医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

心療内科の完成された教科書

心身医学標準テキスト 久保千春 編

《書 評》久保木富房(東大教授・心身医学)

歴史的記述からhow toまで

 今年の3月に九大心療内科のオリエンテーション・レクチャーの本が医学書院より出版され,まずは久保千春教授に心からおめでとうと申し上げる。実は,九大心療内科のオリエンテーションレクチャーの本が1968年に自費出版されたときから関心を持ち,その後の流れを興味深くみてきたのである。今までの5版はそれなりにすばらしい入門書であり啓蒙書であったと思う。
 今回,医学書院より出版された本書は九大心療内科のほぼ全てのメンバー(12名の教授を含む,計45名)によって執筆され,その内容の豊富さには大変感激した。序のところで久保教授が述べておられるように医学生だけでなく,研修医,臨床心理士,ナース,さらに,教育,臨床指導に携わる者にとっても有用なテキストと考える。それは,歴史的記述から現実的なhow toまで十分に網羅されていることと,その根底に池見先生の提唱されたbio-psyco-socio-ethical approachという心身医学の基本的考え方が流れていることにある。
 次に,本書は心身医学総論,心身医学の基礎,心身医学的検査,心身症各論,心身医学的治療法の5つより構成されている。
 さて,私の気持ちは複雑であると前述したが,実は東大心療内科も九大心療内科と同様に心身医学オリエンテーション・レクチャーを実施し,また金剛出版より『心身医学オリエンテーションレクチャー』という本を1992年に出版している。そして,その講義ノートは,心身医学という街のどこに行けばどんな店があるのか,そこにはおよそどんな物が売られているのか,またその中のある店に興味を持ったらどうすればそこの“なじみ”になれるのか,そしてのこの街全体が1つの有機的組織体としてどのように機能し発展しようとしているのかを読者が大づかみできることをめざして書かれている。
 私の複雑な気持ちの理由は,このたびの九大が出版された本書はまさにわれわれがめざしたものを完成させた教科書といえるからである。教科書としては完成されていると述べたが,私の希望としては心療内科としてのアイデンティティやトピックスを取り上げて,本音の聞けるパネルディスカッションなどが組み込まれていると,初心者やこの分野で仕事をしている方々に強いインパクトを与えることができるのではないかと考えている。
 先にも述べたごとく本書は医学部の学生のみならず,研修医,認定医,専門医さらに看護,臨床心理,教育など広い領域の人々にお勧めしたい本である。
(B5・324頁 税込定価9,270円 医学書院刊)


脳はどんなやり方でこの世界を理解するか

認知神経心理学 R. A. McCarthy, E. K. Warrington 著/相馬芳明,本田仁視 監訳

《書 評》岩田 誠(東女医大教授・神経内科学)

 もう10年ほど前になろうか,私はDavid Marrの“VISION"という本を読んで大変に感動した。私ごときの凡庸な頭脳では,この天才の述べることの全てを理解することなど,とても及びもつかぬことではあったが,著者が,それまでの私にはまったく無縁であった新しい知の世界の存在を教えてくれているということだけは,はっきりと感じ取れたのである。
 この歴史的な書物において,彼は脳という複雑な情報処理系を理解するためには,計算理論(computation),表現とアルゴリズム(representation),ハードウェアによる実現(implementation)の3つのレベルをそれぞれ明らかにする必要があることをはっきりと示した。
 私は,神経心理学というものは,脳の複雑な営みを理解するための科学であると,漠然と思っていたのだが,この本を読んで,自分が現象とそれを実現している脳の座との間を取り持つことしか考えていなかったことに気付かされ,愕然としたのである。Marrの書物は,認知の過程に必要な第2のレベル,すなわち表現とアルゴリズムの研究への私の関心を目覚めさせてくれた。振り返ってみると,このことは何も私1人だけの個人的な経験ではなかったろう。1980年代の半ばに“VISION"という書物を通じて私とまったく同じような経験をした者は,少なくなかったはずである。そして,そのような人たちが作り出してきた世界は,認知神経心理学(cognitive neuropsychology)と呼ばれるようになってきた。
 今回,相馬芳明・本田仁視の両氏の監訳により,『認知神経心理学』というタイトルで訳出され,医学書院から出版された,“Cognitive Neuropsychology"の原著者であるWarringtonとMcCarthyも,“VISION"の洗礼を受けた人々であったろうことは,想像に難くない。

