感情とともに語られる「精神看護の経験」
第13回日本精神保健看護学会学術集会より

初日の会長講演では,武井氏が,「個人史としての精神科看護」と題して,みずからの生育史と精神科看護への道のりを語った。そこにはプライベートな個人史と60年代以降の日本社会の歴史とが重なり合う物語があり,同世代の参加者には共感を,若い世代には驚きを呼び覚ましたようであった。
それに続く基調講演では,春日キスヨ氏(安田女子大)が介護の現場でのフィールドワークから,心のケアが叫ばれる一方で,介護労働者に家族の愛情規範にも似た,感情労働の強制が行なわれている,という現状への批判を行なった。
本学会では,今年から演題発表とワークショップとが同時並行して行なわれた他,2日目には宮本真己氏(東医歯大)の教育講演「感性を磨く」があり,氏独自の「異和感の対自化」と呼ばれる方法が紹介され,多くの聴衆の関心を集めた。
演題発表では,身体拘束をする看護師の思い,看護師の怒りやバーンアウト,患者の自殺や暴力といった,臨床の場で看護者が日々直面し,悩んでいる問題への真摯な探究がみられた他,患者自身の語りからその体験世界に分け入ろうとする試みが,いくつか紹介された。また,精神保健看護学の対象が,精神科の入院患者から,地域生活を営む精神障害者,痴呆高齢者,さらには癌患者や慢性疾患患児,学童疎開を経験した高齢者など,多様な広がりを見せていることも印象的であった。
フロアからは涙ながらの体験談も
学会の最後に行なわれたシンポジウムは,「越境する看護-精神科ナースの体験」(司会:武井氏)と題して,それぞれ世代の異なる3人のシンポジスト(橋本きみ氏,宮本めぐみ氏,古城門靖子氏)が,それぞれの個人史を語る中から,看護とは何なのかについてそれぞれの思いを語った。3人のシンポジストが共通して語ったのは,それぞれの人生を決定づけたものの中に,強烈な感情とともに記憶に刻まれた患者の存在があるということであった。シンポジストの語りに触発されて,フロアからも患者から暴力を振るわれた体験が涙とともに語られたり,数十年の臨床歴を持つ参加者から実体験に基づく日本の精神科看護の変遷が語られたりした。400人近くの参加者が1つのテーマに集中し,しかも感情を込めてみずからの体験を語るというシンポジウムは,これまでにあまり見られなかったものだ。参加者1人ひとりにずしりと重いものを残した2日間であった。