医学界新聞

 

【対談】

「EBLMプロジェクト」とは何か?

河合 忠氏
国際臨床病理センター所長・
自治医科大学名誉教授
渡邊清明氏
慶應義塾大学教授・
中央臨床検査部


「EBLM」とは何か?:「EBM」と「EBLM」

渡邊 本日は,「EBLMプロジェクト」について,河合忠国際臨床病理センター(ICPC:International Clinical Pathology Center)所長のお話を伺いたいと思います。
 ご存知のように,最近,医学・医療界においてEBM(Evidence-Based Medicine)が注目されています。その背景には,情報化が発達しデータが比較的容易に入手できるようになったことと,科学的根拠に基づいた医療を行なうことが望まれているという2点があると思います。
 河合先生,まずEBLMという言葉の定義についてお話しいただけますか。
河合 EBLMは,英語の「Evidence-Baced Laboratory Medicine」の略で,「根拠に基づく臨床検査医学」と訳され,4-5年前から注目を集めています。そこには渡邊先生からお話がありましたように,EBMが脚光を浴びてきたという背景があります。
 しかし,EBMの活動は治療法が主体ですが,適切な治療をするためには,診断が適切でなければいけないわけで,EBMに準えてEBLMというようなコンセプトが出てきました。
 昨(2000)年7月に「国際臨床化学連盟(IFCC)」の「EBLM委員会(Committee on EBLM)」で「根拠に基づく臨床検査医学とは,個々の患者のケアについて決断をするにあたって,臨床検査の利用についての現在ある最良の根拠を適用することであって,系統的研究から現有する最良の科学的根拠を基に検査室と臨床との経験を統合することを意味する」と提案されました。これは,EBMの提唱者であるSackett博士らが定義した内容を臨床検査医学向けに作り変えたもので,EBMがめざしている患者のケアとアウトカムを改善するための効率的な診療の一端を担うものです。

「EBLM」の国際的動向

渡邊 ありがとうございます。お話に出ましたIFCCとの関係も含めて,EBLMの国際的な動向についてお伺いしたいと思います。各国では,どのような活動,あるい作業をしているのでしょうか。
河合 EBMを推進する組織として,「The Cochrane Collaboration」が有名です。イギリスのオックスフォードに事務局がありますが,その中に「Cochrane Method Working Group on Systematic Review of Screening and Diagnostic Tests」というスクリーニングおよび診断検査の系統的再評価のための方法論を追求するワーキンググループがあります。これが国際的には最も早くにスタートしたのではないかと思います。
 また,患者さんを幅広く検査する時の根拠となるデータを集め,信頼性について議論することを目的とした「CARE(Clinical Assessment of the Reliability of the Examination)」があります。それから,先ほど話題に出たIFCCの中のEBLM委員会です。
渡邊 従来,「Systematic Review」と呼ばれたものがEBLMという名前で呼ばれているという解釈でよろしいでしょうか。
河合 そうですね。過去に出版されている検査に関する論文を系統的に再評価して,その中から最良の根拠を導き出すことが最初の意図でしたが,実際に臨床検査の適切な利用を考える上では,さらに幅広い活動をしようと,「SRLM(Systematic Review in Laboratory Medicine)」から,EBLMになったわけです。

なぜ,いまわが国に「EBLM」が必要なのか

渡邊 それではなぜ,いまわが国でこのEBLMが確立されなければいけないのか,先生はどうお考えですか。
河合 わが国に限りませんが,現在膨大な文献が出版されています。一説によると,全世界で1年間に1万7千冊以上の生物医学関係の単行本,2万冊以上の雑誌,200万点以上の論文が出版されていると言われています。しかし,それをすべて読むわけにいきませんし,一方,すべての質があるレベルに達しているかと言えば,必ずしもそうではありません。そういう背景から,これらをきちんと整理して,最良の根拠を見つけ出す必要があるわけです。時間と労力がかかっても,誰かが過去の文献を整理する系統的再評価は必要です。
 しかも,人種差を問題にする場合は別としても,同じテーマについて,欧米と日本で重複した仕事をするのは無駄です。世界的にもそういう作業が重複しないように,わが国から独自の結果を発信する必要があるのではないかと考えたわけです。

