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健康行動理論による研究と実践

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「健康日本21(第二次)」で取り上げられている生活習慣・社会環境の改善の研究・実践に活用できる、健康教育・ヘルスプロモーションの理論・モデルを、日本国内の事例とともにコンパクトに紹介する。さまざまな理論が、個人内、個人間、集団レベルに分けて歴史的な変遷をもとにわかりやすく整理されている、初学者や実務者必携のハンドブック。
編集 一般社団法人 日本健康教育学会
発行 2019年06月判型:B5頁:280
ISBN 978-4-260-03635-1
定価 4,180円 (本体3,800円+税)

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はしがき
***

 元号が令和となり,新たなスタートをきったこの年,『健康行動理論による研究と実践』が完成した。日本健康教育学会のテキストとしては,『健康教育―ヘルスプロモーションの展開』(保健同人社)を刊行した2003年以来,16年ぶりのことである。この間,健康教育とヘルスプロモーションの研究と実践は世界中で進められ,新たな健康行動理論やモデルも登場した。大量のテキストも欧米で発行されてきた。しかし,欧米のテキストに日本の事例が含まれることは少ない。
 だからといって日本での研究や実践が少ないとか劣っているというわけではない。英語論文にならなくとも,多くの研究が日本で行われ,研究に基づいた実践もなされてきた。それらをまとめ,「ヘルスリテラシー」「エンパワメント」「ストレス対処能力」などに特化して書かれた著書も出版されてきた。一方,日本において,健康行動理論を用いた研究や実践を包括した類書は長らく不在であった。
 この不在によって苦労した研究者は数多くいるはずである。何事も新たな学びをする際は,短時間で全体像を俯瞰することが肝要である。全体像がつかめれば,グイグイと自分の関心の対象に迫っていける。その手だすけをするために本書を企画した。
 本書は,2003年のテキストにはさほど見られなかった,日本の研究と実践の事例が盛りだくさんである。そのリアルな感覚を手にしたいのであれば,序章のあと,第5章から第8章までを一気に読んでもらいたい。それによって,若干難しいかもしれない第1章から第4章までの理解も深まるはずである。
 本書の対象は,第一に,健康行動にかかわるテーマの研究に取り掛かろうとする看護・保健・栄養・福祉系などの大学院生や若手の研究者である。代表的な健康行動理論を理解でき,実際の研究に役だつであろう,国内の研究事例や日本語で使用可能な測定尺度を紹介している。研究者にとっておおいに参考になるはずである。ただし紙面の都合上,その使い方に関する詳細な説明は十分できていない。その点,各章末にある文献をおおいに活用していただきたい。第二に,学校や職場(病院を含む),地域社会で健康行動理論を活用している実践家である。理論が実践に役にたたなかったなら,それは「よい理論」ではない。「よい理論」として理解かつ活用できるような解説を心がけた。
 本書がかかわる領域は多岐にわたる。健康教育,ヘルスプロモーション,医学,薬学,歯学,看護学,介護学,社会福祉学,心理学,臨床心理学,健康社会学,行動医学,ヘルスコミュニケーション学,栄養学,産業医学,行動科学,リハビリテーション。この領域は今後も増えていくに違いない。本書がより多くの人に活用されることを期待したい。
 ただし,本書を参考に,論文や著書を仕上げることを最終目的としてはいただきたくない。本書によって,研究と実践が進められ,それによって人々がより健康になり,より幸せになる,それが私たちの大きな願いである。
 最後に,本書の刊行にあたり,多大なる支援をいただいた日本健康教育学会事務局,医学書院の方々に深謝する。

 2019(令和元)年 5月
 神馬征峰

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序章 健康行動理論とは
  A 健康行動理論とは?
  B 健康行動理論と健康教育・ヘルスプロモーション
  C 本書の概要

