医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

甲状腺疾患の格好の専門書

甲状腺疾患の診療 新しい概念と指針 河西信勝,坂本穆彦,山田恵子 著

《書 評》飯田 太(長野県がん検診・救急センター所長)

 最近,種々の臓器,疾患の専門書がしきりと発刊されているが,これは臨床医学の細分化と専門化が進行しつつある現状を反映していると言える。甲状腺疾患についても過去,2,3の専門書が刊行されたことがあったが,この数年そのような事例を見ていないので,本書の刊行は時機的に見ても適切であろう。本書は外科学,病理学,放射線医学それぞれの第一人者である3名が一定の方針に基づいて執筆されているので,少なくとも外科的甲状腺疾患については「おち」がでる隙はないといえる。甲状腺外科学とはそれほど濃密にこれらの3領域に支えられて進歩してきたのである。

基礎から最先端まで網羅

 全体を通してまず言えることは非常に懇切,丁寧な記述と各項目ごとに基礎から最先端的な事象までが確実に網羅されていることである。具体的には,頸部は狭い部位に多数の臓器,組織が密集しており,解剖学的位置関係を把握するのに苦労するのであるが,発生学を中心として局所解剖学的に明快に図示,説明されている。手術に携わる外科医にとっても,画像診断に関与する放射線医にとっても常に座右において参考になる好適な書物である。
 形態学の分野は各疾患の単なる病理学的な記述にとどまらず,鑑別診断の要点や癌の進展様式まで記述されている。甲状腺疾患の病理診断は甲状腺以外の領域を専門とされる病理医にとっては取り付きにくく,良,悪性の区別が難しいものらしいが,これはおそらく甲状腺では腫瘍細胞の異型性が他臓器癌に比較して乏しいことや,特殊な間質反応のため全体像の把握が困難なことによるものであろう。これらの難点が本書では明快に説明されており,病理医のみでなく,外科医,放射線医にも是非一読してほしいものである。
 甲状腺疾患のような代謝性疾患の書籍は内科医の手によると,とかく非常に詳細な検査成績の説明がなされがちで,外科系の医師の肌に合わないことがあるが,本書は形態観察を主武器とする専門家によるもので,この点が簡明に述べられているのは当然であり,むしろ特徴とも言える。しかし,疾患の本態の理解と治療方針の決定に必要な事項は漏れなく述べられている。

画像診断の発達を盛り込む

 さて,甲状腺疾患の画像診断で最近特筆すべきは超音波診断学の発達であり,他の高価で放射線被爆をもたらす検査はその価値を失いつつある。本書には美麗な超音波画像が惜しみなく並べられ,解剖学と病理学を基本にした説明により理解が容易なように工夫されている。診断の最終的な方法として穿刺吸引細胞診は有力な武器ではあるが,同時に限界もある。これらの点をわきまえた記述は著者たちのこの領域における造詣の深さを物語るものであろう。
 治療については外科的治療にとどまらず内科的治療,放射線治療の適応と限界についても記述されているので,初学者にとって治療学全体の把握と,その中における外科的療法の位置づけを理解するのに役立つであろう。とくに手術方法の記載は詳細で専門書のレベルといってよいであろう。ひさびさに目にする甲状腺疾患の格好の専門書である。
(B5・頁250 税込定価7,931円 医学書院刊)


最先端の学問の発展の流れがわかる本

循環器疾患と自律神経機能 井上博 編集

《書 評》村山正博(聖マリアンナ医大教授・内科学)

 かつて学生の頃,沖中重雄先生の「自律神経」の講義の時,自律神経に関連した研究をやっている限り一生,テーマに困らないというような主旨の話を聴いたことを覚えている。今になってみると本当にそうであるという実感が強い。
 少々古いが,私の手元に今3冊の本がある。Randall WC編集の『Neural Regulation of the Heart』(Oxford University Press,1977),Schwartz PJらの編集による『Neural Mechanisms in Cardiac Arrhythmias』(Raven Press,1978),さらにもう1つはAmerican Physiological Societyの1983年版『Handbook of Physiology-Section 2:Cardiovascular System』Vol.IIIにあるShepherd JTとAbboud FM編集による「Peripheral Circulation and Organ Blood Flow, Part 1,2」である。いずれも,かつて抄読会で読み,実験のたびに参考にしたものである。
 当時は心臓に関する自律神経の研究というと多くは実験的研究であり,中でも冠循環の自律神経調節に関する研究は学会の花形であった。その他には,自律神経と不整脈や心電図波形に関するテーマが盛んに研究されたものである。しかし臨床では自律神経機能を評価する良い方法がなく,自律神経テストといえばもっぱら薬剤を用いて相対的トーヌスを推測するに留まっていた。またようやくβブロッカーに関する臨床的知見が集積し出した頃であった。

