ジャクソンの神経心理学

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「ジャクソンてんかん」などにその名を残し、英国では神経学の父とされるジョン・ヒューリングス・ジャクソン。中枢神経の“進化”と“解体”をキーワードに神経症候の表れかたを分析するという独特な彼の視点は、机上の空論ではなく臨床医としての確かな経験に立脚したものだった。没後百年後も色褪せることなく、現代の臨床家にとっても示唆に富むであろうジャクソンの思考を、本邦を代表する神経心理学者がひも解く。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ 神経心理学コレクション
山鳥 重
シリーズ編集 山鳥 重 / 河村 満 / 池田 学
発行 2014年05月判型:A5頁:224
ISBN 978-4-260-01977-4
定価 3,740円 (本体3,400円+税)

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はじめに

 John Hughlings Jackson(1835-1911)()は英国の神経医で,眼底鏡による乳頭浮腫の診断,コレアなど不随意運動の病態,てんかん発作の病態,あるいは脳損傷時の心理過程の障害など,広範囲の領域で多くの業績を残した。特に,中枢神経系の構造を進化の過程の表現ととらえ,中枢神経系疾患の現す症候をその進化構造の解体の表れととらえた力動的疾病論で名高い。英国では同国神経学の父と仰がれている。

図
図 John Hughlings Jackson(1835-1911)の肖像と署名


 本書の目的はJacksonが神経進化論と神経解体論を土台に展開した中枢神経疾患起源の心理的諸症候の発生メカニズムについての理論をできるだけわかりやすい形で紹介することにある。

 Jacksonの活躍した時代の学術論文は現代のように形式が整っていなかっただけでなく,彼の論文の多くが講演のために準備されたもの(あるいは講演後にまとめられたもの)なので,論点が整理されているとは言いがたいところがある。いろんな論文に同じことが繰り返されていたり,話の途中で,突然別の主題が挿入されたりして結構読みにくい。
 読みにくいのだが,難解というのとは少し違う。思想自体は見事に明晰なのである。言いたいことははっきりしているのだが,当時としては全く新しいことを主題にしていたせいもあって,お前の言うことは理解できないとそっぽを向かれてしまうこともしばしばだったらしい。そういう相手にすらわかってもらおうと努力したために,余計表現がくどくなったのではないかと思われる節がある。

 Jacksonは晩年になって,自分が積み重ねてきたことを系統的にまとめた本を書きたいと願うようになっていたらしい。あちこちに散らばって書いてきたものをひとつにまとめるのは自分にしかできないのだから頑張ろうと思ったようだ。しかし,健康が許さなかったのだろう,残念ながら実現はしなかった。わが国でも有名な米国の内科医William Osler(1849-1919)への手紙にそういう気持ちが吐露されている(Fragments, 1925)。もし,彼自身の手になる系統的な構成をもつ著書が出版されていたならば,彼の理論はもっと受け入れられたのではなかろうか,と残念な気持ちである。

 Jacksonの真価はその考え方,つまり哲学にある。
 彼の神経学は古いが,彼の神経哲学は古くない。没後100年以上を経ても,まだまっさらだとさえ筆者には思われる。われわれ神経心理学的分野に関わる人間は,みんな心理過程の異常と神経機能の異常を結び付けようとして四苦八苦するのだが,なかなかすっきりとはいかない。ひとつの神経心理症候の発症メカニズムについて,ありとある仮説が提出される。新しい仮説が提唱されるたびに,われわれはそのモデルに飛びつく。別の仮説が出されると,またそのモデルに乗り換える。
 なぜそうなるのか? 心理と神経の関には越え難い溝が存在するからである。しかも,この溝をどうみるかについて,誰もまともには教えてくれない。
 Jacksonはまさにこの問題への対処の仕方を教えてくれた稀な人である。臨床的事実のあれこれの正しさや誤りでなく,臨床的事実にどう立ち向かえばよいのか,という方法論を提示してくれている。神経心理学というわけのわからない領域でうろうろしているわれわれにとってはかけがえのない案内人なのである。ぜひ,こうした案内人がいたことを知ってほしい。名前だけでなく,何をどう案内してくれたのかも知ってほしい,というのが筆者の願いである。

