ケースブック患者相談

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東京大学医学部附属病院患者相談・臨床倫理センターが、これまで蓄積した患者相談のケースを参考にしつつ、新たに構成しなおした患者相談50ケースについて、その対処方法を解説。本書は、単なる対応マニュアル的なものとは異なり、相談やクレームは、医療の質向上につながる貴重な指摘ということが伝わる内容となっている。
編集 瀧本 禎之 / 阿部 篤子 / 赤林 朗
発行 2010年06月判型:A5頁:264
ISBN 978-4-260-01040-5
定価 2,860円 (本体2,600円+税)

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編集の序

 「病院長を出せ!」「暴言を吐いて騒いでいる患者がいる,なんとかしてほしい」「執拗に医療ミスだと訴えてくる遺族がいる,どうしたらよいか」,そんな相談が日々寄せられます.

 東京大学医学部附属病院(以下,東大病院)では,2007年4月に,患者相談・臨床倫理センターを発足させ,私は初代のセンター長になりました.センターの理念は,センターが患者さんと医療従事者の掛け橋となり,双方に納得した医療がなされるよう努力することです.現在の運営体制は,看護師,医療事務職員,医師,法律専門家などで構成され,年間3,000件以上の相談に対応しています.

 ふり返れば,医療法施行規則が改正され,2003年4月から,特定機能病院・臨床研修指定病院は「患者からの相談に適切に応じる体制(患者相談窓口など)を確保すること」が義務づけられました.しかし,具体的に「患者相談」をどのように行っていけばよいのかについて,日本での実践の蓄積も理論研究もほとんどなかったといえるでしょう.

 東大病院でも,企業の苦情相談窓口の方に指導にきていただいたり,病院職員が企業の接遇コースに参加するなど,模索の時期がつづきました.患者相談業務は,特別な技能を有さなくてもできるものだというように,軽くみられていた時期もあったように思います.しかし,実は患者相談業務は,患者さんの言葉を傾聴し共感する態度,高度なコミュニケーション能力に加え,医学的・心理学的・法律的な専門知識を必要とします.また,時代とともに,患者・医療従事者の関係は変遷し,それぞれの時代に相応な対応が求められるのです.

 それでは,患者相談センターがあると,どのようなよいことがあるのでしょうか.
 まず,患者相談センターは,患者さんと医療従事者との掛け橋となり,患者さんが安心して,納得して医療を受けられるようになります.
 次に,患者さんの疑問や苦情に真摯に対応することにより,不必要な感情的な行き違いを解消し,民事訴訟などに発展しうる問題を未然に解決することができます.
 さらに,医療従事者にとっても,患者さんへの対応についての助言が得られることで業務がスムーズになり,自らの医療行為に専念することができます.

 この度,東大病院の患者相談・臨床倫理センターで3年間以上の実践の蓄積から得られた知見を皆さんに提供いたします.必ずや,読者の皆さんの病院で,患者さんの相談に対応する際に役立つ多くのヒントが盛り込まれていると信じています.

 最近,「患者相談センター長を出せ!」という要望が増えたそうです.そうなれば,患者相談センターも本物になったといえるでしょう.患者相談センターは,日本の近代的な病院にはなくてはならない組織になりつつあるのです.本書が,日本の病院に勤務する患者相談業務に携わる方々の役に立つのみならず,医療従事者がよりよい医療を提供し,患者さんのすべてが,よりよい医療を享受できるようになるための一助になることを願っています.

