(内科臨床誌「medicina」1月号 シリーズ「しりあす・とーく」座談会より)
臨床研修における危険と安全管理――患者・研修医を医療事故から守れるか?
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〈司会〉川尻宏昭氏 | 川島篤志氏 |
(佐久総合病院総合診療科) | (市立堺病院総合内科) |
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本村和久氏 | 飛田拓哉氏 |
(沖縄県立中部病院 地域救命救急センター) |
(聖路加国際病院腎臓内科 シニアレジデント) |
医療事故から患者を,そして研修医を守るために「臨床研修における危険と安全管理」は,現在の医療現場に課せられた最大の難問の1つである。弊社刊行の内科臨床誌『medicina』で1月よりはじまった新シリーズ「しりあす・とーく」初回の座談会では,臨床研修の最前線で活躍している4-11年目の若手内科医たちがこの問題について語り合っている。
本号では,この座談会で議論された内容を一部抜粋して紹介する。内容の詳細については,『medicina』第42巻1号(2005年1月発行)を参照されたい。
マニュアルは必要か?
川尻 例えばパイロットの技術は,基本的にはすべてマニュアル化され,決まった手順があるそうです。医療の現場でやる手技は,そうなってはいません。教科書によってもやり方が異なっていたりします。院内で手順を統一したマニュアルのようなものは各病院にありますか。
飛田 聖路加では,現在は血液培養だけはありますが,他は,各自が持っている本を参考にしたり,指導医の癖をそのままという感じです。各手技についてもかつて作られたというものを見たことはありますが,チーフレジデントが代がわりするごとにだんだん下に埋もれていったようです。統一したマニュアルを作り,指導医にそれを見てもらって,ということは,なかなか難しいことがあると思います。
ただ実は,研修医がいちばん困るのは,ある先生に教えられたとおりにやって,他の先生に叱り飛ばされる時ですよね(笑)。研修医にとっては,各手技のスタンダードを記したものが1つの冊子になっていれば,非常に助かると思います。例えば,CVライン(Central Venous line,中心静脈ライン)などは,細かい点でいろんな癖が出てきますから,込み入った内容になってしまうかもしれませんが。
絵に描いた餅にしてはいけない
川尻 手順を統一化することで,指導がしやすくなったり,学びやすくなり,安全性が高まるという考え方がありますが,どうでしょう。
本村 絵に描いた餅になりやすいのは事実だと思います。やはり内頸の静脈で,頸動脈を刺してしまった事故がありました。そのあとに血腫ができて,気道を圧迫してしまいました。気管内挿管で一命は取りとめましたが,もともと状態の悪かった方でもあり,それをきっかけに亡くなられてしまったのです。
この事故をきっかけに院内で勉強がはじまりました。すると,いかに手技にさまざまなバリアンスがあって,知らないことがたくさんあるかがわかりました。CVなんて,当たり前にやっていたことが,やはりエコーからきちんとやったほうがいいとか,太い針を刺した場合には,基本的には抜かないほうがいいとか,たくさん出てきます。そのようなエビデンスを踏まえ,非常に細かいマニュアルを作って,全体のカンファレンスで発表したところまではよかったのですが,細かすぎて実際にはほとんど使われていません。
川尻 マニュアルを作ったけれども,それがなかなかうまく広まらなかった。ならば,とりあえず現状のままでやれることをやったほうがいいでしょうか。
本村 マニュアルはあったほうがいいです。それを作るのは最低限のことだと思います。教科書を参考にして簡単に作ってもいい。むしろ,それをどうやって広めようかというところで,頭を使わないといけません。そういう部分が不足していたという反省はあります。現在,今一度,本当にマニュアルが必要な手技は何かということから議論しているところです。各病棟にそのような手技のマニュアル集をきちんと置いて,やる時にはそれを見てやろうという方向になりつつあります。
川尻 マニュアルの質云々よりも,それを皆がしっかり使って,それに対する評価もして,本当にそのマニュアルでいいのかということをすぐにフィードバックする。そういうことが必要だということですね。