 Jacksonに賛成してもらえるかどうか全く自信はないが,彼の理論をできるだけわかりやすく解きほぐすため,彼が論じ続けた問題を主要テーマごとに切り離し,それぞれに1章をあてた。ひとつの章だけを読んでいただいても,そのテーマについては,だいたいのJacksonの思想が理解できるように,章ごとに内容が完結するように心がけた。このため,章をまたいでは,他の章と内容が重複している部分がある。何回同じことを書くのだ,と言う読者の非難が聞こえてきそうな気がするが,ご了承をいただきたい。
 誤訳や誤解も多いのではないかと恐れている。疑問に思われる点については,ぜひ原著にあたってその真偽を確かめてほしい。できるだけ原著の目的部分に到達しやすいように,細かく引用ページを示しておいた。
 読んでいただくに際して,もっとも注意してほしいのは用語である。Jacksonは神経過程を表現する用語と心理過程を表現する用語を厳密に区別した。用語の区別がないと,両者はあっという間にこんがらがってわけがわからなくなってしまう。また,19世紀の彼が使った用語と,21世紀のわが国で定着している用語とは,たとえ同じ単語であっても,同じ意味を担っているとは言いがたいところがあるので,なるべく彼の用語法に合うように筆者が勝手な訳語を作ったものがある。そのつど断っているので,この点も注意して読んでいただきたい。

 Jacksonは宝の山である。何を掘り出すかは読者に委ねられている。神経心理学,神経内科学,神経精神医学,精神医学,リハビリ医学,臨床心理学,あるいは脳科学など専門分野を問わず,心理現象を相手にしている者ならば誰であっても,彼の思想は必ずどこかで何かの役に立つはずである。

 本書の題名を『ジャクソンの神経心理学』とした。彼が目指したのは,まさに神経と心理の相関の解明であった。当時,神経心理学という言葉はまだ誕生していないが,本書の題名としたい。
 すでにわが国には,失行研究の大先達,秋元波留夫(1906-2007)による優れたジャクソンの紹介書『ジャクソン 神経系の進化と解体』がある(創造出版,2000)。屋上屋を架す愚を犯したのではないかといささか心配である。併せてお読みいただきたい。
 末筆ながら,紙面をお借りして,手に入りにくいJacksonの『Neurological Fragments』のコピーをご恵与くださった畏友,河村満昭和大学教授に感謝の意を表します。


 本書で参照したJacksonの論文は,そのほとんどを1931年と1932年刊行のJackson選集〔James Taylor, Gordon Holmes, F.M.R. Walshe(eds):Selected Writings of John Hughlings Jackson, Volume I, Hodder and Stoughton, London, 1931;同Volume II, 1932〕に拠ったので,同じ引用元の反復を避けるため,選集からの引用については,選集 I を SW I,選集 II をSW II とし,その次にページ数,最後に論文が最初に掲載された年を示した。たとえば,「SW I:84, 1887」は,ジャクソン選集第1巻84ページからの引用で,もともとは1887年に発表されたものであることを示す。
 もう1つは1925年刊行のJackson神経学断片(Neurological Fragments by J. Hughlings Jackson, Oxford University Press, 1925)からのもので,こちらはFragmentsとした。たとえば「Fragments:102-107, 1894」は,神経学断片102-107ページからの引用で,もともとは1894年に発表されたものである。
 これ以外のものからの引用は他の著者と同様,その都度示している。
 文献欄に示したもののうち,括弧で括ったものは著者が見ていないものだが,読者の便のために載せておく。

 2014年4月
山鳥 重


■文献
1)Jackson JH:The special edition of Neurological Fragments by J. Hughlings Jackson, The Classics of Medicine Library, 1993, p25. 原本:Oxford University Press, 1925
2)秋元波留夫(訳編):ジャクソン 神経系の進化と解体.創造出版,2000.

