医学界新聞

「特色ある医学教育の実践と展開」を基調テーマに

第28回日本医学教育学会大会開催



 大会直前に急逝された故吉岡守正大会長(東京女子医科大学長)のもとで,第28回日本医学教育学会がさる7月17-18日の両日,東京女子医科大学において開催された。同校はかねてから熱意をもって医学教育改革の道を邁進していることで知られ,特に1990年に“テュートリアルシステム”を骨子とする新しい医学教育カリキュラム「MDプログラム」を全国に先駆けて導入し,その先見性が高く評価されているのは周知の通りである。期せずして,新カリキュラムによる最初の卒業生を送り出す年となった今大会の基調テーマは,それに呼応して「特色ある医学教育の実践と展開」。
 また学長として陣頭に立ち,自ら指揮に当たってきた吉岡氏が医学教育学界に寄与した多大な貢献ははかりしれない。病身を押して亡くなる4日前にビデオ収録された大会長講演は,真摯にかつ格調高く「教育の質」を問いかけ,あらためて氏の終生のライトモチーフを想起させるとともに,細田瑳一大会実行委員長(東女医大)が適宜スライドを交えながら解説を加えた進行は,故人を偲ぶよすがとなり,聴衆に深い感銘を与えた。(関連記事「第28回日本医学教育学会の話題より」


「教育の質」
  吉岡守正 大会長講演より

学校側が提供するプログラムの内容:「その骨格」

 4つの側面から「教育の質」を考察した大会長講演で,吉岡氏がまず提示するのは「学校側が提供するプログラムの内容」であり,氏はさらにこれを,(1)プログラムの骨格,(2)プログラムの肉付け,(3)教育技法の3つの観点から以下のように分析した。
 医学教育プログラムの根幹をなすものは“教育理念”であることを強調した後に,吉岡氏は,「教育の質を評価する要件の1つは,その教育プログラムを通してどのような卒業生を世に送り出そうとするのかという明確な“教育目標”が,大学の姿勢として示されているか否かである」と指摘。
 また,よき医師・看護婦,優れた研究者・教育者を育てる使命と責任を,医学部および看護学部は未来の社会に対して背負い,これらの専門職は単に専門的知識や技術を有するだけでなく,人格的に調和の取れた“全人”を育成し,しかも科学・技術・社会構造の変化に応じて自己開発していく能力を身につけさせることが不可欠であるとし,「教育目標には,学識・技能・態度・倫理感・価値観のいずれの領域に関しても,具体的な目標が明示されていなければならない」と述べ,(1)基本的知識,(2)基本的技能,(3)基本的態度を卒業時までの全体の到達目標としてあげた。

「プログラムの肉付け」と「教育技法

 “教育理念”や“教育目標”を実現するためのカリキュラム作成には,各大学とも多くの労力と工夫を払ってきたが,吉岡氏が指摘するのは,平成3年の「大学設置基準の大綱化」がもたらした効果の大きさである。この大綱化によって,それぞれの医科大学は独自の特色あるカリキュラムを設定する自由と義務が付与され,これを受けて各大学が組織的な教育カリキュラムの改革に挑戦し始め,多彩なプログラムを提供し,その特徴をもって志願者を惹きつけようと努力している。
 吉岡氏は,東女医大が導入した“6年間のカリキュラム一覧表”を明示して,その概要を解説すると同時に,これまでの医学教育改革が,ともすれば目覚めた教師が学内の一部で努力することに留まっていたのに対し,いまや大学全体が力を合わせて教育改革を進める新しい潮流が生まれ始めている現今の状況について,「それ以前のわが国の医学教育においては,いくたの先達が自己の専門科目で試みた種々の教育手段を発表してきたが,それらは単発の報告に留まり,大学全体で採用されることはなかった。しかし,大綱化以降,多くの医科大学が教育の改革に挑戦し,教育の能率向上をめざして,それまで無視されてきた新しい教育技法を採用するようになった」と言及。「このような教育改善意欲の強い大学は,いわゆる戦後新設された学校に多いのが特徴である」と付言した。

