医学界新聞

 

患者の視点から新しい医療に挑む

――用賀アーバンクリニック 開業医療の実験――

【座談会】野間口 聡氏(用賀アーバンクリニック院長)
 大石佳能子氏(用賀アーバンクリニック患者様サービス担当)
 斉木かおり氏(フリーアナウンサー)
 市村 公一氏(東海大学医学部卒)

 「患者中心の医療をどう実現するか」そんな言葉が語られるようになって久しい。患者の権利意識の向上はめざましく,市民に対し,患者中心のサービス提供の姿をはっきりと示さなければ,医療機関と言えども生き残れない時代が到来しつつある。2000年12月に開業した用賀アーバンクリニックは,IT(情報技術)を活用したカルテ開示など,先進的な試みで知られている。患者中心の医療サービス提供を明確に打ち出す同院は,これからの開業医療の1つのモデルと目されている。
 本紙では,同院院長の野間口聡氏,患者様サービス担当の大石佳能子氏,そして医療サービスを受ける患者の立場から,米国で医療機関の受診経験を持つ斉木かおり氏(フリーアナウンサー),医学生と医師のメーリングリストを主催し,家庭医療,プライマリ・ケアに強い関心を持つ市村公一氏(東海大卒)の4氏による座談会を企画し,患者本位の医療をいかに実現するか,などについてお話いただいた。


■新しい開業医療のあり方を追求する

市村<司会> 「家庭医」や「プライマリ・ケア」ということが,現在,注目を浴びていて,私が主催している「よりよい医療をめざす医学生と医師のメーリングリスト」(会員1200人)でも度々話題になりますし,医療関係の総合誌でも特集されたりしています。私も二児の親であり,患者の立場でもあるわけで,若い人たちがプライマリ・ケアに関心を持ってくれるのはよいことだと思っています。ただ,現状は,研修医の7割が大学病院で研修をしていることもあり,家庭医やプライマリ・ケアへの関心の高まりを,実際にそれを実践する医師の育成にいかに繋げるかが,大きな問題だろうと思います。
 そのような観点からも,新しい家庭医のあり方を追求されている用賀アーバンクリニックには以前から関心を寄せていました。まず,こちらのクリニックのコンセプトをお聞かせいただけますか。

家庭医,サービス・オリエンテッド,患者様参加型

野間口 基本コンセプトは3つあります。まず「家庭医になりたい」ということ,もう1つは「サービス・オリエンテッドの医療」をやってみたいということ,それからカルテ開示を前提とした,「患者様参加型の医療」を実現してみたいということです。
 まず,「家庭医になりたい」ということですが,日本の場合,医師が開業する時には,「僕は何年間これ(専門)をやってきました。これを売りものにして開業します」ということが多いのですが,では,専門外の訴えを持つ患者さんが来られた時にはどうするのか,対応できないのではないかという疑問があったのです。これは,患者さんにとって都合のいいことではないわけです。患者さんには自分の症状はどこの病院へ行けばいいのかわからないことがある。その時に,「あなたの症状は医学的にみてこういうことなので,私のところで診せていただきます」と言ったり,「専門の病院をご紹介させていただきます」という形で,ゲートキーパー的な役割を担う医師が,いわゆるプライマリ・ケアの現場には必要なのではないかと考え,それが実践できればと思ったわけです。
 次に,「サービス・オリエンテッドの医療」ですが,これは,開業医であっても,「医者でござい」という尊大な態度で構えていたり,居心地の悪い待合室で,半年前の雑誌を読ませながら,何分も待たすような医療のあり方でよいのか,という問題意識からです(笑)。例えば,待つ間も心地よい空間であれば,患者さんの気持ちもよいですし,診療そのものでも患者さんの顔を見て,真摯に対応していくということがサービス・オリエンテッドな医療なのではないかとの思いがありました。では,医療というのはサービス業なのかという話になりますが,逆に「なぜサービス業ではいけないのだろう」と思っています。
 第3に,患者様参加型医療ということですが,当院では日本語で書いたカルテを,患者様にお渡ししていますし,ご希望なさる方にはインターネット上でそれを見ることができるシステムになっています。これを「オープン・カルテ」と呼んでいます。
 医者はこれまで医療を「与える」側で,患者様は「与えられた医療」についていろいろ思いをめぐらせてきたわけです。しかし,病気の治療とは,自らが参加せずに与えられるだけではいけないと思うのです。患者様の,「治りたい」という意識や姿勢がないと,特に慢性疾患の場合はよくなりません。
 患者さんがそのカルテを持って他の医療機関を受診し,他医に意見を求めたところどうだったのか,あるいは,自分が処方してきた薬はどうだったのか,というような患者様からのフィードバックの重視。患者さんの意向を重視しながら進めるインタラクティブな治療。患者様参加型医療とはそのようなものだと考えています。

