論文作成のヒント集
テクニカルライティング入門(後編)
田久浩志(東邦大学医学部・病院管理学)アウトラインで論文を設計する
はじめに
前編(本紙2317号)では論文作成のヒントとして,パラグラフの考えを重視するとわかりやすい文章ができることを示しました。今回はアウトラインを使った論文の設計方法を紹介します。アウトラインとは
論文やレポートの作成手順の本はいくつか出版されています1, 2)。その多くは,アメリカの文章作法やレポート作成法を下敷きにして,その作業手順を解説しています。そこでは,大抵,(1)テーマの設定,(2)資料の収集,(3)アウトラインの構築,(4)論文の執筆の順番で,どのように論文やレポートを構築していくかが述べられています。保健医療福祉の分野での論文は文献のみで話を進めるわけにいきませんが,ほぼ同じような手順の作業となります。例えば,(1)研究テーマの設定,(2)基礎的な文献の調査,(3)実験または調査,(4)仮説の検討,(5)アウトラインの構築,(6)論文の執筆,のような構成になります。
ここで出てくる「アウトライン」とは何でしょうか。アウトラインとは章だて,概略,あるいは骨組みのことです。しかし単なる章だてと異なり,論文やレポートのアウトラインは,主張を証明するために構成しなくてはなりません。
例えば,主張を重視する英文のEssayは日本のエッセイとは異なり,議論の提示,それに対する証拠の提示,議論の展開,結論の導出という順番で書かれています3)。論文も,議論の提示から結論の導出へ話を進めていく点は同じで,議論の提示(目的)に対して,客観的な証拠(対象と方法,結果)を示し,議論を展開(考察)し,結論を導くように構成されます。
したがって,作者は自分の主張を明確に伝えるために,読み手の思考が滑らかに流れるようにアウトラインを作成しなくてはなりません。骨組みなしに無理に家を作ろうとすれば,すぐに家が崩れてしまうのと同じで,今まで論文がうまくできないと悩んでいた人の多くは,このアウトラインに問題があり,読み手の思考が滑らかに流れるような配慮がなされていない場合が多かったのです。
アウトラインの作成
実際のアウトライン作成作業の1例を説明します。アウトラインの考えを重視して文章を作成するためにはアウトラインプロセッサと呼ばれるソフトウェアを使う方法もあります4, 5)。しかし,ソフトウェアがなくても論文のアウトラインの作成は簡単にできます。まず,ノートと短冊型のポストイット(付箋)を用意してください。最初に論文の形式を決めます。論文の形式には,原著論文,研究報告,速報などいくつかの種類がありますが,ここでは原著論文を対象とし,序文(目的),対象と方法,結果,考察,結び(結語)で論文を構成するとします。
次にポストイットにアウトラインの大項目として目的,対象,方法,結果,考察と書いてノートに張り,その下位のアウトラインである中項目のポストイットに自分の書きたい内容を箇条書きにして貼ります。
考察のところであれば,(1)本研究の目的と仮説,(2)主な研究結果の要約,(3)これまでの同じ研究領域での研究結果,(4)今までの報告と同じ点,異なる点,その理由,(5)最終的に強調したい点,(6)将来の展望,などといった内容の項目を貼るわけです。
そして下位のアウトラインである小項目のポストイットに,自分が強調したい内容であるトピックセンテンスを並べます。そして話の流れが滑らかになるように,何度もアウトラインの構成を検討し,アウトラインの分割,統合,上位下位への移動といった作業を繰り返します。このアウトラインの検討はポストイットの移動ですから,ソフトウェアやパソコンがなくてもどこでもできる利点があります。
一例として,大安になると在院日数が延びると経験的に言われていた現象を定量的に証明した報告6)より,アウトラインの大項目と中項目の例を表1に示します。
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アウトライン作成時の注意
アウトラインの検討段階で考慮すべき点を示します。これらは,一般的には論文執筆時に使われる方法ですが,その前段階のアウトライン作成時に使うとより効果があります。<だからこうなんだを明確に>
論文作成時に悩んでいる人の内容を見ると,「誰もやっていない新しいことをするんだ」などと考えてあれもこれもと内容を盛り込んで,何を言いたいのかが不明確になっている場合が多くあります。
ものすごい大論文を作るよりも,小さなことでもいいから「目的」のところで「だからこうなんだ」と,一言で自分の主張が示せるような論文を考えてください。そうすれば,読み手は目的を読むだけで論文の主張を理解でき,その論文を最後まで読もうという気になります。
私が行なうテクニカルライティングの講習では,最初にB5用紙の上半分に自分の考えている論文の目的を書いてもらいます。次に下半分にある名刺大の枠に「だからこうなんだ」を書いてもらいます。多くの人は最初に研究目的をB5用紙の上半分一杯に書いてしまいます。しかし書ける内容が制限されると,自分で当然と思っていた研究目的も強制的に整理することになり,研究目的がより明確に表現されるようになります。
「だからこうなんだ」と言うためにはいくつかの制約をつける場合もあります。その場合は,論文に「今回の研究にはいくつかの制約条件が考えられるが,自分たちはこの部分に注目して解析を行なった」と前提条件を明記して議論を展開すればよいわけです。