「EBLM」の3つの研究目標

渡邊 どのようにEBLMの研究目標を立てていけばよろしいのでしょうか。
河合 EBLMは最終的に「治療後のQOLなどを含めて,幅広く患者のアウトカムを改善するのに最も効率的な検査の使い方」を目標にしています。そのためには,3つのことをしなければいけないと思います。
 1つは,過去に臨床検査の有用性についての膨大な文献がありますから,その中から優れたものを探り出して,最良のデータを見つけ出すことです。それに使われる手法として,従来からEBMでも頻繁に使われている「メタアナリシス」が臨床検査でも使えます。
 2点目は,メタアナリシスに耐えるような論文を作る必要があるので,そのための指針(ガイドライン)が必要になってきます。まだ普遍的に認められたものはありませんが,IFCCの一部のグループで,チェックリストはでき上がりつつあります。
 また,日本臨床検査医学会では,現在渡邊先生が委員長として活躍されておられます「日常初期診療における臨床検査の使い方小委員会」を10数年前に発足させています。
 そして,3点目はそういうデータを臨床医に理解してもらえるような行動が必要だと思います。臨床医と検査室のコミュニケーションを密接にして,臨床医にも臨床検査の専門性も理解してもらって,患者のアウトカムの改善に資することが最終的な目標ではないかと思います。

「臨床検査の有用性の評価」について

渡邊 次に,臨床検査の有用性の評価についてですが,患者のアウトカムの改善を評価することは大変難しいことです。治療であれば比較的簡単に評価できますが,検査の場合は非常に把握しにくいでしょう。EBLMを推進する上でも,評価という点では難しいと思いますがいかがですか。
河合 それが最大のネックです。おっしゃるように,治療法ならある程度ゴールド・スタンダードを設定できますが,臨床検査の場合は,有用であったかそうでないかを判断することは大変難しいですね。
渡邊 特異度や感度は文献を探せばよいでしょうが,どのような検査の組み合わせが最も有効かというEvidenceを出すのが難しいと思います。
河合 そうですね。かつてGalenが「Predictive Value(予測値)」ということを言いました。
 陽性率とか,特異度,感度と言っても,発病率をベースに考えないと,臨床医にとってはあまり有用ではない。臨床の先生方は日常の診療で多くの患者さんを診ていますから,やはり発病率がどうかという考慮なしに本当の有用性は割り出せない。だから,労力がかかると思いますが,系統的再評価の中で得られたデータを利用して,陽性予測値や陰性予測値を割り出す努力も並行してやらないといけないと思います。
渡邊 Predictive Valueについては,例えば私が専門とする血液の分野でも,「出血時間のPredictive Value5%」ということが言われます。つまり,出血時間という検査はほとんど出血を予知できないということです。出血を伴う疾患だったら,検査で出血を予知することができるかということが大切だと思います

実際にどのような作業が必要になるか:4つのステップ

渡邊 実際にどのような作業が必要だとお考えですか。
河合 EBLMを実践するには4つのステップが必要です。まず最初は,検査の有用性についての1次研究(Primary Study)をどうやって進めるかを検討しなければいけないでしょう。
 2番目のステップは,過去の膨大な文献の中から「系統的再評価」という手法を使って,科学的根拠を引き出す作業です。これがSystematic Reviewでしょう。
 第3のステップが,先ほども言いましたが,スクリーン検査や診断のための検査の使い方,ガイドラインが必要です。個々の患者さんに対して,画一的に対応することが不可能なことは医療の宿命ですが,少なくとも同じような臨床的状況の場合,大部分の患者さんに対するほぼ最大公約数的,標準的な使い方はあると思います。そのためにも,やはり臨床医と検査医との間で十分に知識を出し合ってガイドラインを作ることが必要です。
 最後に,従来以上に検査室と臨床医との日常のコミュニケーションを構築することです。換言すれば,検査室に診療支援サービス機能を持つことが大事ではないでしょうか。そういう点でも,検査室と臨床医との間の密接なコミュニケーションを構築していかないと,臨床検査の効率的な使い方が日常診療で作り上げられないのではないかと思います。
 この4つのステップですが,できるだけ早く学会等で案を作り,臨床検査の試薬や機械,測定システムを治験する時に,その案に沿ってやるということを定着させたらどうでしょうか。それによって,例えば厚生省の体外診断薬や検査機器の審査,許可の段階で,そのような案に沿っているかどうかを重視することが大切でしょう。

