直腸癌集学的治療戦略
がん研究会有明病院の実践
直腸癌診療に携わる医師必読の1冊
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直腸癌は施設ごとに治療方針が異なっている。現状としては外科療法が主流であるものの、肛門機能や性機能にも配慮しなければならず、一概に切除というわけにもいかない。がん研有明病院では、外科療法、放射線療法、薬物療法を組み合わせた集学的治療によりこれらの問題点に対応している。本書はその手術(腹腔鏡下)、放射線治療、薬物治療といった集学的治療をあまねく紹介する。
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序にかえて──外科医の立場から/序にかえて──薬物療法の立場から
序にかえて──外科医の立場から (福長 洋介)
近年増加の一途をたどっている大腸癌1)の中でも直腸癌の治療は,その解剖学的な複雑さや化学放射線療法を含めた治療選択肢の多さなどから,特に注目されるものである.すなわち,手術手技的には狭い骨盤腔内での操作であることにより多くの経験と習熟が必要とされ,また治療選択肢としては,年々開発される新しい抗癌剤や分子標的治療薬がある.さらには消化器癌の中で効果が期待される放射線療法も関わる.加えて重要なことは,この領域では日本と海外の治療スタンスの違いが他の領域よりも顕著なことである.
直腸手術の歴史
直腸手術の歴史を少し振り返ると,よく知られる1908年のMiles2)による腹会陰式直腸切断術および人工肛門造設術が一つのマイルストーンである.その後さまざまな手法による肛門温存手術が試みられるが,これは1970年以降に現れた自動縫合器・吻合器により一気に進む.同時に,リンパ節郭清の重要性も20世紀中ごろには提唱されるようになり,特に直腸癌の側方リンパ節郭清は1950年代に海外から発表された3).1970年以後,日本から自律神経温存の側方郭清が多数報告されたが,逆に海外では,側方郭清術式の過大な侵襲性という観点からその術式はあまり行われなくなり,1986年にHealdにより発表されたtotal mesorectal excision(TME)4)が直腸癌手術の基本となった.しかしTMEだけでは局所再発を含めた治療成績が向上しないことから,2000年前後から相次いで発表された術前(化学)放射線療法を行うことになる5).一方,日本では,1991~1998年までに大腸癌研究会で集積したデータに基づき,術前化学放射線療法を付加せずTME+自律神経温存予防的両側側方郭清を行うのが現在まで標準治療となっている.
直腸手術のアプローチ
手術術式のアプローチ法に関しては,腹腔鏡下手術が1990年初めに海外で主に胆囊摘出術に行われて以来,比較的早く大腸癌領域に応用され,日本でも急速に発展した.現在同手術の進行結腸癌に対する長期成績は開腹手術と同等とのエビデンスがあり,かつ短期成績においては低侵襲性が示されている.しかし,直腸癌に対する同手術は,いくつかの短期成績における低侵襲性は提唱されているものの,進行癌に対する長期成績はいまだ一定のエビデンスが出ていないまま,ロボット支援下手術が普及した.近年では,直腸癌におけるロボット支援下手術と腹腔鏡下手術を比較するRCTは行われているが,今後は開腹手術とこれら低侵襲手技を比較するものは企画されないと思われる.ただ,日本のNCDデータをみても,全国で直腸癌に対する腹腔鏡下手術は約7割の症例で行われているのが実状である.
ロボット支援下手術に関しては,特に骨盤底部の狭い場所においては多関節機能を使うことと手振れ防止機構により手術操作の利点が多いということで欧米から導入された.当初は腹腔鏡下手術を上回る利点がないとされたが,近年のいくつかの報告では一部これを上回る利点も示されており,2018年の保険収載以降全国で普及しつつあるのが現状である.欠点はいまだにシステムが非常に高価なことであるが,今後は多数の医療機器メーカーから新しい機種が出ることで,これも緩和されることになると期待する.
当院では,2005年から低侵襲手術である腹腔鏡下手術を導入し,直腸癌に対してはほぼ100%に近い率で施行している.また2018年保険収載以降ロボット支援下手術も積極的に行い,年間100例を超える直腸癌手術をこれで行うようになっている.
日本と欧米の違い
前述した通り,日本と欧米では進行直腸癌に対する治療方針が大きく異なる.ガイドラインをみても,日本では基本的手術はTMEであり,これに下部直腸癌では側方郭清を付加する手術手技を中心としたものである.術前化学放射線療法に関しては,放射線療法のコメントの中でエビデンスが記載されているが,推奨度に関しては,CQ11の中で,局所再発リスクが高い直腸癌に弱く推奨すると記載されているのみである6).対する海外のガイドラインでは,米国のNCCN7),欧州のESMO8)いずれにも,近年の術前治療の進歩が具体的に表れており,すべての集学的治療を術前に行うtotal neoadjuvant therapy(TNT)の選択肢や,臨床的完全奏効(clinical complete response:cCR)となった場合,watch and waitあるいはnon operative managementという治療選択も記載されている.
