BRAIN and NERVE Vol.77 No.12
2025年 12月号

ISSN 1881-6096
定価 3,080円 (本体2,800円+税)

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「巨人の肩の上に立つ」。これは自身の知識や成果が先人たちの努力や発見の積み重ねの上に成り立っていることを表す言葉である。現代の神経学もその例外ではない。本特集では,連綿と続く神経学の歴史から13人の巨人を取り上げた。診断法の確立,理論の構築,治療の革新—今日の神経学に息づく先駆者たちの遺業を考察する。
神経学の魅力を普段とは異なる視点から再発見する企画として始めたクリスマス号も,今年で5年目を迎えた。1年の終わりに,自身の知識を歴史の流れに重ねながら,先人の足跡に思いを馳せてみてはいかがだろうか。

神経学の先駆け デュシェンヌ・ド・ブローニュ 小長谷 正明
デュシェンヌ(Guillaume-Benjamin-Amand Duchenne de Boulogne;1806-1875)は,19世紀前半までの混沌としていた中で豊富な臨床経験の集積と整理により,神経学の科学的発展の礎を築いた人物である。1835年に電気刺激による筋収縮に気づき,研究を始めた。1842年にパリに戻り,自ら考案した電気刺激装置を携えながら大病院を訪れ,数多くの興味深い症例を診て回った。彼は創意工夫の人で,電気生理学,電気治療,筋生検針,医学的写真撮影などを臨床の場に持ち込んでいる。彼自身が挙げている業績として,進行性筋萎縮症,小児麻痺(ポリオ),進行性運動失調症(脊髄癆),進行性球麻痺,デュシェンヌ型筋ジストロフィーなどがあり,これらの症例集積と臨床解析は,シャルコーらによる疾患概念の確立へとつながっていった。

ポール・ブローカ—言語脳科学の源流 酒井 邦嘉
ブローカは構音言語の機能障害を呈する患者の剖検脳を観察して,構音機能が左半球の前頭葉に局在するという報告をした。この機能局在の発見は神経科学全般の礎であり,言語脳科学の源流となっている。発話失行の責任病巣が島皮質や内側部の線維連絡である可能性があり,従来「ブローカ野」とされてきた左第3前頭回に,われわれは「文法中枢」を見出した。ブローカ野が言語表出の中枢であるとの見方には修正が必要である。

ジョン・ヒューリングス・ジャクソン—局在論と全体論を超えて 虫明 元
ジョン・ヒューリングス・ジャクソン(1835-1911)は,てんかん研究で知られる英国の神経学者である。彼の臨床医としての業績以上に注目すべきは,その直観的な洞察力であり,神経科学の基盤となる概念を次々と提案した点にある。本論は,現代の基礎神経科学に影響を及ぼしたジャクソンの理論的側面を明らかにすることを目的とする。具体的には,彼の膨大な著作において展開された,局在論と全体論の双方を超克しようとする理論的挑戦,そして進化的階層を明らかにする過程で提起された神経過程の二重性という概念に焦点を当てる。

ローマの神経学者 エットーレ・マルキアファーヴァとマルキアファーヴァ・ビニャミ病(MBD) 河村 満
本論では,ローマの神経学者マルキアファーヴァ(Ettore Marchiafava)によるマルキアファーヴァ・ビニャミ病(MBD)の研究を取り上げ,筆者自身の研究を中心に最近の知見を概観する。MBDは大量飲酒者に生じる脳梁の左右対称性脱髄性病変を特徴とし,MRIの導入により生前診断が可能となった。急性期には意識障害,失立失歩,抵抗症,速話症様の構音障害がみられ,慢性期には半球間離断症状が出現する。画像診断で示唆されていた亜急性期の一過性出血を,筆者らは病理学的に確認した。病因は未解明であり,治療法の開発が期待される。マルキアファーヴァはマラリア研究でも功績を残し,ローマを愛した微生物学者・臨床家として知られる。

サンチアゴ・ラモニ・カハール—神経解剖学の礎を描く 神田 隆
サンチアゴ・ラモニ・カハール(1852-1934)は今日の神経科学,神経解剖学の基礎を築き上げた巨人として知られる。学問的には辺境の地であったスペインに生まれ,終生スペインから数知れない新知見を発信し続けた人物である。彼の業績のすべてをこの小文で触れることは到底不可能であるが,われわれが現在,常識として特に深い考察もなく扱っている細胞や神経路の多くが,カハールの手によって明らかにされたものであることには驚嘆するほかない。小文はカハールと,彼の仕事に魅了された日本の神経解剖学の泰斗である萬年甫先生へのオマージュである。

臨床神経学とジョセフ・ババンスキー 廣瀬 源二郎
臨床神経学は欧州3学派から19世紀に発祥した。まずドイツのロンベルク,次いでフランスのシャルコーと英国のジャクソンのそれぞれが一門を構え解剖,生理,病理学研究成果を基盤に発達させ,最終的には患者からの詳細な病歴と系統的神経検査法から局在診断へと導く臨床神経学を作り上げた。その中で最も貢献した1人がシャルコー門下のババンスキーである。極めて几帳面な理論家で,基礎をマスターしたうえに臨床神経学で最も重要な検査法の1つBabinski signを発見しその臨床的意義を解明した巨人である。

日本神経学の祖 川原 汎—名古屋神経学の源流 亀山 隆
川原 汎(1858-1918)は東京大学卒業後,愛知医学校に赴任し名古屋で生涯を過ごした。神経学における2大業績は,①日本人による日本で最初の神経学書『内科彙講—神経係統篇』の著述と,②球脊髄性筋萎縮症の症例(兄弟例)の世界で最初の報告で,いずれも1897年(明治30年)のことである。歴史に埋もれていた日本神経学の祖の1人である川原 汎を「発掘」し,世に知らしめた髙橋 昭(名古屋大学神経内科初代教授)の功績も大きい。

