医学界新聞

 

パッチ・アダムス氏来日記念講演会

――“笑い”と“友情”が最高の治療薬


 さる7月29日,東京・世田谷区の昭和女子大人見記念講堂において,パッチ・アダムス氏来日記念講演会「Humor and Health」が開催された。空席を求めて開場前から並ぶ参加者もおり,定員2000人の人見講堂が満員となる盛況ぶりで,パッチ・アダムス氏の注目度の高さが窺われた。
 パッチ・アダムス(本名ハンター・アダムス)氏は,ゴールデン・グローブ作品賞を受賞し,アカデミー賞最有力候補とも言われた映画『パッチ・アダムス』(ロビン・ウィリアムズ主演,1998)の実在のモデルで,「アメリカで最も高額な医療というサービス」を無料で提供する「ゲズンハイト・インスティテュート(お元気で病院)」を開設,そこを訪れる数万人の患者に無償で医療ケアを提供してきた。また,来日の前週には,新たにアメリカ・バージニア州のポカホンタスに,高度な医療設備を含め,菜園や図書館,運動場,居住地までを備えた新しい病院施設を着工した。これらの資金はすべて,同氏の活動に共感し支援する,世界の企業,一般市民からの寄付によるものである。この日の会場でも多くの参加者の協力を得,計約80万円の寄付金が贈られた。


 今回,アダムス氏招聘のきっかけとなったのは,高柳和江氏(日医大助教授・医療管理学)が英国で開催された「Culture,Health and Art世界大会」で同氏と同席し,研究内容に接点を見出したことにある。以後,両氏の間で文通が始まり,アダムス氏の希望により,高柳氏が「パッチ・アダムス招聘委員会」を組織した。これに全国から集まった52人のボランティア医学生らが協力し,同委員会学生ボランティア部を結成した。学生たちは,各大学の医学生への広報,アダムス氏関連の資料の収集と和訳,講演会でのパフォーマンスの他,「パッチウェルカムイベント」の企画や手配などに奔走した。

「医師になったピエロ」

 講演会ではまず,パッチ・アダムス招聘委員会委員長の秋山洋氏(国立小児病院名誉院長)が,「私たち医師が,患者を救おうとやっている医療は,時には彼らにとって苦痛かもしれない。今日は,医師であると同時に一流のパフォーマンスでも有名なパッチ・アダムス氏に,癒しの医療を教えていただきたい」と挨拶した。続いて,障害に対する正しい理解を求めてダンスを創作するユニークダンス研究会とノンフィクション作家の松原惇子氏によるダンス,アルフォンス・デーケン氏(上智大)のゲストスピーチが行なわれた。さらに,白衣にパッチワークを施し,真っ赤な鼻をつけてピエロに扮した医学生たちによるパフォーマンスが発表され,その最後にアダムス氏が,手作りのシャツ,鮮やかなオレンジ色にカラフルな蛙の模様入りのブルマといういでたちで登場(写真下)。講演会の様子は,「遠隔医療支援システム」によって,国立小児病院の病棟の子どもたちに生中継され,双方向の会話を楽しむ場面などもあった。
 アダムス氏は自らを「医師になったピエロ」と称し,時に道化を演じながら,エネルギッシュなパフォーマンスを見せた(写真上)。同氏は,自らが精神病院に入院していた体験からゲズンハイト・インスティテュート設立に至る過程を語り,「最高の治療薬は“笑い”である」と主張。さらに「“笑い”が健康に有効であるという科学的証明は少なからずあるが,それ以上に有効なのが“友情”である」として,医師-患者間の親密さの重要性を示唆し,「何時間もかけて患者とその家族の気持ちを理解することが,家庭医として最も大切で,最も素晴らしいことである」と述べた。
 これらの信念のもとに設立されたゲズンハイト・インスティテュートには,3つの信条がある。「(1)無料で医療を提供すること,(2)第3者保険の補償を受けないこと,(3)医療過誤保険に加入しないこと」である。「無償で互いのことを思いやり友情を育めば,心から患者のことを考えた治療を施せる。その末のことならば,仮に過誤があったとしても,患者はそれを訴えようとは思わない」からだと言う。患者に訴えられることを恐れて医療過誤保険に当たり前のように加入し,患者と常に距離を保とうとする医療のあり方について,会場の参加者に疑問を投げかけた。
 同講演会の参加者の大半は医療関係者。最後の質疑応答では,家庭医をめざす医学生から,「日本には家庭医になるための研修プログラムがないが,どうしたらよいか」という質問が寄せられた。これに対し,同氏は「会場で家庭医をめざしている医大生は起立してください」と呼びかけ,多くの学生が立ち上がると,「これだけ同じ目標を持つ仲間がいるのだから,自分でプログラムを作り,その道のパイオニアになってほしい」と答えた。さらに,「常に受身でいるのではなく,同じ目的を持つ友だちを見つけ,協力して前進してほしい」と医学生たちにメッセージを送った。

日本のプチパッチたちの活躍

 アダムス氏は,翌30-31日の両日にはワークショップ,以後連日,国立小児病院,順天堂大学小児病棟,龍岡老人保健施設,聖路加国際病院の視察を行なった。病院・老人施設訪問には,再びピエロに扮した医学生らも同行し,子どもや老人を楽しませた。他に,医学生との交流企画として,30日にディスカッション「良い医療とは何か」を実施,30-31日には学生との東京観光に参加した。
 これらの企画の成功に大きく貢献したのは,他ならぬ医学生たちの熱意だ。学生ボランティア部のチーフ大橋直樹さん(日本医大3年)を中心に,アダムス氏来日数日前から夜を徹して準備を調えた。メンバーの中には医学生の他に,看護学生,芸術系学生,医療系専門学校生,医学部受験をめざす高校生らもいる。現在は,パッチ・アダムス氏来日の報告書,メンバーの感想文集を作成中だ。
 大橋さんは,「自分のめざす医師と,日本の医療における医師像は異なっていた。日本の医療に不足するものを,アダムス氏は持っている。それにわれわれ医学生が共感し,日本の医療に少しずつとりいれていきたい」と語る。また,ボランティアスタッフの1人の藤原ゆりさん(同大6年)は「現在の日本の医療現場では患者の人間性を理解する余裕がなく,良好な医師-患者関係を築くことが難しい。医師-患者関係を評価することで医療の質を向上させうるだろう」と言う。彼らは,将来の自分の医師像に重ね合わせて,日本の医療の未来を真剣に考えている。
 同グループは,今後も「赤鼻の会(Red Nose Association)」(仮)として活動を続けていく。主な活動内容は,引続きアダムス氏との交流,家庭医療や医療現場のコミュニケーションスキルの勉強会,医療関連の映画を通したシネメディケーション,老人保健施設でのクラウニングなど多岐にわたる。一方,科学的アプローチから,笑いと免疫力についての関係も学んでいくという。究極的な目的として,「ゲズンハイトJAPAN建設」を掲げ,メンバー1人ひとりの医療に対する想いを実現していく。同会は,「医療に一石を投じたい仲間がいれば,いつでも協力したい」と,全国の医学生へとメッセージを投げかけている。同グループの活動に関心のある方は下記まで。

・連絡先:前パッチ・アダムス招聘委員会学生ボランティア部「赤鼻の会」
〔ホームページ〕http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Labo/1852/patch1.html
〔メーリングリスト〕http://www.egroups.co.jp/group/patch-adams

・ゲズンハイト・インスティテュート
〔ホームページ〕http://www.patchadams.org/index.htm