認知神経心理学の新しい方法論

 認知神経心理学では,脳ではどんなことがどこでなされているのか,ということは重要ではない。ここでは,脳はどのようなやり方をしているのか,ということが問題なのである。その結果,従来の神経心理学が,どうしても巨視的なものの見方を脱することができなかったのに対し,認知神経心理学の新しい方法論では,神経回路の特性をもっと分析的,微視的に眺めていくことが可能となっている。こうした方法論による理論的な枠組みがなければ,神経心理学は古びた機能局在論から脱却することはできない。
 『認知神経心理学』は,この新しい研究分野の実態を知るために好適な書物である。その理由は,この本の原著者たちも監訳者たちも,認知神経心理学という新しい分野の開拓における実践者たちだからである。物体認知,顔の認知,空間認知というように,個々の認知プロセスをそのまま章だてに用いた本書では,各テーマにおける問題点がまず簡潔に紹介され,それを解明するための実験が詳細に記述される。現時点における簡単な結論が述べられている。そして,この本の一見コンパクトな内容を実にしっかりと支えているのは,38ページにもおよぶ膨大な文献リストの重みである。
 私たちの脳はどんなやり方でこの世界を理解しているのか,それを知りたいと思う人々に一読を薦めたい。
(B5変・384頁 税込定価8,755円 医学書院刊)


学生の興味を整形外科に向けさせる教科書

標準整形外科学(第6版) 寺山和雄,広畑和志 監修

《書 評》越智光夫(島根医大教授・整形外科学)

「整形外科」の魅力を学生にいかに教えるか

 「外科」が男子医学生にとって燦然と光を発していた黄金の時代は去りつつある。師から弟子に技術を1つずつ直接教えていく徒弟制度にも似た体育系の持つ匂いを好まず,また肉体的にも自信が持てないという若者が増えている。緊急手術が入ればそのまま翌日の勤務に入っていかざるを得ず,肉体的にも確かにきつく,5時以降もプライベートの時間を確実に持てないことも好まれない原因かもしれない。「外科」の魅力,「整形外科」の魅力を学生にいかに教え,伝えるかが現在問われている。
 1996年4月1日寺山和雄・広畑和志両名誉教授監修,辻陽雄・石井清一両教授編集による『標準整形外科学』の改訂第6版が上梓された。初版発行から18年目である。この教科書が学生の整形外科学の教科書として確固たる位置を築いてきたのは,精魂込めて育ててこられた執筆者の先生方のご努力の賜物である。「整形外科とは何か」という序章から始まり,骨・関節・筋・神経の整形外科基礎科学,整形外科診断学へと進むが,そこまでで約135ページが割かれている威風堂々とした教科書である。第6版では問診する医師の心得が加えられており,患者と医師の間の信頼関係にも注意を喚起している。本書の1つの大きな特徴である「主訴,主症状から想定すべき疾患」の表,シェーマ,カラー写真の豊富さなど,学生側に立った配慮がなされている。
 学生諸君にこの本の印象を聞くと,厚すぎるため,全部読んで,覚えるために利用するのではなく,ベッドサイドティーチングの際に担当となった患者の疾患を調べる参考書として利用するという。いくら現在の学生が必要とする知識が増加したと言っても,本書はminimum requirementを越えており,威圧感を与えられるのかもしれない。しかし,単に試験のためだけに作成された薄っぺらい参考書のようなものでは味わえないおもしろさが味わえる。

学生の“なぜ”に答えられる教科書

 1つの現象の裏に潜む機序と理論付けを知ることができれば,自ずから興味も湧くし,その方面に引き込まれていく。一見無駄で不必要に思える記載の部分(後に重要であったことを悟るのであるが)も,複雑な内容を理解するには不可欠の要素である。この教科書は学生の“なぜ”に答えることができ,整形外科とは何であるか,整形外科のおもしろさも教えてくれる。学生の興味を整形外科に向けさせることができる教科書の1つであると信じ,推薦する次第である。
(B5・768頁 税込定価9,064円 医学書院刊)


