医学界新聞

 

〔連載〕 現地レポート

世界の医学教育

ドミニカ共和国編


守谷知晃(セントラル大学医学部専門11学期生)


なぜドミニカに?

 ドミニカ共和国は,中南米のカリブ海に浮かぶ小さな島国である。人口ほぼ700万人,面積は約4万8000平方キロ,1年中気候の温暖な楽園であるが,日本ではあまり知られていない。大リーガー選手サミー・ソーサの出身国と言われれば,いくらかピンとくるだろうか?
 この国には,アメリカのメディカルスクールに入学できなかった学生たちに対する救済措置としての,「誰でも無試験で入学できる大学医学部」が複数存在する(ただし,卒業しても日本の医師国家試験受験資格は得られない)。何よりも数学が苦手でありながら,父方4代,母方13代続く開業医の家に“長男”として生まれてしまった私は,恥も外聞もかなぐり捨て,単身ドミニカのセントラル大学医学部に飛び込んだのである。

セントラル大学医学部の教育

 わがセントラル大学医学部は,1970年創立,ドミニカ共和国第2の都市,サンペドロ・デ・マコリス市にある。医学部以外には歯学部,薬学部,法学部,教育学部,工学部,文学部などを有する総合大学(私立)である。授業はスペイン語で行なわれるが,日本の某外国語大学スペイン語学科中退の経歴がある程度役立っているのか,私個人としては,会話や読み書きにさほど苦労せずに済んでいる。修業年限は5年で,学年制ではなく学期制を採用しており,年間3学期である。
 カリキュラムの内訳は,最初の4学期が教養課程,次の3学期が基礎医学,次の2学期が臨床基礎および社会医学,さらに後の3学期が臨床医学一辺倒となっている。これらの全91科目363単位を修了した後,当直付きの病院実習,つまりジュニアインターンを1年間終わらせた暁には,晴れてM.D.として認められる。
 また,私のように医学部と並行して公衆衛生学の大学院に在籍し,学位を得ることもこちらでは可能である。ただし,何と言ってもやはり,入るは易く出るのは難しのアメリカ型淘汰の中,脱落していく者も非常に多い。ちなみに日本人医学生は,現在のところ私ただ1人である。

学費は安いが授業は厳しい

 わが大学の学費は,日本の国立大学医学部よりは高いが,アメリカのメディカルスクールや日本の私立大学医学部に比べればすいぶん安い。外国人学生は年間9000ドル,ドミニカ人学生はその半分から3分の1ほどである。ちなみにドミニカでもっとも学費が安いのはサントドミンゴ大学医学部であり,年間1000ドル強(!)である。経済的な理由からこの国の医学部に入学する者も実に多い。
 しかし一方で,入ってからの試験は厳しい。合格最低得点は70点であるから,日本やアメリカよりも10点高いことになる。また,多肢選択よりも空所補充式の記述問題が多いことも特徴であり,この形式で常時70点以上をキープしなければならないのだから,かなり苦しいわけである。
 ちなみに試験の回数は1学期に3回,ほぼ1か月ごとである。総合成績は実験も含めてのトータルアベレージで定められる。さらに,実験は講義とは別枠で試験があり,これも1学期に3回,30点満点の試験で,最終的に21点を切った場合はたとえ講義をパスしていても,1科目まるごともう1度やり直し!である(この傾向は基礎医学系で特に顕著である)。もっとも,教授によっては同じ問題ばかりを出題する人もいるため,正解付きの過去問を集めればそれで事足りる場合もあるが,やはり油断は禁物である。

世界各国から集う学生たち

 他の学部はともかく,医学部に関して言えば学生たちの国籍は非常にバラエティに富んでいる。もともとセントラル大学医学部はドミニカ人学生を対象に設立された教育機関だが,入学試験そのものが存在しないために,結果として世界中の先進諸国から「母国の医学部に入りそこなった人間たち」が集結しているわけである。
 1番多いのは当然アメリカ人学生であり,中には中退者もいるが,たいていは有名な4年制の大学を卒業しており,大学院修了者や子持ちの学生も多い。さらにインド人,パキスタン人,ハイチ人,カナダ人,台湾人(台湾の医学部受験は日本より厳しい),プエルトリコ人,トリニダード・トバコ人,ベトナム人,そして日本人と,まさにインターナショナルスクールさながらに,人間関係が実に刺激的である。
 また,アメリカ人学生の中には,学力的には正規の合格者以上の点数を挙げておきながら「人種差別の壁」に阻まれて入学を見送られた者や,メハリー医科大学(テネシー州)に現役合格したものの,学費が続かなくなって転校してきたプエルトリコ人女性など,さまざまな人間模様が垣間見られる。これからも彼らとは粗相のないように付き合っていかねば,と自分に言い聞かせている次第である。

充実した留学生活

 こちらの生活は楽しく,おもしろい。何と言っても先ほど述べたように,世界中から集まった学生たちと親しくなれるのが最大の魅力。いろいろな情報を得ることができ,英語,スペイン語,さらには中国語まで上達させる機会にも恵まれた。
 加えて大学内にはカプランと呼ばれるUSMLE受験者のための予備校もあり,数多くのアメリカ人学生たちが,毎日熱心に学んでいる。将来アメリカで研修を,と思っている学生には理想的な環境なのかもしれない。
 教授陣もなかなか優秀で親切な先生が多く,ドミニカにいながら最先端医療に触れる機会がかなり多い。毎週40時間の授業に追われ,うっとうしく感じることもたまにはあるが,少なくとも充実した毎日を送れていると思う。

海外医大卒業者の現状

 医療においてもグローバル化が進む中で,海外の医大を卒業する日本人は今後も増える傾向にあると思われる。厚生労働省は現在,こうした海外の医大卒業者に対して,1人ひとり個別調査による対応を行なっているが,ほとんどのケースにおいて,学生には予備試験の受験資格しか与えられていない。ドミニカ共和国の医大出身者にいたっては,その予備試験の受験資格すら与えられない。
 私の場合は将来この国でAcademic Physicianになる予定なので影響はないが,他の学生にとっては切実な問題であり,何らかの措置が必要であろう。ちなみに私は,大学院修了後,母校の非常勤講師として迎えられる予定である。ただし教える科目は……生命倫理学と医学史である。




守谷知晃さん
 1963年,大分県に生まれる。中津南高等学校卒。大阪外国語大学中退後,単身ドミニカ共和国に医学留学。1997年に帰国するも,修了した医大の廃校に見舞われ,卒業資格は無効に。4年間英語塾講師として日本で教育に携った後,2001年に再びドミニカへ。現在,セントラル大学医学部在籍。また,サントドミンゴ日本語学校の補習校では,将来の帰国子女予備軍たちに日本の教育,特に古文と漢文を講義する先生としても活躍中。
E-mail:mori@verizon.net.do