教育プログラムを理解し,協力する教師側の姿勢

 吉岡氏が第2点目に提示するのは,「教師側の教育プログラムを理解し,協力する姿勢」,いわば「教師の質」である。
 氏はここで,縦割り制を強調する余波としての各専門科の領域不可侵や聖域化の定着,担当時間数の多寡をもって存在価値の指標とし,その聖域の中で授業を担当教師の裁量に依存したものと考える医学教育全体からの視点の欠如,などの日本の教育界の病巣を摘出。また,一方的な知識伝授型の教育,つまり一斉講義が中心となり,学生を教え諭して引き上げるという「教義的講義:didactic lecture」が,教師にとって金科玉条であった日本の教育界の長年の悪しき風習を指摘した。
 さらに吉岡氏は,「教育」の本源的な意義を「教(教える)」にではなく,「育(育む)」に求めるべきであると提言。いわゆる“education"という英語は,ドイツ語の“Erziehung”の語源である「(本人の持つ能力を)引き出す:“edue”=“erziehen”」という語義にその本質が内包されており,「医学教育の質の向上のためには,学ぶ者の立場に立ってカリキュラムを作るという,それに関わる教師の根本的な意識改革が必要である」と説いた。

学生側のプログラムを消化,実践する意欲

 「医学部教育で医師を造り出すことはできない。そこでできることは,単に学生のために医学の初歩的知識と健康問題への応用,科学的探究の方法および考え方の訓練,そして教育や研究を実践し,献身している者との関わり合いから生ずるインスピレーションや,物の見方を学ぶ機会を学生に与えることだけである。医学は学生が自ら学ばなければならないもので,教授が教えられるものは,その中のほんの僅かな部分だけである。(略)教育プログラムの中で決定的な要素はカリキュラムではなく,まさに学生と教師なのである」という,1932年に出された米国医科大学協会医学教育コミッション長であるW.C.Rappleye氏の報国書の一節を引用しながら,吉岡氏が第3点目に提示するのは,教育の対象となる「学生側のプログラムを消化,実践する意欲」,つまり「学生の質」である。
 吉岡氏は,「日本と欧米の学生の勉学に対する取り組む姿勢の大きな違いは,当方の甘さと先方の貪欲さにある」と述べ,さらに「ひたすら自分自身の将来への投資として自律的に勉学する外国の若者の姿は,右顧左眄しても友人関係を大切にしつつ,何とか卒業できる程度まで学生生活を享受するわが国の姿とまことに対照的である」と苦言を呈し,現状に憂慮を示しつつも,「それに迎合するのでなく,学生の実態に対応し,学生のニーズ・社会のニーズに応え,学習を動機づける教育プログラムを提供しなければならない」と提言する。

在学生および卒業生に見られる成果の正しい判定:21世紀への警鐘

 以上の3点はいずれも「教育の質」の重要なソフトウエアであるが,吉岡氏は4点目に「在学生および卒業生に見られる成果の正しい判定」を提示し,「これらの成果が個々の在学生・卒業生の中に,実際にどのように身についているかを判定することが教育の質の判定の重要な要件の1つであり,今後の卒前・卒後教育の大きな課題であろう」と指摘。また,この評価の判定は漠然としたものでなく,学生のパフォーマンスを分析し,項目ごとに評価し,学年を追ってのその推移を見ることによって,向上の有無や到達したレベルをフィードバックし,「学生自身に励みを与え,ひいては卒業後のパフォーマンスと対比して学部教育の反省要因とするなどの今後の多様な研究が必要である」と述べて各大学の教育目標に従った試行錯誤に期待を示した。
 そして最後に吉岡氏は,「大学受験人口が減少の一途を辿ると言われる21世紀に向けて,医学教育の質を問いつつ,私どもは今から先見性のある教育計画に力を注がなけれ間に合わない」と警鐘を投げかけてその大会長講演を結んだ。


第28回日本医学教育学会の話題より

シンポジウム「統合教育の実践」
よりよいカリキュラムへの改善のヒントを探る

 第28回日本医学教育学会のシンポジウムは,「統合教育の実践」をテーマに福井次矢氏(京大)と高桑雄一氏(東女医大)の司会で行なわれた。
 統合教育については,前年の同学会のシンポジウム「統合教育の利点と欠点」でも取り上げられ,導入している大学の例が紹介されている。今回は統合教育の実践における具体的な取り組みや課題について,2題の基調講演と4題の報告が行なわれた。

