看護者のための
倫理的合意形成の考え方・進め方
倫理的合意形成に基づく意思決定支援を始めよう!
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「患者と家族の意見が異なる」「患者の意思が尊重されていない」「医療者と患者の治療後の見通しにズレがある」など、意思決定支援の場面でみられるさまざまな倫理リスク。患者の意思や自律を尊重するという倫理原則は理解しているし、このままの状況では倫理的問題が起きそうなことにも気づいている。でも、実際にどのように対応すればよいかはわからないというあなたへ。本書は倫理リスクへの対応力を高められる1冊。
著 | 吉武 久美子 |
---|---|
発行 | 2017年07月判型:B5頁:132 |
ISBN | 978-4-260-03129-5 |
定価 | 2,640円 (本体2,400円+税) |
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- 序文
- 目次
- 書評
序文
開く
はじめに
患者の治療法やケア方法をいかに決めるかという意思決定のあり方は,インフォームド・コンセントの概念が1980年代後半以降,米国から日本に輸入されたことを契機に現場では重要な課題になっています。尊厳死,脳死臓器移植,代理母などに代表される倫理的問題を含む場合の決め方はいうまでもなく,日常の看護行為の中にも倫理的問題は潜んでいます。現場の看護者にとって,いかに決めるかは今なお模索が続く課題といえるでしょう。
私は,インフォームド・コンセントの概念が医療現場に導入され始めた頃,1990年代に助産師,看護師として臨床経験を積んできました。看護者として,いかに決定することが,患者(対象者)にとって最善になるのだろうかと悩んでいました。その解を見つけるべく,治療法やケア方法などの意思決定について学問的に研究したいと考えて,2006年東京工業大学大学院で博士論文「医療現場における意思決定と合意形成に関する研究」をまとめました。これが私の研究人生のスタートになりました。
現在,「看護倫理,助産倫理」,「合意形成学」,「母性看護学」を3本柱として,教育ならびに研究活動を行っています。なかでも,病院に勤務する看護者の方々に2005年から院内研修の一環として,「合意形成」を取り入れた倫理教育を実施しています。倫理研修は,私にとって,現場の看護者が悩み,苦しみ,迷う現状を知る貴重な機会になりました。それと同時に,倫理的な意思決定の課題を解決する理論や方法論をつくりだすためのたくさんの知恵と勇気をいただきました。
倫理研修の受講生の多くは,その動機として「倫理は難しくて,答えがないから,どうしたらよいかわからない。けれど,大事だから知識を身につけたい」と答えてくれます。受講生のこの言葉に,現場の看護者の実態を垣間見ることができます。看護者は,倫理的問題が起きているのかどうかよくわからないこともあるけれど,「これでよいのかな」と悩む状況に直面しているのです。もしかしたら,何もせずに状況が進めば,患者の自律尊重に反したり,人間の尊厳を守れないなど,倫理的問題が発生するかもしれません。誤解や齟齬によって不信感を招くことになるかもしれません。そのような状況であったとしても,看護者は,どのように行動してよいのかなかなかわからないのです。
現場の看護者が,免許を取得してからも倫理を学び続けることはとても重要です。それは,基礎教育時の学習とは異なり,複雑な状況の中で倫理的問題に気づいて,その問題解決が求められるからです。しかし,この倫理的問題に気づいて,問題解決を適切に行うということは,1~2日の講義を受けたからといってすぐにできるようになるわけではありません。日常業務で遭遇するケースを通して,いかにふるまうべきかを討議することが倫理的問題解決能力を高めていくことにつながります。
さらに大事なことは,倫理的問題の発生時に対応するだけでなく,問題が起きないように普段からマネジメントすることです。多くの人は,身体に何かの兆候がみられたら,早期発見・治療できるように,病院を受診して検査を受けることでしょう。それと同じように,看護者も「これでよいのかな」と何らかのサインに気づいたら,倫理的問題が発生しないように,対応することが求められるのです。