医師がすべて見せてくれるから患者は安心する

斉木 患者も参加する医療というお話でしたが,私がボストンに住んでいた時に接した医療とは,まさにそのようなものでした。例えば,アメリカでは子どもを出産すると,まずホームドクターを選ぶのですが,生まれる前から,「何人かと面接をして,自分と気の合うホームドクターを1人に絞っておきなさい」と言われます。小児科の先生の,経歴,専門,家族構成までもが情報として記されたリストがあり,「私は,これだけ子どもがいて,こういう趣味があります」というようなことまでオープンにしています。
 その中の何人かと面接をして,最も気が合いそうな,信頼のおけそうな先生を選びます。その後,診療をしてもらったところ,相性が合わなければ,「スイッチ」といって,先生を変えることも当然のように行なわれています。日本的に考えると角が立ちそうですが,米国はその点についてはすごくドライです。変えたからといって,前の先生と廊下で会ってもぜんぜん平気で「ハーイ」なんて感じです。合わなければ違う先生に変えなさいというシステムなんですね。
 でも,お医者さまのほうから,ご自分のことを全部見せてくださるのは,かかる側にすればとても安心です。米国では,選んで,お金を出して診てもらう,まさにサービス業の感覚です。日本にはそのようなことは,ほとんどなく,ある情報と言えば,せいぜい口コミで「ここの先生はやさしいわよ」とか……,その程度で,まさに,手探り状態で子どもを診せたり,自分がかかって,なんとなく治って,「気が合うからまあ,いいかな」と……。一方で何か起きた場合には,すぐに病院を変えてしまうこともしばしばで……。これはよくよく考えると恐ろしいことだと思います。
 ですから,いま野間口先生のお話をうかがって,日本でもようやく患者本位の医療を実現するための取り組みが始まったのかと思いました。

■医療だけどこかがおかしい

日本の医療は診る側の都合で成り立っている

大石 私も,小さい頃米国で暮らしたことがあり,その時は,ファミリードクターがいるのが普通の生活で,年に何回も親と一緒に会って相談したりしていました。日本に帰ってきてからは,基本的に健康だったし,ファミリードクターの仕組み自体がないから,しばらく医療機関と付き合いはありませんでした。ところが,たまたま数年前に出産をすることになり,医療機関とのお付き合いが生まれ,驚いたのです。
 近所の産婦人科の開業医に紹介してもらって,大病院にかかったところ,担当の女医さんは,紹介状を見もせずにポイッという感じでした。「順調に育ってます。来週来てください」と言われたんですが,私はまだ仕事をしていたので,「すみません。来週はちょっと来れないんです」と言ったときに,バタンとカルテを閉めて,「じゃ,ほかの先生になるわよ。それでいいのね?」と言って,タッタッタッと出て行っちゃったんです。その時,私は単に驚いただけでなく,一種の恐怖を感じました。頭の中に,私が分娩台に乗っている時に,この先生がいじわるしたらどうしよう? ということがかけめぐるわけです(笑)。あとで医療界に関わってみたら,それは非常に極端な例だったということがわかったのですが,やはり根底に流れている文化というものがあるのだと思います。
 私は,マッキンゼーというコンサルタント会社で働いていて,消費者の視点で企業活動を変えるという仕事をしていたのですが,医療界では「患者さんの視点で……」と言う割には,何も変わってこない。この現状はおかしいと思って,何か変えていきたいよねというような話を始めたのが私たちのクリニックの始まりでもあります。
野間口 医師は医学部を卒業し,国家試験に合格してしまえばそのまま医師になりますから,「先生,先生」と言われて,「そんなもんか」と思いながら育ち,社会の常識を知らないことも少なくありません。
 例えば大石に,「ほかのサービス業ではこうしてるよね。医療ではなんで工夫をしないの?」と言われると,ウッとつまるわけです(笑)。医療の世界のことしか知らないから。
斉木 そうですよね。銀行でも何でも,いまは顧客対策で,いろんなサービスしてるのに,医学の世界だけは別。今でこそ愛子様の出産でLDR〔Labor(陣痛),Delivery(分娩),Recovery(回復)の頭文字。出産の際,従来のように複数の部屋を移動するのでなく,3つの機能を1つに集めた部屋〕が話題となっていますが,米国ではそれが当たり前です。私も初めての出産は米国でしたから,もちろんLDRで生みました。
 では,それから数年たって,2人目を日本で生む時に,そういう病院を探そうとしても,そのような設備を備えている医療機関はごく僅かですよね。仕方がなく,通常の方法で出産をするとなると,陣痛室に3~4人詰め込んで,内診台にはカーテンをすればいいというような感じで,流れ作業みたいですよね。それが,わりと評判のいい,ちゃんとした病院でのことなので,患者さんの気持ちというものよりも,診るほうの都合で成り立っているのが,日本医療の現実だと思うのです。
野間口 ユーザー・オリエンテッドな視点で物事を捉えることが求められているのに,医療の世界にはそのような文化はまったくないし,教育ももちろんない。私たちのクリニックは大石たちと医療について意見交換をしているうちに,言葉は悪いですが,「どこかで一度実験してみようか」ということで始まったようなところがあります。

