医学界新聞

 

新連載
現地レポート

       世界の医学教育

  ドイツ編

堀籠 晶子 ミュンスター大学5年



 臨床研修必修化や卒前教育へのコアカリキュラム,クリニカル・クラークシップの導入など,日本の医師養成のあり方は大きな転換期を迎えている。
 しかしその一方,世界ではどのような医学教育が行なわれているのだろうか。
 本紙では,世界各地で学ぶ医学生たちの協力を得て,「世界の医学教育」の生の姿をレポートしてもらうことにした。
(「週刊医学界新聞」編集室)


 多くの詩人や思想家を生んだドイツ。またドイツは医学の分野でも日本に多くの影響を与えてきた。私はこの国で医学を学び始めて5回目の冬を迎えようとしている。
 1998年にミュンヘン大学〔Ludwig Maximilians Universitat(通称LMU)。15世紀にIngolstadtという町に創立され,19世紀にミュンヘンに移った〕の医学部入学を許可されて,3年生までをそこで過ごした。4年生になる時,私の相棒の事情でドイツ北西部のミュンスター大学(17世紀に建てられた歴史ある大学。ミュンスターは大学町として有名で,学生が町の約15%を占める)に移り,ちょうど1年が経った。
 まだ日本であまり知られていないドイツの医学教育について,私の知る限りのことをお伝えしたいと思う。

●ドイツで医学教育を受けるために

医学部入学

 ドイツの医学教育に要する期間は日本と同じ6年間である。19歳で高校卒業となり,卒業後すぐに医学部に入学する者,1年間の兵役義務を果たして20歳を超えてから入学してくる男性,看護師や理学療法士などとしてすでに医療現場で働いていたことのある人,まれに60歳を超えてから入学する人など,医学部は実に多彩な顔ぶれである。
 兵役義務に関しては,拒否して病院や福祉施設で社会奉仕することも可能である。医学部入学希望者は病院で奉仕することが多いようである。
 医学部入学は,「ギムナジウム」(Gymnasium)という大学進学者のための高校の成績と,「大学入学資格試験」(Abiturprufung)の成績で決定される(この試験は全4教科からなり,語学,理数科学,社会科学,自由選択科目を受験する)。合格点数に満たない者は,面接試験の結果で合否が決定される。少し前までは「医学生用適正試験」(Mediziner Test)という知能試験のような適正検査も実施されていたが,取りやめられた。成績は6段階で,1が一番よく5以下は落第である。医学部入学を希望するものは上述した総合成績が1のランクでなければ難しい。ちなみにドイツでは,大学入学前に選択した教科(2科目)に関して大学教養レベルの内容をすでに学んでしまう。
 外国人の入学前提条件は,ドイツ語が十分にできること,Abitur相当レベル(日本の教養課程を終えたレベルがAbitur相当。日本人がドイツの大学に入学するためには,少なくとも4年制大学の2年次を終えていなくてはならない)の教育を母国で受けていることである。この2つの条件を満たしている外国人の中から入学者が選抜される。
 とにかくAbitur相当レベルの教育を受けていない外国人は「Studienkolleg」という大学入学のための予備学校に通って,医学部入学許可のための試験に合格しなければならない。EU諸国以外の国籍を持つ外国人は医学部全体の約5%を占めており,彼らの多くはトルコ国籍である。その他には東欧諸国やアフリカからの学生が多い。

医学教育の期間と授業料

 ヨーロッパでは一般に学期制が取られている。つまり1学年,2学年と年単位ではなく,1学期,2学期と半年を単位にして数える。このように学期制なので1学期(半年)上の先輩,1学期下の後輩が存在する。1年間を夏学期,冬学期と2期に分け,学期休みの間にさまざまな実習が義務づけられている。夏学期,冬学期はそれぞれ約3か月間,学期休みは夏と春それぞれ約2か月間である。医学部は最低12学期,最終国家試験までの期間を含めると13学期勉強しなくては卒業できない。
 ドイツの大学は一部を除いてほとんど国立で,国立大学の授業料は学部を問わずドイツ連邦政府の負担である。ただしミュンスター大学があるノルトラインウェストファレン州ではすでに他の学部を卒業している学生,正規の期間より4学期以上長く在籍している学生,年金生活に入ってから入学してきたシニア学生に対して授業料を取る方向で目下検討中である。