本書では,倫理的問題が起きるかもしれない状況を「倫理リスク」という概念を用いて説明し,その対応として,「倫理的合意形成」の考え方とその進め方についてまとめました。合意形成という言葉は,「合意を形成すること」と読者の方はシンプルに捉えるかもしれませんが,私は「関係者間で最善策を探し続けるプロセス」と捉えた上で,合意形成はすべての支援の根幹にあると位置づけました。これでよいのかなという「倫理リスク」に気づいたときに,いつ,どこで,誰を招いて,どのようなコミュニケーション技術を用いて,どのような目標を設定して話し合いを運営するのか-これが,倫理的問題の発生となるか,あるいは予防できるかの分かれ道になるのです。
本書は,これまで10年以上にわたって各地で行ってきた看護者を対象にした「合意形成を組み込んだ倫理研修」を土台に,倫理的問題の発生予防,もしくは倫理的問題発生時の解決のための理論と方法論について述べています。
第1章「倫理的合意形成とは何かを知る」では,倫理の捉え方,倫理的合意形成の考え方を解説しています。第2章「倫理的合意形成の進め方を知る」では,話し合いの運営やファシリテータに必要な技術について述べています。第3章「倫理的合意形成を臨床現場で活用する」では,倫理的合意形成の考え方を現場に取り入れるために,ケースを通して解説しています。第4章「ケースを通して倫理リスクに対応する力を高める」と付章「研修で倫理的合意形成の体験を促進する」では,この考え方と方法論をいかに学ぶかという視点でまとめています。第4章では,ケースを使っての学習方法とモデルケースについて,付章では,倫理研修を想定して,グループワークや討議の方法,ケースの活用方法,臨床倫理4分割法の使い方などを解説しています。
本書は,興味をお持ちのところから読んでいただけるように,1章ごとに完結しています。倫理を学ぶ初学者の方にも,できるだけわかりやすく倫理の捉え方や倫理的合意形成の考え方を図表なども入れながら解説しています。また,コミュニケーションやファシリテーションの方法論も,ケースを挙げながら解説しました。
本書が倫理を学ぶ初学者,現場の看護者,管理者,教育担当者など,医療現場の倫理に携わる方々に,広く活用していただければ幸甚です。
2017年5月
吉武 久美子
患者の治療法やケア方法をいかに決めるかという意思決定のあり方は,インフォームド・コンセントの概念が1980年代後半以降,米国から日本に輸入されたことを契機に現場では重要な課題になっています。尊厳死,脳死臓器移植,代理母などに代表される倫理的問題を含む場合の決め方はいうまでもなく,日常の看護行為の中にも倫理的問題は潜んでいます。現場の看護者にとって,いかに決めるかは今なお模索が続く課題といえるでしょう。
私は,インフォームド・コンセントの概念が医療現場に導入され始めた頃,1990年代に助産師,看護師として臨床経験を積んできました。看護者として,いかに決定することが,患者(対象者)にとって最善になるのだろうかと悩んでいました。その解を見つけるべく,治療法やケア方法などの意思決定について学問的に研究したいと考えて,2006年東京工業大学大学院で博士論文「医療現場における意思決定と合意形成に関する研究」をまとめました。これが私の研究人生のスタートになりました。
現在,「看護倫理,助産倫理」,「合意形成学」,「母性看護学」を3本柱として,教育ならびに研究活動を行っています。なかでも,病院に勤務する看護者の方々に2005年から院内研修の一環として,「合意形成」を取り入れた倫理教育を実施しています。倫理研修は,私にとって,現場の看護者が悩み,苦しみ,迷う現状を知る貴重な機会になりました。それと同時に,倫理的な意思決定の課題を解決する理論や方法論をつくりだすためのたくさんの知恵と勇気をいただきました。
倫理研修の受講生の多くは,その動機として「倫理は難しくて,答えがないから,どうしたらよいかわからない。けれど,大事だから知識を身につけたい」と答えてくれます。受講生のこの言葉に,現場の看護者の実態を垣間見ることができます。看護者は,倫理的問題が起きているのかどうかよくわからないこともあるけれど,「これでよいのかな」と悩む状況に直面しているのです。もしかしたら,何もせずに状況が進めば,患者の自律尊重に反したり,人間の尊厳を守れないなど,倫理的問題が発生するかもしれません。誤解や齟齬によって不信感を招くことになるかもしれません。そのような状況であったとしても,看護者は,どのように行動してよいのかなかなかわからないのです。
現場の看護者が,免許を取得してからも倫理を学び続けることはとても重要です。それは,基礎教育時の学習とは異なり,複雑な状況の中で倫理的問題に気づいて,その問題解決が求められるからです。しかし,この倫理的問題に気づいて,問題解決を適切に行うということは,1~2日の講義を受けたからといってすぐにできるようになるわけではありません。日常業務で遭遇するケースを通して,いかにふるまうべきかを討議することが倫理的問題解決能力を高めていくことにつながります。
