手の構造 Structures of the Hand
まるで生体のような新鮮さ。手の構造を精緻な解剖と美麗な写真で解き明かす。
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最新の防腐・殺菌処理と卓越した撮影技術によって、まるで生きているかのような新鮮さを保つ解剖写真が満載の手と上肢の解剖アトラス。ひとたびページを開けば、そのリアルさと人体の精巧さに目を奪われずにはいられない。筆者が編集をつとめた前作『The Grasping Hand 日本語版』に収載しきれなかった解剖写真をこの一冊に詰め込み、本書でしか感じ取れない“リアル”な手の構造を惜しみなく読者に供覧する。
著 | 玉井 誠 |
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発行 | 2024年04月判型:B5頁:232 |
ISBN | 978-4-260-05475-1 |
定価 | 16,500円 (本体15,000円+税) |
更新情報
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正誤表を掲載しました。
2024.07.24
- 序文
- 目次
- 書評
- 正誤表
序文
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序
2023年3月,本書の発行元である医学書院から小生と村田景一先生の監訳による『The Grasping Hand日本語版──手・上肢の構造と機能』が出版された.その原著は,『The Grasping Hand──Structural and Functional Anatomy of the Hand and Upper Extremity』(Thieme, 2021)である.これは,小生が2000年から2003年までアメリカのケンタッキー州ルイビル市にあるChristine M. Kleinert Instituteに留学していた折に,隣接するルイビル大学メディカル・スクールの新鮮解剖実習室で屍体標本を解剖して撮影した写真をもとに,Kleinert InstituteのスタッフであったDr. Amit Guptaの呼びかけにより世界の60名を超える手外科医の協力を得て制作された手外科の臨床解剖書であり,着想から2021年の出版まで20年を要した近年稀に見る大著であった.
『The Grasping Hand 日本語版』は,それを全国25名の手外科およびハンド・セラピィのエキスパートと医学書院の担当者の方々の協力を得て完全日本語化したものである.『The Grasping Hand(原著および日本語版)』は,臨床に必要な手・上肢の解剖に関して,現在知り得る知識を最も豊富に詰め込んだ書物として手外科を学ぶ人々に自信をもって勧められる書物になったと自負している.
では,なぜ本書が必要なのか?
本書には,『The Grasping Hand』には使用されなかった,あるいは同じ標本を違う角度から撮影した写真が多く掲載されている.それらは『The Grasping Hand』に掲載されている多くの写真と同様に,fresh cadaver(新鮮屍体)に10%ホルマリンの灌流による軽い防腐・殺菌処理(light embalming)を施したものであり,組織の変性は最小限に抑えられ,硬い組織はその硬さを,柔らかい組織はその柔らかさを保っている(一般的な高濃度のホルマリン固定標本では,組織は変色して変質し,硬い組織は柔らかくなり,柔らかい組織は硬くなっている).さらに乾燥による組織の凝固や変色を防ぐために標本はすべて生理食塩水に浸して冷蔵庫内に保存し,解剖中もこまめに水に浸して乾燥を防いでいた.つまり,これらの標本は,見た目には,生体内にあったのと大きくは変わらない状態を保っているといえる.
一般的な解剖書のように,これらの写真に構造の名称を書き込めば,読者諸氏においては名称とそれらの位置関係を記憶することには役に立つであろう.しかしながら,変性も変色もしていないリアルな標本から得られる知識はそれらだけではない.組織がもつ質感や周囲組織との関係に関する情報は,イラストや模式図から得ることは難しいものである.
本書の存在価値は,そこにある.解剖に関する詳細な記述や臨床との関連性については『The Grasping Hand』を読んでいただければよい.本書では,『The Grasping Hand』で表現しきれなかったことをお見せしたいと考えている.「どこに何があるか?」をただ憶えるのではなく,「どうなっているか?」を考えながら見てほしい,と願っている.
本書はもとより「The Grasping Hand」の代わりになる書を目指してはいない.お互いに足りないところを補っている関係にあるため,双方を並べてご愛読いただければ幸いである.
