医学界新聞

 

鼎談

高まる社会精神医学への期待
第18回世界社会精神医学会開催にあたって

広瀬 徹也氏(晴和病院院長・帝京大学名誉教授)=司会
中根 允文氏(長崎国際大学大学院教授・長崎大学名誉教授)
南 砂氏(読売新聞東京本社編集局解説部次長)


 うつ病・自殺の増加,虐待,ひきこもり,犯罪の低年齢化など社会精神医学的な問題が,マスメディアに取り上げられることが増えている。本紙では,第18回世界社会精神医学会開催にあたり,会長の中根氏,プログラム委員長の広瀬氏,そしてマスメディアを代表する立場から南氏に出席していただき,社会精神医学をめぐるさまざまな問題について話し合っていただいた。


■社会精神医学とは何か

広瀬 本日は,お忙しいところをお集まりいただきまして,ありがとうございます。第18回世界社会精神医学会が神戸において,10月24日から27日まで開かれます。もう目前に迫っていますが,この段階で,その学会の意義を検討してみることは時宜に適ったことではないかと思われます。

 社会精神医学と申しますと,精神医学と不可分の関係にあって,精神医学をbio-psycho-socio-ethicalな次元でとらえよといわれて久しいわけです。その中にsocialなものが入っているということで,精神科関係者にとって,社会的視点は当然であることから,社会精神医学は空気のような存在で,あまりピンとこないという方もいらっしゃるようです。私は,この世界社会精神医学会のプロモーションのために,外国のいろいろな学会のブースで広報宣伝に携わりましたが,その折に,外国の方からもいきなり「What is Social Psychiatry?」と言われて,答えるのに苦労した経験があります。

 まず社会精神医学とは何かということから,本日の鼎談を始めたいと思います。私は,この学会のプログラム委員長の立場から,司会の役をとらせていただきます。今日は日本側の会長でいらっしゃる中根允文教授,そして「社会の目」ともいえるマスメディアを代表して読売新聞の南先生においでいただきました。

 それでは中根先生,社会精神医学とは何かということについて,その範囲などお話しいただければと思います。

社会精神医学の定義

中根 第18回の世界社会精神医学会を開催するにあたって,特別講演をどなたにお願いするかということでいろいろと考えて,ノーベル賞受賞者の大江健三郎先生にお願いしたわけですが,大江先生からも「社会精神医学って何ですか」と尋ねられました。考えてみたら,私も日本社会精神医学会の理事長をしていながら,その定義というものを持っていなかったわけです。ただ大まかに,頭の中に「こういうものが社会精神医学だろう」というものはあるのですが,本来ならきちんと定義づけをするべきだろうということもありまして,私なりに調べました。

 ただ,残念ながら,社会精神医学そのものをテーマにしたテキストが日本にはないんですね。外国語でも数冊しかありません。絶版になった1冊が,以前に医学書院から出ていた『社会精神医学』という本でして,それをもとにいろいろ考えてみて,次の6つくらいが,社会精神医学で取り上げるテーマではないかと思います。

 まずは,精神の健康と社会とのかかわりです。精神の健康に対して社会がどのように影響するかとか,関係を持っているかということです。それから2番目は,精神障害者における社会的な特性をみること,そして3番目としては,地域社会の中での精神障害者のありよう,生活の仕方といったこと,4番目は精神疾患についての社会学的なアプローチ,5番目は自殺,虐待,犯罪などといった社会病理的現象にかかわる精神医学的アプローチ,あるいは社会学的アプローチといってもよいのかもしれません。そして最後が,精神保健活動です。

 社会精神医学は以上を対象とする精神医学の分野と見なすことができるのではないかと思います。以前に書かれた日本の精神医学の本の中にも,以上のようなことを書いたものはありますが,それらにどうアプローチするかということは書いてありません。この6つのテーマについて,それらを独立して考えるのではなく,広くお互いに研鑽を積みながら臨床をやっていくのが,社会精神医学の分野ではないかと考えています。

平均寿命・健康寿命世界一の現実

広瀬 南先生は,現在,読売新聞本社の編集局解説部次長という重要な立場にいらっしゃいますが,最初は精神科医としてスタートし,早くから在日外国人留学生のメンタルヘルスの問題に取り組んでこられたということで,社会精神医学の専門家といってもよろしいかと思います。マスメディアを代表する立場から,現在の日本の社会精神医学的な現象をどう感じ,あるいはどうかかわっておられるかというあたりを率直にお話しいただければと思います。

