医学界新聞

 

〔特別企画〕アメリカの専門医制度


米国専門医制度と内科専門医

【インタビュー】吉田 聡氏(弘前大学医学部老年科学)


 アメリカでは,専門医制度は「Board」という言葉で統一されています。各Boardの認定は,American Board of Medical Specialities(ABMS)に加盟する24団体(参照)が,統一基準に基づいて認定試験を行ないます。各科のBoardを取得するには,ACGME(卒後臨床教育認定評議会)に認定されたプログラムでの研修を修了しなければ受験資格が与えられないという,非常に厳しいものです。
 例えば内科のBoardは,American Board of Internal Medicine(ABIM)が運営し,各施設がBoardを取得するのにふさわしいレジデンシー・プログラム(アメリカの研修課程)を有しているかどうかを認定します。これらすべての機関は独立法人で非営利団体であり,第3者的に客観的に評価・認定を行ないます。認定に関して特定の団体の干渉を受けません。
 その科の医師であると名乗るためには,Boardの取得が必要です。そして,内科なら,レジデンシープログラムの3年間が修了して,Boardを取得して,そこではじめて,「Internist;内科専門医」と名乗れます。

研修はすべて「Board取得のため」

 アメリカの医学教育制度を考える時,日本との最大の違いは,研修課程はすべて「Boardの取得を目的とする」と明確にうたっている点です。施設はそのためのプログラムを用意し,それは施設の責任のもとに作成されます。アメリカで「よい研修プログラム」とされるものは認定試験合格率の高いものであり,公表される毎年の合格率によって人気が左右されてしまいます。
 そして,内科医となった後は,そのままプライマリ・ケア医としてHMOの管轄するクリニックに勤務することが可能になり,またさらにサブスペシャリティのBoardを取得するべく,各種のフェローシップにチャレンジする人もいます。内科系にもさまざまなサブスペシャリティが存在します。
 そして,Boardを取得した医師だけが,American College of Physicians-American Society of Internal Medicine(ACP-ASIM)などの各種専門医会に入ることが許可されます。もちろん,Boardに関係なく入会できる学会もありますが,専門医会という意味では目的が異なります。
 ACP-ASIMなどに入会した後は,生涯教育としての「フェローシップ」に挑戦します。これは研修制度のフェローシップとは異なり,入会後の社会貢献を認められて「フェロー」(上級医,上級会員)として認定を受け,FACPの称号を授与されます。フェローとして認定されるには,例えばACPの場合は,院内の教育責任者になる,ボランティアで貧困地域の診療所へ行くなどの社会的な活動を求められます。これは,ACPのメンバーになってから2年間の業績を積んで申請ができるという制度です。「Boardを取得した後は社会貢献する」ということがアメリカの内科専門医のスタンスと言えます。

Board取得と待遇が直結する

 中にはBoardを取得しないプライマリ・ケア医(General Physician,GP)もいますが,Boardがないとパートや非常勤扱いになることも少なくないのがアメリカの厳しい医療社会です。また保険会社のかかりつけ医(Primary Physician)の指定が受けられないなど,不利な条件で働かざるを得ません。GPの給料は,私の知人は時給70ドルです。福利厚生なんてありません。
 アメリカでは専門医資格の有無は待遇に直結します。そのために,皆よいレジデンシープログラムに入ろうと必死です。
 例えば,虫歯を1本治療する時に,一般歯科医だと800ドル,専門医だと1200ドルと,400ドルの差があるとします。8割は保険会社が,残りを患者さんが負担するとして,専門医が治療したら,400ドル分の給料を上乗せしなければなりません。そこは病院側の負担になるため,病院は専門医を雇うと損になります。しかし,高い能力を持った専門医の存在は,病院の評判に直結しているので,結局は患者さんを集めるためには専門医を雇うことになります。また,高度医療を行なう中核病院であれば,専門医を雇わざるを得ないのです。

教育に貢献する学会

 アメリカでは,能動的に学習をしないと医師としてやっていけなくなるように配慮されています。医師免許の更新制度もそうですが,専門医も10年ごとに再認定試験を受験する必要があります。
 さらに大事なことは,学会の役割として,研究発表の場を提供することに加えて,会員の生涯教育に大きく貢献している点です。学会は,試験対策問題や教育CD-ROMの配布,勉強会,講演会などの主催など,教育マテリアルも内容も豊富で,役に立つものが多いです。日本においても今後,学会による会員教育の充実は重要なポイントだと思います。
 アメリカは,臨床の実績そのものが問われ,学ぶことが自分への評価や収入に直結します。だから個人個人が本当によく勉強しますし,それを学会が支援しています。
 日本も専門医資格の広告ができるようになりつつありますが,現在はアメリカのように診療報酬などには反映されておらず,専門医資格取得のインセンティブもはっきりしません。日本でも家庭医学,プライマリ・ケア等の一般診療指向が高まっていますが,その中で専門医制度というものの位置づけがより明確にならなければいけないのではないでしょうか。また,ACP-ASIMにおける“社会貢献”のように,学会ごとの役割ももっと明確にすべきでしょう。


内科専門医資格受験のための研修カリキュラム(抜粋)
一般的基準:内科研修医は,臨床研修課程の責任者の監督下に36か月の臨床研修を履修する。6か月以内の内科学以外の研修は認め得る。36か月の研修の内,最低24か月は患者の主治医としての責任を負うものとする。この24か月のうち,最低20か月は以下の条件を満たす
(1) 一般内科疾患またはサブスペシャリティ領域の入院管理
(2) 救急医学,一般診療,サブスペシャリティ領域の入院管理
(3) 皮膚科学または神経学の臨床
修得すべき手技(抜粋):以下の診断・治療手技を修得しなければならない。カッコ内は経験数
腹腔穿刺(3),動脈穿刺および血液ガス分析(5),膝関節腔穿刺(3),中心静脈ライン留置(5),腰椎穿刺(5),鼻腔-胃チューブ挿入(3),胸腔穿刺(5),救命蘇生(要求基準は別に定める),胸部診察(5),直腸診(5),子宮内診およびパップスメア(5)