さらに大事なことは,倫理的問題の発生時に対応するだけでなく,問題が起きないように普段からマネジメントすることです。多くの人は,身体に何かの兆候がみられたら,早期発見・治療できるように,病院を受診して検査を受けることでしょう。それと同じように,看護者も「これでよいのかな」と何らかのサインに気づいたら,倫理的問題が発生しないように,対応することが求められるのです。
本書では,倫理的問題が起きるかもしれない状況を「倫理リスク」という概念を用いて説明し,その対応として,「倫理的合意形成」の考え方とその進め方についてまとめました。合意形成という言葉は,「合意を形成すること」と読者の方はシンプルに捉えるかもしれませんが,私は「関係者間で最善策を探し続けるプロセス」と捉えた上で,合意形成はすべての支援の根幹にあると位置づけました。これでよいのかなという「倫理リスク」に気づいたときに,いつ,どこで,誰を招いて,どのようなコミュニケーション技術を用いて,どのような目標を設定して話し合いを運営するのか-これが,倫理的問題の発生となるか,あるいは予防できるかの分かれ道になるのです。
本書は,これまで10年以上にわたって各地で行ってきた看護者を対象にした「合意形成を組み込んだ倫理研修」を土台に,倫理的問題の発生予防,もしくは倫理的問題発生時の解決のための理論と方法論について述べています。
第1章「倫理的合意形成とは何かを知る」では,倫理の捉え方,倫理的合意形成の考え方を解説しています。第2章「倫理的合意形成の進め方を知る」では,話し合いの運営やファシリテータに必要な技術について述べています。第3章「倫理的合意形成を臨床現場で活用する」では,倫理的合意形成の考え方を現場に取り入れるために,ケースを通して解説しています。第4章「ケースを通して倫理リスクに対応する力を高める」と付章「研修で倫理的合意形成の体験を促進する」では,この考え方と方法論をいかに学ぶかという視点でまとめています。第4章では,ケースを使っての学習方法とモデルケースについて,付章では,倫理研修を想定して,グループワークや討議の方法,ケースの活用方法,臨床倫理4分割法の使い方などを解説しています。
本書は,興味をお持ちのところから読んでいただけるように,1章ごとに完結しています。倫理を学ぶ初学者の方にも,できるだけわかりやすく倫理の捉え方や倫理的合意形成の考え方を図表なども入れながら解説しています。また,コミュニケーションやファシリテーションの方法論も,ケースを挙げながら解説しました。
本書が倫理を学ぶ初学者,現場の看護者,管理者,教育担当者など,医療現場の倫理に携わる方々に,広く活用していただければ幸甚です。
2017年5月
吉武 久美子
目次
開く
はじめに
第1章 倫理的合意形成とは何かを知る
1 医療における倫理の捉え方
1 医療者の行為と倫理
2 多様な価値観と意思決定
3 倫理理論と倫理綱領
(1)倫理理論・原則論
(2)現代の倫理
(3)生命倫理の主要概念
(4)倫理綱領とガイドライン
4 倫理は「抽象的な概念」と「具体的な問題」を含む
2 医療における合意形成とは何か
1 合意形成はすべての支援の根幹にかかわる
2 空間(Space)・時間(Time)・マネジメント(Management):
STMの3方向で構成される合意形成の多様性
(1)空間(Space)
(2)時間(Time)
(3)マネジメント(Management)
3 病み,迷い,悩むという人間観
4 関係者(ステークホルダー),関心・懸念(インタレスト),
ファシリテーション
(1)関係者(ステークホルダー)
(2)関心・懸念(インタレスト)
(3)ファシリテーション
5 合意形成で期待されること・難しいこと
6 合意形成は理論と方法論を含む
7 医療における合意形成
(1)関係者の特徴
(2)多様な意見の存在を見えづらくする
(3)患者の意思の尊重
(4)「意見の理由」の共有と創造的な話し合い
(5)ファシリテーションと看護者
3 医療における意思決定支援と合意形成
1 パターナリズムはなぜいけないか
2 インフォームド・コンセントで大事にされること
3 シェアードモデル(共同意思決定)とは
4 意思決定支援の根幹となる合意形成プロセス
(1)合意形成モデル
(2)空間・時間・マネジメントと合意形成
(3)合意形成に基づくよりよい意思決定支援
4 倫理的合意形成とは何か
1 倫理的問題と倫理リスク
(1)因幡の白兎の神話を例にとって
(2)倫理原則に反する行為
(3)倫理的ジレンマ
(4)人と人との間で起きる倫理的問題