「日常初期診療における臨床検査の使い方小委員会」の活動

渡邊 日本臨床検査医学会が中心になって作業を進める方向で協力していただくことが大切ではないかと思います。
河合 個人の力では難しいですね。
渡邊 学会活動としても重要だと思います。それから,先ほど先生がおっしゃった標準的なガイドラインも,それをベースにしてわれわれは診断なり,検査のデータを読んでいくわけですから重要ですね。
河合 これはあくまでも最大公約数的なスタンダードであって,主治医による診断や治療を拘束するものではありません。ガイドラインによって,診療のボトムアップができると思います。患者さんをきめ細かく観察して,患者さんに合った形のものを導入することが最終的なゴールです。
渡邊 ガイドラインを作るには,文献検索等に大変な労力が必要になります。とりあえずは,コンセンサスで作るという方法でよろしいのでしょうか。
河合 そう思います。科学的根拠を系統的再評価で見つけるには膨大な時間が必要です。一挙にはできませんから,専門家のコンセンサスを得ることが先決でしょう。
 それから,「EBLMは専門家の意見を否定している」と受け取っている方がいます。EBMもEBLMも,よりレベルの高い科学性を持たせるために,従来の臨床疫学的手法を利用したらどうですかということです。とりあえずやってみて,Systematic Reviewや新しい研究で新たな根拠が出てきて,改善すべき点があればそれを追加していくという作業ではないでしょうか。
 先ほどお話に出ましたが,先生が中心になって日本臨床検査医学会で行なっている 「日常初期診療における臨床検査の使い方小委員会」が作成した「DRG/PPS対応臨床検査のガイドライン」(改訂版)は第一歩として重要だと思います(本紙第2402号参照)。
渡邊 河合先生からお話がありましたように,「日常診療における効率的な臨床検査の検討研究班」の責任者として「DRG/PPS対応臨床検査のガイドライン」を作成しましたが,その議論の中でもEBLMが重要だというコンセンサスができています。
 先生がご指摘なさいました,臨床家との協調というのが,そのガイドラインを作る上で非常に難しいことですね。例えば,日本臨床検査医学会で「糖尿病の検査はこれをこう使いなさい」と言っても,日本糖尿病学会の指示と異なる場合,後者の見解を重視してしまうこともあります。そこでのコンセンサスは重要だと思います。
 それから,検査部のEvidenceですが,検査部は膨大なデータを持っています。それを先生がおっしゃったようにコンピュータで処理すれば,臨床の先生に還元できるでしょう。検査部オリエンテッドのEvidenceを,臨床の先生方と共にディスカッションする。そういうことをわれわれのほうから提案すべきではないかと思います。
河合 それは大切ですね。先ほど,「臨床医と検査部の経験を統合して,よりよいものを作ろう」と申し上げましたが,その基本にあるのは,「カルテの一元管理」だと思います。
 従来のように,カルテが臨床各科で管理されている状態ではよい成果が生まれません。やはり「情報管理室」や「病歴室」で,コンピュータを使って一元管理をすることが必要ではないでしょうか。その中で,臨床医と検査医がアイディアを出し合い,協同作業することが大事でしょう。
渡邊 コンピュータは性能がアップしましたし,情報の解析技術も向上しています。臨床情報と検査情報を一体化しやすい状況ができました。
河合 EBMとEBLMが互いに手を携えることが,保険医療を改善するためには不可欠だと思います。

EBLM事業を推進するために

渡邊 先生はEBLM事業推進のリーダーシップをとられていますが,実際にどのような活動があるのでしょうか。
河合 私はIFCCのEBLM委員会のメンバーですが,その活動の中でも日本が取り残されるのではないかと危機感を持ちました。体外診断薬のビジネスのマーケットとしては,日本はアメリカに次いで世界第2位です。それから,よく言われることですが,日本の症例報告は最も検査データは豊富ですから,わが国から独自の根拠を割り出すことができるのではないかと思います。そのよい例が「新生児感染症における高感度CRPの有用性」です。これなどは世界にも類を見ないものですね。
 同時に,コミュニケーションという点では,IFCCの委員会を中心に国際的な連絡網を作ろうとしています。Cochrane Collaborationのグループともコンタクトを取りながら,診断検査についての情報管理を一元化しようという動きがあります。わが国もそれに参加する必要があるのではないでしょうか。そういう必要性に迫られて,国際臨床病理センターの中に「EBLMプロジェクト」を設けて,方法論チームと選考チームと統計チームと3つのチームを一応組織としては作りました。
 方法論チームは神辺眞之教授,選考チームは渡邊清明教授,統計チームは福井次矢教授にリーダーになっていただいて,作業を進める準備をしています(図参照)。また,統轄チームを設けて,全体の流れをまとめていくことが必要だと思います。
 そして,臨床検査に携わる人たちに関心を持ってもらうと同時に,活動を進めるための教育が必要ではないかと思います。EBM,あるいは臨床疫学に関する基礎知識がないと,効果的な研究はできません。また,さらには日本臨床検査医学会にも委員会を作って,学会として活動を展開することも必要ではないかと思います。