研修医の責任,指導医の責任
川島 私は,あまりマニュアルは必要ないのではないかと思っています。研修医も,指導医も多忙なので,手技のマニュアルとしてはすでに市販されているものを各人が活用すればよいと思います。むしろ,それに臨む態度が大事だと思うのです。私の考えですが,「まず手技にこだわるな。5年後にはできている」と。手技はいつかできるようになるのだから,1年目で「俺,CVライン3勝1敗」(3回成功,1回失敗の意味)などと笑って言っていてはダメだということです。
また,初期研修は耳学問と言われますが,手技に関しては,耳学問でやられたら困ります。まず先輩の手技を見学して,本を読んで理論を理解して,さらにシミュレーションをする。これは,立派なシミュレーション装置である必要はなく,注射器とか,つかい古しのCVラインセットを出して,「次は何をやって……」ということを頭の中で訓練するということでもいいのです。そのうえで,「私はできる」と確信できて,初めて指導医と一緒に入ってやれると思うんです。
例えば,「風邪かな,それとも肺炎かな」というアセスメントは,間違えても誰かがカバーしてくれるけれども,「この針先が動脈かな,静脈かな」というのは,刺している人間にしかわかりません。手技については1年生といえどもある程度責任は持てと言います。気持ちの面で「俺は,1年目だから失敗してもいい」というのは手技の場ではないのです。
川尻 何かの手技を行う前に,その研修医がどれだけ勉強しているか,準備できているかをみることは大切なことだと思います。研修医に責任とプロ意識を持たせ,しっかりした準備ができているかどうか,指導医側が口頭でもいいからチェックすべきだということですね。
川島 そうです。誠実な態度で臨め,ということです。「お前,シミュレーションはもうやったのか?」「はい,やりました」と言っておいて,本当はやってなかったとしたら,医師として失格です。
本村 かつて“See one, do one, teach one”と言われましたが,今は,“See one, simulate one, do one, teach one”とレクチャーされる時代となった。シミュレーションを入れないと手技はできない,という話にもなってきていると感じます。
川島 特に初期研修における手技というのは,中心静脈,胸腔穿刺,腹部穿刺,骨髄穿刺,腰椎穿刺,さらに導尿も入れるとしても6つぐらいのもので,勉強に長時間かかるものではない。それぐらいの努力はしなくてはなりません。一方,指導医は「やらせる」のだから,基本的に責任を負っているわけです。
川尻 だから,指導医もチェックを入れなくてはいけない。これがはじめの一歩ですね。その手技についての評価についてはいかがですか。
本村 実は,そこでつまずいています。研修医がやる時にいちいちチェックし,それをデータとして残していく作業など,とても想像できないような多忙な労働環境に私ども自身が置かれているので,そこでつまずいているわけです。
川尻 チェックリストがなければ評価のしようがないから,その研修医に対して,「あなたはこの手技がある程度安全に行えるからやっていいですよ」ということを,保証することもできないですよね。
本村 はい。ただ,学会の専門医制度との関係で手技のチェックが求められるようになってきていますから,そのようなリストを使っていこうかという話をしています。また,手技を行った時に,Procedure noteを書きますよね。あのフォーマットを統一して,それを複写式にして,1つはカルテ,1つは自分,1つは病院のどこかに取っておくようにして,あとで統計が取れるようにしておこうという話が出ています。まだ案の段階ですが。
川尻 つまり,手技の教育・習得について統一的なルールを定めてやっている病院は,現時点ではほとんどないということですね。とりあえず,今できることは,研修医自身が,その手技についてしっかりと知識を持っていて,それができるのか,勉強しているかということを指導医が一度はチェックするべきで,それが研修医の安全確保の第一歩ということですね。そして,その手技に対する評価を行い,それをフィードバックする。とりあえず,それだけでもいい。
本村 最低やらなければならないのはそれですよね。そして,手技のカウントとか……,やはり質を保つためには,何か残していかなくてはいけないと思います。