自律神経関連の話題は花盛り

 あれから20年近く経った。特にここ数年の自律神経機能評価法の発展には目を見張るものがある。循環器関連の学会や研究会,医学ジャーナルいずれを見ても自律神経関連の話題は花盛りである。循環器の分野は範囲が広いので,各分野における研究をそろそろ整理して読みたいと思っていた。
 このような折,富山医科薬科大学第2内科の井上博教授を編者として『循環器疾患と自律神経機能』(医学書院)が発刊されたことは,まことに時宜を得たものであると思う。井上教授は「心臓と自律神経」を伝統的テーマとする東京大学第2内科の出身で,故村尾覚教授の弟子の1人である。多くの俊秀を輩出した教室で不整脈学を学び,またアメリカでZipes教授の下で心臓と自律神経に関した優れた論文をいくつも発表しておられる。編者としては最適の人を得たといえよう。

臨床応用の進歩が手に取るように

 内容は200ページ余りにコンパクトに整理され,表紙および装丁もなかなかすっきりとした読みやすい本である。著者には編者および編者の指導下にある教室のメンバー,そしてカバーできない分野はそれぞれの分野で本邦の第一人者といわれている人を得ている。内容は総論としての「自律神経系による循環調節」,「自律神経の電気生理学的作用」,「心拍変動による自律神経機能解析」,そして疾患各論として「冠動脈疾患」,「心不全」,「徐脈性不整脈」,「上室性不整脈」,「心室性不整脈」,「神経調節性失神」,「不整脈による自律神経活動の修飾」そして「高血圧と自律神経機能」と幅広く,それぞれの著者らの業績と世界における最近の知見が紹介されている。私も上述の手持ちの3冊と比較しながら手早く目を通して見たが,最近の学問的進歩がよくわかった。特に本書の後半の臨床応用は上述のものの内容とはまったく異なっており,20年間の進歩が手に取るようにわかった。
 本書を循環器病学専門医の知識の整理のために,そしてこれから専門医を目指す若い循環器医が最先端の学問発展の流れを知るための必携の本として推薦したい。
(B5・頁224 税込定価8,240円 医学書院刊)


定評ある臨床神経学の教科書の改訂版

臨床神経学の基礎 メイヨー医科大学教材(第3版) 大西晃生,他 訳

《書 評》木下真男(東邦大教授・神経内科)

 本書の良さは,既に定評のあるところであり,それについて今更言及する必要はないが,今回,第3版の訳書が出版されて,改めて認識させられる点が多い。
 まず,本書を前版と比較してみる。頁数では105頁の増加である。新しく設けられたのは第12章「神経化学系」約20頁である。これは訳書に対するより,原著に対しての不満であったが,神経化学に関する記述が少なかったという印象があった。その点が本版で是正され,更に充実したわけであるが,言わせていただければ,縦の系に入れるよりは,生理学的側面などと並べて,総論の中により大きな章として組み入れてあるほうが,読者により便利であるようにも思える。

頭の中の概念の整理に役立つ

 この生化学の章を除いては,新設の章はなく,前述の増頁分は各章に分散している。特に増えたのは,神経疾患の診断に生理学的側面,縦の系の感覚系,運動系,水平レベルのテント上レベルなどで,それぞれ10頁前後の増加がある。生理学的側面の中には,新しく細胞膜の項目があり,また,感覚系では,体性感覚神経系の構成という新しい項がある。運動系では新項目はないが,直接賦話経路などの記述が詳しくなっており,また,テント上レベルでは,終脳についての記述が増加している。これらの章以外にも,それぞれ5頁前後ふえており,内容が少しずつ詳しくなっている。
 また,本書の特徴の1つは,図表の多かったことであるが,本版では更にその傾向が著しくなり,図で約20,表で約30の増加がある。これによって,読者はより容易に本書の内容を理解できるようになったのではないだろうか。特に表の増加はきわめて簡単なものも含まれているが,表にすることによって記憶しやすくなるという効果もあり,また,ある事柄がどの事柄と同じ位置づけのことなのかなどが理解されやすくなり,頭の中での概念の整理という面でも役立つことと思われる。
 邦訳に関しては,原著と対比して調べても正確さの問題はなく,日本語としてもほぼ完全な理解しやすい文章になっており,この版に限ったことではないが,訳書の機能は充分に果たしている。最近の学生や若い医師は,時代が進んだにもかかわらず,外国語の術語に弱い傾向がある。これは全て日本語で統一されている医師国家試験に対する勉強に比重がかけられ過ぎているためもあり,卒後の知識向上に多少の阻害因子となっている感がある。その点,本書では,必要な言葉はすべて英語も併記されており,初版からの方針が貫かれていて,好ましく感じられる。
 最後に,この本の原著が,特に神経学を専門に志しているわけではない普通の米国の医学生の教材である点を思う時,日本の医学教育の向上に,更に努力する必要のあることを痛感するとともに,こうした良書の刊行に心からの拍手を送りたい。
(B5・510頁 税込定価9,682円 MEDSi刊)


