認知症の「みかた」

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高齢化社会のなか、神経心理学において認知症は重要性が増し続けているテーマである。認知症について、疾患概念をどう捉えるか、臨床でどう診るか、患者とのかかわりをどう考えるか。それらの問題を、認知症に関する神経心理学的アプローチや脳機能に通じた精神科医と神経内科医のディスカッションによりみつめ直し、認知症の臨床のこれからを考える。認知症の「みかた」を変える1冊。
*「神経心理学コレクション」は株式会社医学書院の登録商標です。
シリーズ 神経心理学コレクション
三村 將 / 山鳥 重 / 河村 満
シリーズ編集 山鳥 重 / 彦坂 興秀 / 河村 満 / 田邉 敬貴
発行 2009年11月判型:A5頁:144
ISBN 978-4-260-00915-7
定価 3,300円 (本体3,000円+税)

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序にかえて

 本書は山鳥 重先生,河村 満先生と私の3人で行った鼎談をもとに再構成したものである。本書の冒頭でもその経緯について触れているくだりがあるが,もともとこの話は「神経心理学コレクション」の企画にも携わっておられた故・田邉敬貴先生から,先生と私の対談形式で行う形でいただいた。この企画の草案を最初に田邉先生から伺ったのはたしか先生が会長を務められた2003年の第27回日本神経心理学会総会のときであったと記憶している。この総会では,ちょうど先生の親しい友人であるブルース・ミラー教授が“Behavioral Neurology in Dementia”と題する特別講演をされたところでもあったが,同様の内容について,田邉先生と私とで自由に話し合うという主旨であった。当然,私が聞き役であって,当時,「ピック病」を中心に次々とお仕事を発表されていた田邉先生から,認知症のbehaviorについての真髄を引き出そうと考えていた。
 この第27回日本神経心理学会総会について,私が『臨床精神医学』(第33巻14号)に書いた学会印象記を田邉先生はことのほか喜んでくださり,対談も楽しみにしてくださっていた。今,あらためてこの印象記を読み返してみても,道後温泉の懇親会でしきりと扇子を使う風呂あがりの先生の姿が鮮明に思い出される。秋晴れに映える松山城から見た雲とともに。その田邉先生は急逝されてしまった。私は田邉先生の弟子ではなかったし,事情はまったく違うのであるが,どうしても懇親会で大橋博司先生の思い出を語っては涙していた先生の姿が思い出されるのである。もはや実現不可能になってしまったが,この対談企画は何か遺された宿題のような感じになっていた。その気持ちはおそらく田邉先生の盟友であった医学書院の樋口 覚氏も同様だったのではないかと推測している。ある日,樋口氏から,この対談を山鳥先生,河村先生との鼎談という形で復活してはというご提案をいただいた。私にとってはもとより望外のことである。
 私は1992年に本書の中でもたびたび出てくるボストンのマーティン・アルバート教授のもとに留学したが,その際,山鳥先生に推薦状を書いていただいている。当時,私はまだ山鳥先生とほとんどおつきあいがなかったが,山鳥先生ご自身,私の推薦状の中で「この先生のことはまだよく知らない,でもこれから知るようになるだろう」といった趣旨のことをお書きになった。先生は正直な方である。このような知っていることは知っている,知らないことは知らないとする態度は,おそらく先生の臨床神経心理学的診察の姿勢にも通じるだろうと勝手に想像している。このような先生に,『神経心理学入門』 (医学書院)の中ではあえて取り上げなかった「痴呆」(認知症)について,ぜひ本音をうかがってみたいと常々考えていた。この鼎談を通じて,日本の神経心理学をリードする山鳥先生,河村先生というお二人の古今東西にわたる該博な知識に触れるとともに,患者さんを見守る暖かいまなざしを垣間見ることができたのは,私にとって大変幸せなことであった。
 本書が日の目を見たのは,医学書院の方々の不断の力添えのおかげである。心から御礼申し上げる。本来,この本はもっと早く完成させ,田邉先生にもご報告したいと思っていた。しかし,筆者の怠慢により,ずいぶんと時間が経ってしまった。謹んで田邉先生の墓前に供したい。

