【新春特別企画】専門医-新時代 患者本位の医療の構築に向けて
日本の専門医制度を再考する
酒井 紀氏(専門医認定制協議会理事長・東京慈恵会医科大学名誉教授)に聞く●日本の専門医制度の位置づけ
日本の専門医制度の歴史

日本はドイツ医学の影響を大きく受け,医学部では講座制を採用しています。そこでは,「医局制度の中で教授の指導を受ける」という考えが定着しています。また戦後日本は医師不足で,「質より数」を増やすことが先決でした。これらに加えて,「自由標榜制」により,麻酔科以外なら,別に専門的に学ばなくても何科でも標榜してよい,という悪しき習慣が現在でも存在していることが,ある知識・技術を持った医師群を医療制度の中に位置づけるという話にならず,専門医制度の確立を阻んできた要因と思われます。
昭和30年代には戦後のアメリカ医療の影響から,専門医制度の導入が図られ,1962年(昭和37年),日本で最初の専門医制度と言える麻酔科の「指導医制度」が,国の後押しを受けて誕生しました。その後,いくつかの学会が専門医制度を立ち上げました。
ところが,当時巻き起こった「インターン闘争」の中で,せっかく起こった専門医をめぐる議論が立ち消えてしまったのです。しかし,その運動も終息すると,各学会が独自の専門医制度を発足させはじめ,昭和50年代に入ると加速化します。
そのような流れから,1981年(昭和56年),内科,外科,小児科などの基本的な診療領域の22学会を中心に「学会認定医制協議会」が発足しました。しかし,当時の各学会の認定医・専門医制度はあまりにも学会志向的で,独自性が強くてバラバラでした。そこで,これでは医療に還元できないとして,調整作業を必要としていました。
1986年(昭和61年)に日本医学会,日本医師会と協議会で「三者懇談会」が発足しました。これは年に数回行なわれています。一貫して「医師の間に格差は作らない」という姿勢を保ってきた日本医師会と,各学会の上部組織である日本医学会と,認定医・専門医制度に関して話ができるようになりました。
そして,1993年(平成5年)に三者懇談会で,内科,外科など基本的な診療領域の学会から誕生した認定医や専門医について,3者による承認の作業を開始しました。これは,1人の医師が内科も外科もと,複数の基本的領域の専門医ではなく,「1医師・1診療科・1認定(専門)医」という考えに基づいて承認しています。
現在,協議会を法人化し,機能を強化して,従来の三者懇談会を「専門医検討委員会」というような性格の会合にしていただきたいと,両団体にお願いをしているところです。
21世紀における医療提供体制と専門医制度
一方,1997年(平成9年)に旧厚生省と政府与党から,「21世紀初頭における医療保険制度と医療提供体制についての抜本的改革案」が提示されました。この中で,医師の専門分野を明示できるように広告規制を緩和する方向が示唆され,同時に専門医の認定基準の統一化と明確化を図ることが求められました。これを受けて,協議会では各学会の専門医制度の見直しに取り組むなど,大きな前進が図られました。なかなか進まなかった専門医広告規制の緩和も,この改革案が大きく後押ししたと言えます。そして,2001年(平成13年)に,協議会の名称を「専門医認定制協議会」(表1参照)に変更,さらに法人格の取得に伴い,2003年からは名称が「日本専門医認定機構」となる予定です。
表1 専門医認定制協議会加盟学会
I.基本領域の学会
II.Subspecialtyの学会
III.I・II 以外の学会
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広告規制緩和を受けて
2004年4月から,医業および歯科医業または病院に関して広告できる事項は緩和され,これまで認められなかった専門医資格の広告が可能となりました(現在,広告が認められているのは,日本整形外科学会など8学会,2002年12月時点)。医療機関が「専門医資格」を広告できるのは,その専門医資格を認定している学会等の団体が,(1)表2の基準を満たしており,かつ(2)厚生労働大臣に専門医資格認定団体としての届出を行ない,(3)その届出が厚生労働省の審査を経て受理された場合に限られます。
