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糖尿病診療に活かすコーチング
なぜそのとき行動変容が起こったのか?

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ダイアベティス(糖尿病)診療において、PwD(糖尿病をもつ人)が前向きに治療に取り組むことは成功への必須条件である。しかししばしば慢性疾患の診療ではその継続の難しさが医療者の前に立ちはだかる。PwDの心理と行動を深く考察する日本糖尿病医療学学会では、コーチング技法を適切に使用することでその必須条件をクリアすべく議論と経験を重ねてきた。その集大成を、医師をはじめとする多くの医療者にお届けする。

監修 石井 均
編集 日本糖尿病医療学学会 糖尿病医療学コーチング委員会
発行 2026年05月判型:B5頁:200
ISBN 978-4-260-06534-4
定価 3,850円 (本体3,500円+税)

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序に代えて──Preamble または Introduction

1.医療学は病をもつ人にコミットする
 コミットするとは,専門家としての能力と責任をもって,その人の治療に継続的に関わることである.医療学という名称を使ったのは心理学者・河合隼雄である.彼は,科学技術の進歩によって多くの病気が治癒・寛解するようになったことを評価しつつも,患者を支えるうえでは医療者と患者の関係そのものが決定的に重要であると指摘した.人間関係への配慮を欠いた医療では,病をもつ人の本質的な要求に応えることはできないと考えたのである.
 河合隼雄は筆者らとの議論を通じて,「糖尿病医療学(研究会)」を立ち上げ,丁寧な事例(症例)検討を行うことを提案した.医療面接の全過程(患者の語りと医療者の応答)を記録し,それをもとに検討会を行うという形式であった.一人ひとりとの関わり方,そして医療者の言葉と姿勢こそが,人を支援する営みにおいて最も重要であると彼は強調した.すなわち,病気そのものにではなく,病をもつ人にコミットするという姿勢である(第1章図3,10ページ参照).

2.人が病をもつということ──糖尿病患者ではなくPwD(糖尿病をもつ人)
 「病をもつ人」という表現は,下図が示すように,その人の人生や生活(自我・人格・人生歴を含む)という大きな円の内部に,病気という小さな円が位置づけられている状態を表している.病気だけを扱う医療(疾患中心医療)は,この小さな円のみを対象とするものであり,疾患によってはそれだけで治療が完結する場合もある.典型例は命に関わる救急医療であり,糖尿病治療においてもそのような場面は存在する.
 しかし,通常の糖尿病治療では当事者の積極的な参加が不可欠であり,本人が主体となって治療を実行していくことがアウトカムに直結する.その過程は,本人の考え,感情,意向,理解,ニーズ,生活状況など,多様な要因に影響される.すなわち,大きな円──その人の存在全体こそが医療の対象となる.
 この観点から,私たちは「糖尿病患者」という役割限定的な言葉ではなく,「糖尿病をもつ人(person with diabetes:PwD)」という表現を用いることにした.本来は英語の person-firstに相当する表現が望ましいが,日本語には同等の文法形式が存在しないため,この表現を採用している.

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3.糖尿病医療学は医学を基盤とするアートである
 糖尿病医療学は医学を基盤とし,サイエンスを重視し,evidence-based medicineに基づいて医療を行う.ただし,該当するエビデンスを画一的に適用するのではなく,本人の価値観やニーズ,社会的状況,病状,生命予後など,多様な状況にふさわしいデータを選択し,わかりやすく提示し,同意を得たうえで柔軟に適用する.その際には,医療者がもつ専門性(エキスパタイズ)も適切に組み込む.
 ときに,医療者が最善と考える治療と,本人(あるいは家族)が望む治療が一致しない場合がある.そのような場面で,双方が納得できる道筋をともに探り出していくことこそが,糖尿病医療学の重要な役割である.
 つまり,アート(人間関係・コミュニケーション)とサイエンス(技術・科学的知識)を分離するのではなく,両者を包括し統合した実践的知を,私たちは(糖尿病)医療学と呼んでいる.