■患者と情報を共有し正しい治療をめざす

プライマリ・ケアとは何か?

市村 一口に「プライマリ・ケア」と言っても,使う人によって微妙に意味合いが違うように思います。こちらではどのように考えていらっしゃいますか。
野間口 私たちは,プライマリ・ケアというのは,自分たちで診れる範囲のものはすべて診て,とりあえず振り分けできる機能を持つところまで。そして,入院が必要だというケースをしっかり判断して振り分けることだと考えています。
斉木 ただ,そこで気になるのは,お医者様がどのように振り分けられているのか,どのような紹介状が書かれているのか,ということなんです。ある診療所を受診した時に,聴診器を当てた段階で「これはもう……」なんて首をかしげて,すぐに近隣の中核病院に電話をされたことがあったんです。患者としては何もわからないまま,そこで書かれた紹介状を持って病院に向うしかないわけですが,紹介状にどういうことが書かれているのか,その中が見えないというのはすごく不安でした。お医者様同士は電話でやり取りしていても,患者は「置いてけぼり」ですよね。
大石 私たちのところではカルテも渡しますし,ちゃんと説明して,いま考えられる状況がどうで,オプションとしてこういうところに行くことをお薦めします,という書面をお渡しします。
斉木 そういう時に,専門用語ではなく,わかりやすいカルテが手渡されて,中を見ることができると,精神的にずいぶん違いますね。病気の状態も知ることができますし,どのような理由で紹介されるのかということもわかります。
野間口 私は,紹介状もカルテに記載してしまって,それも患者さんにお渡ししています。
市村 患者さんに見せると,かえって不安を増させてしまうような情報もありますよね。
野間口 あるでしょうね。表現に多少は気をつかっています。一方で,他医からもらった紹介状も,最近はデジカメで撮ってカルテに載せるようにしています。

医療は間違うことがある
だからこそすべてをオープンに

斉木 別の先生が書いた紹介状を読むというのは,お医者様にとってあまりよい気持ちがするものではないのでしょうか。その先生の性格にもよるのでしょうが,「(紹介状を)持ってきました」というと,いかにもその病院,その先生の能力を疑っているように思われるのではないかと感じ,そのあたりも難しいなあと思う時があります。
野間口 私たちは8-20時でやっていますけれども,24時間診ているわけではありませんし,診療時間中であっても何があるかわかりません。私は,鹿児島にいた時に,開業医さんから送られてくる病院で仕事をしていたのですが,その患者さんが昼間どういう訴えで開業医を訪ねて,その先生がどのようなことを思い,どのような治療がなされ,それに効果がなくて現在の状況にある,という情報があるのとないのとでは正解にたどり着く可能性がまったく異なるということを学びました。ですから,私たちが紹介状をお渡ししている理由としては,「夜中に何かあったら,この紹介状を持ってこの病院へ行ってください。昼間何をやったかがわかるように書いてありますから」という意味もあるわけです。
 残念ながら,私たちの診療で,すべてについて100%正しいことができているということはありません。もちろん,間違った時の批判はあまんじて受けようと思っていますが,間違いはあり得るということを前提に,こう思ったのでこういう処置をしたのだというプロセスを明らかにしておくことによって,最初に私たちが間違ったとしても,患者さんは次の医療機関で正しい解にたどり着くことができれば,そのことを書いた意味はあると思っています。ですから,基本的にすべてお見せすることにしているのです。