2 「レトロスペクション(振り返り)の見方」:
「理由の来歴」の共有
(1)「意見の理由」から「理由の来歴」の共有へ
(2)「レトロスペクション(振り返り)の見方」から現在を深く知る
3 「プロスペクション(先の見通し)の見方」:
倫理リスクの提示と共有
4 過去と未来を見据えた上で,現在すべきことを考える
5 倫理リスクに対処する倫理的合意形成
(1)倫理的問題発生の予防と問題発生時の解決のために
(2)倫理リスクに気づいたら
第2章 倫理的合意形成の進め方を知る
1 よい話し合いの運営方法を知る
1 話し合いの設定
(1)時間・場所・参加者の招集
(2)目標の設定
(3)進め方の共有
2 「よい話し合い」とは
3 話し合いの基本:話し合いの心得10か条を守る
(1)相手を否定しない・受け入れる態度を示す
(2)正しい答えではなく,互いの考え方を共有する
(3)頭をやわらかくして異なる立場でイメージする
(4)全員の意見を大切にする
(5)解決策として「よりよい答え」を探し続ける
4 円滑な運営のための環境への配慮
2 ファシリテーションの実際
1 ファシリテータとコミュニケーション技術
(1)コミュニケーションA:タテ軸からヨコ軸への情報共有
(2)コミュニケーションB:「理由の来歴」と未来のリスクの提示
(3)コミュニケーションC:怒り・批判・不満を表現する人への対応
2 空間・時間・マネジメント(STM)の視点から
みた話し合いの運営とファシリテータの役割
3 ファシリテータによる話し合いの運営
(1)司会と兼任する
(2)司会の補佐役としてファシリテータがつく
(3)チームで行う
4 ファシリテータに求められる能力:調整力・対話力・創造力
第3章 倫理的合意形成を臨床現場で活用する
[case 1]患者・家族・医療者の治療への変化する思い
倫理的合意形成プロセスの可視化
関係者の変化に応じたカンファレンスの設定
予測イメージの可視化
段階を踏んだ目標設定
[case 2]在宅で患者の意思が尊重された看取り
倫理リスクを察知したときの対処
倫理的合意形成は意思決定支援の根幹である
倫理的問題の発生を防ぐ備えとして
[case 3]容体が変化する新生児の最期
予後のイメージの変化と倫理リスク
タイムリーな話し合いの設定
第4章 ケースを通して倫理リスクに対応する力を高める
1 臨床現場でのケースを使った看護倫理の学習
[case 1]病名告知
考えてみましょう
学習ポイント
[case 2]身体拘束
考えてみましょう
学習ポイント
[case 3]重症障害児の人工呼吸器取り外し
考えてみましょう
学習ポイント
[case 4]在宅介護が困難な状況の中,家族が在宅療養を望む
考えてみましょう
学習ポイント
付章 研修で倫理的合意形成の体験を促進する
1 倫理的合意形成を学ぶ意義
2 講義型と討議・実践型を組み合わせる
3 多様な価値の共有を大切にする
4 モデルケースと実際のケースを使い分ける
5 倫理的問題の把握だけでなく,問題解決に向けた話し合いを行う
6 倫理リスクに対する話し合いのファシリテータを体験する
7 倫理研修のスケジュールを立てる
8 研修企画者と関係者が協働する
9 研修を実践にいかす
おわりに
索引
第1章 倫理的合意形成とは何かを知る
1 医療における倫理の捉え方
1 医療者の行為と倫理
2 多様な価値観と意思決定
3 倫理理論と倫理綱領
(1)倫理理論・原則論
(2)現代の倫理
(3)生命倫理の主要概念
(4)倫理綱領とガイドライン
4 倫理は「抽象的な概念」と「具体的な問題」を含む
2 医療における合意形成とは何か
1 合意形成はすべての支援の根幹にかかわる
2 空間(Space)・時間(Time)・マネジメント(Management):
STMの3方向で構成される合意形成の多様性
(1)空間(Space)
(2)時間(Time)
(3)マネジメント(Management)
3 病み,迷い,悩むという人間観
4 関係者(ステークホルダー),関心・懸念(インタレスト),
ファシリテーション
(1)関係者(ステークホルダー)
(2)関心・懸念(インタレスト)
(3)ファシリテーション
5 合意形成で期待されること・難しいこと
6 合意形成は理論と方法論を含む
7 医療における合意形成
(1)関係者の特徴
(2)多様な意見の存在を見えづらくする
(3)患者の意思の尊重
(4)「意見の理由」の共有と創造的な話し合い
(5)ファシリテーションと看護者
3 医療における意思決定支援と合意形成
1 パターナリズムはなぜいけないか
2 インフォームド・コンセントで大事にされること
3 シェアードモデル(共同意思決定)とは
