医学界新聞

 

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医学生のための緩和ケア教育
-すべての医療者に必要な“こころ”をどう教えるか

高宮有介(昭和大学横浜市北部病院 呼吸器センター・専任講師)


臨床現場に広がる緩和ケア

 「皆さん,目を閉じてください。あなたは医学部に入学し,将来医師をめざし,勉学にクラブ活動に恋愛に,日々を追われる生活をしています。しかし,最近体調が思わしくなく,母校の内科で診察を受けたところ進行がんで残された時間は数か月と告げられました。まず,そのように想像してみてください。次に愛する人を思い浮かべてください……。それでは,その愛する人に手紙を書いてください」

 これは,医学生の講義の一コマである。

 人が生まれ,生き,病を得て,死を迎える。そういったすべての人に訪れる「生き死に」に関わるのが緩和ケアである。死を考えることにより,今生きている生の意味と,生きることのQOLを際立たせるという緩和ケアでの重要な場面である。

 ただし,ここで誤解のないように付け加えるが,緩和ケアはターミナルケア,終末期医療といった末期がんのみのケアではない。がんであっても早期から治療期まですべての患者さんに必要なケアであるし,心疾患,呼吸器疾患,神経筋疾患など悪性でなくともすべての疾患の根治不能期も包含する。緩和ケアのめざすキーワードである「全人的ケア」「家族のケア」「チーム医療」はあらゆる医療の現場で必須である。

 臨床現場では,1990年に緩和ケア病棟加算が制定され,2002年には一般病院でのコンサルテーションにも緩和ケア診療加算が算定されるようになり,経済的なサポートを背景に急速な広がりを見せている。また,日本死の臨床研究会,日本緩和医療学会,日本ホスピス緩和ケア協会,私が代表を務める「大学病院の緩和ケアを考える会」など,多くの全国的な組織,研究会により,一般臨床の中にも拡大しつつある。

 しかし,医療の現場ではいまだに痛みや呼吸困難で苦しむ患者さんが多く存在し,根治不能の患者さんは「医学においては敗北」との印象は払拭できていない。WHOの定義にあるように,後ろ向きではなく,積極的な全人的ケアであることを再度強調したい。医師の価値観を変えていくためには,5年後,10年後に臨床の中心となり,これからの医療を担う医学生への教育こそが緩和ケア拡充になくてはならないと確信する。緩和ケア教育の対象も,卒前の医学生,卒後の研修医,各診療科の医師,現在進行中の専門医制度など多岐にわたるが,ここでは,医学生に絞って現状と今後の展望を述べたいと思う。

『臨床緩和ケア』誕生の経緯

 「大学病院の緩和ケアを考える会」では,医学生への緩和ケア教育を重要な役割として取り組んできた。同会では2001年にアンケートを全国80大学に施行し,1998年のアンケートと比較検討した。回答を得た67大学のうち,94%の63大学が緩和ケアの講義を行っていた。1998年度の講義実施率は48%であり,急激な増加といえる。しかし,講義の担当は緩和ケアの臨床に携わっていない教員も多く,同会では医学生のためのテキスト作りと教員への啓発が必要と考えた。全国ホスピス・緩和ケア病棟連絡協議会(現日本ホスピス緩和ケア協会)が作成した医師向けのカリキュラムを参考とし,また,全国の大学のシラバスを集積・検討し,2004年5月に医学生,研修医向けのテキスト『臨床緩和ケア』(青海社)を刊行した。内容は緩和ケア総論からはじまり,全人的ケア,疼痛緩和,その他の症状緩和,インフォームド・コンセント,チーム医療,生命倫理である。

 各章ともSTEP1,2,3と基礎編から応用編までを網羅した。各大学の対象学年,講義時間にあわせ,選択できるように配慮した。例えば,大学により90分1コマであっても,STEP1を押さえることにより充実した講義が可能である。また,教員がすぐに講義に使用でき,学生が興味を持って積極的に参加できるように,事例の多用,ロールプレイの方法などを盛り込んだ。さらに,付録として,研修医や臨床の医師が現場で使用できるように薬剤の表を付け,国家試験対策の問題も付記した。価格は医学生も購入しやすいように3000円以内に抑えた。このテキストが多くの大学で使用されていくことを願う。

 この『臨床緩和ケア』を使い,今年10月9-10日に「医学生のための緩和ケア教員セミナー」を横浜市都筑区にある昭和大学横浜市北部病院で開催した。緩和ケアを教育する側が何をどのように教えればよいかを議論する,教員のためのセミナーである。全国から約40名の参加があり,同院呼吸器センターの中島宏昭教授による「人生の目標と医学教育」の基調講演後,各大学の講義の実践を行い,相互に意見交換を行った。緩和ケアのみならず,医学教育そのものを見直す機会となった。また,各大学の講義内容の主体として,全人的ケア,生きるということ,死を通して生を考えるところに焦点があたっていた。一方で,学生時代に疼痛緩和の具体的な薬剤を教えても記憶に残りにくいという現状が指摘されたが,今後,社会のニーズとしてがんの痛みは最低限緩和すべき診療行為と位置付け進めていこうとの意見も出された。日頃,講義は教員の独断で行われるものであるが,お互いに講義内容や講義方法を示しあい,意見交換できたことは有意義であった。