■患者とのコミュニケーション

日本の診療現場に患者は不満

市村 医療というのは必ず不確実性を伴うものだから,プロセスを患者さんと共有して,途中で間違ったとしても,最終的に正しい処置にたどり着けるように,患者さんとプロセスをシェアしていくことが大事だということですね。
 しかし,例えば日常の診療場面でそれを実践するのは,非常に時間のかかることではないかと思います。日米でも1回あたりの診療時間はまるで違いますよね。
斉木 違いますね。米国ではじっくり対等に話してくれるように思いました。また,プライバシーの配慮についても各段の違いがありますね。日本でよくあるのは,他の診察室とつい立やカーテン1枚で隔てられているだけで,声が筒抜けという状態の診察室です。さらに回転を上げるために,その後ろの患者をカーテンの前に並んで座らせていると,診察中の会話が待っている人たちに全部聞こえてしまうこともあります。
 米国では,必ず個室で,納得いくまで,お医者様からみてくだらないような質問にでも答えてくださいますし,必ず「ほかに何かないか」と訊いてくれます。時間を気にすることもありません。ところが日本では,例えばインフルエンザの解熱剤「ポンタール」のことや,気管支拡張剤の副作用のことなど,新聞記事で読めば気になるので質問すると,先生によっては「診察は終わったのに,うるさいなぁ」という顔をされます。これは最近あった本当の話です。そういうところで違いを感じますね。ただ,米国の場合,医療費が高いという問題もありますが。
野間口 根本的には,医療制度の問題があります。収入が来院患者数に比例してくるので,経営状況をよく保つためには,多くの患者さんを診なければいけないわけです。多くを診るために,1人あたりの時間は短くならざるを得ないということで,ジレンマがあるのです。
斉木 やはり,回転をよくしたほうがいいわけですね。

大切なコミュニケーション・スキル

大石 もちろん,日本の医療保険制度の問題はありますが,技術論として,態度と説明能力の問題もあると思います。私が先日米国に行った時,トーマス・ジェファーソン病院で,私たちと提携している神保真人先生に付いて歩いたのですが,混んできて次の人を待たせていた時に,彼は「ごめんなさい,いまは混んでいるから,あなたと過せる時間はあまりありません。だからいちばん重要なことを訊いてください。そうでないことは,もう一度アポイントを取ってください。時間がある時にはいつでも話をしますから」と言ったのです。そう言うだけでも違うと思うのです。
 説明する時も,患者さんの頭に要点が入りやすい説明の仕方というのがあると思うんです。野間口先生を見ていてうまいと思うのは,例えば「いま考えられるオプションは3つあって,僕はこれをこう疑っているのでこの処置をします。これが駄目だったら,これをこうしましょう」と説明します。それだけで患者さんの理解と安心度は違います。これは一種の対話能力だと思うんです。その技術をもう少しつけてもらえると,同じ時間しか対応できなくても,患者さんの満足度は上がるのではないかと思います。
野間口 コミュニケーション・スキルですよね。これが,独立した医療スキルの概念として確立しておらず,まったく教育されていないのは大きな問題だと思います。医者は,そういった礼儀やマナー,対話の技術を知らずに育ってきていますから,かかる患者さんは,不安や不満をもってしまうのだろうと思います。