 過分なご紹介をいただいたのですが,私は精神医学をきちんと学ぼうと志したのですが,早々に諦めたというのが正確な経歴です(笑)。精神医学を志すきっかけとなったのは,ベルギーに住んだ時のベルギー国内における外国人問題でした。ベルギー領コンゴなどアフリカから来た人々を,留学生も含めてベルギー政府の人たちがどのように扱っていたかを知って,そういう精神医学があるのだと外国で知ったわけです。それで日本に帰ってきて,精神医学を勉強しようと思った次第で,精神医学が先にあったわけではありません。日本では,留学生の相談には長年かかわってきましたが,精神医学の専門家とはいえないと思っています。

 新聞記者の立場で申し上げれば,私は読売新聞に入ってあと少しで20年になりますが,この20年は日本の社会がしきりに「心の時代」であると言ってきた時代です。つまり,日本が戦後50年あまり経って,急速な経済発展を遂げたことのしわ寄せといえるのかもしれませんが,日本社会が急速に精神の安全なり安心を求めてきたということでしょうか。国民は,物理的な充足の一方で,必ずしも精神的には幸せでなかった,そのことを非常に強く反映しているように見ています。

 新聞記事でいいますと,この20年で身心両面の健康に関する記事が10倍を超えるほど多くなっているように思います。記事の扱いも昔は医療や健康問題の記事が1面トップになることはほとんどなかったと思いますが,最近では,医療・福祉のことが堂々と全国紙の1面トップを飾っています。それだけ国民の心身の健康への志向が高まっているということではないか思います。身体的な健康については,皆さん,それなりの知識や情報を得ているのですが,心の健康ということがしきりにいわれる割に,心に関してはつかみどころがないといいますか,無形のことであるだけに,まだまだ情報が質的にも量的にも十分でない。そのなかで日本社会は21世紀を迎えて,皆さんご存じのとおり,自殺者が3万人を超えることが5年以上続いています。何らかの精神的な問題を背景に抱えていると思われる少年犯罪は,加害者も被害者も低年齢化しています。老年期のうつ病などもあり,とにかく老若男女を問わず,なんらかの精神的問題を抱えているという現状です。

 そのなかで,WHOが2000年のWorld Health Reportで,日本を世界一の平均寿命,健康寿命の国と位置づけたわけです。その世界一の平均寿命と健康寿命を謳歌するだけの社会的,精神的な充足感,幸福感は,国民にはぜんぜん実感がない,非常にねじれた現状になっているのではないかと思っています。

社会精神医学の隘路

広瀬 おっしゃるとおりです。最近のニュースをにぎわしているのは,犯罪事件もありますが,自殺の問題などもあって,皆さん,うつ病が増えていることなどはマスメディアを通じてご存じです。ところが,うつ病がどういう病気かは,いまひとつわかっていない方が多いようで,これは医師についてもいえることだと思います。

 ですから精神医学,社会精神医学に対する社会からの要請がこれほど高まっている時期はないように思いますので,この時期を逃さずに,われわれのほうからもいろいろな情報を発信していくことが,このゆがんだ社会を直すうえでも非常に重要ではないかと考えています。その意味で,10月に世界学会が日本で開かれることは非常に重要なことと思うわけです。

 中根先生は,社会精神医学の基礎といわれる疫学から国際的な問題,そして最近話題になっている小児の心の問題までご専門ですよね。南先生のお話を受けて,専門家としてお感じになることはありませんでしょうか。

中根 いま確かに,社会的なことと精神的な問題とのかかわりは非常に大きくとらえられつつありますが,現実には,まだはっきりした関連性を証明することは難しいのです。たとえば,私自身は疫学をやっていて,精神疾患に対する社会的な影響をどう明らかにするか,そのエビデンスを出すには非常に難しい状況があるんですね。

 たとえば,しばしば話題になるうつ病が,ほんとうに増えているのか,どのくらいあるのかという頻度すら,日本ではまだきちんとした数字が出ていないわけです。日本では,心の健康が大事だといいながら,「あなたの心の健康について教えてください」と言った時に,なかなか,「はい,いいですよ」とは言ってもらえません。ですから,純粋に疫学研究をやろうとしても,なかなかデータを取るのが大変だということがあります。