4 意思決定支援の根幹となる合意形成プロセス
(1)合意形成モデル
(2)空間・時間・マネジメントと合意形成
(3)合意形成に基づくよりよい意思決定支援
4 倫理的合意形成とは何か
1 倫理的問題と倫理リスク
(1)因幡の白兎の神話を例にとって
(2)倫理原則に反する行為
(3)倫理的ジレンマ
(4)人と人との間で起きる倫理的問題
2 「レトロスペクション(振り返り)の見方」:
「理由の来歴」の共有
(1)「意見の理由」から「理由の来歴」の共有へ
(2)「レトロスペクション(振り返り)の見方」から現在を深く知る
3 「プロスペクション(先の見通し)の見方」:
倫理リスクの提示と共有
4 過去と未来を見据えた上で,現在すべきことを考える
5 倫理リスクに対処する倫理的合意形成
(1)倫理的問題発生の予防と問題発生時の解決のために
(2)倫理リスクに気づいたら
第2章 倫理的合意形成の進め方を知る
1 よい話し合いの運営方法を知る
1 話し合いの設定
(1)時間・場所・参加者の招集
(2)目標の設定
(3)進め方の共有
2 「よい話し合い」とは
3 話し合いの基本:話し合いの心得10か条を守る
(1)相手を否定しない・受け入れる態度を示す
(2)正しい答えではなく,互いの考え方を共有する
(3)頭をやわらかくして異なる立場でイメージする
(4)全員の意見を大切にする
(5)解決策として「よりよい答え」を探し続ける
4 円滑な運営のための環境への配慮
2 ファシリテーションの実際
1 ファシリテータとコミュニケーション技術
(1)コミュニケーションA:タテ軸からヨコ軸への情報共有
(2)コミュニケーションB:「理由の来歴」と未来のリスクの提示
(3)コミュニケーションC:怒り・批判・不満を表現する人への対応
2 空間・時間・マネジメント(STM)の視点から
みた話し合いの運営とファシリテータの役割
3 ファシリテータによる話し合いの運営
(1)司会と兼任する
(2)司会の補佐役としてファシリテータがつく
(3)チームで行う
4 ファシリテータに求められる能力:調整力・対話力・創造力
第3章 倫理的合意形成を臨床現場で活用する
[case 1]患者・家族・医療者の治療への変化する思い
倫理的合意形成プロセスの可視化
関係者の変化に応じたカンファレンスの設定
予測イメージの可視化
段階を踏んだ目標設定
[case 2]在宅で患者の意思が尊重された看取り
倫理リスクを察知したときの対処
倫理的合意形成は意思決定支援の根幹である
倫理的問題の発生を防ぐ備えとして
[case 3]容体が変化する新生児の最期
予後のイメージの変化と倫理リスク
タイムリーな話し合いの設定
第4章 ケースを通して倫理リスクに対応する力を高める
1 臨床現場でのケースを使った看護倫理の学習
[case 1]病名告知
考えてみましょう
学習ポイント
[case 2]身体拘束
考えてみましょう
学習ポイント
[case 3]重症障害児の人工呼吸器取り外し
考えてみましょう
学習ポイント
[case 4]在宅介護が困難な状況の中,家族が在宅療養を望む
考えてみましょう
学習ポイント
付章 研修で倫理的合意形成の体験を促進する
1 倫理的合意形成を学ぶ意義
2 講義型と討議・実践型を組み合わせる
3 多様な価値の共有を大切にする
4 モデルケースと実際のケースを使い分ける
5 倫理的問題の把握だけでなく,問題解決に向けた話し合いを行う
6 倫理リスクに対する話し合いのファシリテータを体験する
7 倫理研修のスケジュールを立てる
8 研修企画者と関係者が協働する
9 研修を実践にいかす
おわりに
索引
書評
開く
合意形成からはじまる患者の希望に寄り添う支援
書評者: 高瀬 義昌 (たかせクリニック・理事長)
誰かを支援すること自体が仕事の一部である職種,いわゆる援助職に就く者にとって,役に立つ支援とそうでない支援を見極め,実行することは非常に重要である。それはその支援が,時として相手の要望に耳を傾けることなしに,答えめいたものを押し付けているだけのことがあるからである。「合意形成はすべての支援の根幹にかかわる」とし,合意形成とは「関係者間で最善策を探し続けるプロセスである」(「はじめに」より)とした本書に記されているのは,言い換えれば援助の本質を見失わないための考え方・進め方である。看護者の間では,患者の意思や自律を尊重するという倫理原則は広く知られるようになったが,本書を読むと,実際に患者の希望に寄り添った支援ができているのか,そこに倫理的な問題は発生していないかなど,臨床現場のさまざまな事例について今一度考えさせられることとなる。
