【投稿】
アメリカにおけるO157の現状
横田京子(Denlon State School , R. N.)
夏はとかく,食中毒の起こる時期である。先頃,Escherichia Coli (病原性大腸菌)O157:H7(E.Coli O157:H7)による食感染と思われる9000余りの例が日本で発生していることをCNNは報道した。
E.Coli O157:H7による感染例はカナダを含む北アメリカ大陸でもこの頃劇的に増えており,その発生は日本のみの問題ではない。ここにアメリカのE.Coli O157:H7感染報告なども紹介しながらその病原菌について考えてみたい。
E.Coli O157:H7
E.Coli O157:H7と呼ばれる菌は体部(O)と鞭毛(H)抗原によって成り立つ菌である。その菌は1つまたは2つのファージ(ウイルス)から毒素を産生する。それらの毒素はいろいろなベロ毒素(志賀毒素様毒素)を配列することで知られている。いままで人間からシゲラ属のように毒素を産生するセロタイプのE.Coli O157:H7が100以上も分離されているが,全セロタイプが病原菌になるわけではない。しかし,困ったことにE.Coli O157:H7は人間へ害を与えてしまうため,臨床的にも保健衛生的にも注目をせざるを得ない菌と言えよう。発生頻度
E.Coli O157:H7が人間病原菌としてわかったのは1982年である。この菌の感染によって出てくる症状には無症状から,下痢,出血性大腸炎,溶血性尿毒症症候群(HUS),血小板減少性紫斑症および死に至るものまである。1995年のCDC(Center for Disease Control & Prevention:米疾病管理センター)の調査報告によると,最近の米国内でのE.Coli O157:H7の発生は1993年1月1日から昨年の9月14日までの間に32州でトータル63の集団発生(1734例)が見られた。しかし,Boyce & Swerdlow & Griffinらは「アメリカでは少数の検査室でしか定期的にE.Coli O157:H7の検査を行なっておらず,実際のE.Coli O157:H7の感染件数はわからない。推定2万1000の感染があったものと思われる」1)と言っている。
カナダとアメリカの研究を比較してみると,カナダではシゲラ属の分離よりも,E.Coli O157:H7の分離を多くしている傾向にある。
地理学的および季節的発生因子
E.Coli O157:H7はヨーロッパ,アジア,アフリカ,南アメリカを含む全世界で分離されている。カナダやアメリカでも頻繁に見られるが南部より北部に突発的な集団発生が多いものの,はっきりした地理的発生はまだわかっていない(図)。季節的には寒い時期よりも温かい時期に多く発生している。ピークは6月から9月であるが,その期間はオーガニズム生態学的影響や人々の挽肉消費の多い時期であることも要因として考えられている。
伝播
E.Coli O157:H7伝播データの多くは,突発集団発生の調査から得られたものである。そのほとんどが十分に火を通さない調理法で牛肉を食べた後に発生している。北アメリカでの大きな発生報告は,700人が感染影響を受け4人が死亡した東部での4つの州の発生であった。その時はファーストフードチェーンレストランでよく火を通していないハンバーガーを買って食べた人々の間で集団発生した。CDCによると健康な肉牛1%の消化管にE.Coli O157:H7が存在し,屠殺あるいは製肉の際に,病原菌が肉の表から内部へ入りその肉を食べた人々,特によく調理しないで食べた人々の間で集団発生しているとのことである。
その他の伝播としては塩素消毒していない地方の飲み水によって感染が起きているとの報告もあるが,E.Coli O157:H7は水道水内で1か月位は十分に生きることができる菌であることを私たちは知らなければならないであろう。
CDCはアップルサイダーやくだもの,プールの汚染水を飲んで感染発生した例も1993年に報告している。
昨年の7月,イリノイ州の湖で泳いだ12人の子どもたちがE.Coli O157:H7に感染しニュースとなった。その際,湖で泳いで病気が発生するまでの平均日数は4日であった(通常の潜伏期間は3~4日)。そのうちの7人は培養検査でE.Coli O157:H7が確認され,3人は血清で陽性と判定された。また,1人はHUSとなり培養検査でもE.Coli O157:H7感染が確認されたが,2人だけは検便で陰性であった。
