【投稿】
良医の卵をどう選抜するかメディカルスクール化する海外の現状と日本の課題
大西 弘高(東京大学医学教育国際協力研究センター)
さる3月2日,東京大学医学部1号館講堂にて日本医学教育学会の主催による医学部入学試験シンポジウムが開催されました。韓国,米国,オーストラリア,英国の最新の情報,および開発途上である日本の試験の結果が報告され,有意義な討論を行うことができました。
わが国でもいわゆるメディカルスクール(米国スタイルの学士卒者のみを受け入れる医学校)への移行を考慮している大学があると耳にしますが,入学試験に関してどのような検討がなされているのか関心を持ちました。また,諸外国での医学部入学試験が基盤としている考え方,各国での最新の話題等を知るためによい機会となりました。
各国の入試改革への取り組み
1)日本
大学入試センターの伊藤圭氏が「医学部学士入学用総合試験の開発とその評価」と題し,学部3-4年生にパイロット的に実施された結果が示されました。この試験は,(1)情報把握・論理的思考,(2)コミュニケーション・読解・表現の2部構成(各35問)となっており,信頼性係数は(1)が0.76,(2)が0.57という結果でした。
アンケート調査で測定する必要性が高いとされた3つの領域である自己表現力,読解力,コミュニケーションは,いずれも(2)に関する能力で,前者の2つの領域は(2)とある程度の相関を示しましたが,コミュニケーションは(2)とまったく相関を示さず,コミュニケーションを測定する総合試験の困難さが浮き彫りにされました。
2)韓国
カリキュラム評価研究所のDr. Joo Hoon Kimが,医学部および歯学部入学適性テスト(Medical Education Eligibility Test: MEET,およびその歯学部版であるDEET;ミート,ディートと発音される)に関する概要を話されました。
1995年から計画され,2004年にはトライアル,正式実施と事が運んだMEETは,言語能力,自然科学I(生物),自然科学II(物理,化学,統計)の3部構成となっています。DEETもほぼ同様ですが,空間認識能力が含まれている特徴があります。2度目の受験ができない点は珍しいでしょう。それぞれの領域には,さらに細かな測定内容が含まれており,できる限り学問的に妥当な内容を厳選しようという意欲が感じられました。
3)米国
全米医学校協会(Association of American Medical Colleges)のDr. Ellen R. Julianによる,MCAT(Medical College Admission Test;エムキャットと発音される)の革新に関する話題でした。
MCATはPhysical Sciences(PS),Verbal Reasoning(VR),Biological Sciences(BS),Writing Sample(WS)の4領域から成り,PS,VR,BSは15点満点,WSはJ-Tの11段階(Jが最低,Tが最高)で評定されます。2007年からはコンピュータ式に移行し,採点が早くなり,より短時間で済み,受験場所,受験日程ともに増えるそうです。
MCATの予測的妥当性については,多くのデータが得られています。表1は,医学校入学前の成績(uGPA:医学校入学以前の4年制大学での成績の平均点[Grade Point Average]),MCATの点数が医学部入学後のスコアとどう相関するかを示したものですが,入学直後の成績,入学後最初に受けるUSMLE(米国医師国家試験,United States Medical Licensing Examination)Step1の成績に関しては,特に相関が高いことがわかります。特に,uGPAとMCATの点数を加えると相関係数が増すことから,これらが補完的に作用していることが示唆されます。
表1 uGPA,MCATの予測的妥当性 | |||||||||||||||||||||||||||||
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4)オーストラリア
教育研究協議会(Australian Council for Educational Research: ACER)のMs. Deirdre Jacksonが,GAMSAT(Graduate Australian Medical School Admissions Test,ガムサットと発音)について話題を提供されました。
GAMSATはメディカルスクール用の入学試験であり,PBLテュートリアルを中心としたカリキュラムに合わせ,問題解決や推論の能力,コミュニケーションスキルに重点を置くねらいがあります。
なお,オーストラリアには,高卒者を受け入れる医学部もありますが,これらに対しては,ACERによりUMAT(Undergraduate Medicine & Health Sciences Admission Test)が提供されています。UMATは,歯学部,薬学部,理学療法学部にも利用されており,論理的思考,人間性の理解(表2)等も評価される特徴があります。ACERは,GAMSAT,UMATと同様のテストを英国やマレーシアにも提供しており,多くのテストデータを基に標準化を図っているようです。
表2 人間性の理解にまつわるテストの例 | |
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5)英国
Nottingham大の副学長であるDr. Richard DonnellyがGAMSAT利用の経験を含めた英国の状況について説明されました。
現在,英国では医師不足に対して医学部の新設,定員枠の拡大を進めている大学があり,また学士のみを入学させる四年制の医学部も増えています。Nottinghamは,2003年に学士入学の四年制プログラムを開始し,カリキュラムはPBLテュートリアルと講義のハイブリッドとなっています。
入学選抜は,GAMSATに加え,構造化インタビュー,受験者の年齢,健康状態,ボランティア経験等を加味して行われます。文系の学士は,入学後いくらか補習をすることで理系の学士に追い付く傾向がみられます。また3年次の臨床テスト成績において,学士卒と高卒は成績の差がないこと,GAMSATはMCQ,症例問題とは相関係数0.2程度の弱い相関があるもののベッドサイドでの臨床能力試験とは相関しないことが示されました。
メディカルスクール構想の課題
これらから示唆されるのは,(1)先進国を中心に学士卒のみを入学させる医学部が増加傾向にあること,(2)そのような医学部のために問題解決能力等を測定できるような共通試験が求められること,(3)高卒者用の入学試験にも人間性を持った判断ができるかどうかを問う試験が試され始めていることでしょう。日本のデータでは,コミュニケーションを測定する客観的総合試験の作成が難しいことが示唆されています。しかし,英国の構造化インタビューのように,従来から行われている面接を改善するなど,異なった方向性を探ることも必要かもしれません。
また,わが国のメディカルスクール構想を考えるうえで,英国の状況を見る限り,学士卒と高卒との間で本質的な成績の違いはみられないようです。ただ,これを評価ツールの未熟さとみるか,医師養成への時間的リソースの浪費とみるかは難しいところです。
なお,このシンポジウムは,総合試験に関する研究班主任の柳井晴夫先生(前大学入試センター,現在聖路加看護大学)が,海外の著名な先生方を招いた際に,われわれにも同様の会の開催を呼びかけてくださったことで実現しました。この場を借りて御礼申し上げます。
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大西弘高氏
1992年奈良医大卒。天理よろづ相談所病院,佐賀医大病院を経て,2002年米・イリノイ大で医療者教育学修士課程修了。03年より国際医学大(マレーシア)にてカリキュラム改革等に関与した後,05年より現職。 |