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改革が進む医学教育を正しく理解するために
書評者: 田中 まゆみ (聖路加国際病院・一般内科)
 臨床研修の必修化・スーパーローテート化,マッチングという医学生と研修病院の相互選別制度,研修医評価の標準化,研修プログラムの標準化・評価…今や日本の医学教育は短期間に劇的展開をなしとげつつある。どんな改革にもある程度の混乱はつきものであるが,この改革の根底にある国際的医学教育改革の潮流を理解しない限り,その混乱は一層深まるおそれがある。米国イリノイ大学とマレーシアの国際医学大学で医学教育学の研鑽を積んでこられた大西弘高氏ほど,その解説に適任な医学教育者は見当たらない。本書は,『週刊医学界新聞』に連載中から識者の注目を集めていた,待望の医学教育学総論である。

 著者は序文で個人的体験に基づいた「教育の評価」への疑問を投げかけて,型どおりの退屈な本ではないという期待を抱かせてくれる。続いて各章の冒頭に医学教育責任者のプログラム作りの試行錯誤のようすをプロットで描くなど,期待を裏切らぬ人間味にあふれた記述が魅力である。それでいて基礎的用語や体系の説明は簡潔明確であり,特殊用語にもすぐ慣れて読み進められるようにできている。このような工夫のおかげで,優れて実践的であり,今日からでも役立ちそうで読んでいて手応えがある。

 もとより,評者は教育学においては素人なので,医学教育学が教育学全般の中でどれほど特殊なのかはわからないが,「成人教育」の特徴をふまえなければならないという点は非常に重要であるように思えた。患者への教育も成人教育であるが,医師(doctor)は患者を教育(docere)する者というのが語源のわりには,患者教育が下手なようだ。医学生を教えるのが苦手というのも同じ延長線にあるように思う。医学教育を見直すことで患者教育にも多くの気づきが得られるのではと考えるのは評者だけであろうか。タキソノミーなどそのまま応用して,「半年後に糖尿病患者の80%が合併症の早期発見のための眼科検診と検尿の重要性を理解する」などと患者教育の具体的な目標をたてられそうである。教育目標をこのようにいちいち教育専門用語に翻訳する背景には,研究助成金獲得のためによい企画書を書くためということがあるのは明らかだが(特に米国では),形を整えて事足れりとするのでなく,血の通った教育改革への志を持続させてゆきたいものである。そのような決意を新たにさせてくれる力が,この本にはある。著者の人間性の賜物であろう。

広い視野と戦略性,真の国際性を兼ねそろえた医学教育のために
書評者: 岩田 健太郎 (亀田総合病院・総合診療教育部感染症内科)
 「君は,前期48点,後期49点だった。平均50点ない者は不合格にしたんだ。でも,前期30点,後期60点だった者は,努力の跡が見られたから合格にした。まっ,もう1年やってくれ」

 こう言い捨てられ,本書の筆者である大西弘高氏は留年の憂き目にあう。挫折を,それも理不尽な挫折を味わった経験を持つ者なら,これが若い心にどのくらい深い傷跡を残すか容易に想像できるだろう。もちろん,当時は「理不尽な世界」は「大人の世界」であり,「おまえも早く大人になれよ」と諭されるのであるが,これが「まやかし」や「ごまかし」とほぼ同義語であることを知るのに,そう時間はかからない。

 医学生時代に受けた教育の半分以上は退屈なものだった。自分の研究データを誰にともなくつぶやき続ける講師,目標も希薄な実験をマニュアル通りにこなすだけの実習,1時間に100枚以上のスライドをペラペラめくって,「おまえら全然理解できていないな」と豪語する教授。教育者は偉く,学習者は見下げられた存在である。「それはおまえが理解していないせいだ」と言われれば,ぐうの音も出ず,こうして教育者の都合で,大西氏の言葉で表現するなら,「教育者中心」に医学教育はそのレベルの低さのexcuseを与え続けてきた。「ああはなりたくない」。教える立場に立った今,こう考える。私も「学習者中心」にと願う大西氏同様,反面教師の皮肉な恩恵を受けていた。

