医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

神経心理学のテキストとして最も妥当な書

認知神経心理学 R A McCarthy,E K Warrington著/相馬芳明,本田仁視 監訳

《書 評》山鳥 重(東北大教授・内部・高次機能障害学)

 本書の題名である「認知神経心理学」は医学畑の人間にはあまり聞き慣れない言葉である。認知神経心理学とは認知心理学と神経心理学をまとめた概念であるが,重点はどちらかと言えば認知心理学にある,と言えるかもしれない。
 大脳の機能をニューロンの側からでなく,認知の側から考えようとする時,前頭葉が何をしているか,海馬が何をしているかという神経学的発想より,意思決定はどのような認知プロセスから成り立っているかとか,出来事の記憶はどのようなプロセスを積み上げて可能になるのかという認知科学的発想が重要になる。後者のような問題のたて方は従来の医学にあまりなく,むしろ心理学にお任せという傾向があった。ところが最近,高次機能障害の研究が深まるにつれて,大脳損傷患者の表わす複雑きわまりない症状の分析に,認知心理学の手法が導入され,目覚ましい成果を上げつつある。

モジュールの相互関係を解析し,認知機能のメカニズムを解明

 その根底にはニューロンの研究が導き出したモジュール仮説がある。大脳のニューロンは一説には140億もあり,それらのニューロンがその樹状突起で作るシナプスの数は少なく見積もっても数十兆の桁に達する。この天文学的ナンバーを前にすれば誰しも呆然とせざるを得ない。しかし,神経生理学がこれら膨大な数字の裏に,ある法則性が存在することを発見しつつある。すなわち,これらニューロンはランダムに配列されているわけではなく,百数十のニューロンがコラムという機能的な単位構造を作り,このコラムがまた多数集まってマクロコラムという機能単位を作っていることが明らかになってきた。高次神経情報処理における機能単位はこのマクロコラムである可能性が指摘されている。この機能単位(モジュール)の組み合わせで複雑な情報処理が実現されているのではないか,ということである。認知科学の側からこれをみると,認知活動にも基本的な処理単位(モジュール)があるはずで,このモジュールをみつけ,モジュールの相互関係を解析していけば,認知機能のメカニズムを解明できるはずだ,という方法的認識になる。
 ひるがえって神経心理学の古くからの蓄積に目をやれば,モジュール的アプローチの有効性は自明でもある。純粋失読,純粋失書,純粋語聾,純粋語唖など,臨床研究が営々と記載してきた「純粋」症侯群は,読むこと,書くこと,言語音を言語音として聞き取ること,言語音を構音器官を動員して生成することなどさまざまな認知機能が選択的に失われる場合があることを教えており,これらの機能が類似の機能から切り離しうる相対的に独立した機能であること,つまりモジュール性を持つ機能であることを示している。この考えをさらに深く押し進めれば,言語,記憶,知覚性認知(視覚,聴覚,触覚などを介する対象認知),行為,判断など,認知活動すべての領域でモジュール性を持つ機能を明らかにしていけるのではないか,という予測(ないし期待)が生まれるのはけだし当然であろう。こうした明確な方法意識で高次機能障害を見ていこうとするのが,評者の理解する「認知神経心理学」である。
 本書の著者McCarthyとWarringtonはこうした認知神経心理学研究の先頭に立つ人たちであり,中でもWarringtonは1970年初頭から現在に至るまで,常にこの領域の研究をリードし,かつ現在もリードし続けている息の長い研究者である。この長い研究活動を通じて,Warringtonたちは意味記憶が脳内でカテゴリー別に組織化されていること,短期記憶が長期記憶とはまったく違う機能を持っていること,言語性短期記憶が非言語性短期記憶から分離可能な機能であること,視覚認知に形態処理/カテゴリー処理/意味処理という階層があること,語の処理には形態処理と意味処理が分離できること,などなど重要な研究成果を数多く発表してきている。McCarthyは長年にわたるWarringtonの協同研究者として,同じ立場,同じ方法で優れた臨床研究を積み上げている。

