医学界新聞

MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内

内科医に必要にして十分な精神医学の書

内科医のための精神症状の見方と対応 宮岡 等 著

《書 評》上野文昭(東海大学大磯病院・内科学)

 "Listen to the patient. He's telling you the diagnosis."……かつて,内科の臨床研修中に繰り 返し教え込 まれた言葉である。患者の話に耳を傾ければ,ほとんどの場合診断は明らかになる,だから高価で危険を 伴う検査をむやみにすべきでない,という当たり前の教訓である。しかしどうも最近の内科はおかしな方 向に進んでいるように思えてならない。学生も研修医も,まるで強迫観念にかられたかのように,最先端 の検査法をどんどん吸収しようと努める一方,患者との対話から診断の鍵を得ることは苦手のようである。 この点,精神科医は尊敬に値する。実は筆者も前々から,精神科に対する若干の憧れと興味を持っていた わけであるが,今さらあの難解な精神医学に真っ向から取り組む気力も,時間の余裕もなく,他人事のま まであった。
 このような矢先,「内科医のための」と題した本書に目を通した後の率直な印象は,まさに目から鱗 が十枚ほど落ちたといったところであろうか。本書のねらいは,その序文にも記載されているように,精 神科以外の医師にぜひ知っておいてほしい精神科の知識を,わかりやすく,具体的に,なおかつ正しく解 説することであり,その目的は十二分に達成できていると断言できる。

実例を数多く交じえた活きた教材

 著者である宮岡等氏には,おそらく精神科医以外のよい友人が多いのではないだろうか。なぜならば, 内科医をはじめとした他科医の精神医学に対する誤解を,極めて具体的に詳細に把握されているからであ る。精神症状を呈する患者をみて,器質的疾患を考える前にすぐ「ストレスのせい」としたがる内科医や, 安易に「ICU症候群」と診断する外科医のくだりなどは,身近な例として反省させられる。このような実 例を数多く交じえていることが,ともすれば難解になりがちなこの分野の書を,わかりやすく,活きた教 材としていることと思う。
 この良書にたった1つ要望するならば,精神医学の病名や症候名に英用語を添えていただきたい点で ある。本書のみを読む際には不要であろうが,英文の内科教科書や医学論文で遭遇する精神医学用語を適 切に理解するうえでは,本書をさらに活用するためにも,対応する英用語がぜひほしいところである。

あらゆるレベルの内科医に

 多くの精神医学の教科書は,精神科医による,精神科医のための書であり,毎日の診療に忙殺されて いる他科の臨床医には不適切である。本書は,長い間待ち望んだ内科医のための必要にして十分な精神医 学の書である。加うるに本書には,ハイテク競争の最前線に突撃してしまって己を見失っている内科学に, 涼風を送ってくれているかのような爽快感がある。本書は流行戦争に加わっていない分,一生涯役立つ長 寿の書であろう。あらゆるレベルの内科医に心から推薦いたしたい。
(A5・頁158 定価2,880円(税込) 医学書院刊)


必要なことを能率よく確実に覚えさせる

Q&A 整形外科学の要点 辻 陽雄 著

《書 評》越智隆弘(阪大教授・整形外科学)

 整形外科領域の拡がりと進歩に伴って,日常診療上で知っておかなければならない知識が急速に増し ている。医学部学生や研修医の中には,分厚い教科書や成書を前にして,どのようにマスターすればよい かと途方にくれる人もいるはずだ。打開策は,ぜひ覚えなければならない事項のポイントを絞ること,そ して能率よく覚える方法を選ぶことである。そのような時に,この本はうってつけの内容である。
 本書は,教科書や成書で学ぶ傍らに置き,必要な内容をピックアップして勉強させ,覚えさせる形を とっている。各頁の左半分には質問事項が,右半分には解答が要領よく簡潔にまとめられている。質問形 式は,卒業試験や認定医試験に必要な内容を臨床の場を想定して問うている。通学,通勤途上の電車の中 などで自問自答して覚え,自信を持って答えられるようになれば抹消していけばよい。難しいものを残し て,繰り返し自問自答させ覚えこませる方法をとっている。何とかして学生あるいは研修生に必要なこと を覚えさせようとする,教官としての辻陽雄教授のご苦労がにじんでいる。

