医学界新聞

看護員から看護師へ
韓国における看護の変遷と専門性

金 曽任(東京大学健康科学・看護学科博士課程地域看護学専攻)


はじめに

 1995年度の韓国の人口は4485万1000人(男子2257万6000人,女子2227万5000人)で,看護師の免許取得者は11万9912人,大韓看護協会の会員数は5万9375人である。
 「ナース」の呼び方について,韓国では当初,日本語の影響のためか「看護婦」と呼ばれていたが,日本の植民地から解放された後にはずっと「看護員」と呼ばれていた。その「看護員」という言葉も,1990年代に入り「看護師」と改められ,それが現在も使われている。「看護婦」から「看護員」へ,その後「看護員」から「看護師」と呼び方が変わってきたのにはどのような意味があるのだろうか。アメリカのように単一的に「ナース」という名称で済むなら職名は問題にならないかもしれない。しかし,韓国や日本のようにきちんとした丁寧な言葉使い(敬語・謙譲語)が存在する社会では,職業の名称は社会的身分とかかわるものである。したがって,韓国におけるナースの名称の変化は,韓国のナースたちの不断の努力による身分の変化であるともいえる。すなわち名称の変遷は,看護員という技能職から看護師という専門職への変化であり,またそれは看護学の専門化および看護技術の進歩の反映とさえいえる。

韓国における看護の歴史

 韓国のナース養成は,1902年創設されたミッション系西洋式養成所で始まった。その後,日本の統治の下での官公立養成所,米軍政時の看護高等学校,韓国政府樹立(1948年)後の看護高等技術学校での養成へと移り,1955年に正規大学看護学科課程が設立,1962年には看護高等技術学校が初級レベルの看護学校へ昇格,看護専門学校(2年制),看護専門大学校(3年制),専門大学(3年制で日本の看護短期大学に相当)への改称などの課程を経て,現在では専門大学と4年制大学(看護学部または医学部看護学科)の2つで養成されている。
 1991年12月現在の統計では,43の専門大学と18大学で6263名の卒業生が輩出されている。翌年の1992年に4年制大学1校に看護学科が新設され40人が増員。続いて1993年には専門大学が2校設立され120人増員,さらに4年制大学4校に看護学科が新設され165人が増員された。
 看護師の免許の発給は,1914年の総督府令によって始まったが,この時は資格検定試験合格者のほかにも無試験免許取得者が含まれていた(看護高等学校を卒業後看護婦として就業してきた者に与えられた)。1962年には,医療法の改訂により看護師資格検定考試(試験)制がなくなり,国家考試による看護師の免許取得1本となり免許証が発給された(国家試験は日本の厚生省にあたる保社部の管轄,資格検定試験は地方行政の長の主管の下に行なわれるもので,日本の国家試験と準看護婦(士)資格試験の関係に匹敵する)。そして,1992年の看護師免許登録者は10万1135人となり現在に至っている(表1)。
 看護師の就業現況をみると,臨床分野で3万3615人,保健機関では4602人が働いている。1990年度12月末現在の統計であるが,全体就業看護師の数は4万7918人(日本での全就業者数は1993年総計で92万2471人,人口は1億2476.5万人)で,国内可容看護師の数を基準とした就業率は58.3%に過ぎない。参考として韓国の看護師の保有水準を他の先進国と比べてみる,看護師1人当たり人口数は,米国の4.88倍,カナダの5.48倍,ノルウェーの2.77倍となる。

表1 年度別看護師国家考試(試験),新規免許発給および免許登録現況
年度国家考試合格現況1) 新規免許発給現況2)
受験者合格者新規発給数累 計
1981
1986
1991
1992
1995
3,518
5,361
6,507
6,361
3,208
5,160
6,300
5,794
3,241
5,167
6,303
5,800
43,619  
64,292  
95,360  
101,135  
119,912  
1)保健社会統計年簿  2)保社部総務課免許系           
 