 一方,現場で教育に没頭する毎日の中で,「教育学」の教科書には縁が遠かった。何冊か,古典といわれるものは読んだし,「専門家」といわれる人たちの話も聞いた。が,どこか嘘臭かったし,自分とは関係のない世界の話,という感じがした。

 米国では,ACGME(accreditation council for graduate medical education)が定めるガイドラインが整備されている。が,形ばかりのシステム整備には,ときに胡散臭さがつきまとう。ビジネスに忙しく,名門大学所属というタイトルだけが大事なパートタイムの教官は,ご機嫌取りに毒にも薬にもならない評価表を埋めることがしばしばだったし,研修医もずるいもので,足りない手技をねつ造してなんとか研修修了したりしていた。形だけ取り繕ってもダメだ,アウトカムを伴わなければ,と強く思った。

 日本は日本で,「教育学の大家」と呼ばれる人が難解な専門用語を乱発するも肝心の彼自身の講義は退屈きわまりなく,その自家撞着に気が付く様子もなく,かなりがっかりしたものだ。どうも教育学とは,われわれとは関係のない偉い人がやっているものだ,という偏見が抜けなかった。

 そこで,本書である。「教育とはかくあるべし」とは言わない。「教育とは何か?」とタイトルがある。「評価はこうやる」ではなく,「評価とは?」である。そこには,基本的なコンセプトや専門用語の解説にとどまらず,「なぜ教えるのか」「なぜ評価するのか」という基本的な筆者の問いを感じる。実践面に大変気を配っており,「本来の評価の意味(94ページ)」を考え,プロダクトの確認,保証を考えている(第16章 評価とは?)。学習者は何を求めているのか?(第10章),診断能力の獲得(第25章)といった,教育者というより,一臨床家として極めて関心の深い命題についても,理念(principle)と実践(practice)をほどよく織り交ぜて解説している。カリキュラムなどの,形式整備だけにとらわれず,「アウトカム」を大事にしているのも,すばらしい。こうした中で,これまで現場の人間が取っつきにくかった「一般目標」「個別目標」「タキソノミー」「教育方略(strategy)」といった用語に慣れ親しむことができる(それにしてもまずい訳語だとは思うけれども。尤度比とか,方略とか,どうもこの分野の訳出者はセンスがない。likelihood,strategyといった言葉は日常会話でもよく用いられるが,「方略」なんて彼女の前で言ったら,ふられるのが落ちであろう)。

 教育者が漠然と行う教育は,ややもすると独善的になりやすい。自らの行動を明確に言語化し,相対化するためにも,本書は大変有用である。

 イリノイ大学医学教育部で研鑽を積まれた筆者であるが,そこで終わらなかったところもすばらしい。大西氏を特徴づけているのは,マレーシアの国際医学大学での経験だと思う。閉鎖的にコクスイ主義に走るのでもなく,米国一辺倒のゆがんだ「コクサイ主義」に陥るのでもなく,大西氏はこう述べる。「アジア各国が互いに協力し,切磋琢磨しながら医学教育について学んでいるのは,医学教育を政策として考えたときに,自分の国の中で実験するのが困難だからという理由が大きいように思えます。特に米国,英国という医学教育に関する二大勢力は互いにかなり異なり,これらのいい部分をうまく取り入れたいという気持ちはアジア各国の医学教育改革に共通していると感じます(158ページ)」。こういった観点から,医学教育における「国際的な連携」を訴えた例は希有である。

 医学教育そのものにも「方略」strategy,は必要であるが,医学教育組織改革にも戦略性strategyは欠かせない。広い視野と戦略性,真の国際性を兼ねそろえた医学教育環境の充実のため,大西氏のますますのご活躍をお祈りするとともに,本書を強く推薦する次第である。

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