米国の外科専門医制度

十川 博(ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校・外科レジデント)




 米国での外科系トレーニングは,いわゆる一般外科とそのサブスペシャリティ(移植外科,血管外科,胸部外科,小児外科など),および外科系のスペシャリティ(整形外科,脳外科,泌尿器科,眼科など)にまず大別される。前者は最低5年間の一般外科を終了してから各専門科のトレーニング(フェローシップと呼ばれる)に進み,後者は1年から2年の一般外科のトレーニングの後に,各科のレジデンシートレーニングに移っていく(参照)。つまり,外科系の医師は最低でも1年から2年の一般外科を経験するセミストレート方式である。
 米国では外科医は開業しても契約している病院で手術ができ,また,プライマリ・ケアドクターが専門として存在するので,外科医がかかりつけ医を兼ねるということはないし,必要がない。つまり,外科医は開業しても本来の「手術をする外科医」として働くことができるし,プライマリ・ケアをかねた外科系の何でも屋さんとして存在する必要はない。日本でもプライマリ・ケアが専門医として確立されれば,外科医の研修にスーパーローテートが必要という議論は下火になるのではないだろうか。

外科系専門医養成システム(レジデンシー)

 一般外科のレジデント教育では,今月は一般外科,来月は血管外科,その次は胸部外科(心臓外科および呼吸器外科)というように,サービスが替わっていく(通常1年目は1か月ごと,2年目以降は2か月ごと)。ただし当直の夜は通常,一般外科とそのサブスペシャリティをすべてカバーする(整形外科や脳外科などを除く)ので,幅広い症例を3日から4日に1回は見ることになる。
 1-2年目の外科レジデントはカテゴリカルレジデント(一般外科医養成コース)とプレリミナリーレジデント(脳神経外科や整形外科などに進む前段階)によって構成され,主にスカットワーク(手術以外の仕事)をこなす(特に1年目)。3年目以降は通常,カテゴリカルレジデントだけで構成され,5年目になるとチーフレジデントとしてサービスを任せられる,つまり病棟医長である。もちろんアテンディング(専門医・指導医)とディスカッションしながらであるが,チーフレジデントはボスである。
 一般外科の場合は5年間のレジデンシーを終えると,Qualify Exam(筆記試験)とCertifying Exam(口頭試験)を受け,Board Certified General Surgeon(一般外科専門医)となる。通常80%程度の合格率である。その後,胸部外科の場合は最低2年間(通常2年から4年),血管外科は最低1年間(通常2年),Trauma&Critical Careは通常1年間,移植外科,小児外科は最低2年間のフェローシップへと進む。最近はMinimal Invasive Surgeryという腹腔鏡下外科のフェローシップも登場している。
 米国においては胸部心臓外科や血管外科などのサブスペシャリティに卒後すぐに進むことはできず,全員が5年間の一般外科研修を終了しなければならない点が,日本と大きく異なる。一般外科研修を終えてから,約7割が何かしらのフェローシップに進むようである。これは,一般外科を終えただけでは箔がつかず,就職に有利ではないということもあるらしい。
 各専門医になるための基準はACGME(卒後臨床教育認定評議会)によって厳格に定められており,各臓器,手術ごとに何例以上執刀医として手術しなくてはならないかが決まっている。膵臓の手術,肝臓の手術をしないで外科のトレーニングを終了することはできない(もっとも施設間で症例の差はかなりあるようである)。私の研修しているプログラム(一般外科)では,レジデンシーの5年間で1000例から1500例のメジャーな手術を執刀医として経験する。

日米の外科専門医教育比較

 第一に強く感じられるのは,米国では一旦レジデンシーを終えて,アテンディングとして働き始めると,基本的には独立した医師として働くということである。レジデントとアテンディングの間には,給与においても責任においても明確な差がある。また,レジデンシーを終えていないと外科医という看板は掲げられない。一旦アテンディングになるとレジデントの前立ちをして,すべての手術をこなさねばならず,それができるように,また,すべてのディシジョンメイキングをこなせるように教育される。レジデントあるいはフェローの間は教育期間,アテンディングになったら即,指導する側になる。そこは非常にはっきりしている。
 また,それぞれのプログラムの施設間の差はもちろんあるのだが,チーフレジデンシーを終えるとある程度のレベルの外科医(米国のスタンダードな医療をほどこすことができ,手術のできる外科医)ができあがる。これは日本の卒後外科教育において今後,見習うべき点であろう。米国ではEvidence-basedな,Standardな外科治療というものがあり,日本のように大学病院や医局ごとの流儀によって治療が大きく異なるということは基本的にはない。よって各プログラムの卒業生によって治療が異なるということは最小限に抑えられている。

専門医制度の背景に存在するもの

 以上が,米国の外科系専門医システムおよびレジデンシーの概要である。米国で臨床をしていると日本のよい点もたくさん見えてくるのであるが,こと専門医養成システムについては,米国から学ぶ点は大いにあるように思われる。ただし米国の専門医養成システム(レジデンシー)はコスト高である。医師の雑用を最小限にするシステムがあり,その分,教育に時間がかけられるという背景が存在する。したがって,それをそのまま日本の医学界に輸入することは難しいかもしれない。