昭和大学の緩和ケア教育

 一方,受け側の医学生の状況はどうであろうか。15年前より医学生に講義を行ってきた筆者の印象では緩和ケアへの関心は高まりつつある。医学部入学時の小論文対策として緩和ケア関係のテーマも多く,ほとんどの医学部受験生が緩和ケア関連の本を読んでいる。1年時から緩和ケアの講義をすることにより,その興味を持続させることができる。また,講義方法も一方向の講義だけではなく,事例を出してスモールグループでの議論やロールプレイなど様々な方法を取り入れることにより,学生の心に残る講義となるであろう。

 昭和大学では2004度は90分,10コマの緩和ケア関連の講義がなされた。1年生では医学概論の中で1コマ緩和ケア総論を行い,2年生では「いのちの講座」として7コマ,4年生では講義とロールプレイで2コマが行われた。とくに「いのちの講座」は,今年度から第1生理学教室の久光正教授を責任者として新しく企画され,講義内容,講師陣については筆者がコーディネートを行った。講義の目的は,死を通して生・いのちの大切さを学ぶことであったが,さらに進めて,なぜ医師をめざしたのか,どのような医師になりたいのかといったテーマにも広げるものであった。

さまざまな講師が講義を担当

 講師は,筆者以外にホスピスのチャプレン(牧師:沼野尚美氏),いのちの講義をしている中学校教師(天野幸輔氏),絵本作家(葉祥明氏),小中学生にいのちの教育を行っているNPOの代表(甲斐裕美氏),スピリチュアルケアを分かりやすく説くホスピス医師(小澤竹俊氏)など多彩な顔ぶれであった。

 最後の講義には筆者と同年齢の患者さんに講義をしていただいた。学生には大きなインパクトがあったと思われるが,なかなか講義中には発言しにくいテーマでもあり,ホームページで掲示板を作成し,学生が匿名で自由に書き込めるように工夫した。ただし,中傷メールがないように管理者である筆者が目を通した後に開示するようにした。全部で60件余りのやり取りがあったが,内容を削除することはまったくなく,それぞれがいのちについて,死について深い部分まで双方向性に議論ができた。こういった講義は,その時点で正解は出なくとも,将来医師になった時に花開く種となればよいのではないかと考えている。いのちの講座での内容,医学生へのアンケート結果は第28回日本死の臨床研究会で報告する予定である。

 また,緩和ケアに対する医学生の関心の高さとして,今年8月21-22日に行われた「医学生のための緩和ケア夏期セミナー2004」があげられる。淀川キリスト教病院の池永昌之医師,筑波大学の木澤義之医師らを中心に開催されたが,全国から医学生60名,研修医20名の参加があった。最新の緩和ケアの情報の提供とともに,グループワークを行い,交流を深めた。将来,緩和ケアを専門としてめざす医学生,研修医への道を示すことができたと考える。また,緩和ケア専従ではなくとも,一般臨床医の必要不可欠な一分野として考え,集う学生も増加していくであろう。

これからの緩和ケア,そして私のdream

 1994年にカナダのモントリオールにあるマッギール大学付属ロイヤルビクトリア病院で研修する機会があった。そこで行われていた緩和ケアサービスをモデルにしていきたいと考えている。まず,緩和ケアの講座があり,その教授の元に臨床と教育と研究の3つの大きな柱が統括されていた。特に教育には専門のスタッフが専従しプログラムが充実していた。臨床の中には,緩和ケア病棟のみならず,一般病棟におけるコンサルテーション型の緩和ケアチーム,在宅緩和ケア,遺族のケア,外来患者のフォローアップが存在し,バランスよく運営されていた。今後,日本の大学病院における緩和ケアサービスとして,目標にしていきたい。今年,12月にも再度,カナダのモントリオールとエドモントンでの研修を計画している。日本と文化的背景は違うものの,英国から遅れてスタートし急速な進展をしてきたカナダのシステムやその過程におけるトライ&エラーを学んできたい。

 最後にアメリカのキング牧師が黒人の人権運動を進める際に唱えた演説の1節を引用し,私の夢として紹介したい。

 I have a dream 昭和大学で緩和ケアをめざす医師が増え,日本の緩和ケアの基地となりますように。昭和大学の学生や研修医が診療科を問わず,緩和ケア的な態度を持ちますように。そして,その運動が日本全国に広まっていきますように。

 I have a dream がんの痛みで苦しむ患者さんがこの世からなくなりますように。その苦しみにはこころやスピリチュアルな面にも救いがありますように。患者さんを取り巻く,ご家族にもケアが行き届きますように。

 I have a dream いのちをいただいたすべての人が,皆さんが,いのちの存在と意味について考え,気づくことができますように。そして,そのことにより人への愛と感謝を持つことができますように。




高宮有介氏
1985年昭和大学卒。1988年より英国ホスピスにて研修,「がん疼痛対策マニュアルの試作と実践」で医学博士を取得。昭和大学病院緩和ケアチーム,昭和大学横浜市北部病院緩和ケア病棟を経て,2004年より現職。
「大学病院の緩和ケアを考える会」代表世話人,日本ホスピス緩和ケア協会理事を務める。
著書に『がんの痛みを癒す』(小学館),『ナースができる癌疼痛マネジメント』(メヂカルフレンド社)。