2010年6月
赤林 朗

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はじめに

【第1部 患者相談総論】
第1章 患者相談窓口の歴史的変遷と現状
 なぜ,今,患者相談が必要とされるのか
第2章 患者相談に必要な知識と技術
 患者相談業務に必要な法的知識
  I.患者相談対応と個人情報保護
  II.成年後見制度─法定後見制度と任意後見制度
  III.不退去罪・業務妨害罪
  IV.院外放置と保護責任者遺棄罪
 患者相談業務に必要な医学知識
  パーソナリティ障害とアスペルガー症候群
 患者相談業務に必要な技術
  コミュニケーションの技術
 入院病棟と患者相談センターとの連携

【第2部 ケースで学ぶ患者相談への対応】
■外来
CASE 01 電話で個人情報を照会してきた患者
CASE 02 緊急入院を受け入れてもらえず「見放された」と訴える遺族
CASE 03 特定機能病院への受診にこだわる軽症患者
CASE 04 診察への同席を通じた医師との役割分担
CASE 05 適応のない受診行動をくり返す患者
CASE 06 外来担当医の変更を希望する患者(初回受診時)
CASE 07 外来担当医の変更を希望する患者(継続受診時)
CASE 08 悪性腫瘍が強く疑われるにもかかわらず受診しない患者
CASE 09 同僚を否定する医師の発言
■入院
CASE 10 意識レベルの低下した患者の金銭管理
CASE 11 同室者の酸素吸入の音がうるさいと苦情を言う患者
CASE 12 身寄りのない患者の死後の手配
CASE 13 生前契約を結んでいた患者
CASE 14 退院に対して協力をしない家族
CASE 15 退院しない長期入院患者
CASE 16 外泊したまま戻らない入院患者
CASE 17 入院患者が勾留されていないか警察への照会
CASE 18 夜間せん妄のある同室患者がうるさいと苦情を言う患者
CASE 19 偽名を使って特別個室を希望した入院患者
■インフォームド・コンセント
CASE 20 手術の合併症についての説明不足を訴える患者
CASE 21 DNRの説明が一方的だったと主張する遺族
CASE 22 治療当時は報告されていなかった合併症
CASE 23 身寄りがいない手術予定患者
CASE 24 リスクをともなう入院患者の搬送
CASE 25 カルテの修正を希望する遺族
CASE 26 入院加療より在宅療養を希望する患者
CASE 27 意思決定に際して医師の意見を希望する家族
CASE 28 手術を受ける決心がつかない患者
CASE 29 RI検査の注射液が衣類に付着したことで強い不安を感じた家族
■リスク管理
CASE 30 患者が死亡したのは手術ミスだと思っている遺族
CASE 31 患者同士のけんかで被害を受けた患者の検査にかかる料金負担
CASE 32 院内での車椅子患者の接触事故
CASE 33 家庭内の虐待が疑われる入院患者
CASE 34 境界性パーソナリティ障害患者への対応(1)
CASE 35 境界性パーソナリティ障害患者への対応(2)
CASE 36 医師が役所に提出することになっていた診断書が半年近く放置されていた患者
CASE 37 当日検査が受けられなかったことへの謝罪文を要求する患者
CASE 38 入院中に起きたトラブルについて文書による回答を求めてきた患者
CASE 39 注射施行時に血液で衣服を汚されクリーニング代を請求してきた患者
CASE 40 院外の拾得物の預かり
CASE 41 救急で搬送された患者に看護師が暴行を受けた場合
■費用
CASE 42 2か月分の入院費を1か月分の限度額に該当させろと主張する患者
CASE 43 高い処方せんを発行されたので返金してほしいと主張する患者
CASE 44 再検査に要した料金は支払わないと主張する患者
CASE 45 自由診療扱いとなり,支払いを拒否した患者
CASE 46 古い病棟に入院した分は支払わないと主張する患者
CASE 47 再手術となった料金は支払わないと主張する患者
CASE 48 入院費のうち,包括評価部分を支払わないと主張する患者
CASE 49 すでに支払ったのに,督促状が送られてきたと主張する患者
CASE 50 厚生労働省の通知をみせて室料差額の返還を求めてきた患者家族