4.どのような関わり方によって共通のゴールを目指す協働関係を築くか──コーチング
 医療学の理念を臨床の現場で実践していく方法論は,突き詰めれば理念に裏打ちされたコミュニケーションである.その一つの具体的な形として,本書『糖尿病診療に活かすコーチング──なぜそのとき行動変容が起こったのか?』が完成した.安心と信頼に支えられたPwD-医療者関係のもとで,科学的事実と本人の価値観・意向を踏まえたゴールと治療法を協働して設定し,実行していくためのコミュニケーションのあり方と進め方を示したものである.
 したがって,糖尿病医療学コーチングは単なるスキルの集積ではなく,アートとして体現される必要がある.そのために,私たちは5年という時間をかけて検討を重ねてきた.著者の先生方には,時に不躾とも思われるお願いや指摘を申し上げたが,それらを真摯に受け止め,ご自身の考えを大切にしながらも,考察の練り直しや改訂を続けてくださった.その姿勢に深く感謝している.
 最近,著者のおひとりから,「石井先生がなぜあれほどまでに,コーチングを“スキル”として扱うことを避けようとしておられたのか,ようやくわかった気がします」と言っていただいた.

5.かかりつけ医(糖尿病非専門医)からいただいた,率直で本質を突く問い
 ある時,古い友人からこんなことで悩んでいると以下のような質問をいただいた.

《糖尿病診療でのかかりつけ医の私の悩み》
・ 血糖やHbA1cが高いとき,食事,運動,間食などを尋ねますが,あたかも(警察で)調書を取っているかのようになってしまう自分に気がつき,自己嫌悪に陥りました.皆さんはどうされているでしょうか.
・ 患者さんに寄り添う?傾聴しようとすると,いろんな事情(ストレスがたまって食べた,ゆっくりよくかんで食事する時間がないなど)に共感し,結局仕方ないかなあ,まあ次がんばって,とか言ってなんとなく先送りにしてしまうことがあります.これで良いとは思いませんが,どうしたものでしょうか.
・ 次も(栄養指導を)と声をかけると「十分にわかりましたので,もう結構です」と言われます.なぜなのでしょう.栄養指導は成績が良くないための「罰ゲーム」のように思われているのでしょうか.
・ 非専門医である私のもとへ,あえて転院して来られる方が時にいます.理由を尋ねると「前に診てもらっていた糖尿病の専門の先生は厳しくて,いつも怒られているのでかないません.先生はあまり怒らない方と聞いたので…」と言われて,複雑な心境になります.

 これらは「どんな薬を使えばよいか」という種類の質問ではない.むしろ,糖尿病ケアの核心に触れる,PwDと医師の関係そのものに関する問いである.私はこの医師の誠実さと洞察の深さに強く心を動かされた.では,糖尿病専門家はこの問いにどう応えるだろうか.

6.そこで,糖尿病医療学
 我田引水のようで気恥ずかしい思いもあるが,本書『糖尿病診療に活かすコーチング──なぜそのとき行動変容が起こったのか?』には,この医師の問いに向き合うためのヒントが記されている.糖尿病治療は,糖尿病専門医(糖尿病内科領域専門医/内分泌代謝・糖尿病内科領域専門医)や糖尿病スタッフだけが担うものではない.信頼されるかかりつけ医,総合診療専門医,家庭医療専門医が,それぞれの地域でPwDと一生にわたって関わり続ける営みである.
 その長い時間をともに歩むための人間関係をどのように築き,どのように支えていくか──その方法を学ぶうえで,本書が少しでも貢献できればと考えている.

 日本糖尿病医療学学会から初めての書籍が刊行されることを,心からうれしく思う.

 2026年4月
 著者を代表して  石井 均

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序に代えて──Preamble または Introduction

第I部 糖尿病診療になぜコーチングが必要なのか?
第1章 糖尿病医療学への道程と糖尿病医療学コーチング
1.糖尿病をもつ人の行動が変わるということ/2.糖尿病診療の行き詰まり/3.その打開:医師(医療者)-患者関係ということ/4.エンパワーメント/5.PwDの心理・行動領域の日本全体への普及/6.糖尿病医療学への道──河合隼雄先生との出会い/7.糖尿病医療学の定義/8.コーチングとは/9.糖尿病医療学はどんな人を対象としているか──最初に戻って/10.基礎知識の解説(方法・スキル・理論)
[コラム] 糖尿病療養行動に影響するPwD要因──特に糖尿病医療学コーチングの理解に役立つ項目
第2章 コーチングを臨床で使う意義──糖尿病医療学の理念と現場の思い
「一般的なコーチング」と「糖尿病医療におけるコーチング」の違い/コーチングの「スキル」と「マインド」/糖尿病医療学とコーチング