医療分野で合意形成が重要になるのは,何かの決定の際に多様な意見が存在する場合である。例えば,昨今需要の高まっている在宅医療においては,多職種連携に求められるものが特に大きく,今後の在宅療養プランについて話し合う担当者会議や退院時カンファレンス,困難事例などを抽出し行政に働きかける地域ケア会議など,専門職同士の話し合いの場が多岐にわたる。それぞれが専門職の立場で意見するため,共通言語を見つけることが困難であり,互いの考え方を共有し合意形成を進めることは,実際のところ容易ではない。
本書では,話し合いの設定方法から,ファシリテーションやコミュニケーション技術に至るまで,倫理的合意形成の在り方を示してくれており,現状のさまざまな課題を解決する糸口が見えてくる。合意形成の本質を見極め,実際にどのように話し合いを進めていくべきか,その道標を示してくれる本書は,地域包括ケアの仕上げに向けて,医療・看護者のみならず,介護者にも幅広くお読みいただきたい一冊である。
3つの方向でとらえる倫理的問題の多様性と合意形成
書評者: 勝山 貴美子 (横浜市立大大学院教授・看護管理学)
臨床実践の現場において,日々,さまざまな倫理的問題が生じ,その事例にどのように取り組むべきか,悩んでいる人は多いのではないかと思う。看護師は,専門職の要件である倫理綱領や医療倫理等の考えに基づき,それらの倫理的な事例に向き合い,対応することが求められるが,どのように考え,行動すべきか悩む人は多い。また,看護管理者は,日本医療機能評価機構やJCI(Joint Commission International)などの病院の評価基準や医療安全教育の義務化の中で,倫理的問題について話し合う体制を整えることが求められ,このような事例に対する看護師らの倫理的感受性を高め,さまざまな事例の中で倫理的問題を取り上げ,議論し,対応を考えることができるよう,組織としての倫理的対応能力を高める必要がある。しかし,倫理に関する教育をどのように行うべきか,教育する体制をどのように整えるべきかを悩む人も多いだろう。
本書は,そんな方々に,倫理に関する事例を「合意形成」という中心的課題を基盤に検討し,倫理的感受性を高め,倫理的問題に向き合い,関わっていくその方法論を教えてくれる。
著者が「合意形成」を話し合いでの妥協,説得,多数決による決定などネガティブなイメージを持つのではなく,「関係者の間で最善策を探し続けるプロセス」と定義し,事例を空間(Space),時間(Time),マネジメント(Management)の3方向で構成される多様性があることを示している点が興味深い。倫理的な問題が潜む事例を検討する際に,その時に何をすべきか,どのような決断をすべきか,時間・場に限定して議論をしがちであるが,これらの事例は,空間,時間,マネジメントの3方向で捉えることで,広がりをもって理解することができる。倫理的事例は,病院内だけでなく,退院後の自宅での生活など,場や時間をプロセスの中で捉えることが必要である。倫理的事例における合意形成は,患者や家族が今まで生きてきたプロセスの中で培ってきた価値や文化をも含むこと,合意形成にかかわる看護師や他の医療職も同様に今までの経験の中で培われた価値を持ち,これらの価値を持つ関係者間で最善を探すプロセスである。事例を検討する際のマネジメントの視点は興味深い。合意形成の話し合いの場を持つ際,誰に参加してもらうのか,どのような場で議論を繰り返すかをマネジメントする視点を持つことができるのではないかと思う。場合によっては,臨床倫理委員会や緩和ケアチームなどに参加してもらえるようマネジメントすることも,倫理的問題の多様性をより専門的な意見を持つ関係者間で議論することで広げることになり,最善策を導くことにつながるのではないだろうか。臨床における事例の中に潜む倫理的な問題を合意形成という概念で捉え,3つの視点で広げ,議論するための興味深い一冊である。
倫理リスクへの対応力が高められる1冊(雑誌『助産雑誌』より)
書評者: 加藤 尚美 (湘南医療大学)
2000年以後,医療の高度化・複雑化・科学化,患者の権利尊重,保健福祉への関心の高まり,情報公開の加速化,専門団体・学会の倫理に関する取り組み等に伴って,倫理教育も重要視されてきた。
昨今では,日本助産評価機構で行なわれているクリニカルラダーレベルIIIの認定申請に必要なステップアップ研修の項目の1つとして,助産倫理の受講が必須とされている。このような中で「看護・助産倫理」についての論文やテキストも多く出されているが,なぜかわかりにくいという声を聞く。そこで,タイムリーにも本著が発刊された。