おわりに
索引

【コラム】
[研究紹介]患者相談担当者が診察場面に「同席」する目的とは?
医師の守秘義務に関する裁判例
看護師長の行動変容がもたらしたもの
医療へのアクセスと機能分化
リビングウィル
医師に対する苦情例にみるNGワード・態度(1)
せん妄
警察に対する通報および相談について
患者相談における「理解」と「納得」
医療は結果を保証するものではない
ドクターショッピング
病院で使われている用語の理解
医師に対する苦情例にみるNGワード・態度(2)
ADR(裁判外紛争解決)
時間をメモすることの効用
苦情が発端となった改善・提案(1)
苦情が発端となった改善・提案(2)
高齢者虐待の発見
高齢化と成年後見

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患者対応に苦慮する医療者にとって導き手となる一冊 (雑誌『看護管理』より)
書評者: 鈴木 久美子 (山梨大学医学部附属病院副病院長・看護部長)
◆患者相談業務に欠かせない知識・技術を備えた実践書

 本書は,東京大学医学部附属病院患者相談・臨床倫理センターが過去3年以上の患者相談業務(年間3000件以上)の実績をもとに,看護師,医療事務職,医師,法律家,倫理学者などそれぞれの専門家が知識を結集させ,多面的な角度から,一つひとつの事例に対応した知見を収録したものである。

 2002(平成14)年に厚生労働省から「患者の苦情や相談等に対応するための体制の整備」が提言され,全国の医療機関に患者相談体制が積極的に整備されるようになった。そこで,今では多くの医療機関が患者相談窓口などを設置し,日々直面する相談や苦情に丁寧に対応し,患者満足度の向上に取り組んでいる。しかし,患者のなかには過度に感情的な態度をとる人や思い込みなどで解決のための話し合いができない人も散見され,患者相談に携わっている医療関係者は対応に困惑した経験があるだろう。本書は,そんな医療関係者を救世してくれる待望の実践書である。

 第1部の総論は,患者相談業務に欠かせない医学的知識やコミュニケーション技術について網羅されており,「個人情報の保護に関する法律」や「成年後見制度」,「刑法」等の医療倫理や法律の知識まで焦点をあてて記述されている。第2部の実践に役立つ「ケースで学ぶ患者相談への対応」では,患者のみでなく,医療関係者からの相談にも応じた困難事例の中から50ケースを選りすぐり,どの医療機関でも活用できるように一般化された対応と解説が示されている。

 既存の苦情相談やクレーム対応の類書と違って,本書が優れているところは次の3点である。

◆「今,ここでの相談」からリスク管理まで

 まず,「今,ここでの相談」に活用できることである。患者相談は患者も医療関係者も非常に困った状況で相談することが多く,迅速であり真摯かつ適切な対応が求められる。そこで,患者相談で困った時に本書の目次で似たケースを探し出し,すぐにでも活用できる。

 つぎに,入院患者の苦情やトラブルを防止するための看護師長の役割とトラブル発生時の患者相談窓口などとの連携について解説されていることである。看護師長は病棟運営の要であり,苦情処理の鍵を握っているため,その役割を再認識することで苦情やトラブルを予防できる。

 最後に,それぞれの医療関係者が患者の苦情やトラブルを防止するための対策を考えられることである。特に病院責任者の立場にある方は,本書をもとに所属機関との類似することや差異を熟考することで防止対策を検討でき,医療関係者のサポートにつなげられる。患者相談窓口などがトラブル対応を確実に行なうことは,多忙な日常業務の中で対応困難な患者に直面している医療関係者の安心・職務満足度の向上,また悪質な患者からの組織防衛,さらに訴訟に発展しうる問題を未然に解決できるという点で院内のリスク管理上極めて重要な意味をもつ。

 本書は,多くの患者相談に携わる医療関係者の方はもちろん,患者の苦情やクレームを未然に防止しリスク管理を行ない,質の高い医療を提供する立場にある病院責任者や看護管理者の方にも是非読んでいただきたい。

(『看護管理』2010年10月号掲載)

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