第II部 コーチングの実践に必要な基礎知識
第3章 コーチングの三原則と他の他者支援法との違い
コーチングの三原則/コーチングとその他の他者支援法との違い
第4章 糖尿病診療に関するコーチングのエビデンス
関連論文の増加/実際のシステマティックレビュー/メタアナリシス
第5章 コーチングが機能しない「アンコーチャブル」
アンコーチャブル──従来の定義/糖尿病医療学で考える「アンコーチャブルな人」への対応
[コラム] 日本における医療コーチングの発展──心療内科医の視点から

第III部 診療に活かすコーチングのスキル解説
第6章 コーチング・スキル習得の全体像──スキルを学習して実践するまでの流れ
コーチング・スキルは本当に必要か?/実践的なスキル学習の方法に関する提案
第7章 信頼関係を築くスキル
  ① 面談のセットアップ
   信頼関係を築く
   [コラム] 心理的安全性
[コラム] 「ノンバーバルコミュニケーション」と「パーソナルスペース」
  ② 聴く・傾聴
「聞く」と「聴く」の違い/「傾聴」のレベル/聴くために必要な姿勢/傾聴の効果
  ③ 承認
「承認」とは/医療における「承認」/承認の種類/承認の具体例
第8章 変化を促すスキル
  ① 質問
質問の目的/質問の種類/質問をする際の留意点/質問に困ったときは?
  ② 伝える・フィードバック
医療における「聴く」と「伝える」/どう伝えるか/何を伝えるか
  ③ 目標設定
なぜ目標設定が重要なのか?/コーチングに適した目標を見極めよう/PwDにおける目標設定
第9章 コーチングサイクル
コーチングサイクルとは/コーチングサイクルの効果/コーチングサイクルのステップと有効な使用方法/臨床におけるコーチングサイクルの使い方
第10章 自己基盤
自己基盤とは/コーチ(医療者)の自己基盤/クライアント(PwD)の自己基盤/医療者とPwDの主体的な人生を目指して

第IV部 診療に活かすコーチングの実践事例集
第11章 「言い訳」の向こう側に見えるもの
第12章 傾聴で関係性を築く
第13章 承認から始める
第14章 PwDのペースに寄り添う
第15章 未来をイメージする
第16章 目標達成に向けて共に考える
第17章 PwD自身の取り組みを尊重する
第18章 自己基盤が整うと糖尿病と向き合えるようになる

第V部 コーチングの医療チーム・医療組織への導入
第19章 糖尿病教室──糖尿病教室に有効なグループコーチング
糖尿病教室への応用/効果的な方法
第20章 糖尿病外来──外来でコーチングをシステム化する
対話内容の基本的シナリオ
第21章 糖尿病教育入院──コーチング的な関わりを意識したプログラム
実際の関わり方/効果と振り返り
第22章 多職種連携①──長崎みなとメディカルセンターの糖尿病チーム
事例紹介/効果と振り返り
第23章 多職種連携②──総合病院国保旭中央病院の糖尿病チーム
事例紹介/効果と振り返り
第24章 医療施設──組織の風土や文化を変えるコーチング
全国の医療機関におけるコーチングの導入事例/医療連携を見据えた糖尿病支援入院や医師の働き方改革への活用/医学教育への活用
   [コラム] コーチングを習得するために

第VI部 もっと知りたい! コーチングQ&A
コーチング概論/基本的なコミュニケーション/相手の反応が望み通りにならない/具体的なコーチング・スキル/コーチングを学ぶために

第VII部 言葉の力
1.言葉による治療/2.がん医療と言葉/3.糖尿病医療と言葉1──考察/4.糖尿病医療と言葉2──具体的提言/5.生きた言葉を探して/6.関係をつくる言葉

おわりに
索引

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