実地の臨床を勉強するにはまたとない優れた教科書

 本書は,この2人の共著であり,現時点での認知神経心理学の達成を概観し,実地の臨床を勉強するにはまたとない優れた教科書である。内容は,従来の神経心理学用語で言えば,視覚失認,失行,失語,失算,記憶障害,前頭葉性障害などが主として扱われている。実際には,認知神経心理学序説,物体の視覚性認知,顔の視覚性認知,空間の知覚,随意的行為の過程,言語理解,語想起,文の理解と産生,言語実現,読み,書字,計算機能,短期記憶,自伝的記憶,記憶材料特異的な記憶,問題解決に関与する過程,そして結語という構成になっており,従来の成書との発想の違いを鮮明にしている。かつそれぞれの問題はすべて,背景/症状/病巣/解釈/結論という順序で書かれており,入りやすく,かつわかりやすい。
 翻訳陣は新潟大学脳研究所相馬芳明助教授と同人文学部本田仁視教授を中心とする第一線の臨床家/研究者たちで,この領域に精通した人たちばかりである。そのせいもあって翻訳は行き届いており,正確でかつ読みやすい。わが国に紹介されるべきこの領域のテキストとしては最も妥当な書物である。日本語に翻訳されたことで,この優れた教科書が神経科学,認知科学,神経学,心理学,神経心理学,言語病理学など関連領域のすべての臨床家/研究者/学生が気軽に親しめる書となったことを喜びたい。
(B5変型・384頁 税込定価8,755円 医学書院刊)


肝病変の診断,治療に従事する医師に必携

早期肝癌と類似病変の病理 神代正道 著

《書 評》菅野晴夫(癌研名誉研究所長)

 いま日本では,肝癌が,そして前癌状態ともいうべき種々の過形成病変も急速に増加している。エコーなどの診断法によって肝病変がよくわかるようになり,ことに,エコー誘導下生検の普及によって肝病変の診断が日常業務となってきた。また,肝切除術も広く施行され病理に回ってくる。したがって,早期肝癌とその類似病変についての正確な知識が必須となっている。本書はその強い要望に応えるもので,待望久しかった出版である。

簡潔な記述と鮮明で美しいカラー写真が一体に

 著者の神代教授は肝病理の日本の第一人者で,早くより小型肝癌,早期肝癌の研究を精力的に行ない,小型肝癌は極めて分化のよい肝細胞癌であることを明らかにされたことで有名である。本書は,久留米大学医学部の内科,外科,病理の緊密な協同体制による肝研究の病理学的成果を自験例を用いて書き下ろされたもので,迫力がみなぎっている。豊富な知識,統計がきっちり示されている簡潔な記述,鮮明で美しいカラー写真が一体となった見事なモノグラフである。
 早期肝癌をめぐる臨床病理学的現況では,いかにして小型癌,早期癌の発見が可能になったかが述べてあり興味深い。早期肝癌の病理形態は本書の中核をなすもので,分類と組織像を正確に教えてくれる。続いて,生検診断,血管構築,病理形態と超音波像という極めて重要な事項が述べられている。
 早期肝癌の生物学的諸問題では,早期癌は大部分が高分化癌であるが,増殖し大きくなるにつれて低分化になる(脱分化する)こと,それは高分化のnoduleの中に中分化のnoduleが,またその中に低分化のnoduleが生ずるいわゆるnodule in nodule式に脱分化(悪性化)が進むことが美しい写真とコンピュータグラフィックで示されている。また,肝癌は多中心性に発生すること,背景病変として肝炎ウイルスによる慢性肝病変がB型,C型肝炎によって違うこと,慢性肝炎に合併した肝細胞癌の特徴が詳細に示されている。エタノール注入療法による形態変化,肝癌の播種の危険性も示唆に富む。
 肝の過形成病変の認識と診断は極めて重要であり,時として極めて難しい。本書では,大再生結節,腺腫様過形成,異型腺腫様過形成,癌を内包する腺腫様過形成等について,肝硬変症にみられるものと非肝硬変にみられるものとに分け,これまでの解釈,問題点,さらに,adenomacarcinoma連鎖,de novo癌を含めて非常によく整理してある。いわゆる境界領域病変の考え方と診断は永遠の課題ともいえるものであるが,著者は,この難問の解決に臨床所見を重視したプラクティカルな方法をとり,問題は問題として残しておくという柔軟な姿勢をすすめており,賛成である。さらに,比較的めずらしい非腫瘍性結節性病変,肝細胞腫,胆管細胞腺腫,clear cell typeの肝細胞癌と類似する転移性腫瘍などの鑑別診断としても重要な病変が述べられている。