がん研有明病院の治療方針
これらの日本と海外の間での違いは,歴史的な側面や人種,文化の違いを含めたさまざまな要因によるが,2005年以降われわれがん研有明病院における下部進行直腸癌に対する治療方針は,いわゆる海外で標準とされる術前放射線療法としてきた.一方で,日本で従来から標準とされてきた側方郭清の手術手技を継承し,またその腫瘍学的利点も考慮し,転移陽性を疑うものに対しては積極的に行うこととしている.アプローチ法に関しても,鏡視下手術の拡大視効果の利点を生かした腹腔鏡,または近年ではロボット支援下で,側方郭清を含めたすべての直腸癌手術を行っている.
本書では,それぞれの領域の専門家に,多くのエビデンスをアップデートしたうえで,現時点および今後の当院における直腸癌治療の戦略について解説していただいた.進行癌に対する集学的治療においては,前述した化学療法と放射線療法に関する考え,外科治療においてはアプローチ法を含めた術式と周術期管理,さらには内視鏡的診断から治療など,すべての直腸癌治療における治療基準が示されている.
将来的には,直腸癌に対する治療はまだまだ変化してゆくものと思われるが,現時点でのがん研基準を理解していただき,読者の皆さまの参考になれば幸いである.
文献
1) 国立がん研究センターがん情報サービス.https://ganjoho.jp/public/index.html
2) Miles WE:A method of performing abdominoperineal excision for carcinoma of the rectum and of the terminal portion of the pelvic colon. Lancet 1908;175:1812.
3) Sauer I, Bacon HE:Influence of lateral spread of the rectum on radicability of operation and prognosis. Am J Surg 1951;81:111-120.
4) Heald RJ:Total mesorectal excision is optimal surgery for rectal cancer:a Scandinavian consensus. Br J Surg 1995;82:1297-1299.
5) Sauer R, Becker H, Hohenberger W, et al:Preoperative versus postoperative chemoradiotherapy for rectal cancer. N Engl J Med 2004;351:1731-1740.
6) 大腸癌研究会(編):大腸癌治療ガイドライン医師用2024年版.金原出版,2024.
7) NCCN:NCCN Guidelines.https://www.nccn.org/guidelines
8) ESMO:ESMO Guidelines.https://www.esmo.org/guidelines
序にかえて──薬物療法の立場から (山口 研成)
本邦の直腸癌の治療においては,切除を先行し,病状に応じて側方郭清を加える治療方針がとられてきた.切除後は,ステージに応じて結腸癌に準じた術後補助化学療法が行われてきた.一方,本邦以外の欧米や一部のアジア諸国では,術前のCRTが標準的な治療法として確立されている.
がん研有明病院の取り組み
がん研有明病院では,進行直腸癌の治療成績向上のために,術前放射線療法に加え,これまで術後に行っていたオキサリプラチンを含む周術期化学療法をすべて術前に行う方法(TNT)を取り入れてきた.
この放射線療法と併用する抗癌剤治療には,化学療法医としても難しさを感じている.放射線療法だけでも手術が難しくなるだけでなく,周術期治療での王道のオキサリプラチンがメリットを証明できなかったことや,分子標的薬による治療が効果を確立していないことなど,解決しなければならない課題が山積している.
一方,直腸癌治療に携わる者として局所再発は重要な対応課題である.局所の症状のコントロールが難しいうえに生命予後が長いことから,患者やその家族,医療者にもケアの負担が重くなる.抗癌剤や放射線が効いて症状が緩和されるときはよいが,治療抵抗性となったときには,下肢の運動機能を損なったとしても,神経ブロックなどの治療が必要となる.長年,化学療法に携わってきても,この選択にはもっとよい戦略をとることができなかったのかと苦悩を伴う.
直腸癌の臨床試験が無再発生存や局所無再発を重視してきたのは,ここに端を発するものと理解している.
局所コントロールのために,放射線療法はとても強力な武器である.国内の議論を聞く限り,術前における放射線治療の位置づけは明確でない.
筆者の前職の埼玉県立がんセンターでは,当時,国内の標準的な治療方針をとっており,切除後に補助化学療法を行ってきた.がん研有明病院では,欧米で主流のCRTを周術期に取り込んだ治療戦略がとられており,異動後はその方針に則って,化学療法医として治療に加わることとなった.自分の中でも大きな方針転換であった.
CRTを駆使したTNTを含めた戦略と,従来本邦で行われてきた手術先行の戦略を直接比較したデータがないことが,このような方針の違いを生んでいるのであろう.臨床試験で両戦略を比較できないとしても,どの施設でも病態に合わせてCRTを取り入れた方針を適切に取り入れていく必要がある.がん研有明病院に移って直腸癌を診てきて,柔軟に治療に取り組むべきであること,そして放射線療法をもう一度見直すことが必要なことを確信するようになった.