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はじめに

第1章 神経の働きと心の働きの関係
 第1節 神経・心理共存の原則
 第2節 Spencerの影響
 第3節 心理学と形態学・解剖学・生理学の違い
 第4節 心理用語と神経用語の使い分け
 第5節 Jackson以後の共存論

第2章 中枢神経系の進化論
 第1節 神経系の進化
 第2節 進化の実際-運動過程
 第3節 進化の実際-感覚過程
 第4節 最高位中枢の構造
 第5節 最高位中枢における神経過程の局在
 第6節 大脳二重表現の原則
 第7節 後世への影響

第3章 中枢神経系の解体論
 第1節 Spencerの影響
 第2節 中枢神経系の解体の原理
 第3節 最高位中枢の解体の原理
 第4節 局所性解体と均一性解体
 第5節 解体の諸条件とその症候発現への影響
 第6節 解体される機能と残存機能の力動関係
 第7節 後世への影響

第4章 陰性症候と陽性症候
 第1節 神経疾患の症候は二重
 第2節 陰性・陽性要素それぞれの2側面
 第3節 解体状態に陥った病者の2側面
 第4節 陰性・陽性症候論前史
 第5節 後世への影響

第5章 意識
 第1節 意識とは何か
 第2節 主体意識
 第3節 客体意識
 第4節 主体意識と客体意識の関係
 第5節 自己意識
 第6節 後世への影響

第6章 言語とその異常
 第1節 言語関連のJackson用語入門
 第2節 言語障害の3段階
 第3節 陳述障害にみられる症候
 第4節 陳述喪失の大脳基盤
 第5節 JacksonとBroca
 第6節 Jacksonの陳述障害以外の言語障害への言及
 第7節 シンボル(象徴)論
 第8節 後世への影響

第7章 知覚とその異常
 第1節 知覚・観念・心像
 第2節 レンガを見る
 第3節 レンガに触る
 第4節 失知覚
 第5節 後世への影響

第8章 行為とその異常
 第1節 運動とアクション
 第2節 パントマイム(身振り表現)
 第3節 意図性行為障害の諸相
 第4節 後世への影響

第9章 てんかん症候論
 第1節 Jacksonによるてんかんの定義
 第2節 てんかん発症のメカニズム
 第3節 てんかん性陽性心理症候の発症メカニズム
 第4節 Jacksonの切り出したてんかん性複雑心理症候
 第5節 後世への影響

第10章 失正気論
 第1節 Jacksonの考える失正気
 第2節 最高位神経中枢内の階層構造
 第3節 失正気の4要因
 第4節 後世への影響

おわりに
索引

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21世紀の脳科学に通じるジャクソンの思考
書評者: 兼本 浩祐 (愛知医大教授・精神科学)
 私が山鳥重先生のお話を直接聞かせていただいた機会は,非常に近い興味・関心を継続して持ってきたこと,神経心理学の層的理解を信奉してきたことを考えれば驚くほど少なく,わずかに2回ばかりである。いずれも今から20年以上も前のことで,私は研修医かレジデントの時で先生が私の発表にコメントしてくださった時のことだったと思う。

 最初は保続の発表に関してであったが,2回目は側頭葉てんかんの言語自動症のことについてであった。山鳥先生はその時に,「主体意識から客体意識へとまさに言葉が音を持った言葉として生まれ落ちようとしている瞬間に宙吊りになって固定された状態が再帰性発話だとジャクソンが書いており,実際にそういう実例はてんかん臨床であるのかどうか」といった質問をされた。その時私は質問の背景や意味を良く理解できず,単純に「無いです」と答え,会話はそこで終わりになってしまった。しかし先生のその質問はその後,ずっと私の中に残っていて,自分でジャクソンを読むようになって先生の質問の奥深さを知ることになり,さらにその後の臨床経験の中で,まさにジャクソンの言うような,最初の発作体験の時に言わんとしていたことをその後発作が起こるたびに何十年も繰り返して発語し続ける症例が存在することを何度か確認することになった。