助産師でもある著者は長年にわたり,広く倫理学,医療倫理と合意形成の重要性,意思決定の重要性について研究され,多くの発表がある。倫理をとらえるにあたっては,必ず看護者の意思決定,あるいは日々の行為と結びつけるよう述べている。学びの過程や,倫理的合意形成に基づく意思決定のプロセスならびに臨床現場に潜む倫理リスクにどのように対応することがよいかなど,事例を紹介しながら解説している。
倫理的合意形成が何かを解説する第1章は4つの項から成り,第1項は「医療における倫理の捉え方」で,倫理とは何か,医療者の行為と倫理,多様な価値観と意思決定,倫理理論,倫理綱領が述べられている。特に日本や西洋にみる伝統的な倫理思想については興味深い。第2項は「医療における合意形成とは何か」である。著者は合意形成は「関係者の間で最善策を探し続けるプロセス」と定義しており,最善の支援のためには合意形成のプロセスが必要であり重要であることがわかる。第3項は,「医療における意思決定支援と合意形成」である。1980年代後半からインフォームドコンセントの考え方が定着し,医療者とさまざまな支援が必要なクライアントとの間において,意思決定支援が重要となったが,さまざまな意思決定モデルと合意形成を比較している。第4項は,倫理的問題の発生を防ぐために倫理的問題に直面した時,看護者はどのように行動したらよいかについて述べている。明らかに倫理的問題に至っていなくても,「これでいいのか」「このままだと倫理的問題になるかもしれない」ということを倫理リスクという用語を使用して,対処していく必要性について解説している。
合意形成の学び方の重要なことは,話し合いである。本著では,その運営方法と事例に基づいた話し合いの方向性が示されている。早速,倫理的合意形成を臨床の現場で活用されるようお勧めしたい。
(『助産雑誌』2017年12月号掲載)
書評者: 高瀬 義昌 (たかせクリニック・理事長)
誰かを支援すること自体が仕事の一部である職種,いわゆる援助職に就く者にとって,役に立つ支援とそうでない支援を見極め,実行することは非常に重要である。それはその支援が,時として相手の要望に耳を傾けることなしに,答えめいたものを押し付けているだけのことがあるからである。「合意形成はすべての支援の根幹にかかわる」とし,合意形成とは「関係者間で最善策を探し続けるプロセスである」(「はじめに」より)とした本書に記されているのは,言い換えれば援助の本質を見失わないための考え方・進め方である。看護者の間では,患者の意思や自律を尊重するという倫理原則は広く知られるようになったが,本書を読むと,実際に患者の希望に寄り添った支援ができているのか,そこに倫理的な問題は発生していないかなど,臨床現場のさまざまな事例について今一度考えさせられることとなる。
医療分野で合意形成が重要になるのは,何かの決定の際に多様な意見が存在する場合である。例えば,昨今需要の高まっている在宅医療においては,多職種連携に求められるものが特に大きく,今後の在宅療養プランについて話し合う担当者会議や退院時カンファレンス,困難事例などを抽出し行政に働きかける地域ケア会議など,専門職同士の話し合いの場が多岐にわたる。それぞれが専門職の立場で意見するため,共通言語を見つけることが困難であり,互いの考え方を共有し合意形成を進めることは,実際のところ容易ではない。
本書では,話し合いの設定方法から,ファシリテーションやコミュニケーション技術に至るまで,倫理的合意形成の在り方を示してくれており,現状のさまざまな課題を解決する糸口が見えてくる。合意形成の本質を見極め,実際にどのように話し合いを進めていくべきか,その道標を示してくれる本書は,地域包括ケアの仕上げに向けて,医療・看護者のみならず,介護者にも幅広くお読みいただきたい一冊である。
3つの方向でとらえる倫理的問題の多様性と合意形成
書評者: 勝山 貴美子 (横浜市立大大学院教授・看護管理学)
臨床実践の現場において,日々,さまざまな倫理的問題が生じ,その事例にどのように取り組むべきか,悩んでいる人は多いのではないかと思う。看護師は,専門職の要件である倫理綱領や医療倫理等の考えに基づき,それらの倫理的な事例に向き合い,対応することが求められるが,どのように考え,行動すべきか悩む人は多い。また,看護管理者は,日本医療機能評価機構やJCI(Joint Commission International)などの病院の評価基準や医療安全教育の義務化の中で,倫理的問題について話し合う体制を整えることが求められ,このような事例に対する看護師らの倫理的感受性を高め,さまざまな事例の中で倫理的問題を取り上げ,議論し,対応を考えることができるよう,組織としての倫理的対応能力を高める必要がある。しかし,倫理に関する教育をどのように行うべきか,教育する体制をどのように整えるべきかを悩む人も多いだろう。