集学的治療の議論を
直腸癌の患者は,ほぼ全員肛門の温存を希望している.しかし,無理に肛門を残すことで,生存率が下がったり,また排便機能に問題が残り生活の質(quality of life;QOL)が下がってしまったりすることがある.しかし,CRTやTNTの導入により,一部の患者で生存率の改善や治癒率の向上とともに,肛門の温存が図れることもわかってきた.
TNTに関しては「大腸癌治療ガイドライン医師用2024年版」の改訂において,主に国内のエビデンスが不十分であることから行わないことが弱く推奨された.しかし,本邦の診療にどのように取り入れるかは議論が必要であろう.また,今後の薬剤開発は,TNTをベースに分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬などの併用が検討される.いまこそ議論が必要な時期であると考える.
本書では,がん研有明病院の外科医,放射線治療医,内視鏡医,そして化学療法医が取り組んでいる治療方針を包み隠さず記載した.施設の方針と違っていたとしても,TNTはこういう戦略で取り組んでいるということを理解いただき,取捨選択してもらうための最良な書籍に仕上がったと思っている.
ぜひ一読いただいて,議論に加わっていただきたい.
目次
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序にかえて──外科医の立場から
序にかえて──薬物療法の立場から
第1章 直腸癌の集学的治療の歴史と世界の潮流
1 術前RT/CRTのエビデンスと腫瘍学的なメリット
2 術前RT/CRTの負の側面の歴史
3 術後補助化学療法の歴史と限界
4 術前CRTに術前全身化学療法を加えたレジメン:TNT
5 集学的治療に関する欧米ガイドラインの現状
6 本邦における集学的治療の位置づけと今後の方向性
第2章 内視鏡診断と治療
I 大腸腫瘍の内視鏡診断
1 通常観察(白色光)による診断
2 拡大観察による診断
3 特異的な背景因子をもつ大腸腫瘍
II 大腸腫瘍の内視鏡治療
1 大腸腫瘍別の適応手技
2 内視鏡的治療の手技
3 内視鏡的切除後のpT1癌の治療方針
第3章 画像診断
1 検査の流れ・前処置:プロトコル
2 直腸MRI局所解剖と目的
3 深達度評価
4 N,M分類
第4章 手術療法──治療選択のアルゴリズムと技術的pit fall
4-1 術式の選択
1 術式の選択
4-2 低侵襲手術の実際と手技のコツ
4-2-1 腹腔鏡下手術
1 手術手技
4-2-2 ロボット支援下手術
1 体位・ポート配置
2 骨盤授動
3 間膜処理~吻合
4 直腸切断術
5 側方郭清
4-3 周術期管理
1 術前検査
2 腸管前処置
3 予防的抗菌薬投与
4 術後管理
第5章 放射線療法
1 当院における術前照射
2 放射線治療計画
3 術前照射における有害事象とその対処法
4 当院における照射法の進歩
5 直腸癌の治療方針に関する最近の話題
第6章 薬物療法
1 CRTにおける薬物療法の役割(総論)
2 進行直腸癌に対するCRTにおける薬物療法
3 切除不能進行再発・転移大腸癌の薬物療法
4 がん研有明病院での実際(術前CRT/術後補助療法)
第7章 TNTの実際
1 TNTの適応の変遷
2 Inductionか,consolidationか
3 CRTか,short-courseRTか,RTの省略
4 併用するレジメンと期間
5 p/cCRとNOM
6 TNTの問題点
第8章 NOM(non operative management)の実際──state of the art
1 NOMの治療成績
2 TNTとNOM
3 NOM候補症例の選択
4 治療効果判定
5 当院での直腸癌に対する治療戦略およびNOMの経験
6 NOMに関する前向き臨床試験
第9章 術前治療の効果判定に関して
9-1 内視鏡
1 内視鏡効果判定を構成する内視鏡所見
9-2 画像診断
1 骨盤MRIでの評価項目
2 mr-ycCRとypCR
3 化学療法と転移性肝腫瘍とEOB-MRI
4 FDG-PET/CT
第10章 病理診断
1 直腸癌外科的切除検体に対する病理診断のプロセス
2 術前治療例に対する組織学的治療効果判定──本邦と海外との違いを含めて
第11章 ストーマ管理
1 ストーマリハビリテーション
2 手術前の準備
3 ストーマ分類
4 よいストーマとは
5 ストーマ・フィジカルアセスメントツール
6 ストーマ合併症
7 ストーマの基本的な管理
8 日常生活
9 ストーマ保有者が活用できる社会福祉制度
10 ストーマ外来の役割
索引