前述したように,平均してこの感染症の潜伏期間は3~4日である。潜伏期間が長ければ長いほど2次感染は広がってしまうことを私たち医療者,特に保健衛生従事者は知らなければならないであろう。
E.Coli O157:H7感染はどの年齢層においても起きている。しかし,ある研究では5歳以下の子どもに症状が出る感染例は53%であり,3週間後の検便でE.Coli O157:H7が陽性であったとの報告もある。それに対して,5歳以上の子どもまたは大人では8%しか感染していないとする報告もあるが,困ったことは無症状または長い間,E.Coli O157:H7を保菌する例も見られることである。
症状
症状は今まで書いてきたように無症状から下痢および血便を伴う下痢(出血性大腸炎),HUS,血小板減少性紫斑症および死に至るまで見られる。アメリカでは23%の感染者が入院し,6%の人がHUSまたは血小板減少性紫斑症となり,1.2%の人々が死亡している2)。CDCによると,その死亡率から米国では年間250人の感染死亡者があると考えられるとしている。また特徴としては痙攣性腹痛,下痢があるが,3~4日目に下痢は血性となる。1/2の感染患者には嘔気,嘔吐も見られる。さらに,E.Coli O157:H7感染者は一般に低体温であり,表に示す他の下痢を原因とする病気も考慮に入れた診断をしなければならないとしている。
表 E. Coli O157:H7感染とは異なる大腸炎の鑑別診断
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血便はE.Coli O157:H7の特徴であるが,CDCに報告されている感染者で血性下痢を伴う患者は35~90%の範囲である。しかし,感染があったと考えられる例の中で血便が見られない下痢のケースでも,十分にE.Coli O157:H7の感染を考慮に入れた診断,検査をすべきであることはどの文献にも書かれており,現在の日本でも行なうべきであろう。
文献によると,上行および横行結腸内の粘膜下組織浮腫はバリウム注腸造影で拇印パターンを示すとのことである。ミシシッピ州在住で胃腸科を専門とする波平宜靖医師は,「内視鏡検査では結腸粘膜の浮腫や充血を帯びていることがよくわかり,時には粘膜表面にできている潰瘍も見ることができる。病理学上,結腸に感染があったり,虚血パターンを考えさせる偽膜も存在し,C.Difficile 感染による偽膜結腸炎との判断が難しい場合があるので注意が必要」と話す。
通常E.Coli O157:H7の感染症状は1週間でおさまる。HUS症状は2~14日に見られ,アメリカでは6%の患者がHUSを呈している。子どもがE.Coli O157:H7を感染した場合は,急性腎不全に陥ることが多く,微小血管出血性貧血,血小板減少症あるいは腎不全および脳神経症状を呈する。それらの症状は,幼年者のみならず老人にも起こりやすいので十分な注意が必要であることは複数の文献が示している。
年齢と併せてHUS症状を出してしまうリスク因子には,血性下痢,発熱,白血球増加,そして下痢止めが与えられてしまった場合があげられる。
血小板減少性紫斑症は全HUS患者に見られ,白血球が増加し,重症な胃腸前駆症状や無尿が早くから現れた2歳以下の患者の場合は,重症なHUS状態に陥りやすいことを予測しなければならない。さらにアメリカの約1/4の患者には神経症状が現れ,痙攣や昏睡状態,片麻痺等も見られる。HUS患者の1/2は透析を必要とし,3/4が赤血球輸血を受けている。死亡率は約3~4%で,5%の患者が腎不全末期であったり,永久的に脳神経障害を起こしている。
しかし,CDCは19人中の7老人患者がE.Coli O157:H7感染後,HUSや血小板減少症を示さず死亡したとの例も発表している。
治療およびケア
E.Coli O157:H7感染においては特別な治療法はなく,これまでの研究等が提案する方法に頼るほかはないようである。HUSの患者にはTrimethoprim Sulfamethoxazol等の殺菌剤を使用しているケースが多いが,ある報告ではこの殺菌剤を使用したことにより,症状が悪化したことが見られたので十分な注意が必要と報告している文献もある。しかし大多数のE.Coli O157:H7感染者を治療したことのあるアメリカの医療センターの発表では,早期の抗生剤使用はほとんど有効であったとする報告が多い。今後はE.Coli O157:H7のトキシンを取り込むResinの経口投与や抗トキシンの静注等が考えられるであろうとBoyce & Swerdlow & Griffinは書いている1)。