本書は,そんな方々に,倫理に関する事例を「合意形成」という中心的課題を基盤に検討し,倫理的感受性を高め,倫理的問題に向き合い,関わっていくその方法論を教えてくれる。
著者が「合意形成」を話し合いでの妥協,説得,多数決による決定などネガティブなイメージを持つのではなく,「関係者の間で最善策を探し続けるプロセス」と定義し,事例を空間(Space),時間(Time),マネジメント(Management)の3方向で構成される多様性があることを示している点が興味深い。倫理的な問題が潜む事例を検討する際に,その時に何をすべきか,どのような決断をすべきか,時間・場に限定して議論をしがちであるが,これらの事例は,空間,時間,マネジメントの3方向で捉えることで,広がりをもって理解することができる。倫理的事例は,病院内だけでなく,退院後の自宅での生活など,場や時間をプロセスの中で捉えることが必要である。倫理的事例における合意形成は,患者や家族が今まで生きてきたプロセスの中で培ってきた価値や文化をも含むこと,合意形成にかかわる看護師や他の医療職も同様に今までの経験の中で培われた価値を持ち,これらの価値を持つ関係者間で最善を探すプロセスである。事例を検討する際のマネジメントの視点は興味深い。合意形成の話し合いの場を持つ際,誰に参加してもらうのか,どのような場で議論を繰り返すかをマネジメントする視点を持つことができるのではないかと思う。場合によっては,臨床倫理委員会や緩和ケアチームなどに参加してもらえるようマネジメントすることも,倫理的問題の多様性をより専門的な意見を持つ関係者間で議論することで広げることになり,最善策を導くことにつながるのではないだろうか。臨床における事例の中に潜む倫理的な問題を合意形成という概念で捉え,3つの視点で広げ,議論するための興味深い一冊である。
倫理リスクへの対応力が高められる1冊(雑誌『助産雑誌』より)
書評者: 加藤 尚美 (湘南医療大学)
2000年以後,医療の高度化・複雑化・科学化,患者の権利尊重,保健福祉への関心の高まり,情報公開の加速化,専門団体・学会の倫理に関する取り組み等に伴って,倫理教育も重要視されてきた。
昨今では,日本助産評価機構で行なわれているクリニカルラダーレベルIIIの認定申請に必要なステップアップ研修の項目の1つとして,助産倫理の受講が必須とされている。このような中で「看護・助産倫理」についての論文やテキストも多く出されているが,なぜかわかりにくいという声を聞く。そこで,タイムリーにも本著が発刊された。
助産師でもある著者は長年にわたり,広く倫理学,医療倫理と合意形成の重要性,意思決定の重要性について研究され,多くの発表がある。倫理をとらえるにあたっては,必ず看護者の意思決定,あるいは日々の行為と結びつけるよう述べている。学びの過程や,倫理的合意形成に基づく意思決定のプロセスならびに臨床現場に潜む倫理リスクにどのように対応することがよいかなど,事例を紹介しながら解説している。
倫理的合意形成が何かを解説する第1章は4つの項から成り,第1項は「医療における倫理の捉え方」で,倫理とは何か,医療者の行為と倫理,多様な価値観と意思決定,倫理理論,倫理綱領が述べられている。特に日本や西洋にみる伝統的な倫理思想については興味深い。第2項は「医療における合意形成とは何か」である。著者は合意形成は「関係者の間で最善策を探し続けるプロセス」と定義しており,最善の支援のためには合意形成のプロセスが必要であり重要であることがわかる。第3項は,「医療における意思決定支援と合意形成」である。1980年代後半からインフォームドコンセントの考え方が定着し,医療者とさまざまな支援が必要なクライアントとの間において,意思決定支援が重要となったが,さまざまな意思決定モデルと合意形成を比較している。第4項は,倫理的問題の発生を防ぐために倫理的問題に直面した時,看護者はどのように行動したらよいかについて述べている。明らかに倫理的問題に至っていなくても,「これでいいのか」「このままだと倫理的問題になるかもしれない」ということを倫理リスクという用語を使用して,対処していく必要性について解説している。
合意形成の学び方の重要なことは,話し合いである。本著では,その運営方法と事例に基づいた話し合いの方向性が示されている。早速,倫理的合意形成を臨床の現場で活用されるようお勧めしたい。
(『助産雑誌』2017年12月号掲載)
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