豊富な経験から国際的にも高く評価される

 著者は,日本の症例のみならず,諸外国の肝癌,肝硬変の経験も豊富である。本書は,世界の肝癌に通じていることに裏打ちされた強みがあり,国際的にも高く評価される(本書の英訳が望まれる)。
 本書は,肝病変の診断,治療に従事している病理医,医師,研究者には必読の書である。また,肝に関心と興味を持っているすべての人々にも肝癌,肝病変のユニークさ,おもしろさを教えてくれるものと信ずる。1人でも多くの方に読んでいただいて,広く役に立てていただきたいと念願している。
(B5・238頁 税込定価13,390円 医学書院刊)


皮膚疾患診療の現場に置いておきたい本

今日の皮膚疾患治療指針(第2版) 池田重雄,他 編集

《書 評》佐藤良夫(新潟大名誉教授)

 このたび医学書院より『今日の皮膚疾患治療指針』第2版が刊行された。初版が,『今日の治療指針』の皮膚科版として大変好評を得たが,第2版は実用性,有用性の点でさらに優れた内容になっている。執筆者は117名と多いが,初版とは別の項目を執筆しているので,写真,図表を含め,全頁が新しくなっている。これを完成させるためにご苦労された編集者ならびに執筆者にまず敬意を表したい。

皮膚科検査法の実際と結果の読み方をわかりやすく解説

 本書の最大の特徴は,「外来での主な検査」の章を新たに新設し,皮膚科検査法の実際と結果の読み方がわかりやすく記載されていることである。約30葉のカラー写真は美麗で,図表も多く,充実した内容となっており,入院患者の検査にも十分活用できる。本章は第2版の全頁数の約10%を占め,皮膚科の検査指針としての役割も持っているといえる。
 第1章の「プライマリケアのための鑑別診断のポイント」は,まず豊富な数のattractiveなカラー写真が印象的である。写真はすべてレイアウトを初版よりも大きくして見やすくしたとのことである。そしてこの章では,初版の32項目が53項目に大幅に増えている。本文や表も見やすくなった。皮膚科医はもちろん,卒後研修医や他科の実地医家には非常に役立つものと思う。さらに前見返しと後見返しの5頁分の「好発部位よりみた皮膚疾患」の表は,その手引きとなるような新設な配慮でまとめられている。

章の冒頭に「治療の最近の動向」を簡潔に解説

 いわゆる各論である疾患項目については,主な章の冒頭に「治療の最近の動向」が要領よく解説されている。これも初版にはなかった新しいところである。各疾患では,疾患概念,頻度,症状,必要な検査,問診できくべきこと,鑑別診断で想起すべき疾患,診断のポイントなどが簡潔にまとめられた後,治療方針,ついで多くの処方例を示しながらの治療法の実際が具体的に説明されている。なによりも新しい必要な知識がコンパクトにまとまっているのは有益である。また,インフォームドコンセントの必要性に対応して,「患者への説明と生活指導」が記載されているのも便利である。
 巻末のブルー頁には,皮膚外用薬一覧と日常用いる抗菌化学療法薬が最新データに基づいて分類,表示されている。
 このように,本書は実践的な応用を考えた内容になっており,また編集者が本書に意図し,期待した皮膚科の実地臨床辞典としての役割もある程度果たしているものと考えられ,皮膚科医だけでなく,他科医にとっても大変利用価値の高いものといえよう。皮膚疾患診療の現場に置いておきたい本である。
(B5・664頁 税込定価17,510円 医学書院刊)