これは,厚生労働省に学会から書類が提出され,その後に,本協議会,日本医師会,日本医学会に意見が求められ,それをもって厚生労働省が審査・認可するという流れになります。
協議会が問題視しているのは,外形基準は満たしていても内容に問題がある専門医制度を持つ学会も,中には見受けられるということです。例えば,専門医の試験はあっても合格率が100%に近い学会もあります。これでは試験さえ受ければ取れてしまいます。また,高い受験料が学会の財源になってしまっている,という批判を受けている団体もあるようですし,これでは国民も納得しないでしょう。厚生労働省が示した外形基準をクリアしていればそれでよい,というわけではありません。「専門医」と言うからには,きちんと資格審査を行ない,一定レベルの評価が行なわれるなど中身が伴わなくては,本来は認可できないものと考えています。
現在,本協議会では,厚生労働省に認定を受ける前に,学会の専門医制度の中身をチェックして,一定の基準をクリアしているかどうかを確認しています。さらに今後は,専門医制度の基準を適切に評価し,基準を整理することが求められます。このような作業を担うべく,2002年から協議会の中に会員以外のメンバーからなる「評価審査委員会」を設けました(委員長=関東中央病院長 杉本恒明氏)。この委員会活動は,今後さらに強化されていくと思います。
表2 専門医資格を認定する団体の基準 (厚生労働省告示第159号より) |
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・ | 学術団体として法人格を有していること |
・ | 会員数が1000人以上で,かつ,その8割が医師または歯科医師であること |
・ | 最近5年間相当の活動実績を有し,かつその内容を公表していること |
・ | 外部からの問合せに対応できる体制が整備されていること |
・ | 専門性に関する資格の取得条件を公表していること |
・ | 資格の認定に際して5年以上の研修の受講を条件としていること |
・ | 資格の認定に際して適正な試験を実施していること |
・ | 資格を定期的に更新する制度を設けていること |
・ | 会員および資格を認定した医師または歯科医師の名簿が公表されていること |
●専門医の評価と医学教育としての専門医制度
専門医広告と学会の責任
また,もう1つ問題なのは,たとえきちんとした制度を有している学会でも,法人取得のできない団体がたくさんあることです。これではいつまでも広告できずに,不公平が生じてしまい,この点をどうするかも大きな課題です。ただ,急いで広告の認可を受けようとしていたり,基準に満たなくても「専門性の高い学会の専門医制度も認めてほしい」という話を聞きます。しかし,専門医広告を出すということは,それだけ学会の責任,また専門医個々人の責任がますます重くなるということです。それだけの責任を十分に持っていただきたいと思います。
患者さんたちは広告を見て,自分の病気を専門とする専門医のもとを訪れるようになるでしょう。今まで以上に厳しい目でみられるようになります。各学会の名に,また専門医という名に恥じない専門医制度であってほしいのです。
最近では,学会ごとに専門医制度の議論が進み,充実したカリキュラムや資格試験を再検討しているところも出てきています。
当面の課題と客観的評価の必要性
当面の課題は,できるだけスムーズに,まず基本領域の学会(表1の分類 I にあたる)が,厚生労働省の認可を受けて広告可能になることです。また,現在,協議会で区分を検討中の学会(表1参照)がありますが,基本領域に移行してもよいのではないかと思われる学会も含まれています。この区分をさらに整理していく必要もあります。
さらに,これは少し先の話になるかもしれませんが,欧米では,第3者的な機構によって専門医制度を評価すると同時に,病院ごとの研修カリキュラムの認定や必要な専門医の数を検討して,専門医の養成人数をコントロールする,ということも行なっています。また,罰則規定を明確にし,事故を頻繁に起こすなど,専門医としてふさわしくない人物からは資格を剥脱するなど,厳しく処置しています。