東女医大,筑波大の統合教育

 統合教育は,一般教育・基礎医学・臨床医学間や,各専門分野間で統合されたカリキュラムによって展開される。シンポジウムの基調講演では,1994年度から全面的統合カリキュラムを実施した東女医大と,開学以来統合教育を実践しつつも数年前から一部に分野別カリキュラムを導入した筑波大学の例がそれぞれ示された。
 このうち宮崎俊一氏(東女医大)の講演では,統合カリキュラムとテュートリアル(本紙第2199号学生版参照)を柱とする同大の卒前教育が解説された。東女医大では,一般教育と基礎医学の統合,基礎医学と臨床医学の統合(器官系別,発達段階別)を実現させテーマ別にカリキュラムを編成している。宮崎氏は今後のさらなる課題として,(1)教員のテリトリー意識をなくし,真に内容的な統合を図る,(2)学生の意識を高める評価方法を研究する,(3)将来に向けた新しい発想からカリキュラム統合を図ることをあげ,最後に「吉岡守正学長の10年にわたる強力なリーダーシップなくしてはカリキュラム改革は実現しなかった」と,急逝した吉岡氏への哀悼の辞を述べた。
 引き続き2題目の基調講演として,庄司進一氏(筑波大)が,筑波大の統合教育について解説した。同大では1974年以来「基本的臨床能力を備えた医師」を卒業時点の到達目標とし,6年一貫で一般教育と専門科目,また医学各専門分野の統合教育を実践している。しかし研究志向の学生が少ないことなどから,それを補う目的で1991年にカリキュラムを一部改変。基礎医学の一部と社会医学に学問分野別カリキュラムを取り入れ,また研究志向の学生を発掘し育成する「新医学専攻コース」(5年次に専攻を決定して臨床実習の他に研究室実習を行なう)を設定した。参加者からはこの点に関心が集まり,改変の意図などについて多くの質問が寄せられた。

実習や教育技法の面から考える

 その後は4人の演者が統合教育のいくつかの側面に焦点を当てた報告を行なった。
 河村信夫氏(東海大)は,基礎と臨床の統合などを可能にしたテュートリアル方式による選択必修科目を中心に,新しいカリキュラムへの同大の取り組みを紹介した。また,五十嵐正紘氏(自治医大)は,臨床医学各分野の統合の観点から自治医大の病院実習について報告。同大での臨床統合教育の手法として,各科の知識技術の統合を要する場や,1人の患者に対して複数の臨床科が共同する場での実習などを紹介するとともに,今後の方向を提示。(1)統合が行なわれやすい実習の強化(外来,救急,総合診療,地域医療など),(2)各臨床科が合同しての教育内容の討議などを進めていきたいと述べた。
 続いて小泉俊三氏(佐賀医大)は,統合教育における教育技法について考察。まず実習・演習における小グループ討論やロールプレイなどの活用をあげ,これらによる統合教育成功の秘訣として(1)教育目標を明確にすること,(2)教員がコーディネーターとしての役割を自覚することなどを指摘した。また,佐賀医大での実践を紹介しながら,「統合教育の重要なポイントに総合診療部が関与している」と述べ,その存在意義を強調した。
 一方,伴信太郎氏(川崎医大)は,統合教育としてのプライマリ・ケア実習について報告。イギリスとオランダのプライマリ・ケア実習の充実ぶりを紹介した他,川崎医大で必修となっている診療所実習(3日間)について解説した(同大の診療所実習については本紙第2206号学生版で紹介予定)。伴氏はこの実習による学生の学びの多さを強調し,「むしろスペシャリティに進む人にこそ学んでほしい」と述べた。
 会場からは各演者に対して活発な質問や意見が出された。最後に司会の高桑氏が「教育の改革には常に評価が伴う」と評価の重要性を再確認したように,今後も統合教育の効果などについての検討が期待される。


ワークショップ
「人間関係・態度教育の現状と将来」

 適切な医療行為を行なうためには,患者と医師の間に良好な信頼関係を形成することがまず第1となる。そのためには医師の側で,疾患の種類や重症度だけでなく,患者個々の性格や心理状態,年齢,性別,社会的背景,家族構成など,さまざまなことを理解した上で対応することが必要となる。そのような医師としてのマナー,あるいは職業態度は,十分な対応技術を持って初めて達成されることになる。
 このような技術を教育するには,教室に学生を集めて講義するだけでは不可能であり,体験学習を通しての教育がもっとも有効な方法であるとされている。しかし,一口に体験学習といっても,対象学年,期間,方法などにおいて,いずれが適当なものか大いに議論のあるところであり,またその評価の仕方についても,検討を要する部分が大きい。