韓国における看護教育の現状

 看護学は,人文科学や社会科学,自然科学を基礎とした応用科学として捉えることができるが,独立した学問としては隣接分野の他学問に比べその歴史が短い。韓国における看護教育は,1950年代以降アメリカの先進看護の影響を受け急激に発展し始め大きく成長してきた。1955年には4年制大学に看護学科が開設され,韓国の実情に合った看護教育を計画,組織,運営することになり,病院での単純な技術のための看護教育方式が止揚された。その時から,多くの先駆者らの努力で,従来の伝統的な医学教育モデルから脱皮,看護の専門性を提示する看護学教育モデルを開発してきた。
 そして1960年の大学院修士課程開設,1970年の大韓看護学会創設,1978年の看護学博士課程の開設とつながる一連の看護教育界の動向は,高いレベルでの専門職教育を提供する機会となり,看護教育の知的土台となる看護理論の発達と研究活動が活性化されてきた。
 韓国の2大学においては,最初から看護学部が医学部・工学部などの学部と同等のレベルで設置されていた。しかし,他の多くの大学では,医学部の下に看護学科が属している。それは,大学の中で看護学の自立と成長および看護学支援のための経済的支援を制限する1つの要因であった。この問題を解決する1方法として,1992年にソウル大学では看護学科が看護大学に昇格,合わせて看護学研究所も設立された。この事例は,韓国の他の大学にも大きな影響を及ぼしたが,これからも韓国の看護学の発展に重要な意味を持つと予想される。
看護教育の目標
 変化,発展していく社会の中で専門職員として,人間が健康を維持する基本的な欲求を満足させる看護師を養成することにある。したがって,社会の変化とともに変化する健康概念とそれによって変化する健康要求を充足させる一方,絶えず変化する対象者の健康状態の経過に対処して,健康問題を解決できる知識と態度,技術および指導力を開発し,成熟した人間,また医療専門人として成長するように教育することが看護教育の中心目的として捉えている。
教育課程
 17大学のほとんどの大学が,教養科目25-35%,専攻科目65-75%の比率で教育を行なっている。現在,看護学科の卒業に必要な単位は156単位で,教科,単位数ともに各大学の独自性に任されている。
 特徴的なものをあげると,基礎科目において看護学概論(14大学),解剖・生理・病理・薬理・微生物学(各12大学)のほか,健康査定,あるいは看護査定が13大学で開設され,対象者の健康査定にも重点を置いている。また専攻科目では,成人・小児・母性看護は全大学で開設されているが,地域看護学は15校,精神看護学14大学で,老人看護と青少年看護はまだ一部の大学のみ開設されている状態である。看護管理(看護社会あるいは看護行政)は大学によって看護哲学,看護歴史,看護倫理なども含めて実施されており,看護研究をとり上げている大学は11校ある。さらに,看護診断は1985年から成人看護学のうちに含められ授業が展開されている。
教科担当教員
 全国看護学科の教員の数は178人(専任講師以上,1989年現在)で,1人当たりの学生数は18.5人である。専攻科目の講義は,2大学を除いてその科目を専攻した教員が担当しているし,また各教員は自分の専攻と類した科目について,健康査定,看護学概論,看護研究をさらに講義している。基礎専攻科目の講義は同じ大学の医学部教授に頼ることが多いが(17大学中7大学),医学生中心の講義なので看護の専門につながらない傾向もあり,その問題を解決するために基礎科目を専攻した看護学教授の確保にも努力している。
大学院教育
 韓国では,看護学分野の大学院生は職場に勤めながら大学院課程を履修することができる。大学院生が勤めている職業を見てみると,修士課程の学生の70.6%が臨床で,15.4%が看護教育機関で勤めている(表2)。したがって,大学院生が臨床での経験と大学院の研究を並行し,臨床と研究のバランスをとっているといえるだろう。これは後で述べる専門看護師の問題と大きく関与してくる。

表2 修士・博士課程学生の職場別分布
       課程
 職場
修士課程
人(%)
博士課程
人(%)
 看護教育機関35(15.4)121(74.7)156 
 病院などの臨床161(70.6)13(8.0)168 
 地域社会8(3.5)2(1.2)10 
 研究所0 1(0.6)1 
 無職24(10.5)25(15.4)49 
228162390 
           (韓国専門看護師の教育方向,1995)
 