大学を「渡り歩く」

 日本のように偏差値によって大学をランクづけするという考えは,ドイツには存在しない。このように偏差値上では大学間の差がないので,自分と同じ学期に在籍している交換希望学生が見つかれば,大学を移ることが可能である。そもそも大学をいくつも「渡り歩く」のがドイツ学生の伝統であった。各大学ごとに特有のカラーがあるゆえ,それ一色に染まらないようにするためらしい。実際大学を移ったほうが履歴上も有利であると聞いたことがある。

●医師になるまでの道のり

 医師国家試験は全部で4回あり,マルチプルチョイス方式の筆記試験および口頭試問が実施される。1回の国家試験につき3回まで挑戦できるが,それでも合格できない場合は退学になり,ドイツ国内では医学を学ぶことができなくなる。私がかつて在籍したミュンヘン大学は,国家試験だけでなく普段の教科の試験も「3回不合格だと退学」という厳しい規則があった。退学を理由にしての転校は当然不可能なので,ドイツで医師になる道は,やはり閉ざされてしまう。

第1関門-医師前期試験

 最初の4学期までを「臨床前の課程」(Vorklinisches Jahr)と呼び,主に理数科目一般,解剖学,生化学,生理学および心理学などを学ぶ。4学期までにすべての教科試験に合格している学生は4学期(日本でいう2年)を終えると「医師前期試験」(Physikum)という1回目の国家試験を受験できる。受験資格は「臨床前の課程」で規定されている科目の試験にすべて合格していること,学期休み中に全60日間の看護実習を履修していること,それから「Erste Hilfe」(人工呼吸,心臓マッサージの仕方,包帯の巻き方などの応急処置方法を学ぶ)のコースを受講したことである。
 医師前期試験の筆記試験は,大きく4つのパート(Part1;物理と生理学,Part2;化学と生化学,Part3;生物学と解剖学,Part4;心理学と医学社会学)に分かれている。
 全320題で2日間,1日各4時間(合計8時間)の時間が与えられている。320題の60%(192題で192点)以上正解の場合に筆記は合格となる。しかし実際の合格最低ラインは受験者全体の成績から決められるので,たいてい192点から20点くらい下回る。筆記試験に続いて口頭試問が課せられる。口頭試問では生化学,生理学,解剖学および心理学の中から2教科が国から指定されてくる。
 口頭試問は筆記試験後およそ約4週間以内に行なわれる。その日程と試験官,試験科目を示した手紙が口頭試問受験日の1週間前に郵送されてくる。口頭試問は4人1組で行なわれ,1人につき約40分から1時間の試験時間が割り当てられている。したがって3-4時間くらい試験官と向き合っていなくてはならない。口頭試問の成績は試問後すぐに口頭で試験官から言い渡される。医師前期試験合格にたどり着くまでに医学生の約3分の1が脱落してしまう。

臨床課程

 医師前期試験にめでたくパスすると,「臨床課程」に進むことができる。この課程の最初の2学期間は病理学概論,薬理学概論,微生物学,病態生理学および病態生化学などを主に学ぶ。これらの履修後,ようやく内科・外科といった臨床科目を学ぶことになる。1日の流れは,午前中に主に出席義務のない講義(Vorlesung)があり,午後になると出席義務のあるベッドサイドでの実習やゼミが多くある。この臨床課程では2回の国家試験にパスしなくてはならない。6学期が終わると受験できる「第1次国家試験」(Das erste Staatsexamen)は筆記のみ(2日間)は大きく3科目。
Part1;病理学概論と神経病理学,人類遺伝学,医学微生物学,免疫学と免疫病理学,医学史
Part2;診断法,救急処置,放射線学
Part3;薬理学概論,病態生理学と病態生化学,臨床化学,生物統計学(全290題)
 10学期が終わると受験できる「第2次国家試験」(Das zweite Staatsexamen)は,筆記試験(4日間)と口頭試問からなる。 Part1;内科など非手術領域,Part2;手術領域,Part3;神経学領域,Part4;一般医学と衛生学,法医学など環境領域の筆記全580題および口頭試問。
 これら2つの国家試験は前述した医師前期試験とほぼ同じ形式で実施される。