第1部 健康行動理論の基盤
 第1章 健康行動理論の変遷
  A 浅い歴史,深い課題
   1 健康行動理論が扱う課題の歴史
   2 浅い歴史を支える理論
  B 健康行動理論における基本用語の定義と解釈
   1 パラダイム
   2 概念,コンストラクト,変数
   3 原則
   4 理論
   5 モデル
  C 健康行動概念・理論・モデルの系統図
   1 系統図づくりの材料
   2 系統図の特徴
   3 個人レベルの概念・理論・モデル
   4 個人間レベルの概念・理論・モデル
   5 集団レベルの理論・モデル・フレームワーク
   6 系統図の効用と限界
  D 理論の発展事例
   1 失敗があればこそ
   2 態度と行動をつなぐ糸
   3 集団レベルの理論・モデル・フレームワーク批判
 第2章 個人レベルの理論・モデル
  A 個人レベルの理論とは
  B KAPモデル
   1 基本的考え方
   2 KAPモデルの活用例
   3 KAPモデルの限界
  C ヘルスビリーフモデル
   1 基本的考え方・モデルの概要
   2 モデルの提案と進化
   3 各コンストラクトの詳細
   4 健康教育・ヘルスプロモーションへの応用例
   5 モデルの限界
  D 合理的行動理論・計画的行動理論・統合的行動モデル
   1 基本的考え方・モデルの概要
   2 モデルの変遷
   3 TRAとTPBの詳細
   4 IBMの詳細
   5 健康教育・ヘルスプロモーションへの応用
   6 モデルの限界
  E トランスセオレティカルモデル
   1 基本的考え方・モデルの概要
   2 モデルの変遷
   3 ステージの詳細
   4 健康教育・ヘルスプロモーションへの応用例
   5 モデルの限界
  F 予防行動採用モデル
   1 基本的考え方・モデルの概要
   2 健康教育・ヘルスプロモーションへの応用例
  G 個人レベルの理論・モデルに関する基本的概念
   1 自己効力感
   2 ヘルスリテラシー
   3 恐怖アピール
   4 文化資本/ソーシャルクラス
   5 他の関連理論
  H 個人レベルの理論の限界と適応
 第3章 個人間レベルの理論・モデル
  A 個人間レベルの理論・モデルとは
   1 個人レベルから個人間レベルの理論・モデルへ
   2 本章で扱う個人間レベルの理論・モデル
  B 社会的認知理論
   1 社会的認知理論の背景
   2 社会的認知理論の諸要素
  C ストレスと健康への力に関する理論とその文脈
   1 ストレスと健康への力の考え方
   2 ストレス理論の歴史的変遷
   3 心理社会的ストレッサーの諸相
   4 ストレスと対処のトランザクショナルモデル
   5 対処戦略
   6 ストレスと疾患―ストレスプロセスの統合モデル
   7 健康生成論とその背景
   8 健康生成モデルと首尾一貫感覚(SOC)
   9 環境とコントロールに関する理論
   10 外傷後成長・逆境下成長・ストレス関連成長
  D 社会関係に関する理論とその文脈
   1 社会関係と健康の研究の系譜
   2 社会関係に関するコンストラクトの整理
   3 ソーシャルサポート
   4 社会関係の評価
   5 ソーシャルサポートと健康との関係に関する理論・モデル
   6 ICTとソーシャルサポート
  E 健康とコミュニケーションに関する理論とその文脈
   1 患者―医療者関係の理論とその変遷
   2 医療コミュニケーションに関する課題
   3 セルフヘルプグループとピアサポート
   4 対人関係ヘルスコミュニケーションとアウトカムの間の緩和因子
  F 個人間レベルの理論から集団レベルの理論へ
 第4章 集団レベルの理論・モデル
  A 集団レベルの理論・モデルとは
   1 コミュニティ
   2 多様なレベルのアプローチ
  B コミュニティオーガニゼーションとコミュニティビルディング
   1 コミュニティエンゲージメント
   2 コミュニティエンゲージメント研究の変遷
   3 連合とパートナーシップ
   4 健康教育・ヘルスプロモーションへの応用
   5 CBPRとCFIRの限界
  C イノベーション普及理論
   1 イノベーション普及理論の概要
   2 適応の過程
   3 健康教育・ヘルスプロモーションへの適用
   4 限界
  D 計画モデル
   1 介入の計画
   2 PRECEDE-PROCEEDモデル
   3 ソーシャルマーケティング
  E ヘルスコミュニケーション
   1 ヘルスコミュニケーションの概要
   2 変遷
   3 健康教育・ヘルスプロモーションへの応用―マスコミュニケーション理論
  F 集団レベルの理論・モデルの限界と課題
   1 どのモデルを使うか?
   2 限界を規定する要因
   3 限界を克服するために―ロジックモデルによる合意形成