どの文献でも特別な注意として書かれていることは,E.Coli O157:H7感染者で下痢をしている場合は,下痢止めを投与することは厳禁としなければならないことである。下痢止めを使用してしまうと,毒素を体内に止めてしまい,HUSや脳神経症状を悪化させる原因になってしまう。下痢が発症した時は,その1週間はHUSなどの症状(顔面蒼白や無尿)がないかどうか十分に観察,記録する。特に5歳以下の幼児や老人は厳重に観察し,血液検査や尿検査なども併せて行なう必要が出てくる。
もし溶血性尿毒症が発症した場合には,細かい水分,電解質補給をするとともに必要があれば透析を行なう。その他の治療としては,血漿搬出法や冷凍プラズマ,イミュノグロブリンを輸注するケースもある。
予防ケアとしては,殺菌洗剤などをつけて手を20~30秒以上水で洗い流す。医療・看護者の任務は,それらの手洗い教育を患者・家族および一般の人たちにしていくことから始めなければならない。その前に医療者自身が,ユニバーサルプリコーションとして実施していることは言うまでもないことである。
これまでも述べたように,幼年者や老人がE.Coli O157:H7感染してしまった時は重症に陥りやすいことから,学校,ケアセンター,ナーシングホームなどの手洗い励行を強化していくことは,2次感染予防にもつながり必要である。さらにCDCも勧めているように,なまものには十分に気をつけ,よく火を通した調理法で食べるよう呼びかけるとともに,生肉を切ったまな板でサラダ用の野菜をきざんだりしないよう注意する。
食べ物の保存に関しては,長期間室温に置いて食べることのないようにしなければならない。4℃またはそれ以下の冷凍,冷蔵保存とすることである。
E.Coli O157:H7の感染発生があった時は,飲料水は沸騰した水を冷やして飲むなどの注意もするとよいであろう。
ケアする側が最初から最後まで忘れてならないことは,感染してしまった患者を身体的側面からのみケアするのではなく,その家族を含めた精神的支えをすることで,これは,ストレス軽減を図っていることになり重要な看護である。
おわりに
科学が進み経済も高度成長を遂げた複雑な環境の中で,たとえ人間に害を及ぼしたとしても,生き物が生き延びるために形や機能を変えたり,細胞同士が結合して新しい行動をとっていくことは自然なことかも知れない。人間への害が大きいE.Coli O157:H7やその他の細菌,およびウイルスの変化の原因も,もしかしたら人間が作り出した環境によるものかもしれないのである。それらの点を私たち人間は謙虚に考えなければいけないであろう。もし,E.Coli O157:H7感染が蔓延してしまった場合には,迅速に事実に基づいた対策が民間レベルでも政府レベルでも取られ,解決できるようにしなければならない。そのためには早い報告と正確な情報が得られるシステム作りをすることが焦眉の急である。
医療者はE.Coli O157:H7の性質を知るとともに,感染蔓延が起きた場合に,人々が応々にしてパニック状態に陥る傾向にあることも知らなければならないだろう。感染した人々には迅速に最善の治療を行ない,感染していない人々には科学に基づいて予防教育を正しく行なっていくことが,パニック状態を避けることになるだろう。第1次医療と第2次医療の同時進行強化が今の日本のE.Coli O157:H7に必要と思われる。
【参考文献】
1)Boyce, Swerdlow & Griffin: Escherichia coli O157:H7 and the hemolytic‐uremic syndrome, N. Engl. J. Med, (333) 365‐8, 1995.
2)Griffin P.M.:Escherichia coli O157:H7 and entero‐hemorrhagic escherichia coli, eds. Infections of the gastrointestinal tract, Raven Press, New York, 739‐6, 1995.