日本ではまだそこまでは行きませんが,これらは,いずれは着手しなければならない問題です。
最近では,専門医の執刀によれば,手術の施設基準をクリアしていない施設でも減額にならないと,医療制度上で専門医と診療報酬の関係づけができました。また,東京都では「都内の病院の専門医数を把握する調査」があるなど,専門医は社会から注目される存在になりつつあるのです。
卒後研修と専門医
日本の専門医制度は,学会の都合で作ってきた側面があります。それを今後は,国民の評価に耐えられるような,医療を受ける国民の側に立った制度に変えていく必要があります。さらに,「どのような専門医を養成するのか」を明確にし,専門医をめざす若い医師のモチベーション向上や,実力養成の指標となるような制度でなくてはなりません。各学会には,2004年から開始する初期研修の2年間を念頭においた専門医の研修カリキュラムを作成してほしいとお願いしています。現在,多くの学会が専門医取得の資格として,研修カリキュラムの履修や,経験すべき疾患や症例数を課しています。この中に初期臨床研修をくみこんでいただきたいと思います。
現在,初期臨床研修の必修化を目前に控え,医学教育をめぐっての議論が進んでいます。今度は,初期研修に続いて,医師の専門研修など,医学教育としての専門医制度を考える時期に来ています。
そのためにも,第3者的に専門医制度を評価・認定する機構を構築することが必須であり,社会的な責任という視点からも,各学会の専門医制度が適正であるかを審査し,認定された専門医を評価する第3者的な認定機構が必要だと考えています。
若手医師は「専門医」制度をどうみているか-アンケートより(取材・文責=週刊医学界新聞編集室)
専門領域 ・年齢 |
入会している学会または 取得している専門医 |
専門医を取得した メリット・デメリット |
専門医制度についての意見 |
腎臓内科 36歳 |
日本腎臓学会(専門医), 日本内科学会 (認定医,専門医) 日本透析医学会(認定医), 日本ウイルス学会 (Infection control doctor) 国際腎臓学会 アメリカ内科学会(申請中) 日本感染症学会(申請中) 日本環境ホルモン学会 日本高血圧学会 |
メリット:周囲が持っているので,資格を取れて安心した。研修医,レジデントにプレッシャーをかけられる デメリット:特になし |
・現在,いろいろな学会が認定医(専門医)制度を新設する動きにあるが,こうした資格の乱発は医師の不安をあおって資格を取らせて,財源としようとする意図が感じられる。もちろん将来的には医師の差別化に必要な目印として,診療報酬に生かす可能性はあるだろうが,そこまで複雑な診療体系を作って機能するのか。例えば糖尿病と高血圧を合併した人にインスリンと降圧薬を処方するとして,糖尿病学会と高血圧の専門医資格を持っていれば両方に加算されるのか(もしくは逆に持っていないと料金を割り引く?) ・これが本当に機能すれば,病院は「この患者に睡眠薬を処方する時,専門医資格を持つ医師のいる精神科を受診させ,風邪で咳止めを処方するなら呼吸器内科を受診させろ」と奨励すると思う。それは患者も迷惑,医師も迷惑。また一般医家でも友達の専門医の名前をちょいと借りて,という輩が必ず出る。現在の認定制度を継続するとして,こうした状態になれば,医学界全体での「欺瞞と詐欺」以外の何者でもない ・少しでも良心的な制度,現代の世相に合わせて恥ずかしくない制度にするには,認定更新を厳しくする以外にない。学会出席や発表による点数加算で認定更新という制度は,専門家のup to dateという意味では完全に無意味。点数稼ぎのための代返が横行している。やはり認定時には試験をすべき ・研修医やレジデントから「○○の資格は取ったほうがよいでしょうか?(面倒くさいですけど)」という相談をよく受けるが,私は「自分に自信がなければ取りなさい」と言っている。こうした資格のメリットは,たとえどんなに実力差があっても肩書き上は同じ。すなわち現時点においては,教授も内科部長も一般医家もレジデントも○○専門医であれば,能力に違いはないと評価される。本当に自信がある人は「そんな肩書きがなくても私の診療には間違いがない」ということになる ・現在の専門医制度には,今後の医師不遇の時代へ向かって取り残されることに対する漠然とした不安感を,少しでも安心させてくれる程度の効力しかない |