カルテ開示により,患者-医療者双方に行動変容が

市村 教育もないし,医療制度も再診で稼いでいくようなシステムになっていて,数をこなさなくてはならない。そういうなかで,患者さんとのコミュニケーションの重視,情報の共有を推し進めていくことは困難が伴うことだと思いますが,それをあえておやりになられていて,患者さんの反応や,患者と医師との関係の変化,あるいは経営面からみてどうかというあたりをお聞かせいただけますか。
大石 患者さんの数は増加の一途です。1年経ってこれだけの患者さんが来てくださるようになったというのは,少なくとも間違ったことはしていなかったなという気がします。ただ,問題なのは,これだけ混んでくると,1人ひとりの患者さんの満足度は下がりますので,その部分をどうするかというのが課題です。一方,興味深いのは患者さん側の行動が変わってきていることです。医師,スタッフ,患者さんの皆がお互いを教育しあっているようなところがあり,カルテを開示すると,患者さんのほうも,どう喋ればお医者さんにわかってもらえるかが理解してきたようなところがあって,互いの行動変革が起きています。
 また,徐々に医師やスタッフの仲間が増えてきました。「面白いね。手伝ってあげよう」という人が増えてきていて,輪が広がっていくと社会を変えていけるだけの動きにつながるかもしれない。そんな手応えを感じ始めています。
市村 いまの,オープンカルテの仕組みをもう少し,周りの病院にまで将来的には広げたいということはありますか。
大石 ええ,基本コンセプトに賛同して下さる方には,コストの実費に近いようなかたちで,「どうぞ使ってください」とオープンにしています。すでに提供している例もあります。これをノウハウとして自分たちで囲うのではなくて,使いたい人はどんどん使ってくださいという形で考えています。
野間口 診療情報の共有化ができるということは,医者の間で情報の共有ができるということになります。それは,セキュリティの問題さえ確保できれば,しちめんどくさい診療情報提供書を書くのではなく,「(メールに)つけて送るからよろしくね」という形になりますから,インターネットにつながったパソコンがあれば見ることができます。そういう環境を実現してみようということです。

■医療の質向上のために不可欠なプライマリ・ケア研修

市村 最後に医師の教育・研修についてですが,最近の国家試験やカリキュラム改革の流れを見ても,プライマリ・ケアというか,患者さんが医療機関にかかって最初に受ける医療を重視した教育していこうという傾向がみられます。ところが,実際の教育は大学病院の病棟が中心ですから,診断のついた後の癌や特定疾患の患者さんを診ることが多く,普通の開業医のところにくるような患者さんを診ることは少ないです。
 しかも,卒後も7割が大学病院で研修し,勤務するので,ある意味で非常に特殊な患者さんばかりを長く診ていくことになります。そのような先生が,10年ほど大学病院で勤務医をやった後に開業するというのが,今日の一般的なパターンだろうと思います。
 国民の求める医療の質の向上のためには,プライマリ・ケアの研修こそが必要だと思うのですが,そういう点から,こちらのクリニックで考えていらっしゃることはありますか。
大石 プライマリ・ケアの研修は,基本的には,大学病院では難しいと思います。私たちのところでも,臨床研修を含めたある種の機会を提供できるのではないかと検討しています。1つは,プロブレム・ソルビングやコミュニケーションスキルなどの医師としての基本的な考え方,対応の仕方。2つ目が,神保先生と一緒に作っているもので,家庭医としてのものの考え方,問題の解決法。さらに3つ目が実地研修です。