ヘンリー・ヘッドと「母指探し試験」の系譜 福武 敏夫
ヘンリー・ヘッド(Henry Head;1861-1940)は,今日日本ではあまり知られていないが,その功績は大きく,ノーベル生理学・医学賞に第1回(1901)以来4度もノミネートされ,臨床神経学の偉大な創始者の1人である。筆者は文献上で彼に3回出会った。最初の出会いは「母指探し試験」の研究を始めた頃だった。ホームズ(Gordon Holmes)との共著論文で,彼は姿勢認識の障害を判定するテストを提唱していた。それは「母指探し試験」の母指を示指に置き換えたようなテストだった。しかしその後,おそらく解釈の難しさからあまり実施されてこなかった。われわれは多数の症例の検討から,後索内側毛帯系の障害を検出するスクリーニングツールとしてのこのテストの役割を確立した。2回目は皮膚分節の研究で,3回目は幻肢感覚に関連する身体図式の研究であった。

神経病理学の父 ジョセフ・ゴッドウィン・グリーンフィールド 髙尾 昌樹
神経病理学の父とも言われているジョセフ・ゴッドウィン・グリーンフィールドについてまとめた。彼の著した著書や論文は,いまの医学でみても色あせないものも多い。それどころか,あらためて学ぶところも多い。神経病理学を志す医師は,ぜひとも一度手に取って読んでみることを勧めたい。

ロバート・ワルテンベルク—医の倫理の岐路に立ったセミオロジストの光と影 下畑 享良
ロバート・ワルテンベルク(1887-1956)は,神経診察の精緻化と米国神経学会の設立に尽力したユダヤ系神経学者である。その人生と業績は,ヨーロッパと米国の医学界を結ぶ懸け橋でもあった。一方で1953年,ナチス協力者ユリウス・ハラーフォルデンの講演を擁護し,倫理的に大きな議論を招いた。本論では,彼の生涯と功績をたどるとともに,冷戦下の政治的判断が引き起こした倫理的課題を考察する。

ワイルダー・ペンフィールド—ホムンクルスの構築とモントリオール手術法の開発 渡辺 英寿
ワイルダー・ペンフィールド(1891-1976)は,脳皮質の機能局在を解明し,難治性てんかんに対する外科治療を確立した脳神経外科の先駆者である。覚醒下で脳を電気刺激し機能地図「ホムンクルス」を作成,焦点切除による治療法「モントリオール手術法」を開発した。さらにモントリオール神経学研究所を創設し,臨床・研究・教育を統合した体制を築き,現代神経科学の基盤を形成した。

アレクサンドル・ルリヤの失語分類—その理論的背景 鹿島 晴雄
ルリヤの失語論と失語型について,あまり知られているとは言いがたい理論的基盤,背景につき述べた。力動失語,意味失語など,独特の失語型があるが,力動失語では「線条図式」,意味失語では意味野における高次神経活動学説における「均等相」といった,言語学,高次神経活動学説が基盤にある。ルリヤの失語論の背景には,ヴィゴツキーらのロシア心理学,パブロフによる高次神経活動学説があることを強調したい。

オリヴァー・サックス—神経学と文学の融合 山脇 健盛
オリヴァー・サックスは,神経学と文学の境界を超越し,世界中の人々に脳と心の神秘と,人間の存在の奥深さを伝えた。彼は,神経学のみならず,生物学,歴史,人文学,芸術にも精通しており,20世紀を代表する「polymath」の1人である。彼の著作は,さまざまな神経疾患の症例を,医学的な厳密さと文学的な共感をもって描き出し,彼らを単なる「疾患の症例報告」ではなく,「物語を持つ1人の人間」として捉え,臨床神経学と文学の融合という新たな道を切り開き,「narrative medicine」の先駆者と言える。

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特集 神経学の巨人──先駆者たちの遺したもの

神経学の先駆け デュシェンヌ・ド・ブローニュ
小長谷正明

ポール・ブローカ ──言語脳科学の源流
酒井邦嘉

ジョン・ヒューリングス・ジャクソン ──局在論と全体論を超えて
虫明 元

ローマの神経学者 エットーレ・マルキアファーヴァとマルキアファーヴァ・ビニャミ病(MBD)
河村 満

サンチアゴ・ラモニ・カハール ──神経解剖学の礎を描く
神田 隆

臨床神経学とジョセフ・ババンスキー
廣瀬源二郎

日本神経学の祖 川原 汎 ──名古屋神経学の源流
亀山 隆

ヘンリー・ヘッドと「母指探し試験」の系譜
福武敏夫

神経病理学の父 ジョセフ・ゴッドウィン・グリーンフィールド
髙尾昌樹

ロバート・ワルテンベルク ──医の倫理の岐路に立ったセミオロジストの光と影
下畑享良

ワイルダー・ペンフィールド ──ホムンクルスの構築とモントリオール手術法の開発
渡辺英寿

アレクサンドル・ルリヤの失語分類 ──その理論的背景
鹿島晴雄

オリヴァー・サックス ──神経学と文学の融合
山脇健盛


■総説
脳深部刺激療法(DBS) ──歴史から最近の動向まで
弓削田晃弘

慢性炎症性脱髄性多発根ニューロパチー ──標準治療の課題と新規治療への期待
桑原 聡,他

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