2024年3月吉日
玉井 誠
目次
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序章
I 手と手指 Hand & Digits
1 動脈と神経 Arteries & Nerves
2 手指の屈曲機構 Digital Flexion Mechanism
3 手指の指伸展機構 Digital Extension Mechanism
4 母指 Thumb
II 手首 Wrist
1 伸筋支帯 Extensor Retinaculum
2 血液供給 Blood Supply
3 手関節の靱帯 Ligaments of the Wrist Joint
III 腕の骨格 Skeleton of the Arm
1 肘関節 Elbow Joint
2 前腕 Forearm
索引
書評
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未体験の美麗な標本。これは驚異的な解剖学書である。
書評者:越後 歩(札幌徳洲会病院整形外科外傷センター・手外科専門作業療法士)
『手の構造 Structures of the Hand』は驚異的な解剖学書である。
著者の玉井誠先生は手外科の臨床家,解剖学者であり,写真家でもある。
手外科医としての冷静で的確な医学的解説と,艶やかで芸術的な手の解剖写真とのインテグレーションに魅了される。
玉井先生は2000~2003年にかけ,米国のケンタッキー州ルイビルにご留学された。手外科医としての臨床業務に並行して,手の解剖に心血を注がれ,自ら撮影された写真は1.5万枚以上にも及ぶという。
姉妹書である『The Grasping Hand:Structural and Functional Anatomy of the Hand and Upper Extremity』(Thieme)は,Dr.Guptaと玉井先生の共同編集で2020年に出版され,2023年には玉井先生,村田景一先生監訳で『The Grasping Hand 日本語版―手・上肢の構造と機能』(医学書院)が出版されている。こちらの書籍でも玉井先生が撮影した写真を基に,手外科のエキスパートたちによる手の解剖に関する詳細な情報や臨床との関連が記されている。この『The Grasping Hand』とは異なる角度から,臨床家の目線で,手の構造について簡潔に解説したのが,本書『手の構造 Structures of the Hand』であり,美しい解剖と撮影技術で,厳選された標本の一枚一枚が収められている。
他の解剖書と大きく異なるのは,標本の質感である。標本は新鮮屍体を用い,組織の変性が抑えられ,組織の硬さ,柔らかさは生体に近いものである。また,組織の乾燥を防ぐために,撮影中の標本の質の維持にも配慮されている。
変性・変色した標本に慣れている私たちにとって,筋肉の張りや質感,神経と腱の微妙な色の違い,腱膜や靱帯の線維の方向など,これまで得られなかったさまざまな情報を知ることができる。
また,工夫を凝らした解剖や撮影のアイデアが素晴らしい。読者の左手と見比べるため,標本は左ページに印刷されている。写真の背景は漆黒であり,解剖された手が空中に浮かんでいるようにみえる。組織には光沢があり,組織ごとに異なる色や硬さの違いが伝わってくる。
皮線を含む皮膚を残し,深部組織との関係を示した画像や,手関節の靱帯や線維の方向を示した画像,手関節尺側部の詳細な構造,血液供給網を示すための立体的な層,屈筋・伸筋腱と支帯,コンパートメントを示した画像など,読者が未体験の美麗な標本を多数含む。
20年の歳月をかけ上梓された本書は,手外科分野にかかわる医師や療法士が手の解剖学的構造や配置だけでなく,その状態や質感までを学ぶことができる最良の一冊である。
解剖にかける著者の執念を垣間見た“手の解剖図譜”
書評者:水関 隆也(広島県総合リハビリテーションセンター名誉所長)
「何だこの本は?」誰もがこの本を手に取ると感じるに違いない第一印象。本書の帯に「医学か,芸術か。」とある。興味津々,本書を開いてみると,1ページ目から人の手の皮膚を剥いだモノクロ写真が飛び込んでくる。手外科を生業にしているわれわれには見慣れた画像ではあるが,機能的に配置された手指の構築物をあらためて俯瞰すると,それは確かに芸術作品にも見えてくる。
解剖経験者であれば容易に想像できるが,一見簡単そうに見える解剖写真の見栄えを整えることはそう簡単ではない。著者が序章で書いているようにホルマリン防腐処理を受けた屍体は変質して,とても観賞に耐える写真はつくりえない。冷凍屍体は時間とともに乾燥して新鮮さを失う。実際の手術時の所見に近づけるため,著者は繰り返し水に浸し標本の湿気を維持している。この段階ですでに標本作成の苦労は想像に難くない。仮に標本の保存がうまく行われたとしても,解剖を進める際に組織を間違って切りつけたり,切除したりして思うような標本ができないと最初から解剖をやり直すはめになる。標本が完成したら次なる課題は写真撮影である。本書には,写真家としても知られる著者であればこそ撮影できる写真が随所に見られる。素晴らしいクオリティの写真である。
外科医として手術に臨むとき,術野をイメージする際に参考にするのが種々のアトラスで描かれている図譜であるが,この図譜が必ずしも当てにならない。多くの図譜がメディカルイラストレーターによる描画であるため,外科医が必要としている神経,筋,腱,関節などの位置関係が必ずしも正確に描かれているとは限らないからである。その点,本書に掲載されているのはすべて“生の写真”であるため,アトラス図譜のように編集者による意図的な組織の変形,修飾が入り込む余地がない。手外科専門医あるいは研修医の術前の手術イメージ,シミュレーションにはうってつけの書である。
一方,著者の思い入れが余って詳細に過ぎる記述が読者を混乱させる箇所もみられる。手関節の尺側解剖の項である。同部の解剖は複雑で,以前より報告者によりさまざまな解釈がなされており,いまでも意見の一致をみていない。はっきりしている事実は手根骨と尺骨頭の間に存在する関節円板があり,これを取り囲むように橈尺靭帯,尺側側副靭帯,その表層に尺側伸筋腱腱鞘床が存在し,それぞれの組織の境界は鮮明ではない,ということである。臨床の現場では同部位の組織を三角線維軟骨複合体(Triangular fibrocartilage complex;TFCC)と総称して混乱を避けている。著者はTFCCという言葉を敢えて一切用いず,一個ずつの線維束に呼称を与えている。著者の解剖にかけた執念が垣間見られる。
本書は,手の解剖図譜として手の細部の構造を一見にして理解できる「医学書」と,手の審美性と機能性をレンズを通して解説した「美術書」の両方を兼ね備えた書ではなかろうか。
正誤表
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本書の記述の正確性につきましては最善の努力を払っておりますが、この度弊社の責任におきまして、下記のような誤りがございました。お詫び申し上げますとともに訂正させていただきます。