ファムラトゥーアと博士論文

 前述のように,学期休み中には多くの病院実習をこなさなくてはならない。臨床前の課程では看護実習,臨床課程では「ファムラトウーア」(Famulatur)という病院実習が義務づけられる。確かに学期休みを思いっきり満喫する時間はほとんどないが,これらの実習から学ぶことは実に多い。
 臨床前の課程に行なう看護実習で,初めて患者さんに接する機会が与えられる。この実習ではベッドメーキング,患者さんの体を洗う,トイレの世話,配膳,バイタルサインを取るといったことを学ぶ。しかし何よりも,どのように患者さんに接するべきかを身をもって学ぶことに意味があるのだと思う。私の場合,看護実習中に痴呆のおばあちゃんに暴言を吐かれ,「あの患者さんの面倒は見たくない」と婦長に弱音を吐いたこともある。
 ファムラトウーアは,医師前期試験に合格した後,第2次国家試験を受験するまでに行なわなければならない。その日数は全部で120日間である。実習する病院施設および科は実習生が自由に決定でき,ドイツ以外の国で実習することも可能である。ほとんどの学生が実習の一部を外国で行なっている。そのほうが就職に有利だからである。私はファムラトウーアを日本でも行なった(東北大循環器科,横浜市大産婦人科)。
 ドイツで行なわれるファムラトウーアに課せられている全120日間のうち,30日間は開業医のもと,あるいは刑務所で実習しなくてはならない。ここでは病棟の医師に従って診断法や手技を教わっていく。臨床課程に入った実習学生はある程度の医療行為を行なうことができる。彼らは,午前中はたいてい採血に明け暮れることになる。その傍らで新しく入ってきた患者さんの病歴聴取および一般的な診察(視診,触診,聴診,打診)も行なう。1人で患者さんに向き合うので緊張を強いられる。実習生がもろもろの診察の後に記入したカルテはもう一度病棟の医師がチェックしてくれる。外科系の実習では手術での立会い,鉤引きや糸結び,縫合などをやる。
 ミュンスター大ではさらに,6-8学期に各2週間の病院実習(6学期に外科,7学期に内科,8学期に精神科の実習)および9学期目に「ブロック実習」(Blockpraktika,日本のポリクリに相当。1-2週間おきにさまざまな科を回り,各科の実際の業務を見る)が課せられる。
 現在ドイツでも,もっと実践的な医学教育をするべきだと言われている。臨床課程にベッドサイドでの実習を増やして,学生はより多くの症例を学ぶべきだという意見が出ている。
 さらに臨床課程に入ると,たいていの学生はDoktorarbeit(Dr. med.という医学博士の称号を得るための論文)に取りかかる。研究領域は基礎医学系から臨床医学系,医学倫理・医学史にいたるまで実にさまざまである。学生はインターネットや学生用の掲示板から研究指導教官,研究テーマ,研究期間についての情報を集める。それに基づいて関心のある研究所に直接足を運んで指導教官と面接し,研究を始めるかどうかを決定する。学期中は研究に割ける時間があまりないので,学期休み中に論文に必要な実験や統計処理などを集中的に行なう。

最終学年-「実習の年」

 第2次国家試験の後に続く最終学年(11学期から12学期)は,「実習の年」(Praktisches Jahr)と言う。つまり1年間病院で実習をする。実習生は4か月おきに3つの科を回る。内科と外科は必須で残りの1科だけ自由選択できる。この実習が終わると最終試験である「第3次国家試験」(Das dritte Staatsexamen)を受験する。これに合格するとようやく医師免許を取得できる。この国家試験では全4教科(内科,外科,自由選択科目,さらに国で指定された1教科)について口頭試問が課せられる。
 最終国家試験に関してだが,第1次と第2次国家試験を廃止して12学期後にまとめて試験を行なう案もある(医師前期試験と最終国家試験の2つのみに減らそうというもの)。その最終国家試験では,症例を試験課題にして医師に要求される実践力を主に調べるという(この案は検討中で,本当に実現されるかは不明)。