尿失禁に関心をもつすべての医療従事者に

尿失禁とウロダイナミックス 手術と理学療法 近藤厚生 著

《書 評》西沢 理(信大教授・泌尿器科学)

医療従事者が尿失禁の対処に困惑する事例は少なくない

 近年,尿失禁に対する積極的な取り組みが,多くの医療機関において行なわれている。その具体的内容をみると,理学療法,手術療法,薬物療法,その他に区分できる。その他については,コラーゲンの尿道周囲注入法,電気刺激法,膀胱頸部支持装具などの種々の手法を挙げることができる。尿失禁に対する治療法が上記のように多種多様化しており,治療により治癒可能となる尿失禁の病態も確実に増加しているのにもかかわらず,実際に尿失禁患者の治療に携わる医療従事者がその対処に困惑する事例は少なくない。このような状況の中で,尿失禁に対する手術療法と理学療法に重点をおいた近藤厚生博士の手による本書の刊行は意義の深いものと確信する。
 『尿失禁とウロダイナミックス--手術と理学療法』という題名,それにビデオウロダイナミックスの記録例とチェーン膀胱造影像とを表紙とする本書を見た瞬間に,本の内容を読まずして,近藤厚生博士が渾身の情熱を込めて書きあげた本であることが直感できる。
 実際に本書を読み始めるとその内容,構成に読者に対する細やかな注意が払われていることに感心するとともに,約8年前に自分自身が名古屋大学の手術室でステーミー法と,膣前壁縫縮術を実にていねいに教えていただいた上に,さらに吊り上げの張力を決定する際に使用するバネ秤をおみやげとして渡されたことを昨日のことのように鮮明に思い出した次第である。
 特に第8章「臨床症例の検討」は,自分の経験例と照らし合わせて納得の連続であり,もっと早い時期に知っていたらよかったと感じる箇所が多数散りばめられている。第13章「学術雑誌と学会・研究会」まで目を通した後に,実に実用的な付録の部分に入ると,著者の教えることの巧みさと伝えたいメッセージの明瞭さをさらに確認させられ,目をみはらされる。

日常診療で抱く疑問解決への糸口

 尿失禁に対する治療手段の中で,本書では重点を置かれてはいないが,薬物療法においても近い将来,高い膀胱選択性を有し,副作用が少ない薬剤の開発により,臨床効果が良好となることが期待され,手術療法においては,今後もなお,手技の着実な向上がなされることは必須である。したがって,今こそ尿失禁に悩む患者が気軽に医療機関に受診できるような体制作りに向けて,医療サイドの積極的な働きかけが必要な時期であると考えられる。本書の刊行はその観点からも時宜を得たものであると思う。
 また,近藤厚生先生からの指導を受けた後に自信を持ってステーミー法と,膣前壁縫縮術を導入し,尿失禁に対する手術療法に取り組むことができるようになった経験をもつ泌尿器科医として,尿失禁に関心がある医師,看護婦,パラメディカルを含む多分野の方々に本書を座右の書とすることを強くお奨めしたい。本書により尿失禁に悩む患者に対処する日常の中で抱く疑問を解決する糸口を見つけ出すことができることを確信するからである。
(B5・頁170 税込定価5,871円 医学書院刊)


頸髄損傷に関わるすべての人に

頸髄損傷 自立を支えるケアシステム 松井和子 著

《書 評》藤塚光慶(松戸市立病院整形外科)

