古(いにしえ)の身体技法をヒントに新しい介護技術を提案する
古武術介護入門kobujutsukaigo-nyumon
【第10回・最終回】
「現在」はいつだって通過点
岡田慎一郎(介護福祉士・介護支援専門員)(前回よりつづく)
介護現場での疑問と工夫からスタートした「古武術介護」ですが,最近では単なる介護技術に止まらず,さまざまな可能性を感じさせてくれるようになりました。本連載も今回で最終回。最後に,介護技術の枠組みを飛び越えて展開を見せつつある「古武術介護」のさまざまな可能性を,皆さんにご紹介しておきたいと思います。
介護を通じて身体が変わる?
講習会終了後に感想を伺うと,「普段と違う体の動かし方をしたので筋肉痛になった」という人がいる一方で,リピーターの方からは「腰痛や肩こりがとれて,とても楽になった」という感想をいただくことがあります。一般論としては,介護に腰痛や筋肉痛はつきもので,それを避けるために,準備体操,整理体操が奨められています。そこでは,介護技術が,身体に負担を強いるものであることが前提となっているといえるでしょう。
一方,古武術介護では,準備体操,整理体操を行いません。なぜなら,古武術介護は「身体に負担をかけない動き方」を追求するものだからです。身体の使い方の質的転換がうまく行えれば,身体を痛めずに済むだけではなく,身体全体のバランスが整えられ,結果として腰痛や肩こりが緩和されるのではないかと考えています。
そういう意味では,介護で身体を壊してしまうのは身体の使い方が質的に転換されていないことの証明と言っていいかもしれません。
近年,介護予防ということが盛んに言われるようになりましたが,仕事や家庭で介護を行う機会がない方でも,古武術介護を通して,身体の使い方の質的変換を行い,ご自身の介護予防につなげていただければと思います。
実際,最近では,高齢者自身の介護予防運動の1つとして古武術介護を紹介する機会も増えてきました。単調な体操や筋力トレーニングよりも,相手と触れ合い,おしゃべりしながら,身体を鍛えつつ,さらに介護技術まで学べるというお得感もあるようです。
伝統的な「労働」に準備体操はない
また,介護を仕事としている人間としては,準備体操をしないと身体を壊しているようではまずい,とも思います。それは,相手に斬りかかられた武士が「あっ,ちょっと待って。準備体操するから」と言わないのと同じことです。武士というと特別な世界の話のようですが,農業や漁業など,古くからの労働の中には,共通した感覚があるようです。私の住んでいる地域は農村で,よく農業体験をされる学生さんや社会人の方がいらっしゃいます。指導するのはたいていが70代以上くらいの高齢者ですが,いざ農作業に入ると,若い参加者は農家の人のペースについていけません。
ここで注目してほしいのは,農家の皆さんは準備体操や整理体操を行わずに,毎日同じようにその仕事をこなしている,ということです。日々の労働の中で,筋力に頼らない質的に転換された動きが身に付いた結果として,高齢で,筋力に衰えが出ても,若者以上の働きができる,ということではないかと思います。
農家の方の仕事ぶりを見るたびに,同じプロとして,もっと質的に転換された介護技術を身につけたいと強く感じます。
介護技術の枠組みを超えて
講習会参加者は当初,看護,介護のスタッフや家庭介護に直面している方が中心でした。しかし,最近では,目の前の介護技術ではなく,根本にある身体の動かし方に注目して参加される方も増えてきました。これは非常に喜ばしいことだと感じています。私自身の活動としても,異分野との交流が盛んになっています。親しくしていただいている和太鼓演奏家の仙堂新太郎氏は,太鼓演奏の講習会に古武術介護を取り入れておられます。太鼓演奏は非常にハードで,筋力トレーニングでそれをカバーしようとして身体を壊す方も多いという,介護と非常に似た問題があるそうです。
また,スポーツ分野での古武術の展開を研究されている方たちの間でも,古武術を応用していく際の比較的簡単な例として,介護技術を紹介することが多くなってきました。先日もある大学の体育の授業に招かれ,お話と実技をさせてもらいました。こうした異分野との交流は,今後も積極的に続けていきたいと思っています。
古武術介護で本来の「体育」を
初めは緊張していた初対面の参加者同士が,講習会終了時には和やかな雰囲気で交流されている,という姿をよく見かけます。古武術介護の場合,お互いの身体を触れることから始まり,表面から見えない自分自身の感覚を相手に伝えることが自然に行われるため,言葉中心の日常のコミュニケーションとは異なった,深い交流が可能となっているのかもしれません。また,お子さん連れで講習会に参加される方には,親子で講習に参加していただくようにしています。親子のコミュニケーションの1つとして,古武術介護は有効ではないかと期待しているからです。親子のコミュニケーションが問題となっている昨今ですが,子どもの心をつかむのはモノや言葉ではなく,身体を通した体験ではないかと私は考えています。
小さな頃から武術的動きを通して自分の身体をしっかりと見つめることは,子どもにとっても,身体を育む,本来の意味の「体育」となるのではないでしょうか。そのような観点から,古武術介護を,学校体育と一線を画した,家族とのコミュニケーションをも含んだ「家庭の体育」に展開させていきたいと,現在模索中です。
「現在」はいつだって通過点
介護現場で感じた疑問からスタートした古武術介護ですが,今日までさまざまな出会いを経て,想像を超えた展開を見せてくれるようになりました。本連載は今回が最終回となりますが,この連載をまとめた単行本を2006年の夏頃に発行する予定です。単行本ではDVDに収録した映像によって,連載ではわかりにくかった具体的な動きを,よりクリアに解説したいと思います。本連載に興味を持っていただいた方は,わかりやすいところから,実際に身体を動かして楽しんでいただければと思います。もちろん,講習会に遊びにきていただき,実際に技術に触れ,感じていただけることが,私にとっていちばんうれしいことです。
今回が最後となりますが,拙い連載を読んでくださった読者の皆さん,ありがとうございました。古武術介護はさまざまな出会いの中で,今この瞬間も,成長と展開を続けています。「現在」はいつだって通過点。本や講習会を通して,また皆さんとお会いできることを楽しみにしています。
岡田慎一郎氏プロフィール
介護福祉士,介護支援専門員。古武術の身体操法を応用した介護術を研究。岡田慎一郎氏への質問・講演依頼等は岡田慎一郎氏公式サイト(http://shinichiro-okada.com/)まで。
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【関連情報】
●岡田慎一郎氏の最新刊 『DVD+BOOK 古武術介護実践編』 (動画配信中!)
●岡田慎一郎氏が最新技術を紹介する「こんな方法もあるかもしれない――介護発,武術経由の身体論」は,『看護学雑誌』で2008年1月号(Vol.72 No.1)より2010年3月号(Vol.74 No.3)まで連載。電子ジャーナル「MedicalFinder」からも検索・閲覧・購入できます。
●岡田慎一郎氏の公式サイトは こちら です。