研究の初心者にとって一番重要なのは,簡単なことでもよいからとにかく研究をまとめることで,素晴しい内容の論文を書くことではありません。
<やはり役立つ参考文献>
「目的」や「考察」のアウトラインを作成する時に,どのような内容を盛り込むかで悩むことがあります。そのような時は,類似の内容の文献のアウトラインの構成を見てください。先輩の論文のアウトラインで,論文の流れを勉強するわけです。
そのためには参考論文を読む時に,余白にパラグラフのトピックセンテンスが何かをメモ書きすることをお勧めします。これを繰り返すと,どのように論文のアウトラインを作成すると読み手にとってわかりやすいかが自然と学べます。
<あなたの常識,私の不思議>
自分では常識と思ってアウトラインを展開しても,読み手が理解できない場合が多くあります。それを避けるための手法の1つに「だからどうなんだテスト」7)という方法があります。これは,論文で伝えたい内容ががどのくらい重要であるかに対して,「だからどうなんだ,だからどうなんだ」と常に問いかけながら論文を執筆する方法ですが,アウトライン作成時に行なうとより効果的です。
「誰が気にするかテスト」7)という手法も便利です。これは,自分の論文を印刷物とした時に,「誰が気にするか」を常に問いかけて検討をする方法です。論文の読み手を常に気にすると,客観的に自分のアウトラインを検討できます。それと同時に,発表する学会誌も十分考慮することができます。
また「トピックセンテンスを注目するテスト8)」も参考になります。これは論文執筆時に,各パラグラフのトピックセンテンスのみを読んでいって,その論文の主張が滑らかに理解できるか否かを検査する方法です。ですからこのテストに合格するようにアウトラインを並べる,つまり小項目のアウトラインを読むだけで話しが通じるように調整をするのです。その例として,大安仏滅の論文6)の「はじめに」のトピックセンテンスの構成を表2に示します。
I. はじめに
A.入院患者の早期社会復帰,病床の有効利用および病院の収益性の向上より,在院日数の短縮は運営上での重要な問題である B.一方,日常生活に目を向けると,縁起を担いで暦における大安仏滅(六曜)を考慮して冠婚葬祭や宝くじ購入の日取りをきめる場合が多い C.そこで,患者の意図的な六曜選択が入退院日の日程や在院日数に影響を与えていれば,それを取り除くことで在院日数が短縮できるのではないかとの仮説をたて検証を行なった |
<最後にたよりの他人の目>
でき上がった自分のアウトラインは,自分が他人になったつもりで内容を見直します。特に,自分がすでに提示した結果,あるいは参考文献などで自分の主張を矛盾なく,客観的に説明できるかどうかを厳しく見直してください。
その次の段階では,できれば研究グループ内,あるいは指導の先生などの第三者の目からアウトラインを見てもらいましょう。そうすれば,自分では気がつかなかった論文の流れの論理の矛盾が明らかになります。
<アウトラインあれこれ>
上記の点に注意してアウトラインができたとすると,誰が読んでも理解できる論文の設計図が完成したことになります。したがって,アウトラインの小項目を発展させて論文にするのは比較的簡単です。しかし,満足できるアウトラインがなかなかできない時は,書ける場所から活字にしていってください。対象と方法,結果などは先に書けるはずです。
また,実験を計画する時にアウトラインを作成する方法もあります。この場合のアウトラインは一種の研究計画書になります。実験や調査をすすめる場合,どこに問題が生じそうか,何を事前に調べればよいかなどが,アウトライン上で事前に検討できます。
アウトラインの作成をアイデアを整理する方法と見なせば,発想法として有名なKJ法9)と同じになります。保健医療福祉の分野の方も,一度この本をご覧ください。研究を進める時に必ず役立ちます。
おわりに
世の中にはすでに,論文作成の参考書として立派な本がいくつも出ています。今まで保健医療福祉領域の分野ではあまり知られていなかったパラグラフとアウトラインの考えを,論文作成時のヒントとして紹介しました。「なんだ。こんなことあたりまえだ」と感じた方も多いかと思いますが,そのような方はすでに自然にこのような手順を行なっている場合が多く,論文を書く時にも悩んでいないはずです。そうではなくて,今まで論文作成に悩んでいた多くの方にとって,本稿が何かしらの参考になれば幸いです。
[参考文献]
1)ロン・フライ著,酒井一夫訳:アメリカ式論文の書き方,東京図書株式会社,1994
2)渡辺昇一,安西徹雄,舟川一彦:論文・レポートの書き方;スタンダード英語講座第8巻,大修館書店,1984
3)松本道弘:英語 何をどう書くか,現代新書748,講談社,1984
4)奥出直人:もの書きがコンピュータに出会うとき,河出書房新社,1990
5)樺島忠夫:文章作成の技術 知的ワープロ・パソコン利用,三省堂,1992
6)田久浩志,定本清美,鈴木荘太郎:大安仏滅の在院日数に及ぼす影響,病院管理,Vol.35 No.4. 5-11,1998
7)Edward J Huth著,植村研一監訳:うまい医学論文の準備と作成,医学書院,1994
8)Peter P. Morgan:To write better,write better paragraphs,Can Med Assoc J,Vol.130,May 15,1255,1984
9)川喜田二郎:発想法,中公新書136,中央公論社,1967