 本来,私たちの研究的な立場からすると,現在,日本において話題になっている諸問題がどのくらいあるかをもっと明確に出していきたいわけです。ヨーロッパにしろ,アメリカにしろ,外国ではデータが意外と出ています。韓国をはじめ,アジアでもいくつかの国で出はじめていますが,日本人はまだまだ心の問題については口が堅いというか,なかなか口を開こうとしないところがあると思います。また,そういったところが逆に,いろいろな問題についての偏見を生む背景にもなっていて,ある程度以上踏み込めないことがあります。

 何かあると,「それは心の問題が関与している」といわれながら,結果的には群盲象を撫でるというような感じで,中心に迫れないところがあり,歯がゆい感じがしています。

■マスメディアと「心の問題」

マスメディアに期待される役割

広瀬 いま,偏見という言葉が出ましたが,まさにわれわれ精神医療従事者にとっては,偏見の問題は深刻です。「偏見はよくない」とは簡単にいえるんですが,それを実際に取り除くことは容易ではない。偏見があるのは当然だという部分もあるわけで,非常に矛盾した部分があるわけです。社会の偏見を助長するにも取り除くにも,マスメディアは非常に強いパワーを持っていると感じますが,偏見の問題についてはいかがですか。

 まさに先生がおっしゃいましたとおり,偏見はいけないといいながら,偏見には理由があり,その理由は厳然たる事実であることがあるわけです。そうだとすると,正しい理解のうえで,各自が何らかの価値観の中にこの問題を位置づけること,これはやむを得ないと思います。ただ,日本の社会では長い年月にわたって精神に障害のある方などが,いわれないさまざまな不利益をこうむってきたことは事実で,反省すべきことはたくさんあると思います。私も報道の立場にいて,客観的な報道の難しさをほんとうに感じるんですね。

 わかりやすい例でいいますと,精神科を受診している方や退院された方が何らかの事件を起こすとします。新聞に載るような事件は,社会にかなり影響のある事件ですが,たとえば池田小の事件にしても,報道に対して精神科の専門家や関係者から苦情が寄せられるのは,「なぜ容疑者に通院歴があったとか,退院したことを書くのか」ということです。「ほかの身体的な病気なら書かないじゃないか」と言われるわけです。

 報道の立場でいえばやむを得ない部分もあるとは思うのですが,ほんとうは,もっと丁寧に報道する必要があるのかなと…。仮に最初は事実をそのように報道しても,あとで事件との因果関係があったのか,なかったのかということを,もう少し丁寧に書くべきであったというような反省はあります。しかし,締切時間の中で事件の重大性や事実に照らして判断するわけですから,乱暴な書き方になってしまうこともあり,社会的な影響など,十分には吟味できていない部分がどうしてもあると思います。

 話が報道のことだけになってしまいましたが,マスコミの本当の役割は,ニュース報道だけでなく,日ごろからの地道な啓蒙活動にもあるわけで,このような問題は特に後者に一層の力点をおくべきである,と私自身は考えています。しかし,マスメディアというのはどうしてもニュース主体なんですね。ですから,何かことがないと精神障害者や精神疾患,心の健康を話題に乗せにくい傾向があります。これだけ健康問題に国民の関心が高まっているのですから,テレビも新聞も,日ごろからもう少し「心の健康」の問題を,タブーなく話せるための雰囲気作りをすることは必要だと思います。やはり事件が起きた時にだけ,急にそれをどうにかしようというのは,ちょっと無理ではないかと思います。

広瀬 事件の報道と,それに関連した解説が並行してなされるとよいわけですね。

 うつ病,パニック障害など,一般の医師でもよくわからないことが,新聞やテレビで少し解説されますと,それを読んだ患者さんは,「まさに,自分はこうだ」と,はじめて自分で納得できる診断を自分でつけられて,そこではじめて受診されることがよくあります。そういう点で,マスメディアの啓蒙の力はほんとうに大きいと感じています。

中根 現実的には,社会と精神医学とのかかわりのような気がします。普段からマスメディアの中でそういった啓蒙活動をしていただいていると,私たち自身も非常に動きやすいと思います。精神医学自体についても差別や偏見があるかもしれないし,もちろん精神障害者,精神疾患の患者さんに対してもあると思いますが,そういったことを日ごろから理解してもらったら,私たちがこれからいろいろな臨床や研究をするうえでも非常にうまくいくと思います。

求められる精神疾患への正しい理解

 最近の報道を見ていますと,「心」がひとり歩きしているように思います。少し前に出ていた雑誌で,「心の病ブームで得をした人,損をした人」みたいな特集を組んでいるものがありました。パラパラッと見ましたら,この3年で患者が何万人増え,臨床心理士の資格が世の中に求められて,大学などはしのぎを削って心理学科をつくっているというような記事なんですね。ブームといえばブームですが,ほんとうの意味で心の問題が正しく理解されているのとは,少し違うという気がします。

