医学界新聞

 

「社会が求めるがん看護」を問う

第18回日本がん看護学会開催


 第18回日本がん看護学会がさる2月7-8日の両日,長前キミ子会長(国立がんセンター中央病院看護部長)のもと東京国際フォーラムにて開催された。がん治療のナショナルセンターが事務局となった今回は,基調講演「がん政策医療の展望とがん看護」,特別講演「がん診療における遺伝子診断と遺伝子治療」などで,わが国のがん看護の将来展望が語られた。また,シンポジウム「がんと共に生きる人の教育的・情緒的サポート」,パネルディスカッション「人々が求めるがん看護」など,メインテーマ「いま,社会が求めるがん看護」に呼応するような企画も見られ,変化の激しい社会の中で患者が看護に求めるものが模索された。


がん=ターミナルではない時代
患者サポートに果たす看護の役割

 診断・治療法が進歩する中で,がんは死に直結する病気ではなくなってきた。さらには入院期間の短縮も相まって,外来で化学治療を受けながら社会生活を続けるような人も増えはじめている。
 シンポジウム「がんと共に生きる人の教育的・情緒的サポート」(司会=聖路加看護大・小松浩子氏,神奈川県立がんセンター・渡邉真理氏)では,メインテーマの「社会が求めるがん看護」に即した視点で,がん=ターミナルではない時代の患者サポートのあり方が議論された。
 中村めぐみ氏(聖路加国際病院)は,近年注目されているがん患者のサポートグループについて,聖路加国際病院看護部の取り組みを紹介。ストレス対処能力を高めるための週1回2時間,全5回のプログラムの内容を概説した。サポートグループは専門職がリーダー(ファシリテーターという)となる点でセルフヘルプグループとは異なるが,氏は「グループがうまくいくかどうかは,患者の感情表出を促進するファシリテーターの力量にかかっている」と強調。ファシリテーターのコミュニケーション・スキルの向上のためには,関連書の勉強のほかに,「毎回のセッション後のスタッフミーティングが非常に役立っている」とポイントをあげた。
 小迫冨美恵氏(横浜市立市民病院)は,がんを抱えることによって患者が感情をコントロールできなくなった事例を紹介。がんと共に生きるとは,「決してもとどおりの自分には戻れないことを認めていく,アイデンティティの喪失と再生のプロセスである」とした。そして,患者に対して傾聴や共感だけでなく,ケアリングの基盤でもある「その人に寄り添う存在となることが重要」と,情緒的サポートの奥深さを語った。
 岩村千津氏(埼玉県立がんセンター)は,がん告知後の自己決定のサポート,セルフケアのサポート,必要な資源の活用のためのサポートの3つの視点で看護の役割を解説。通院化学療法を例に説明したセルフケアのサポートについては,予測される副作用や発症時期を入院中から看護師がパンフレットを用いて段階的に説明すると述べた。パンフレットを用いるメリットとしては,患者が理解しやすいこと,病棟・外来関係なく一貫した指導ができるので患者が困惑しないですむことなどをあげ,パンフレットの定期的見直しも含め組織的なサポート体制が報告された。
 最後は,遺伝相談外来の立場で和泉秀子氏(国立がんセンター中央病院)が登場。氏は,がんの多くは後天的な遺伝子異常であると前置きしつつ,「親から子へと受け継がれる遺伝性腫瘍は稀ではあるが,その人の人生を左右する」と遺伝カウンセリングの重要性を強調した。そして,「自分は遺伝性のがんではないか」と相談に来た未発症者の例を提示。遺伝性非ポリポーシス大腸がん(HNPCC)の家系とわかったが,その後定期健診に来なくなったこと,家族も含めた長期間のフォローアップなど,遺伝カウンセリングの難しさも含めて外来スタッフとしての看護の役割を報告した。
 その後のディスカッションでは,「患者から遺伝性のがんではないかと聞かれることはないか」「サポートグループの活動にあたって病院の協力体制をどう整えたか」など会場から質問が相次ぎ,がん患者のサポートへの意欲的な取り組みがうかがえるシンポジウムとなった。




がん診療における遺伝子診断と遺伝子治療

――第18回日本がん看護学会の話題より


 さる2月8日,第18回日本がん看護学会において,吉田輝彦氏(国立がんセンター疾病ゲノム解析・情報研究部長)が「がん診療における遺伝子診断と遺伝子治療」と題して講演を行なった。

がんと遺伝子・ゲノム研究

 会場に集った看護職に対し,吉田氏はまず遺伝学の基礎を解説。「遺伝子とゲノムの違いは,真珠と真珠のネックレスの違いと似ている。多くの遺伝子が関係づけられたものがゲノムであると理解するとよい」など,比喩を用いてわかりやすく述べた。
 次に吉田氏は,がんにおける「2種類の遺伝子異常」について述べた。1つは,がん細胞に限局した遺伝子異常で,正常な細胞ががん細胞に変異する事態をあらわすもの,もう1つは,身体のすべての細胞に見られる遺伝子異常や,個人差による遺伝子多型である。後者はいわば「体質」であり,遺伝の可能性があるが,前者は当然ながら子孫には遺伝しないことを述べたうえで,氏は,この2つの違いを混同するケースが多いと指摘した。

がんの大半は「他因子疾患」

 これらを踏まえたうえで氏は,がん診断・治療における遺伝学について現状を解説。まず,原因遺伝子を確定できる遺伝性腫瘍は,がん全体の5%程度であり,約95%を占めるほとんどのがんは,複数の環境要因と遺伝要因が複雑に相互作用を起こすことによって生じる「多因子疾患」であることを述べたうえで,これらの原因遺伝子が特定できる遺伝性腫瘍については,生命倫理の立場からの慎重な意見があることも紹介。診断の際には綿密な遺伝カウンセリングが重要であるとした。
 一方,全体の95%を占める「多因子疾患」としてのがんについても,2003年4月の「ヒトゲノム塩基配列解読終了宣言」に象徴されるような高速ゲノム解析技術の進歩に伴い,さらなる遺伝子診断・治療が可能となっていくことが予想されるが,「多因子疾患」である以上,がん発症には環境要因や生活習慣による影響は以前として大きいと述べ,「かりに遺伝子診断でハイリスクと診断されたとしても,過剰に悲観的にならないでほしい」とした。
 最後に氏は,ライト兄弟の偉業について触れ,「100年前に彼らが空を飛んだ時,今日のように飛行機が普及するとは誰も考えなかった。遺伝子診断・治療についても同じことがいえると思う」と講演をまとめた。