●就職について

 ドイツには医局制度というものがないので,大学卒業後自分で就職活動をして職場を見つけなければならない。女医や障害を持っている医師は,他の志願者と同等の能力を持っているならば優先的に職をもらえることが法律で決められている。ドイツでは2-3年おきに職場を変えていくので,就職活動の際に先ほど述べた医学博士の称号があったほうが有利である。約6割の医師が専門医になるまでに医学博士の称号を取得している(当然のこながら研究者としてのキャリアを積みたい場合,この医学博士の学位は絶対に必要)。
 医学部卒業後,1年半は研修医(Arzt im Praktikum,通称AiP)として実際の業務に就く。給料は普通の医師の半分で,税金を差し引いて月700-800ユーロ(1ユーロは約121円)ほどと聞いている。“研修医”とは名ばかりで,病院によって差があるものの,安い労働力として正式の医師同様に働かされることが多いようである。
 ドイツでも,医師という職業は激務にもかかわらず給料が安いと不満を持つ者が多くなっている。実際に,医学部を卒業した後,臨床に出ない人は現在3割に上ると言われる。彼らは主に製薬会社,保険会社,保健所(Gesundheitsamt)や厚生省(Gesundheitsministerium)に就職する。

専門医制度

 ドイツは専門医制度を採っている。専門とする科にもよるが,専門医になるまでに研修医(1年半)期間も含めて平均5年かかる。その後,専門医資格試験に合格すれば専門医となることができる。専門医にならない限り開業は許されない。また医学の世界は完全なピラミッド構造になっており,その科のトップであるチーフ(Chefarzt)を筆頭に,上級医師(Oberarzt),専門医(Facharzt),アシスタント医(Assistenzarzt),研修医,「実習の年」に在籍する最終学年の学生(PJ-Student),臨床課程にいる医学生(Famulanten)と続く。

ドイツの医学生

 最後に,ドイツの医学生について思いついたことを簡単に述べたい。ドイツでは小学校から落第制度がある。そのためか,皆一斉に同じ年齢で入学し卒業しなくてはいけないというプレッシャーは,日本ほど強くないように思える。皆それぞれ自由に自分の学業計画を立てている。一般に,大学に入学すると,親元を離れて大学の近くで1人暮らしを始める。しかし実家が近い場合,毎週末に洗濯物を抱えて実家に帰り,1週間分の食料をもらってまた戻ってくるということも可能である。
 授業の関係か,たいていの医学生は朝型で実に規則正しい生活をしている。たまに週末にパーティがある場合は例外で,オールナイトで思いっきり楽しんだりもする。気分転換に散歩,ジョギング,水泳などをする人が多い。
 またドイツ人学生はディスカッションが好きである。実習やゼミナールは出席義務が課せられており,そこではディスカッションが非常に盛んに行なわれる。正解を言うことが目的ではなく,考えるプロセスを訓練しているので,たいていの先生は我慢強く学生の意見に耳を傾けてくれる(口頭試問になるとそうはいかないが)。黙っていると,「あなたはこれについてどう思う?」と,逆に質問を投げかけられてしまう。ドイツでは「まず自分から何か質問したり意見を言うことが,自分の身を守る最善の策」と言われている。知識不足などで途中でつまづいても,先生や仲間が助け舟を出してくれるので,思い切って意見を述べるほうがよいのである。


堀籠晶子さん(写真前段左端)
横浜出身。上智大学卒業,同大学博士前期課程修了,言語学修士。ドイツ人医師である婚約者について渡独。国境を越えて人間および生命にかかわる職業に就きたいと思い,ドイツで医学を学び始めた