 秋晴れの 城山を見て まづ嬉し   今井つる女(高浜虚子の姪)

 2009年9月
 三村 將

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序にかえて

第1章 疾患概念をみる
 個別性をみる-神経心理学と診断基準
 『神経心理学入門』刊行当時と認知症
 CBD(大脳皮質基底核変性症)
 システム障害としての認知症
 認知症をどう定義するか
 executive function(実行機能)
 局在論と認知症-どこが「大事」か?

第2章 中核症状をみる
 記憶障害を考える
 軽度認知障害(MCI)
 意味記憶の障害(意味性認知症)
 記憶障害の病変部位
 言語障害を考える
 発達性サヴァン
 失行と失認

第3章 周辺症状をみる
 物盗られ妄想
 カプグラ症候群
 幻の同居人
 作話
 病識-病態失認
 うつ

第4章 患者へのかかわりをみる
 認知症の告知
 認知症のケア
 鼎談のおわりに-田邉先生のこと

索引

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神経心理学から認知症をみる
書評者: 朝田 隆 (筑波大教授・精神病態医学)
 小泉首相以降の総理大臣の時代には難しいかもしれないが,旧版長谷川式テストには「今の総理大臣はどなたですか?」という問いがある。本書を読んでいて,かつて私が山梨にいたときに行った在宅認知症患者さん訪問調査の一コマを思い出した。この問いに「それは知らないが,次は俺だ」と迷回答をした人がいたのである。

 本書の三村先生のご発言によれば,空想作話をピックアップするのに定型的な質問があるらしい。「今年東大に一番で受かった人は誰ですか?」と尋ねればよい。空想作話の人は,それに得々と答えるらしい。「次は俺だ」はここからの連想である。

 作話とか病識は,精神科医の中でも認知症を扱う医師なら必ず遭遇する問題・テーマであろう。しかし扱うには容易ならざるところがあって,正面から論じられることはまれである。ところが本書においては,3名のエキスパートがこの種のやっかいな課題を次々と俎上に載せてゆく。

 読み進めるうちに,本書のテーマは認知症の症状を巣症状(失語,失行,失認)の視点からみることなのだと気づいた。「神経心理学から認知症をみる」と副題をつけたい新タイプの認知症本だなと一人合点した。

 語り手の3名の先生は,精神科,神経内科,それに神経心理学のご出身である。三村先生のご発言はトップダウン的で視野が開ける思いがする。河村先生はボトムアップ型の理論展開をされる。これらを「ことば巧者」の山鳥先生が素人にも腑に落ちるように要約される。お三方のやりとりには,リズムがあってなんとも心地よい。

 ところで筆者は最近,認知症介護の最大の問題は行動異常(BPSD)以上に,さまざまな生活行為の障害ではないかと思っている。食事をすればこぼしてしまう,トイレの使い方がわからず汚してしまう,ズボンを頭から被ろうとする。だから介護者のストレスはたまる一方。

 これらの症状に対して,従来は系統的な対応が試みられることはまれであった。経験と勘頼み,その場その場の対応が主であった。今やこうした症状への科学的対応方法の開発は喫緊の課題かと思う。対応を講じる上では障害の分析が出発点だが,本書の姿勢「神経心理学から認知症をみる」はその基本となるだろう。

 最後に,本コレクションの編集者である故・田邉敬貴先生の思い出を。先生の3年後に京都の同じ予備校と定食屋に通ったこと,先生の義弟とは10代からの付き合い,などなど不思議な因縁があった。高知のご生家ではワインを振舞われるままに泥酔したこともある。先生の好まれた言葉として印象に深いのは「邂逅」だ。先生のおかげでこの良書に「めぐり合わせて」いただいた気がする。学術性と臨床的含蓄に富む本書は,専門領域を越えて認知症医療と研究にかかわる人には必読の書であろう。

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