 ジャクソンの思想は,てんかんの世界においてはいまだに深く浸透し,引用されることも多いが,脳科学あるいは神経心理学の分野では常にマイノリティの側にあったといってもよいだろうと思う。その理由の1つは,脳を表象の図書館のように考えるマイネルトを始祖とし,ウェルニッケ,リープマン,ゲシュヴィントに至る20世紀の脳科学の思考の流れと,根本的に異なる思考の流れをジャクソンが体現していたことにある。ジャクソンにとっての表象は,エーデルマンのいう「思い起こされた現在(“remembered present”)」に近い。多数の感覚運動経路が,内的あるいは外的刺激に触発されて,適者生存競争を始め,その勝利者が「今,ここで」の実現された表象となって出現するというジャクソンの考えは,例えばレンガを見たら脳の中のレンガ表象が賦活され,その結果レンガがレンガだと認識されるというマイネルトが集大成した考えとは大きく異なるものであった。

 2つ目の理由は用語に対するジャクソンの哲学者のような厳密さにある。しばしば医学者は言葉の区別に鈍感で,そうした区別を強いられることを嫌がる傾向にある。例えばジャクソンが区別に腐心した,心理的プロセスとしての“感覚”と,物理的脳的プロセスとしての“印象”。山鳥先生も訳出に苦労されているように,そもそも私たちに純粋な知覚はなく,ベルグソンの言葉を借りれば,通常私達が五感を通して受け取っているのは「記憶の刻印を否応なく帯びた知覚」であって,ベルグソンは議論を進めるためにイマージュという仮の用語を致し方なく造語しこれに当てている。実はジャクソンが厳格に線引きをしたこの印象と感覚の関係をどのように考えるかは,今脳科学を考える上でのホットな急所の1つになっている。

 陰性症状と陽性症状は,現在,精神科医であれば知らない者がいないコンセプトであるが,ジャクソンが例えばデジャ・ビュのような複雑な体験は解放現象としての陽性症状であり,臭いのような原始的な感覚とは機序が違うと考えていたことを本書を通して山鳥先生に教えていただき,陽性症状についてのジャクソンの徹底した姿勢をあらためて再認する機会となった。ジャクソンにとっては陽性症状とはあくまでもより高次の機能系が障害された結果,より組織されより障害への抵抗力の強い機能系の脱抑制であって,例外的にではあっても人というソフトの新たな可能性を開示するものなどではあり得ない。ジャクソンを徹底して信奉しているてんかん学者達がこのあたりについてとても厳格な姿勢を示す理由が本書を読みながら初めて私には納得できた。

 階層(レイヤー)という考えは20世紀の脳科学から21世紀の脳科学を隔てる1つの鍵概念ではないかとも思う。全体は部分の総和ではなく,それまでには無かった新たな質がそこに生ずる,つまりは層と層の間に不連続な断裂が生じ,それが結局は「私」や「意識」を,“体を操る小人”とか“魂”のような表現を導入せずに説明するための手立てになるからである。そして,本書で山鳥先生が強調されているように,記憶・感情・判断といった組織化の緩い機能は,より局在化される組織化の度合いの強い機能群とは別の階層を形作っているというジャクソンの考えは20世紀の脳科学よりも21世紀の脳科学にはるかに親和性がある。

