医学界新聞

 

〔インタビュー〕佐藤達夫氏(東京医科歯科大学医学部長)に聞く

どうなる? 卒前コアカリキュラム


 医学教育改革に大きな影響を及ぼすと思われる「医学教育モデル・コア・カリキュラム」(以下,コアカリ)が近日中にも発表される見通しだ。すでにその「試案」(概要を2415号で既報)は昨年11月に各医科大学に示され,現場教員からの意見集約が行なわれている。
 コアカリを作成した「医学における教育プログラム研究・開発事業」委員長を務める佐藤達夫氏(東医歯大医学部長)に,コアカリへの各大学の反応,現時点での課題,今後の展望などについて話をうかがった。


―――コアカリを導入することにより何が変わるのですか?
佐藤 医学教育を2階建ての建物だと考えますと,医師になるために最低限身につけておかねばならない知識,技能,態度,これは言わば土台にあたり1階部分に相当します。医療の質を確保し,国民の期待に応えるという観点から,これは全国共通のものが望ましいでしょう。そしてその上に築かれるべき2階部分については,各大学が独自の教育理念に基づいて特色を出していくべきです。
 この1階部分で教育すべき学習項目を精選したものがコアカリだと言えます。項目を絞り込んだため,むしろ,2階部分が拡大することになり,ここを何に使うかが実はもっとも大切なことだと考えています。つまり,コアカリ作成のねらいは,一定の教育の質を確保するだけでなく,むしろコア以外に独創性を盛って,各大学が特色を出しやすくすることにあるのです。

1400程度に学習項目を精選

―――各大学のコアカリキュラムへの評価は?
佐藤 コアカリの作成自体は,潜在的な医学教育改革の流れと通底しており,多くの大学の教務担当者は「追い風になる」と捉えているようです。積極的に活用されることによって,各大学の理念にそった個性的な教育が行なわれていくことを期待しています。
 一方,現場教員からは,コアカリの枠構造自体には大きな反論は出されていないものの,各学習項目の内容や用字・用語については多くのご意見をいただいています。試案の時点で,学習項目は1400(現行カリキュラムの約7割)に絞っているのですが,「足りない」という意見はたくさんあります。特に薬物作用,臨床検査,リハビリテーション,社会との関連に多いようです。ワーキンググループでは,これらの要望を,用字用語の問題も含めて1つひとつ検討するという手間のかかる作業をしています。すべての項目を取りこむことはできないでしょうが,必要なものは入れ,コアとして適切でないものは削り,1400程度の項目を維持したいと考えています。

医師国家試験との兼ね合い

佐藤 また,もう1つの重要な指摘は国家試験との整合性です。国家試験は,専門家が作成するために学会の考えを反映することになるし,出題者も出題範囲が幅広いほうが作問しやすいため,その出題範囲は膨大なものになりかねない傾向があります。一方,コアカリは医学教育の中で学ぶべき最低限のものをまとめたものであり,そこには自ずと「ずれ」が生じてしまいます。これについては,コアカリ実施後,数年かかって双方で歩み寄っていくしかありません。現行の国試出題基準を意識するあまり,コアカリ自体が膨大なものになってしまっては意味がないのです。
―――コアカリの活用によってコア以外の部分については,特色ある教育や選択科目の拡大が期待されているわけですが,その肝心の部分が国家試験対策に回されてしまうという可能性も指摘されています。
佐藤 それが一番困ります。コアカリを作った意味がなくなってしまいます。(コア以外の)アドバンストな教育には,科学的な興味を湧き立てたり,医療の社会的な側面を掘り下げたり,医学・医療についてより深く学習させる目的があります。良医養成は当然ですが,生命科学に進む人材の育成なども同時に進めなければなりません。医学の発展のために非常に重要なことです。
―――基礎系の教員からはどのような意見が出されていますか?
佐藤 特にカリキュラムの配列の仕方には異論があるようです。コアカリではなるべく「――ology」の色彩を薄めようとしているため,正常構造の各論的なものは臓器別のくくりになってしまっています。例えば,解剖で教えられてきたことも,特に総論的に重要な「人体の成り立ち」については「B医学一般 1個体の構成と機能」に位置づけ,その他は「C人体各器管の正常構造と機能,病態,診断,治療」の項で扱われることになります。臓器ごとに切られてしまっていることについての不満はあるようです。「――ology」として教えたほうが効果的な面もありますが,コアカリは基礎と臨床の有機的連携というねらいがあり,「――ology」は極力避けようと努力しました。

各大学で柔軟な活用を

佐藤 しかし,この点は,各大学が実際にカリキュラムを組む段階で問題になるでしょう。コアカリは学習すべき項目をある程度の秩序をもって並べたにすぎず,どのように教えたらよいかについては書かれていません。したがって,これは「学習内容ガイドライン」という副題をつけるのが適当ではないかと考えています。学習項目のガイドラインであって,その組み方は各大学に任せることになります。コアカリは世界的な医学教育改革の傾向を鑑み,標準的な並べ方として示したものです。
―――各大学はそれぞれの工夫で活用すればよいということですね。
佐藤 そうです。コアカリ通りに教える方法があるし,適宜バランスを取りながら,「――ology」を取り入れられてもよいでしょう。現時点ではこのコアカリをそのまま導入するのは難しい大学もあると思います。各大学の人材・設備等々を勘案しながら,いかにアレンジしていくかが大切だと思います。

学生の主体性引き出す教育

佐藤 結局,コアカリの用い方,教え方は各大学の判断によります。各大学の自由度を尊重したのです。同じチュートリアルでも大学によってやり方が異なるのが現状であり,設備や教員数にも影響を受けます。すべてをチュートリアルにする必要はないという考え方もあります。各大学に工夫をお願いしたいところです。
 しかし,問題解決型の教育方針・手法でやっていただかないと,「仏作って魂入れず」になってしまう可能性があります。
 強調したいのは,なぜコアカリでは学習内容が圧縮されているかということです。これには,単に講義の受動的な勉強だけでなく,学生自身が積極的,主体的に学べるようにというねらいがあります。主体的な学習は,モチベーションを高める反面,受動的な学習に比べて多くの時間を必要とします。チュートリアルでは,問題を発見し,その解決法を探るという一連の流れを学生自らが行なうわけですが,そこでは,学習項目が少ない割に時間はかかります。しかし,それは基礎と臨床を統合的に理解するための訓練であり,主体的な勉強の仕方を学ぶためには有効だと言えます。また,従来の基礎および社会医学系の実習については具体的に呈示してありませんが,その重要性は論を待たないのは当然です。

当面は試行錯誤

―――卒後臨床研修とコアカリの相互の位置づけは?
佐藤 卒前教育の終了が医師育成のゴールでないことは,先日,卒後臨床研修の必修化が法制化されたことからも明らかです。医師養成を考える時に,卒前・卒後の連携,教育・研修内容の調整,等はもちろん必要ですが,どこまでが卒前でどこからが卒後なのか,線引きが難しいのも事実です。卒後の研修プログラムのあり方についても現在検討が行なわれている最中ですから,コアカリと,臨床研修の中身に一貫性や整合性を持たせるためには,卒前・卒後双方に若干の「経験」が必要であり,それを踏まえた互いの「歩み寄り」が必要になると思います。
―――コアカリの中身も変わっていく可能性があると?
佐藤 もちろんです。辞書の編集と同じようなもので,完成した時点から改訂の作業が始まるようなものだと考えています。初めからベストなものは作れません。当面は試行錯誤です。教育現場で活用していただく中で,ご意見をいただきながら内容を改善し,医学教育の質の向上に貢献できればと考えています。
―――ありがとうございました。