●ICPC/EBLMプロジェクト各チームの構成と役割
[1]方法論チーム(Methodology Team)

(1)構成メンバー:日本臨床検査医学会・臨床検査情報学専門部会・EBLMワーキンググループが主役を演ずる.
(2)役割:①本プロジェクトが採用する系統的評価(メタアナリシス)のための標準的方法マニュアルを作成する.(2)診断検査の臨床的評価のための研究論文が具備すべき必要条件を作成する.
[2]選考チーム(Selection Team)
(1)構成メンバー:日本臨床検査医学会・日常初期診療のための臨床検査の使い方委員会が主役を演ずる.
(2)役割:①公募課題を審査し,指定課題とともに本プロジェクトとして採用する課題を選考する.(2)SRLM領域でのデータベースを作成する.
[3]統計チーム(Statistic Team)
(1)構成メンバー:統計学の専門家により構成する.
(2)役割:本プロジェクトに最適な統計学的方法について検討し,提案する.
[4]統轄チーム(Management Team)
(1)構成メンバー:河合 忠(委員長),菅野剛史(副委員長・浜松医大),神辺眞之(方法論チーフ・広島大),渡邊清明(選考チーフ),福井次矢(統計チーフ・京大),河野均也(ICPC非常勤研究員・日大),中原一彦(ICPC非常勤講師・東大),櫻林郁之介(ICPC非常勤講師・自治医大)
(2)役割:(1)本プロジェクトの運営について協議する.(2)国内外の関連団体と連絡,調整にあたる.特にThe Cochrane Collaboration, IFCC/C-SRLMと協力する方策を推進する.

「EBLM」の将来像

渡邊 最後にEBLMの将来像をまとめていただけますか。
河合 臨床検査医学は現在,大きな転換期を迎えていることから,皆さんが大変な危機感を持っています。しかし,重要なことは患者さんのアウトカムを改善することです。臨床検査は絶対なくならないし,むしろ新しい遺伝子検査などが増えています。また,サイトカインや組織レベルの微量成分がわかってくると,ますます検査の応用範囲は広がると思います。差し当たって臨床検査医学がめざすべきことは,いかに効率的な検査を行なうかということです。
 「効率的な検査」には2つの観点があります。1つは経済的効率性を高めることで,検査室の運営や費用効果,またはサービスです。臨床医,患者さんに対するサービスのquality management(質の管理)は永久に避けて通ることはできません。これからは,単なるquality managementでなく,continuous quality improvement(継続して質を向上させる努力)が不可欠になってくると思います。
 効率的な検査のもう1つの側面として,医学的に効率的な利用をすることです。最小限度の検査で最大限の診療効果を上げる努力が必要だと思います。医学的効率を上げるための基礎となるのが,今日のテーマであるEBLMです。これが可能になり,臨床医とのコミュニケーションがさらに増えれば,病院内,あるいは国内全体の標準化も進んできます。IT時代にマッチした貢献ができるのではないかと思います。遺伝子検査や微量成分という新しい研究だけでなく,EBLMに関連した医学的に効率性の高い臨床検査の利用も,21世紀の臨床検査医学の大きなテーマだと思います。
渡邊 そうですね。本日は,河合先生にEBLMについてお話を伺いました。
 現在多数の臨床検査がありますが,これをいかに使えば患者さんにとって最も有用なのかについては,わかっているようで,実は十分にわかっていないところも多くあります。そこで,科学的根拠に基づいた検査の使い方を今後確立しないといけません。その最もよい手段が,今日お話しいただいたEBLMだと思います。このEBLMによって,患者さんのケアがよりよくなることを大いに期待して,本日の対談を終わりたいと思います。
 河合先生,ありがとうございました。