専門医から家庭医になるシステム

野間口 私は,基本的には,大学を中心としたヒエラルキーは果たしていつまで続くのだろうかと考えています。私たちの時代は,「医師は専門科をもってこそ……」という風潮があったわけですが,その中で育った人たちがいま開業した場合に,はたと困るわけです。しかし,そのような医師たちのために,よくある疾患が診れるようになる研修システムというのがきっとあると思っています。それは,僕ら自身が体験していることで,自分自身が教材だと思っています。専門医だった自分が,家庭医になりたいと思った時に,亀田信介先生(亀田総合病院院長)が,「勉強させてあげるからいらっしゃい」と言ってくださったので,私は短期に小児科と皮膚科の領域をみっちり見せていただいて,一般の患者さんの熱発とそうではないのとを見分ける方法とか,水虫と湿疹の軽いのなどは診れるようになりました。風邪を診ることができて,皮膚科も診られて,子どもが診られるようになったという,それだけでも幅はぜんぜん違います。専門医が家庭医になるべき時,リファービッシュ(再生する)システムが必要だと思っています。
 また,いま卒業前後の若い人たちが,家庭医をやりたいという高いモチベーションもっていることを,僕らも感じています。そういった方の中には,実際に僕らにダイレクトにコンタクトをとって,見に来て,「やらせてくれ」という人もいます。ですから,家庭医になるためのプログラムがあれば未来は明るいと思います。ただ,大学を中心としたシステムでは,こういったプログラムが有機的な形で機能することは難しいのではと思いますので,逆にいえば,民間の私たちが,ゲリラ的にそれを作り上げ,それが皆さんにインパクトを与えることができたら,そこから現実が変っていく可能性があるのではないかと思っています。
大石 そういうプログラムを作ると同時に,もう1つの役割として,お医者さんがそのプログラムを通じて働く場を作ることが必要です。家庭医になりたいといっても,「あんた,将来はどうするわけ?」と先輩から言われるわけですよね。私の会社であるメディヴァとしては,そういう先生方のサポートもなんとかしていきたいと考えています。
 いま考えているのは,「日本の都会でファミリードクターとして開業する医師の再教育と診療サポートプログラム」なんですが,「主としてスペシャリストとして臨床経験が5年以上ある医者を対象とする」というある種の再教育プログラムです。あえて「日本の都会」と言っているのは,僻地医療じゃないですよということです。要するに,バックホスピタルがきちんとあって,そこへ紹介するタイミングを見極めるということが大事な状況の中で開業するということです。
野間口 ここで行なっていることは,全部実験だと思っています。すべてがすべてうまくいくとも思っていないし,実現にとても時間のかかるものもきっとあると思いますが,日々診療に追われているとそれができないですから,僕らが比較的若い人間で開業して,とりあえずアップデートな知識は身につけていくつもりではありますが,これが5年後にはどうなっているかわからないわけです。しかし,例えば,いまの僕らのようなグループ診療の形態をとることで,そしてそれにアテンドしてくれる医療関係者が増えていくことで,ワークシェアリングができる。自分が空けてもいい時間ができてきたら,それを自分の勉強の時間にあてるというような,いわゆるいい循環を生み出すことができるかもしれないと思っています。
 そうなっていくと,自分のスキルやナレッジについても,最新のものにアップデートできて,ひいては質の高い外来診療が提供できる可能性につながるというふうに思っています。
市村 本日はありがとうございました。


野間口 聡氏
1988年鹿児島大学医学部卒。脳神経外科専門医。医学博士。鹿児島大学脳神経外科学教室に在籍し,同教室関連施設多数にて研修・診療を行なう。その後,患者サイドの視点に立った外来診療のあり方の可能性を追求すべく,2000年12月仲間とともに用賀アーバンクリニックを設立。同院院長。医療情報を共有することによるメリットとその意義を追求してみたいと考えている。


大石佳能子氏
1983年大阪大学法学部卒。1988年ハーバード・ビジネススクール修了MBA。経営コンサルタント会社マッキンゼー・アンド・カンパニーのパートナー(消費財・小売・ヘルスケア担当)を経て,2000年に新しい医療の仕組みを設計,運営,サポートするPPM会社(株)メディヴァを設立。同社代表取締役。野間口氏等とともに用賀アーバンクリニックを開設。同院患者様サービス担当。一児の母。


斉木かおり氏
1986年立教大学文学部卒。日本テレビにアナウンサーとして入社。ニュース,情報番組「ルックルックこんにちは」等で活躍後,1994年6月,夫の留学に伴い米国ボストンにて長男を出産。帰国後,日本にて長女を出産。今年の6月より豪州キャンベラに在住予定。今度は,豪州のお医者様と関わりながら育児を楽しみたいと思っている。


市村公一氏
1984年東京大学文学部美術史学科卒。(株)三井銀行を経て,97年東海大学医学部入学。2002年3月同大卒。99年より始めた「よりよい医療をめざす医学生と医師のメーリングリスト」は全国の医学生と国内外の医師約1200人が参加,症例検討を中心に日々活発な議論を重ねる。「一般市民と医療関係者の相互理解を深めるような仕事をしていきたい」