糖尿病・ 代謝内科 34歳 |
日本内科学会(認定医), 日本糖尿病学会(申請中) |
メリット:特になし デメリット:勉強に時間をとられた |
・知識と経験をバランスよく評価してほしい ・患者からの評価などは点数にならないのだろうか |
総合診療/ プライマリ ・ケア 35歳 |
日本内科学会 |
メリット:特になし。まあ,宣伝に少し使うこともあります デメリット:お金がかかる,学会に点数稼ぎで出席することもある |
・流れからいくと,消費者に専門医の有無で医師の選別化をさせていくことになるのだろう。別に診療報酬で差をつけなくても選択されていくのであれば,専門医を保持していない医師は淘汰されることになるのだろう。であれば,その選考過程,選考基準などの妥当性の管理をより厳密にしなければならないと思う |
消化器内科, 特に肝疾患, 44歳 |
日本消化器病学会(専門医), 日本肝臓学会, 日本内科学会(認定医), 日本内視鏡学会, American College of Gastroenterology |
メリット:就職時の評価基準,肝臓学会評議員の改選時の評価に加算される デメリット:更新のために必要以上に参加費をとられる |
・医学会員の教育,医学レベルの向上に還元されることのない医学会の金集めと捉えられる。学会に集まったお金が,一部の者の不透明な飲食費,遊興費,接待費に使われているという話を聞く。お金の動きを透明化し,集まったお金の使い方を考慮すべきだ |
救命救急医学・ 集中治療医学・ 一般内科学 38歳 |
日本救急医学会(認定医), 日本集中治療医学会 日本内科学会 日本外科学会 アメリカ内科学会(専門医) 取得していない専門医:日本内科学会認定医 取得していない理由:米国内科学会専門医の 資格が日本内科学会専門医に振り替えられな いため |
メリット:専門医取得のメリットは臨床能力達成の目標になる。試験勉強によって体系的な知識を獲得できる点 デメリット:専門医取得のための書類作成や試験勉強などの時間と労力を忙しい診療中に割かなければならないこと |
・医師は万能ではありえないので,自分の能力を証明する専門医制度は絶対に必要。専門医は専門の臨床能力を保証するものでなければならない。その専門の研究に何年も従事している医師でも,その専門の臨床能力がなければ,専門医の資格を与えるべきではない ・専門医制度には現実的で達成可能な臨床目標が必要。その目標は,奇病を診るのではなくコモン・ディジーズが診られる臨床能力であるべき ・専門医取得は実際の日常診療を妨げないように,通常の研修を行なっていれば難なく取得可能であるべきで,そうでなければ,まじめに日常診療をしている臨床能力のある医師が専門医を取得できなくなり,ばかを見ることになる ・専門医の資格は乱発しすぎてもいけないし,難しすぎてもいけない。専門医を乱発しすぎると肩書きだけの専門医が増え,専門医自体の意味がなくなってしまう。日本にはその能力がないのにいくつもの専門医の肩書きを持っている医師がいる。一方,専門医取得が難しすぎると研修をしている医師がやる気を失ってしまう ・専門能力の維持に講習会や専門医の更新制度は絶対に必要 ・日本の臨床レベルを向上したいならば,専門医取得後医師の報酬があがる給料システムを作るべき。そうでないと,よい医療をする医師が損をすることになり,患者にとっても医師にとっても不利。これができなければ,専門医や認定医取得した医師のみアルバイトができる制度を作るべきである。日本で認定医を取得していてもまったく報酬は変わらない。しかし,米国内科学会専門医の資格があれば,米国では一般内科医としても開業可能で,病院でもアテンディングとして働くことが可能である ・日本では専門医資格よりも博士号を優遇することが,臨床レベルを低くしている。専門医取得後の報酬だけでなく,この博士号優遇の慣習を排除しない限り,日本の臨床レベルの向上は望めない |