災害医療と災害医学の動向
――第11回世界救急災害医学会を主催するにあたって
太田宗夫(第11回世界救急災害医学会長/大阪府立千里救命救急センター所長)
災害の変化と医療人の認識
災害対策(countermeasure)の再構築が進行しているが,医療人がその過程で,医療,特に救命に関して責任を負うべき立場にあることはいうまでもない。医学評論を参照すると,阪神・淡路大震災が本邦の医学世界にもたらしたショックは大きく,遺伝子治療等が象徴する医学レベルと,災害時医療の結果との乖離,で代弁できる。さらに追い打ちをかけるごとく発生した東京地下鉄サリン事件,O-157集団感染,カレー混入集団砒素中毒事件は,災害の多種多様化が現実となりつつあることを示唆している。
諸々の環境変化が微妙に影響し,自然災害は混合型災害へ,人為災害は大型化へと変貌するのは必至で,発生頻度も増加し,寺田寅彦の名言「災害は忘れた頃にやってくる」は通用しなくなる。いずれにしても,災害医療は災害が発生するたびに対策を修正する繰り返しの中で進歩する,という在来の流れ(災害サイクル)を漫然と認める範囲はすでに越えている。これらはすべての医療人が認識すべき変化で,必然的に組織的な研究の必要性が強調される。
災害時医療の評価
結果は科学的に評価され,感傷的な評価は危険視される。評価の尺度は評価する者の立場によって異なるが,災害医学世界は最も厳格で,総死亡数ではなく適切な医療が行なわれたなら救命できた死亡数(Preventable Deaths)の多少から評価する。
災害医学
災害医学(Disaster Medicine)の最終目標は「人的被害の軽減(mitigation)」で,「Preventable Deathsを少なくする戦略」が最大の関心だが,「人的被害」は直接死亡や健康被害だけではなく,保健医療や心理面にも及ぶため,課題には事欠かない。しかし,災害医療は医学だけでは完成できず,関連分野の連携を必要としているために,災害医学では医学の立場から,捜索救助(Search & Rescue)・情報・搬送・資器材から,市民教育・行政施策まで注文をつけている。さらに,被害予測(Preestimate),被害防止(Prevention),海外の大災害に対する医療支援(International Relief)なども論議の対象となる。これらを総合して,医療ニーズの刻々変化,災害種による被害の特徴等を確実にとらえた医療展開の基本を図式化するとともに,多種のオプションを提言している。
災害医学の研究
研究スタイルは独特で,経験(Lessons)を重視するので,EBM(Evidence-Based Medicine)の概念とも馴染む。集積した事例から,医療展開の障害・医療対応の構造・医療者の資質・死亡に至る要素・2次被害・慢性被害等を分析し,災害と人的被害の予測,医療者の教育方式等を,被害軽減の戦略の基礎とする。阪神・淡路大震災ではクラッシュ症候群を詳細に検討し,地震災害に関して多くの成果を得た。またO-157集団感染では,この経験を参照に死亡を最低限に抑えた。研究には,すべての医学分野と看護を含む全医療職種の参加を歓迎するだけではなく,非医学系を巻き込む学際的研究を基調としている。
災害医学研究の歴史
本領域の研究の歴史が浅くないことは,あまり知られていない。1977年に設立され世界をリードしてきた「世界救急災害医学会(World Association for Disaster and Emergency Medicine
WADEM)」に,日本は主要メンバーとして参加している。国内での論議は救急医学の中で活性化し,1988年には「アジア太平洋大災害医療学会:Asian Pacific Conferences on Disaster Medicine;APCDM」を創設し,災害多発地域であるアジア太平洋に目を向けた(2000年にはバンクーバーで第5回総会が開催される。事務局:日本医科大学)。
また,1996年には「日本集団災害医療研究会:Japanese Association for Disaster Medicine;JADM」が結成(事務局:大阪府立千里救命救急センター)され,国内での論議を取りまとめるとともに,災害拠点病院連絡協議会を設けて実際面の充実を援助しているが,同研究会は1999年には学会に昇格させ,新たな発展を期している(本年2月に金沢で第4回研究会を開催。事務局:金沢医科大学。2000年には東京で第5回学会を開催予定。事務局:国立東京災害医療センター)。
研究者はまだ少数だが,上記の国際・環太平洋・国内の三重構造の中で励んでいる。熱意は十分で,15年前に海外救援医療チーム(Japan Medical Team for Disaster Relief:JMTDR,50回派遣)を結成する等の実活動は内外で評価されている。
第11回世界救急災害医学会の開催
この度小職が,本年5月10-13日の4日間にわたり,第11回世界救急災害医学会(11th Congress of World Association for Desaster and Emergency Medicine WADEM-11)を主催する栄誉に浴し,現在鋭意準備を進めている。会場は大阪府吹田市内のサンパレスで,“Global Concord for Mitigation of Acute Deaths”をメインテーマに掲げ,国際的な土俵で,次世紀における災害医学とプレホスピタルケアのあり方を論議する。奇しくも「ノストラダムスの大予言」の年に災害医学を論ずるのも一興と心得,成功を期している。関連分野を問わず,多数のご参加を歓迎するものである。悔悟の念を心の傷としないために
災害医療と災害医学は日常的に役立つものではないために,広く関心を持続することは難題である。また救急医療・救急医学の延長線上では消化できない側面を内蔵しており,研究・教育,いずれにも別の枠組みが必要である。しかし,一時に多数の人命が危険に曝される場面では威力を発揮するもので,医療者として最低限の知識を担保しておくべきである。「あの場面で手が出なかった」等の悔悟の念が心の傷として残ることもある。
これらの背景は,身近で突発したいくつかの大災害が,その認識を医療社会に浸透させ,研究意欲を高めた。またこの動向が,学問体系の構築を共通の目標とする研究者集団を結成させ,医学社会に,1つの医学ジャンルとしての承認を求める段階に入っているといえるであろう。
「よい医療は優れた医学によって熟成する」という医学界の常識が,この世界にも適用できると確信し,地道な努力を続けている。
・WADEM-11 Scientific Program
〔Invited Lecturer〕明石 康(前国連事務次長)
〔Disaster medicine related〕
Symposium:(1)Global concord for mitigation of acute deaths,(2)Education model of disaster medicine
〔Emergency medicine related〕
Symposium:(1)EMSS as the national issue, (2)Quality management in emergency medicine
※他に,両セッションでパネルディスカッション,ワークショップなどを開催する
・事務局:大阪府立千里救命救急センター
〒565-0862 大阪府吹田市津雲台1-1
TEL(06)6834-7364/FAX(06)6872-1846
E-mail:wadem11@osk3.3web.ne.jp
Homepage:http://www2.osk.3web.ne.jp/~wadem11