第2部 健康行動理論の研究と実践
 第5章 個人レベル
  A 計画的行動理論
   1 計画的行動理論研究の特徴
   2 日本における計画的行動理論に関するおもな書籍
   3 日本人を対象とした計画的行動理論を用いた研究
   4 今後の展望
  B トランスセオレティカルモデル
   1 日本におけるトランスセオレティカルモデルの普及と発展
   2 トランスセオレティカルモデルに関する書籍
   3 トランスセオレティカルモデルに関する用語
   4 変容ステージの測定項目
   5 日本人を対象としたトランスセオレティカルモデルを用いた研究
   6 日本人を対象としたトランスセオレティカルモデルを活用した実践
 第6章 個人間レベル
  A 環境とコントロール・健康への力に関する理論
   1 環境とコントロール・健康への力に関する研究
   2 健康生成論とSOCに関する研究と実践
   3 ストレスと成長に関する研究と実践
  B ヘルスコミュニケーション
   1 日本における患者-医療者関係とコミュニケーションの変化
   2 患者-医療者関係とコミュニケーションの評価
   3 関係性,コミュニケーションに影響を与える患者,医師の特性
   4 コミュニケーションのもつ影響
   5 教育・介入の試み
   6 日本における医療コミュニケーション研究の課題
 第7章 集団レベル
  A コミュニティ組織とコミュニティビルディング
   1 コミュニティビルディングの概念
   2 日本における健康に関連するコミュニティ組織の発展
   3 健康に関連するコミュニティ組織の役割
   4 コミュニティ組織のかかえる課題とコミュニティビルディングの可能性
   5 アクションリサーチ(実践型研究)によるコミュニティビルディング
   6 コミュニティビルディングの実践例
   7 コミュニティビルディングを目ざして
   8 今後の研究に向けて
  B ソーシャルマーケティング
   1 ソーシャルマーケティングの基本的な概念
   2 ソーシャルマーケティングの活用事例
   3 防煙・禁煙キャンペーンでのソーシャルマーケティングの実践例
 第8章 多様な介入レベル
  A ヘルスリテラシー
   1 ヘルスリテラシーの歴史
   2 日本におけるヘルスリテラシー研究
  B 行動経済学
   1 行動変容は重要,しかし……
   2 行動経済学とは
   3 二重過程理論
   4 ヒューリスティックの具体例
   5 健康行動の変容に対する行動経済学への期待

索引

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今こそ,健康行動理論を学び,活用しよう
書評者: 藤内 修二 (大分県福祉保健部参事監/健康づくり支援課長)
 最近,ナッジ理論が「ブーム」になっている。厚労省が2019年4月に発行した「受診率向上施策ハンドブック(第2版)」には,ナッジ理論に基づく実践がわかりやすく紹介されている。健診(検診)の受診に限らず,健康無関心層が無理なく健康な行動をとれるような仕掛けとして大きな期待が集まっている。

 このように健康政策において,健康行動理論に基づく戦略が紹介されると,多くの保健医療従事者がその適用を試みるものの,中途半端な理解に基づく実践では,なかなか成果が上がらず,結局,「この理論もだめだ」と諦めて,次のmagic bulletを探してしまうことも少なくない。

 新しい理論やモデルに基づく取り組みを始める際には,その理論やモデルが提唱された背景や経緯を学ぶとともに,どのような分野の保健行動や生活習慣の改善に向いているのか,その効果の限界について理解しておくことが必要である。また,効果的な展開のためには,関連する理論についても学ぶことが望まれる。

 これまで,こうした健康行動理論について学ぼうとする際に,適切なテキストが見当たらず,そのことが新たな理論やモデルの効果的な適用を阻んできた感がある。こうした意味で,本書は待望久しいテキストといえよう。

 本書は第1部で,個人レベル,個人間レベル,集団レベルという3つのレベルの理論・モデルについて,膨大な文献のレビューにより,歴史的な経緯から基本的な考え方まで解説しており,研究者にとって,貴重な成書になっている。

 第2部では,それぞれの理論・モデルを用いた研究と実践を解説している。特に,集団レベルの理論・モデルでは,飯能市のウォーキングの推進を例にアクションリサーチによるコミュニティビルディングの実践を,がん検診受診勧奨資材の開発と提供を例にソーシャルマーケティングの実践をわかりやすく紹介しており,自治体で働く保健師など健康教育の実践者にとって,優れた参考書になっている。

 また,ナッジ理論に代表される行動経済学の紹介では,その中心となる考え方である「ヒューリスティック」について解説されている。ナッジ理論を効果的に適用するためにも,そのベースとなる考え方を理解しておくことは有用である。何かを得るよりもそれを失うことに対する心理的な拒否感が強いという「損失回避」,未知なもの,未体験のものを受け入れたくない,現状を維持したいという「現状維持バイアス」,初期設定で好ましい選択を設定することで,好ましい行動を促す「デフォルトオプション」など,人間の行動特性を理解しておくことは,行動変容に向けたアプローチを行う際に有効であろう。

 健康増進計画の策定にはPRECEDE-PROCEED Modelのような集団のモデルを活用した事例が多く見られたが,データヘルス計画の策定に,健康行動理論を活用した事例は少ないようである。生活習慣の改善や健診の受診など好ましい保健行動をターゲットにするなら,もっと健康行動理論が活用されるべきであろう。本書の登場により,健康行動理論を学び,その活用につながることを大いに期待する次第である。

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