臨床の実際と医師との関係

 ここでは,韓国における臨床の現況を,看護員から看護師へという名称の変更がもたらした効果を述べるとともに,韓国における医師と看護師のあり方について触れてみたい。
名称変更の影響
 ナースの名称の変更は,様々な部門での変化をもたらす結果となったが,その主なものとしては(1)看護師と患者との関係が以前より改善された,(2)看護師と医師との関係が以前より改善された,(3)看護師の直接看護する時間が生じたなどがあげられる。これはすなわち,therapeutic client-nurse relationship, cooperative nurse-doctor relationshipができたといえるだろうし,それは病院全体の雰囲気を穏やかにし,治療的環境づくりに貢献しているといえる。
看護記録
 看護記録方式も変わり,既存の方式から看護診断に基づいた記録をしている病院が多くなっている。それは看護記録の価値が高くなるという点で評価されている。
臨床研究
 ナースの学歴が年々高くなってきている。1病院のHead Nurse(日本では看護婦長に相当)の3割くらいが修士号を取得しており,現場研究(field study)への関心も高い。そこで,Head Nurseを中心とした病棟別研究が進められている。
医師との関係
 看護師への名称変更以前には,医師の指示に従うだけの看護が多く,自らの専門性を生かした直接的な看護は比較的少なかった。そのため医師との関係においても,相互協調とは言えない状況であった。しかし,現在は相互協調の関係に向かっている。それは医師や医療分野の専門家らが看護の発展や専門性を強く感じているから可能になったためと捉えている。
医師らの変化
 外科医の場合,手術患者のdressing changeをする時,準備や後始末を自らやっている。それはナースはナースの仕事を,医師は医師の仕事をするという意味で,すかさず医師の後ろを追って行くのが看護ではないということを示している。
〔事例〕open heart surgery patient
 心臓手術を受けた患者がセンチュリーオールドに移されてきて3時間が過ぎた。手術後患者の様子を見ていた医師たちは出血していないことを喜んでいた。普通,胸管(chest-tube)は手術直後,15分ごとに4回,また30分ごとに4回くらいsqueezingしながら様子を見ることが基本であるが,出血を怖がっている医師たちはできるだけ出血しないようにsqueezingを禁止していた。しかし,手術直後は出血しなかった患者でも後になって肺浮腫(pulmonary edema)になる可能性が高いことを知っていた担当の看護師は,出血しないことはよいと思ったものの尿が出ないことを心配した。そこで看護師は,「CVPを計ってみましょうか」と話しながら水分量,中心静脈圧の計測を実施した。その結果から,I/Oの不均衡を問題点として捉えた。
 この状況で看護師が自律性を持って対処する方法は2つ考えられる。1つは「CVPを高める」ためにPlasmanateなどをゆっくりと注入する。もう1つは直接目に見えない「cardiac tamponade」に対する介入で,squeezingをする方法である。確かに以上で述べた介入方法で患者の問題は解決できる。
 以上のように,1つひとつの介入にはそれぞれの合理的理由(rationale)が予め存在している。それを理解している医師との間には医師-看護師の問題が発生しないし,よいコミュニケーションが生まれる。また看護師の存在,役割も認められる。さらに外から見た看護とは異なり,自律性を持つ看護学という専門性も認められると思われる。
 この他にも韓国では,看護師の離職防止のための研究,看護師のイメージ改善のための研究や広報,テレビに出演する看護師の役割のモニタリングとその矯正要求,実際の業務の向上(Quality Assurance),看護標準設定,継続教育,親切教育,3年制専門大学の4年制への一元化,あるいは看護大学の6年制化,修士や博士課程の定員の増加などの方法を考えている。

専門看護師の現在の役割

 現在各病院に勤めている専門看護師の分野と業務について述べたい。まず専門分野は精神看護,臓器移植,腫瘍看護,糖尿看護,家庭看護がある。共通の業務を大きく分けると,患者看護,教育,研究/自己開発,諮問/依頼,変化促進/調整である。しかし,その役割による時間の比率は専門の領域によって異なり,担当する役割や業務の内容が病院によって異なる。ここでは,臓器移植専門看護師の例を紹介する。
臓器移植専門看護師
 臓器移植専門看護師は,1992年から活動をし始め,現在10以上の病院でその業務を担当しているが,病院によって担当している役割や業務の内容には差がある。ここに紹介するのは,最初に専門看護師を導入したソウル中央病院の例であり,担当している業務は表3の通りである。
専門看護師の教育における問題点
 長い間韓国では,専門看護師の教育の必要性について教員の間で合意されてきた。しかしながら,臨床分野では,臨床経験5年以上で修士を取った者が専門看護師として活躍しているものの,未だ専門看護師のための大学院課程は設立されていない。これに関し韓国では看護学研究プロジェクトを設置し,「専門看護師大学院課程」を設けるための研究会が進行中である。韓国の研究はアメリカの専門看護師制度(clinical nurse specialist, nurse practitioner, case manager)をモデルとしながら,韓国の独自性をも考慮に入れた新しい教育システムを開発する方針を持っている。さらに,修士課程で専門看護師の2年課程を設置することも提案されている。
 ただ問題とされているのは,まだ教授(教員)たちのadvanced nursing practiceの能力が十分ではないことである。