 心の問題が,過剰に,しかも間違った方向に取りざたされている部分がないかということを危惧するのです。「メンタルヘルス」と「精神障害者問題」にことさらに線を引いて,「自分は精神障害ではなくメンタルヘルスのほうだ」という言い方にも,偏見があるでしょう。この状況をもう少し健全にしないと,心の病ブームが違った方向にいきはしないかという恐さも感じます。

広瀬 おっしゃるとおりで,もともと精神科とか神経科といっていた科が,メンタルヘルス科というようなものになって…(笑)。そう標榜している大きな病院もあるほどです。そのへんが少し曖昧になってきています。

 臨床心理士によるカウンセリングブームというのがありましたが,それが起こったのは阪神大震災の時で,PTSDという言葉もその時に一般に知られるようになりました。その後,池田小学校事件の時にはスクールカウンセラーが生まれました。これらの事件は,それらを世に出した大きなエポックでもありました。ところが最近PTSDが拡大解釈されていて,専門的にみてもいろいろな問題が出てきています。それも精神医学の問題であるとともに,社会精神医学の問題といえると思います。

中根 最近,仕事のために,マスメディアにどんな症候群が登場しているかを調べたんですが,聞いたことのない「なんとか症候群」というのが多いんですね。たしかに,もう医学用語になっているようなバーンアウト・シンドローム(燃え尽き症候群)や空の巣症候群のようなものはポピュラーでわかるんですが,ほんとうにわからないものが数え切れないくらいあるんですね。「サザエさん症候群」「サインはV症候群」とか,五十音順で並べていったらものすごいんです。

 そういうものが出てくる背景には,たしかに心の問題への社会的関心が高まっていることがあると思います。それはいいんですが,何か茶化されているような感じもして,私は少しどうかなと。PTSDでも,PTSDがきちんとわかってくれている人はいいんですが,何かあるとすぐに「トラウマ」という言葉を使ったりします。ある時期は,それでもよいと思いますが,私たち精神医学をやろうという者は,ほんとうの意味を理解していただくこと,もう少しきちんとした理由というか,証拠のある症候群,症状群にしてもらいたいと思うものがほんとうに多いですね。

 そういう意味では,マスメディアの取り上げ方が非常に大きな影響を与えています。特に,テレビのコメンテーターなど,必ずしも専門家とはいえない人の言葉が時としてひとり歩きします。見ている方には,それがすべての情報として入りますからね。影響力はテレビのほうが新聞よりもはるかに大きいと思いますが,逆に新聞の恐さは文字で残るところにあります。いまの状況は,あまりにも安易にトラウマとか,PTSDと言いすぎていて,少し心配がありますね。

 いまの子どもの問題を見てもタフさというか,「そんなことは大丈夫だ」というような心の健康がほしいと思うことがあります。すぐに「自分は傷ついた」とか,「PTSDだ」と子どもでも言うんですよ(笑)。その背景には親があると思うんですが,ささいなことをものすごく被害的に受け身で捉えて,「傷ついた」「トラウマになった」と言う,その風潮は健全でないと思います。先生方は専門家としてどのように思われますか。日本の子どもは,もっとタフになる必要があると思うんですが。

広瀬 ほんとうにおっしゃるとおりで,メンタルヘルスをよくするには,いかにタフになるか,その方策は何かということを考えなければならないと思います。これは世界的にもそうなんですが,若い人たちも成人になった人も,拒絶に対する過敏さといいますか,英語でいうrejection sensitivityが昔と比べて非常に強まっている。ですから,叱られたり,ちょっと無視されたりすることで,非常に傷ついて落ち込んでしまうのです。

 これは日本の社会ではすごく大きい問題ですね。必要以上に「無視された」とか,「バカにされた」というように取りますよね。

広瀬 会社なんかでも上司がちょっと注意すると,それをすごい叱責と感じて,立ち直れなくなって出社拒否になってしまうケースがみられます。

 まさにそれは社会精神医学が扱うべき,日本の現代社会の抱えている,人には強くあたり,自分については守りに入る姿勢でしょうか。この現象から何か見えてくるものがあるように思います。自分自身が生きづらい世の中だと思っている人が,他人に対しては突然攻撃的に出るといったような部分がありますね。

