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米国にみる後期研修のあり方
香坂 俊(Baylor医科大学Texas Heart Institute)日本における専門研修の現状
ここ数年の間で医学部卒業後に行われる卒後研修制度のあり方が大きく変化してきている。スーパーローテートの義務化がはじまり,その内容はEBM(根拠に基づく医療)というコンセプトの普及,医療面接テクニックの教育,インフォームドコンセントの徹底等より実践的な内容が要求されてきており,ほとんどの大学病院や市中研修病院で教育カリキュラムの大幅な改変が行われた。その結果,研修の現場では賛否両論があるものの,卒後数年でまずジェネラリストを完成させるという目標に向かって動き出したと評価される。しかし,初期研修を終えた医師が次のステップとして各種専門医をめざす場合,わが国ではこれといって定められた研修制度がないのが実情である。現状では大学およびその主要な教育病院などで「後期研修医(レジデント)」や「研修指導医(オーベン)」として基礎研究と臨床双方にまたがった研修を行い,さらに大学院での博士号の取得へとステップアップしていく。
ここで筆者が重視するのは,後期研修と一般的によばれている専門研修では必ずしも臨床医としての訓練でないことがあり得るということ,そして共に膨大な労力および時間を要する臨床業務と基礎研究を併せて行うために研修の年限が長期化する傾向があるということである。オリジナリティを重視する基礎研究と,病棟や外来において客観的なエビデンスを積み上げ,臨床能力を培う臨床専門研修では扱う対象も思考過程も異なるものである。それぞれ重要であり,相補う面があることは事実であるが,現状では両者が混同されてしまっており,その教育・研修課程を互いに整理し,統合し直す必要があるように思われる。
スペシャリストとしての技能習得に特化された研修
医師の研修システムについてなにかと引き合いにだされることの多い米国では,ほぼ正反対のアプローチをとっている。米国の初期研修に当たるレジデンシー(一般内科研修)ではよく知られている通り広く一般性を重視した研修を行うが,専門医研修ではジェネラリストとしての技能の維持は二次的なものとされ,短期でスペシャリストを育成することに徹底的に的を絞った知識・技術の習得を進めていく。これは専門医の促成栽培ともいえるものであり,限られた年限で一定の臨床能力を持った専門医をいわばベルトコンベア式流れ作業で「生産」するようなシステムといえよう。例えば内科を専攻する場合,米国の医学部を卒業した学生はレジデンシーを3年間行い,その後各種内科専門医をめざす場合ACGME(Accreditation Council on Graduate Medical Education米国卒後研修認定評議会)によって認可された専門研修施設のプログラム(フェローシップ)に応募する。そして,内科研修に続く二度目の就職活動(書類選考,面接,マッチング)を経て採用された者が専門研修医(フェロー)となる。表1に2001年度の各専門科別フェローの実数を記す。各専門研修に進む者は合計約2700人であり,レジデンシーを終えた内科医約7300人の3分の1程度にあたる。施設によるフェローの数は標準的な大学病院で各科2-4名,年限は2-3年である。
表1 米国における内科専門研修医数(2001年度) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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教育の質を保つガイドラインと指導体制
この専門研修は「広く」研修することを目的としたレジデンシーと正反対の専門家育成を目的としているため,各専門学会が作成した詳細なカリキュラムが存在する。例えば,循環器ならばフェローの3年間で心臓超音波検査を300件(レベル2),カテを250件(レベル2),CCUなど循環器専門病棟を9か月といったように最低限必要とされる必修事項が厳密に定められており(表2),決められた数の手技と経験を積まなければ専門医認定試験を受験できない1)。
表2 米国循環器内科専門研修(Cardiology Fellowship)必修事項 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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また,各フェローシップ・プログラムの研修内容がカリキュラムに沿ったものであるか否かはACGMEによって厳しく監視されている。具体的には2,3年に1度ACGMEの委員が病院を訪問し,必要なレベルが保たれた教育が行われているか,指導医とフェローの相互評価は行われているか,勤務時間規定が守られているかといったことを視察と個別面接によりチェックしている。中でも,教育に十分な症例数をそのフェローに提供できるかという点は非常に重要視され,これが多くの場合その施設で採用できるフェローの数に制限を加える。ACGMEは第三者機関であるため監査に妥協がないことで知られ,専門研修医にとって十分な教育環境が整っていない施設はすぐに保護観察(provation)となる。この場合,速やかに猶予期間中に改善策を講じなければプログラムの存続そのものが危うくなるという罰則が存在する。
さらに,専門研修医を教育する指導医も臨床教育専任者としての立場が確立されており,教育のクオリティも維持されるようになっている。指導医はインストラクターや臨床教授としての立場が保障されており,そこには必然的に臨床医として純然たる競争が存在し,結果的に教える側の質が高く保たれる。これはレジデンシー教育もフェローシップ教育も同じことだが,臨床・臨床教育が名実ともに1つのキャリアであり望むならば彼らは教育のみに専従することも可能である。
主治医とならない専門医