 私はジャクソンの伝記について誤解していたところがあり,山鳥先生に自著の編集担当者を通して間接的にそれを指摘していただいたことがあるが,控え目,温厚,公平,しかし学問には厳密で常に原理へと遡ろうとする一貫した姿勢を保ち続けたジャクソンは,山鳥先生ご自身と重なるところがある。冒頭の学会での山鳥先生のご質問は,何十年も私の中に余韻を残すような含蓄があったが,あの時その質問の射程を理解できなかった私を詰るでもなく,温かい質問で,しかも当時,大きなキャリアの差があったにもかかわらず,対等な同僚として質問していただいたように記憶している。本書を読みながらずっとそのことが脳裏から離れなかった。
偉大な神経学者の「合作」-ジャクソンの解説を通じた著者の語り
書評者: 松田 実 (東北大大学院准教授・高次機能障害学)
 私が神経心理学を志したのは,ほぼ同じ時期に出版された山鳥重先生の著作『神経心理学入門』と『脳からみた心』を読んだからである。そのころ,私は大学院で試験管を振って脳卒中患者の脂質代謝異常の研究をしていた。神経心理学や失語症といった領域には以前から興味があり惹き付けられてはいたのだが,その難解さゆえに自分などはとうてい手が付けられない分野だと考えていた。しかし,山鳥先生の2冊の本によって,私の中にくすぶり続けていた神経心理学への思いや興味が,一挙に噴き出した気がする。「こんなに面白い分野があるのか」「難解なことをこんなにわかりやすい言葉で説明できるものなのか」と感激し,何度も読み返したのを記憶している。

 そのころの私の教室には神経心理学に興味を持つ人はおらず,学問領域としても認められていない雰囲気であった。私は神経心理学的徴候を持つ患者さんを診察できる機会の多い病院に赴任させていただき,学会にもできるだけ何とか演題発表を工面して参加し,学会での山鳥先生の言葉を聞き逃さないようにと必死であった。山鳥先生のおられる病院に押し掛けてカンファレンスに参加させていただき直接の教えを受けることもあった。山鳥先生の発する言葉はいつも適切で簡明でわかりやすく,聞いているものを納得させ感心させる内容であった。

 山鳥先生に「どのようにして,この分野に取り組んだらよいのでしょうか」と質問したことがある。先生は「これまでの理論にこだわらず自分で自由に考えて新しい発見をしてください。しかし,多くの人の考えを学ぶことは大切なので文献はよく読む必要があります」と言われた。そして,先生がいつも薦めておられた著者の一人がJacksonであった。

 そのときから,私は時々Jacksonの著作に挑戦してははねかえされてきた。山鳥先生は難解ではないと言われるが,私にとってはすこぶる難解であった。同じような言葉や内容が何度も出てくるし,「こんなに読みづらい文献はない」と一つの論文の途中で諦めてしまうことも多かった。しかし,何とか読み進めた場合には,Jacksonの臨床観察の鋭さにも感嘆させられた。

 そして今回,山鳥先生が『ジャクソンの神経心理学』を書き上げられた。待望の書である。難解なJacksonが見事にまとめあげられている。これまでもJacksonについての著作はあったが,これほどまでに踏み込んだ解説書はなかった。Jacksonが論じたテーマを主要な10章に分け,それぞれの章でJacksonの基本的な考えを紹介するだけでなく,それがいかに後世の思想家や臨床家に影響を与えたかも解説している。各章の最後にある「後世への影響」の項を読むと,山鳥先生の幅広い学識に再び驚かされると同時に,現在に通じる「Jackson」と「山鳥」の深い思考に触れることができるのである。この本を読んでから,Jacksonの原著のうち今までに読んだことのある言語症状の項を再読してみたが,自分の理解が数段上がっていると感じた。

 私のようなものが論評するのははばかられるが,Jacksonの理論や思考の特徴は物語性であると思う。そして,それは山鳥先生の論文にも同じことが言えるのではないだろうか。山鳥先生の科学論文をまるで物語を読むように引き込まれて読んだ経験のある人は多いはずである。そして,『ジャクソンの神経心理学』はJacksonの解説という形式をとった山鳥先生の語りでもある。二人の偉大な神経学者の合作が誕生したと言ってもよいかもしれない。「英国神経学の父」と呼ばれるJacksonの言葉を借りて,私にとっては(いや,おそらく多くの人にとっても)「神経心理学の父」と呼ぶべき山鳥先生が語っているのである。

 ぜひ,一読をとは言わず,熟読をお薦めする次第である。

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