「早期臨床体験学習」と「臨床実習の場における体験学習」

 ワークショップ「人間関係・態度教育の現状と将来」(司会=浜松医大 植村研一氏,東女医大 鈴木忠氏)では,これからの人間関係・態度教育に対する各大学の取り組みがビデオで報告され,そのあり方と将来への展望について広く議論が交わされた。
 ビデオ発表は前半と後半に分けられ,前半は,臨床実習開始前のアーリーエクスポージャー,すなわち入門編または基礎編としての視点から報告が行なわれた。
 まず最初に自治医大(奥野正孝氏)の診療所実習,次いで奈良医大(藤崎和彦氏)の模擬患者を使ったロールプレイ実習の模様が紹介され,これらの体験学習は医療現場での医師・患者関係の重要性の認識に有用であったと報告された。
 また,新入生オリエンテーションにおいてインタビュー技術の基礎講習などを行なっている東女医大(村木篁氏)からは,話し方,書き方,表現法といった,社会人として必要最小限のコミュニケーション技術の教育の必要性があることを指摘した報告があった。
 後半は津田司氏(川崎医大),小泉俊三氏(佐賀医大),鈴木忠氏(東女医大)が,学生が互いに医者役,患者役を演じ,模擬症例で問診の体験をするロールプレイ・クリニカルなどの臨床診断学実習の場に導入された人間関係学習について報告を行なった。この中で東女医大は,ロールプレイ実習終了後に学生にアンケートを取ったところ,6割を超える学生がこの授業法を「極めてよい」と評価し,大部分が授業に積極的に参加していたと報告,その有用性を強調した。
 また,筑波大(土屋滋氏),浜松医大(今村陽子氏,永田勝太郎氏)からの報告の後に行なわれた総合討論では,会場の参加者から,報告に対する意見,講師の確保,評価法などについての質問が活発に出され,関係者の人間関係教育に対する関心の高さがうかがえた。


パネルディスカッション
「テュートリアル教育におけるテュータのあり方とその養成」

 パネルディスカッション「テュートリアル教育におけるテュータのあり方とその養成(司会=順大 尾島昭次氏,東女医大 東間紘氏)」では,標題のテーマを通して,医学教育の改善課題の1つである「教師の問題」があらためて論じられた。

テュータの再養成も

 まず「教師は生まれながらのものであるのか」と問題提起して,尾島氏は医学教育学会が中心となって富士教育研修所で行なわれている,いわゆる富士WC(ワークショップ)におけるティーチャー・トレーニングをの歴史とその意義を概説。
 また,東女医大のテュータ養成プログラムを紹介した成松明子氏によると,同大のプログラムは,助手以上の教職員のすべてを対象とする「養成プログラム」と,次期テュータ担当予定者を対象とする「直前養成プログラム」の2部から構成される。そして,テュータには医学部6年間の修得目標や受け持った期間(Block)の学習目標を知り,関連する情報源を活用できること,テュートリアルが個々の学生の能力を伸ばす有効な学習方法であることを理解し,支持することが求められるが,成松氏は「テュータに要求される能力と技術の熟達度はテュータによって差があるのが現実であり,テュータの再養成が今後の課題である」と報告した。

医学判断学のティーチャー・トレーニング

 医学判断学(Medical Decision Making)は,臨床医が意思決定を行なう際に,直感や経験だけに頼るのではなく,できるだけ論理的に行なうことができるようになるための基礎として,近年わが国でも知られるようになったが,ここで伴信太郎氏(川崎医大)は,医学判断学の教育に関して系統的な取り組みをしているStanford Faculty Development Program(SFDP)の概要を紹介した。
 SFDPはスタンフォード大学の一般内科部門が主催するプライマリ・ケア医のためのティーチャー・トレーニング・プログラムで,Clinical Teaching, Preventive Medicineおよび医学診断学の3つのコースがある。1か月間に6~7人の少人数でトレーニングを受け,参加者は終了後各々の施設で伝達セミナーを行なうことが義務づけられている。
 SFDPに参加した伴氏は,その伝達講習方式にのっとって帰国後セミナーを実施。伝達セミナー参加者から理解度,実際の臨床の場における有用度などのフィードバックを受けた。
 その結果,「臨床教育技法に関するトレーニングが組み込まれているので,このプログラムはより有用性があり,医学判断学の内容がよく整理されている。また,セミナーの運営方法がマニュアル化されていて,伝達セミナーが実施しやすく,受講者にもきわめて好評である」と述べ,さらに,「このプログラムは,医学判断学のティーチャー・トレーニングとして有用であるのみならず,その伝達講習方式は,一般に馴染みのうすい内容の教育を伝播させていく場合の方法論としても有用である」と結んだ。