わが国の消化管形態診断学の真髄

白壁フォーラム 大腸疾患の診断 白壁フォーラム編集委員会 編

《書 評》牛尾恭輔(国立がんセンター中央病院・放射診断部長)

 本書は,白壁先生の弟子にあたる多くの先生方が,その献辞に「白壁彦夫先生への尽きせぬ感謝を込めて」とのみ書いたように,白壁先生の指導を求めてはせ参じた多くの先生の思慕が成し遂げたものである。しかしただそれだけではない。そこには感情を昇華し,白壁先生が真に求められた学問,特に比較診断学,比較形態学に基づいた理論の統一化を,多くの炎症性疾患,腫瘍性疾患を通して読者の眼と心に訴えている。その意味において,白壁診断学とも言うべき消化管の形態学の真髄を述べたものである。本書を読めばこの白壁フォーラムの歴史が,X線二重造影法による診断学の歴史であるとともに,戦後の荒廃から見事に立ち直り,医学の中で世界をリードするようになった,わが国の形態診断学の歴史でもあることがよく理解できよう。

発想の転換を導く名著

 西沢護先生,中村恭一先生をはじめとする編集委員会のメンバーは,北海道から九州にわたる多くの病院・施設から,それこそ貴重な症例を集め,炎症性疾患,腫瘍性疾患の診断理論を示している。その中には白壁理論に立脚した,またその理論を生み出した多くの代表的な症例がおさめられている。しかし,ただX線像や内視鏡が美麗で,切除標本や病理組織像と所見の1対1の対応がなされた典型的な症例を示しただけではない。この本は実際の臨床の場で,患者を前にして,シャーカステンやプロジェクターを前にして,どのように所見を読むか,どのように診断したらよいか,がわからない時,また学問の方向性に迷いが生じた時,燈台の灯が船を導くようにわれわれを導いてくれる本でもあり,発想の転換を導く名著である。
 まず炎症性病変では,白壁理論をなす「点・線・面の要素」,「病型と病期」の考え方が詳しく示され,その理論を裏付ける24例の症例が,美麗なX線像や内視鏡像とともに目にせまってくる。さらにその経時的な変化が,病理像とともに続々と示されているので,圧巻である。次に腫瘍性病変では大腸癌に力が注がれている。25例の比較的小さくて,背の低い病変,Ⅱc型の病変について,美しいX線像,内視鏡像が提示されている。
 また,中には病変をどのように描出すればよかったのかという反省の弁が素直に述べられてもいる。そこからは常に前へ前へと進んでいかれた白壁先生の姿がみえてくる。そして先生の診断学を受け継ごうとする覚悟が記述の随所にみられる。また,画像の細かな分析に立脚した組織発生,部位,肉眼型,年齢,大きさ,深達度などのデータのもと,大腸癌の発生と,その発育・進展の追求に力が注がれている。そして,現在,注目されているde novo癌や腺腫由来癌における組織発生と発育進展の生物学的な差が詳細に記述されている。当然のことながら,内視鏡やX線検査による微小癌発見のコツ,微小病変を見つけた時の処置の仕方,微小癌の病理組織診断が述べられているのでわかりやすい。

患者,症例,病変から学ぶ大切さ

 ところで本書で特筆すべきことは,症例の最後には必ず「症例から学ぶ」という項があり,その多くに白壁先生のコメント,発言が記されていることである。おそらく白壁先生自身は,何気なく,先生のこれまでの知識,血を吐くようなご苦労から得られた直観の言葉が,短いコメント,時にはつぶやきとして発言されたにちがいない。その言葉には,これまでの先生の学問の軌跡が込められている。読者の方々は,いつも学問の真髄を求めて道をきわめようとする先生の姿と発言が,いかに皆を引きつけたかがわかるであろう。
 私も一時期,白壁フォーラムに出席させていただいたことがある。白壁先生の発言とコメントには,しばしば直観から出た新しい用語が生れてきた。最初は私もその深い意味を理解できず,疑ったこともあった。しかし,時間,年月の経過とともに,その意味するところが,ちょうど,海岸に波がヒタヒタと押し寄せるように,次第にわかってきたものである。その中から外国の形態診断学との違い,患者,症例,病変から学ぶことの大切さを教わった。そして病変を示す画像や標本をいかに大切に取り扱うかを学んだ。さらに実際の症例や,その画像を前にして,深い沈黙の後に発せられる白壁先生の含蓄に富む,また時には怒りと熱情あふれる言葉を,心臓の鼓動を感じながら耳をすまして待ったことを思い出す。このような真剣勝負の雰囲気と白壁診断学,白壁理論があますところなく,この書籍につまっている。他に類をみない立派な名著を刊行された先生方に,深く感謝する。
(A4・頁306 税込定価18,540円 医学書院刊)