■世界社会精神医学会開催にあたって

広瀬 社会精神医学の定義を,最初に中根先生が言われましたが,社会精神医学というのは,いろいろな専門分野と境界を接している,学際的な特徴があります。臨床精神医学といいますか,精神医学を中心として,社会心理学,犯罪学,人類学,経済学,法学,倫理学,宗教学と,あらゆる学問と関係しているといえると思います。

 それだけに,それぞれの専門的な部分に十分目を注いで,しっかりした知識の元に,中根先生が言われたように,エビデンスに基づいた学問を築き上げることが,われわれの使命だと思います。ただ,それがなかなか容易でないこともご想像いただけると思います。それだけ大きな課題を持っていると同時に,それだけたくさんの夢があるといいますか,可能性を秘めているともいえるかと思います。

 特に,多文化間精神医学が,わが国の場合には社会精神医学会から分離・独立した経緯がありますが,社会精神医学の中では非常に重要な部分だと思います。これは,いろいろな異なった文化に起因する精神医学的な問題を扱う学問ですが,そのように考えますと,社会精神医学は常に国際的な視野を持っていなくてはならないともいえると思います。世界社会精神医学会は,それを推進する最適の場面であるといえるわけで,10月に神戸で行われる学会への期待が大きくなるわけです。第18回の世界社会精神医学会が神戸で開かれることになった経緯について,中根先生,少しお話しください。

テーマは「国際化と多様性」

中根 今回の世界社会精神医学会のメインテーマは「国際化(globalization)と多様性(diversity)」です。国際化された社会の中で,それぞれの多様性を生かしながら皆さんは生きている。その中でいろいろな問題が起こったり,解決すべきテーマがある。そういったことを話題にして,研鑽を積もうというのが今度の学会です。

 実は,世界社会精神医学会は,ずいぶん前に日本で一度開かれたことがあります。今回が第18回ですが,第10回が1983年に大阪で開かれています。この間,精神医学領域での進歩が相当にあるわけですが,中でも,国際・国内ともに社会情勢の変化を考えると,取り上げるテーマは非常に大きくなっている感じがしています。ここ数年,世界社会精神医学会の理事会でも,日本での開催が要請されていまして,数年前に広瀬先生と私がカナダで開かれた学会に出席して,引き受けるかどうかなどの相談をしてきました。ですから,実際には2001年に開催を決定し,それから準備をはじめて今に至っています。

 私たちが扱わなければならないテーマは非常に多く,どれを選ぶかはきわめて難しい。幸い日本学術会議の共催が得られ,学術会議のいろいろな部会の先生方に,いろいろなテーマについて指導的な役割を果たしていただいたので,まさに多様性を反映する学会になると思います。宗教学の専門家,イスラム・アラブのことについての専門家もいます。もちろん,外国からたくさんのゲストが来ます。また,ユーザーといいますか,精神障害を持った当事者の方たち,あるいは家族の方たちも,参加いただければと思っています。

 既にいくつかの領域については,日本で確立された分野があって,たとえば先ほど広瀬先生が言われた,多文化間精神医学に関しては,日本の文化のあり方と,諸外国の文化の比較の中で,どういう特性があるかということで,日本人に特有な精神疾患があるのかないのか,などの研究がたくさんあります。また,留学したり日本国内へ入ってきた人たちにおける精神的な問題の研究などもありますので,話題は豊富だと思っています。

 日本の留学生政策は主にASEANをみていますので,アジアの留学生たちと20年くらい話をしてきましたが,アジアの学生さんは変わったなあと思います。考えてみれば,受け入れる私ども日本人の側も,精神的に変わってきています。20年前にはじめて外国人留学生に向き合った時には,いわゆる「カウンセリング」のような,西洋で生まれた精神療法が,果たしてアジアの学生たちに最適な方法であるのかという迷いが,私にはすごく強かったのです。というのは,どんどん問題を訴える欧米人と違って,日本人がそうであるように,アジアの学生も非常に抑制的といいますか,言葉を飲み込むところがあるんですね。人に対してものを訴えるのは恥であるという気持ちが強く働いている。私は文化によって精神療法の手法は違ってしかるべきであるということを実感して,強い衝撃を受けた記憶があります。

 しかし,それがまた時代とともに変わってきて,日本人もずいぶん訴えるようになったと思うんです。ですから,まさしくいま先生がおっしゃったように,国際化と多様性というのは,今日の社会精神医学のテーマとしてふさわしいといいますか,いい得た言葉だと思います。