 本書を読み,整形外科医となって26年間に関与してきた頸髄損傷の方々を思い起こし,自らの不勉強のために必要であったアドバイスもできず,どれだけ防ぎ得た後遺症を与えてしまったかと慄然とする思いである。
 私にとって新鮮な内容をいくつか挙げると,(1)第3頸髄以上の損傷でも,補助呼吸筋の訓練により人工呼吸器から離脱できること,(2)セルフケアにより膀胱炎,尿路結石などを十分に予防できるばかりでなく,不可欠と考えられている膀胱洗浄も必ずしも必要ではないこと,(3)皮膚のトラブル,膀胱直腸の異常,温度差などの健康人には些細なことが,頭痛,発汗,寒気,鳥肌,不安,血圧の変動など,不快かつ危険な自律神経過反射を招くこと,(4)不随意な筋痙攣(痙性)が体内異常の警報となること,などである。

患者に長い間関与して得た知識

 (1)(2)はカナダ・BC州の50年近い歴史をもつ頸髄損傷プログラムを,著者である松井和子氏が詳細に調査したもので,彼らが急性期から20-30年と長期にわたり,継続して同じシステムのなかで患者に関与して得られた知識である。
 日本では急性期,リハビリテーション,施設または自宅と,治療,経過観察が途切れてしまい,自分の関与以外の分野は本に頼るしかない。教科書も患者さんの訴えを重視しているとは思えない。そういった,理不尽な身体症状などを医療者に聞いても満足した応答が得られないような状況のなかで,必要にして登場したのが「はがき通信」である。著者らを中心に,頸髄損傷患者の間で7年前から発行されている。(3)(4)はその中で得られた情報である。「はがき通信」のなかで,頸髄損傷の彼らは互いに励まし合い,情報交換し,生活に役立てている。医療体制としては,BC州の足元にも及ばないが,驚くべき努力で自立し,社会復帰されている方々,その家族の血のにじむような記録が語られている。

YES YOU CAN

 また本書には,だれもが不可能といった人工呼吸器をつけての外出,仕事,そしてそれを可能にしたカナダ・BC州のシステムが描かれている。わが国では頸損の患者さんに対して,早い時期に手足は一生動かない,あるいは自分では呼吸できないと宣言することが,早く現状を認識させ,早期の訓練につながるとされているが,一方,カナダでは早期リハプログラムのタイトルが「YES YOU CAN」であり,継続ケアサービスの第1目標が「どうしたら人生を快適に過ごせるか」であるという。
 本書は情緒的な書物ではなく,頸髄損傷についてのわかりやすい医学的解説もあり,患者さん,その家族にとっても実際に役立つ書である。整形外科,外科,泌尿器科の医師,看護婦,リハビリテーション関係者,そして行政の方々にはぜひ読んでいただきたいと切望している。
(A5・248頁 税込定価 2,884円 医学書院刊)


新しいあり方の糖尿病の参考書

糖尿病治療事典 繁田幸男,他 編集

《書 評》清野 裕(京大教授・病態代謝栄養学)

 わが国における糖尿病患者数は600万人とも推定されているが,医療機関の受診者は180万人,専門医受診者は40万人にとどまっている。したがって糖尿病患者の大多数は放置されているか,一般の医療機関を受診している。
 一方,糖尿病は象のように巨大な分野を包括し,臨床医,コメディカル,研究者によって病気に対するアプローチがなされている。逆に言えば,食事指導を行なっている第一線の栄養士の人たちから,分子生物学的な研究を行なっている人まで幅広い。しかし,糖尿病に携わっている人はおよそ糖尿病という病気について理解をしておくことが必須である。さもなければ「木をみて森をみず」という焦点の定まらないことになってしまう。しかし,個々の人が糖尿病の疫学,成因,病態,治療すべてを勉強し,理解をすることは不可能で,不得意な分野についてはそのつど参考書に頼ることは致しかたない。

他の参考書と一味異なったつくり

 『糖尿病治療事典』は「治療」にとらわれず,糖尿病学全般にわたって簡潔にかつポイントを絞って執筆されている。とくにたくさんの若手,ならびに糖尿病の周辺をカバーする人が執筆者に選ばれており,従来の類似した参考書とは一味異なっている。紙面の関係からすべての分野を奥深くと言うわけにはいかないが,使いやすさという点からは誰にでも奨められる事典である。
 臨床医,研究者に限らず手元に一冊あれば,必要な時に関係する知識が得られるという便利さを備えている。新しいあり方の糖尿病の参考書である。
(A5・頁552 税込定価6,695円 医学書院刊)