予防接種に関するわが国初の本格的英文書

Vaccine Handbook 国立予防衛生研究所学友会 編

《書 評》神谷 齊(国立療養所三重病院長・小児科)

 本書は,わが国のワクチンなど生物学的製剤の開発と品質管理に関する研究業務を中心となって行ない,感染症制圧に努力をしてきた国立予防衛生研究所の学友会が編纂した名書『ワクチンハンドブック』(丸善)を英訳したもので,わが国では初めて国際的使用を目的にしたワクチン専門書である。英訳に際しては,原著の日本にしか必要でない部分は削除し,疫学等一部のデータは最新のものが使用され,訳にあたられた学友会メンバーの努力が随所にみられる。

日本のワクチン情報を海外へ紹介する最適の内容

 予防接種は感染症との戦いのための重要な手段であり,ワクチンは現代の医学,生物学の進展を背景とした科学的成果の集積である。わが国では近代分子生物学の技法を応用した良質のワクチンも製造され利用されているが,その技術をWHOの提唱する予防接種拡大計画(EPI)や先進国が共同して世界のワクチン問題に対処するための子どもワクチン構想(CVI)へ応用することが,国の内外から期待されている。本書は,まさに日本のワクチンのすべてを世界へ紹介するに最適の書であるといえよう。
 またこの書が予防接種が普及する原点となったエドワード・ジェンナーの種痘の実施から200年に当たる本年を目標に出版されたことも,記念すべきことであろう。

ワクチンの基礎から応用にわたる幅広い解説

 本書は3編25章から構成されている。最初にわが国のワクチン開発の理念と歴史(第1章)から始まり,予防接種の免疫学(第2章),ワクチンの製造についてわかりやすく説明されている(第3章)。また開発途上国では特に必要なワクチンの品質保証(第4章),世界保健計画とワクチン(第5章)が実務的に述べられ,さらにワクチンの今後の改良と開発の展望が紹介されている(第6章)。
 第2編,第3編はワクチンの各論であり,前者では細菌ワクチン(BCG,百日咳,ジフテリア,破傷風,肺炎球菌,インフルエンザb型菌,髄膜炎菌の各ワクチン),後者ではウイルスワクチン(ポリオ,インフルエンザ,日本脳炎,麻しん,風しん,おたふくかぜ,狂犬病,黄熱,水痘,B型肝炎,A型肝炎の各ワクチン)について,各章とも記載方法を基本的に統一し,病気の概要,臨床症状,診断法,病原体の詳細,疫学(世界と日本を対比),対策の全体像,ワクチンの役割,治療法,疾病の将来展望,ワクチンの製法,性状,安全試験,接種法,効果判定,副反応,国際医療協力と当該ワクチン,海外旅行者への注意,ワクチンの将来,参考文献となっており,読者にとっては大変読みやすく,知識を整理して理解しやすくなっている。

開発途上国での利用を配慮

 本書はわが国のワクチンのレベルを諸外国へ紹介する役割に加えて,読者の対象を開発途上国のワクチン研究者,製造関係者ならびに医師,保健婦,看護婦,コメディカルスタッフ等の医療関係者を中心とし,さらに医学を専門に勉強していない接種現場のスタッフや保護者にも読めるよう配慮されている。そのため特に臨床的な面で多少広く浅くなっているところも見受けられる。しかし,わが国の医療関係者が国際医療協力に際して,開発途上国でのワクチン参考書として利用すれば大変頼りになる本である。今後広く活用されることを期待して推薦したい。
(B5変・頁196 税込定価6,500円 丸善刊)