広瀬 世界社会精神医学会は,今年でちょうど設立40周年を迎えるわけで,節目の年でもあるんですね。それから,24回目を迎える日本社会精神医学会が新福尚隆会長のもとで同時開催されますが,そこでは日本語でどんどん発表もできますので,そちらへのご参加もお願いしたいところです。

 国際化,多様性というのは,日本社会もそうですが,9・11以降の全世界が共通に抱えている,地球全体の問題だと思います。感染症の問題にしても何にしても,すべてグローバルで考えなければ意味のない時代になってきたということですね。日本の常識をいたずらにふりまわして,「ここは日本だからこういうやり方なのだ」と頑固にやっていてもむなしい部分があります。一方で,日本社会のよさというものも残していかなければならない。ですから,グローバリゼーションの中にも,各地域,各社会の持つよさは尊重するような,そういうことに迫れるとよいだろうなと感じています。地域性とグローバリゼーションといいましょうか。“グローカリゼーション”という言葉もありますが。

中根 たしかに国際化する中で,自分たちが何を規範として生活していくのかということを確立していかなければならないことも,こういう学会を通して見極めることができればよいと思いますよね。私が常々思っているのは,精神医学でも一般の医学でも多くは輸入された医学ですから,そのすべてが日本に当てはまるのか検証すらまだ十分でないかもしれないということです。西洋医学が日本に入ってきて100年以上になりますが,その中には,日本人にまったくない症状もあるかもしれない。それが文化結合症候群(Culture-Bound Syndrome)という形で出てきたりすることもありますが,いわゆる精神疾患の代表的なものの中でも,その症状のありようには,国際化とはいえ特有なものがあるのかもしれない。私は,そういう細かいところでの研究もまた面白いのではないかと思っています。

 この学会が社会精神医学の重要性を,国内でも国際的にも認識してもらうよいチャンスと思っていますし,そのために生かせればありがたいと思っています。

広瀬 本日は,どうもありがとうございました。


広瀬徹也氏
1961年東京大学医学部卒業,1966年同大学院修了。1971年(財)神経研究所・晴和病院医長,1976年帝京大学助教授,1987年帝京大学教授,1994年帝京大学精神科学教室主任教授を経て2002年より現職。専門は臨床精神医学。雑誌「精神医学」「最新精神医学」編集委員。代表的著書に『抑うつ症候群』他がある。

中根允文氏
1963年長崎大学医学部卒業,1968年同大学院修了。1984年長崎大学教授,2002年同大学院教授,2003年に退官して同大学名誉教授。2003年長崎国際大学教授を経て2004年より現職。専門は疫学精神医学,社会精神医学。WHO諮問委員,国際疫学的精神医学会理事。代表的著書にICD-10F関連およびQOL関連の書がある。

南 砂氏
1979年日本医科大学医学部卒業。ベルギー国立ゲント大学研究生,日本医科大学助手(精神医学専攻)を経て1985年読売新聞社入社。同社編集局解説部,電波報道部などを経て2000年3月より現職。内閣府総合科学技術会議生命倫理専門調査会専門委員,厚労省厚生科学審議会委員,厚労省社会保障審議会医療部会委員など多くの委員を務める。

■第18回世界社会精神医学会

10月24-27日/神戸国際会議場
主なプログラム
 【特別講演】暴力に逆らって書く(大江健三郎)
 【世界社会精神医学会会長講演】Globalization and Diversity: Emerging Challenges and Opportunities in the Field of Health and Mental Health for Developing Countries(Shridhar Sharma)
 【日本社会精神医学会理事長講演】社会精神医学におけるエヴィデンスと社会精神医学的実践(中根允文)
 【基調講演
  1)Globalization and Mental Health WPA Perspective(Ahmed Okasha 世界精神医学会会長)
  2)The Importance of Empathy, Meaning, the Clinician-Patient Relationship, and the Centrality of the Biopsychosocial Model(Allan Tasman 米国精神医学会前会長),他多数
 【シンポジウム
  1)Ethics in Medicine, Psychiatric Medicine and Public Health(司会=Eliot Sorel Chairman of the Board World Association for Social Psychiatry(WASP),Section of Conflict Management & Resolution WPA)
  2)世界から見た日本の精神医療(司会=浅羽敬之 浅羽医学研究所付属岡南病院)
  3)精神保健医療政策と評価:どのように精神保健サービスを改善するか?(司会=伊藤弘人 厚生労働省大臣官房厚生科学課),他多数
連絡先:第18回世界社会精神医学会事務局・第24回日本社会精神医学会事務局
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