実際のフェローシップ研修においては,これらの指導医たちに2週間から1か月単位で指導期間が割り振られ,その期間内に毎日の回診を通じて集中的に専門課程に入ってきた少数のフェローたちにフィードバックをかけ続ける。フェローの場合はレジデントと異なり直接患者の主治医とはなることはなく,主治医チームに対してアドバイスを送る立場であるコンサルタントとなる。このように主治医のチームとして別個に一般内科の研修医と指導医が存在するため,フェローの生活はレジデント以上に実践的となり,専門科の指導医とフェローはその専門分野におけるマネジメントに専念し,かなりの「数」をこなしていくことが可能となる。さらに,教育される立場であるフェローもインターンやレジデントに対しては逆にスーパーバイザーとなり,救急外来や病棟での緊急時にファーストコールで対応することはもちろん,「血栓傾向のある患者に対しどのLupus Anticoagulant検査をオーダーするか」「重症肺炎の患者に対して第三世代セフェム系抗生剤の使用許可をとりたい」といった細かい質問にも答える。米国の研修施設ではどの患者に対してもレジデントを介してフェロー,主治医によるバックアップが常時用意されており,診断や治療を進めつつお互いに情報を交換する有機的なシステムが確立されている。
フェローたちは日々正確な診断にたどり着くための方法を考え,その時点で最も正しいとされる治療を行っていく。その「回答」に対しては指導医の容赦ない批判にさらされるが,この極めて合理化されたシステムであるからこそ,フェローは定められた期間内に十分な症例数をこなして実力を積むことが可能となる(逆にそのために,前述のようにフェローの数に制限が加えられている)。
米国式専門研修の限界
おそらくは世界で最も効率的な米国の専門医研修制度だが,それはこれまで述べてきたように候補者を絞って,その卵たちを個別に育てることに徹したカリキュラムに拠るところが大きく,さらにそれを支える指導医層の厚さに裏打ちされている。しかしこのシステムは,一定水準の技量を持つ専門医をコンスタントに供給できるという長所を持つ反面,フェローとしては必要な「数」をこなすことに追われ人間性や対患者関係に対する配慮がおろそかになる傾向がある。総じて「主治医」としての枷をはずされたアドバイザー的な立場をとるフェローは,2-3年の間は明けても暮れてもその専門分野のみの範疇で集中的に勉強していくこととなり,レジデンシーを通じて身に着けたジェネラリストとしての側面がかなり損なわれることは否めない。さらに,医学の進歩に伴いこれまではフェローシップの数と研修年限を増やすことで対応してきた。腹腔鏡手術の発達に伴いlaparoscopic surgeryのフェローシップを設け(1年間),電気生理学の手技が複雑化しelectrophysiologyのフェローシップを延長する(2年間)という具合である。しかし,いたずらに年数を足していくという方向が果たして正しいことなのかということも最近議論されており,わが国と同様に医学研修自体が長期化することが問題となっている2)。そのうえ,フェローの給料は「教育」という名の下に控えめな額に抑えられており,平均1000万円近い自らの教育ローンをかかえる米国の若い医師に大きな負担となっている。抜本的にレジデンシーとフェローシップ制度を見直し,より早期から専門研修を行うべきという議論が起こっているが,現在のところまだこのようなプログラムの数は限られている。
これからの専門医制度
歴史的に日本では「医学博士」が専門研修のゴールとして重大な役割を果たしてきた。しかし,基礎研究の業績と臨床能力は質の異なるものであり,別箇に評価されるべきである。近年の著しい医学の進歩に伴い,高度医療は各専門医のチームワークを重視した集学的な方向に発展しつつある。こうした中で客観的な技術や知識のスタンダードを問うべく生まれてきたのが専門医制度である。筆者は循環器内科のフェローであるが,内科レジデントとしての3年間も含めて専門医集団によって支えられた米国の教育システムの恩恵を受けてきた。その経験を通じ思うのは,専門教育期間をシステムとしてスタンダード化することは医学教育,さらには医療サービスのあり方全体に大きな貢献を果たすことができるということである。
日本の医療教育の現場はいま転換期を迎え,臨床大学院の設置や日本医療機能評価機構による初期研修の評価など,臨床能力そのものに対して底上げを図るような試みが多くなされている。その中で満たすべきある一定の臨床能力レベルをはっきり定めた専門医の育成システムの確立は急務であろう。
(参考文献)
1)Beller GA, Bonow RO, Fuster V. ACC revised recommendations for training in adult cardiovascular medicine. Core Cardiology Training II(COCATS 2). (Revision of the 1995 COCATS training statement). J Am Coll Cardiol 2002;39:1242-6.
2)Johns MM. The time has come to reform graduate medical education. JAMA 2001;286:1075-6.
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香坂俊氏
1997年慶大卒業。横須賀米軍病院,国立国際医療センターにて初期研修。St Luke's-Roosevelt Hospital Center, Columbia University College of Physicians and Surgeons内科レジデントおよびチーフレジデントを経て2003年よりTexas Heart Institute, Baylor College of Medicine循環器内科フェロー,2005年よりチーフフェローの予定。 |