〔新連載〕ChatBooth
フツウという特別な連中加納佳代子
私の机の前は芝生のグランドで,向こうの雑木林の手前には屋外用トイレ・流し・かまどが並んでいます。院外キャンプに参加できない患者さんがここでキャンプできるように作ったそうです。
雑木林の中に建つ民間の精神病院に就職して2か月がたちました。看護大学を出てから20数年間,2回の産休以外に休むことなく働いてきました。3か所の公的総合病院の一般科で,臨床看護婦や看護婦長,継続教育の企画や看護学校の立ち上げと,何だかがむしゃらな働き方だったような気がします。50歳を前にして,最後は働いてみたいと思っていた精神科にいくことにしました。療養型病院なので当たり前なのでしょうが,ここでは時間がゆっくり流れています。
はじめてこの病院に来た時,病院バスの中で外来の患者さん同士の会話が聞こえました。
「仕事場で薬を飲んでたら,何の薬って聞かれたから,精神科の薬って答えたら,じゃあ人殺しするんだって言われた」
「だめだよあんた,フツウの連中に言ったら。あの連中は何にもわかっちゃいないんだから。胃薬って言っときゃいいんだよ」
『フツウという特別な連中』という意のある言いまわしが何とも言えない響きをしていました。
ここは病院なんだけれど,病院じゃあない。ここは学校。400人余りの生徒(患者)に,教師(医師)は少しだけど,養護教諭(看護職)はたくさんいて,実習助手(作業療法士)や入学進学相談員(ケースワーカー),用務員のおじさん・おばさん,給食のおじさん・おばさんもいる。卒業するために生活技能訓練とかするのだけれど,卒業できない生徒が大勢いるし,通信教育のスクーリング(外来)もあるけど,復学もできる学校。病気とのつきあい方と病気とともに生活していくことを学ぶための学校なんですね。
私が新しい職場に入った前日,娘は大きなリュックサックを背負って1人旅に出かけました。大学を1年休学し,ヨーロッパから中央アジア,中国の建築物を見て歩くのだそうです。私が娘に
「いいね,好きなことできて」と言うと,
「あら,お母さんは好きなことしてこなかったの」と聞かれました。
「好きなことしてきましたよ」
「じゃあ,これからは好きなことしないの」
「もちろん,これからも好きなことしますよ」
「じゃあ,同じじゃない。お互いに頑張りましょうね」と励まされ,私は「はい」と元気に答えました。
娘が見てくる世界と,私がこれから見ていく世界。どう違って,どう同じなのでしょうね。
|