記憶のためのアシストに徹した簡略さが気持ちよい

 質問内容の幅は広い。日常診療上で何気なく用いている略語,例えばNSAIDは何の略かを問うてみる という細やかさもある。また,医療経済についても問う,という幅広さもある。答えを簡略にまとめにく い口頭試問に用いられるような質問,例えば「手指屈筋腱およびその周辺の構造について」などに対して は「自己学習せよ」と書いてある。「なるほど」と思い,辻教授のお顔が目に浮かぶ。ここは教科書を丁 寧に読んで自分でまとめて覚えなさい,と指示されているのだ。この書は,あくまでも教科書あるいは成 書で学び,記憶するためのアシストに徹して簡略さを保っている。読んでいて,気持ちがよい。
 また,この書は私たちのような若輩の教官にとっても大変参考になる。辻教授の長年にわたる教育経 験の中で,これだけは医学生にしっかり覚えてほしい,ここから先は研修医に覚えさせるべきという事項 が具体的に示されているからである。とりわけ,巻末にある「整形外科実習に必要な知識整理のガイドラ イン」は辻教授の長年の教育経験の中から産みだされた貴重な指導指針であり,講義を組み立てる時の参 考になる。

臨床経験から湧きだした哲学

 もう1つ見逃せないことがある。各章の扉頁に何気なく書かれている語録だ。ここには辻教授の長年 の臨床経験の中から湧きだした,診療に際して心すべき哲学が書かれている。扉頁の語録を読んで,その 心をよく理解してから本論に入っていくのが,本書の学び方の正しい順路であろう。
 全体を通して,医学生や研修医に必要なことを確実に,しかも能率よく何とか覚えこませようと試行 錯誤を繰り返され,その中にも必要な心を教えようとされた教育者・辻陽雄教授に頭が下がる思いである。 多くの若い医学徒に愛用され,時代とともに改訂され続ける書だと思う。
(A5・頁272 定価3,605円(税込) 医学書院刊)


大きな喜びとしたい信頼できる教科書の完成

心臓病学 石川恭三 総編集

《書 評》河合忠一(京大名誉教授)

 過去10年における心臓病学ほど速い進展を遂げた分野は,他の医学領域でも極めて稀であったと思わ れる。このような状況にあって,敢えてわが国心臓病学の総力を結集して『心臓病学』を上梓された石川 教授の勇気と努力に対し,まず心から敬意を表したい。

新知識が患者への治療に直結する状況

 序にも記されているように,短い周期で入れ替わる新しい知識や概念の導入は慎重でなければならず, その新知識が信頼するに足るものとして認められた段階で,初めてテキストブックにとり入れられるもの であるとの意見は,全く正鵠を射たものである。しかし昨今の心臓病学における新知識の評価は,それが 直ちに患者への治療に直結するが故に以前ほど悠長に検討することが許されない。教科書の作成には数年 間,時間の進行を止めなければならない。その間の遅れをとり返すために,国際的に有名な教科書は4年 毎に改訂をくり返しているがBraunwaldに至っては,その間の遅れを補うために『updates to Heart Disease』 を年4回発刊しているほどである。
 現在世界的に最も権威ある心臓病学の教科書といえばHurstの『The Heart』とBraunwaldの『Heart Disease』,さらに1995年に新刊として出版されたWillerson and Cohnの『Cardiovascular medicine』が挙げら れよう。いずれも2000頁に達する大著であり,うっかり足の上に落とそうものなら骨折しかねない位の重 量がある。それぞれに特長があり筆者は必要に応じて使い分けているが,今回の『心臓病学』は本邦のデー タが随所に記載されており,大変貴重である。わが国にこのような信頼できる教科書が完成したことは大 きな喜びと言わなければならない。

わが国代表施設での自然歴・予後の成績を記載

 本書はHurstの『The Heart』に匹敵する教科書を目指して作製されただけあって,取扱われている項目 の立て方は両者近似している。ただ前掲の米国出版の他の教科書同様,HurstもA4判で,B5判の本書より 大きく,かつ頁数も2476頁と本書の2120頁より多い分,情報量は豊富と言わざるをえない。臨床面におい ては両者とも,冠動脈疾患に力点の1つが置かれているので,心筋梗塞の項を比較してみると,両者が割 いている頁数・項目はほぼ同じであるが執筆者数はHurstが4名,本書が12名と圧倒的に多い。本書におい ては,自然歴・予後の項目でわが国代表施設の1つにおける成績が記されているのは誠に結構なことであ る。しかし近年欧米において盛んに行なわれている多施設共同試験の成績については,ISIS2,TAMIなど 1980年代の報告までであり,1994年発刊のHurst's『The Heast』第8版(このeditionから編者がR.C.Schlantと R.W.Alexanderに変更)ではGUSTO(1993年)の成績がすでに載せられている。改版時には留意して戴き たい事柄の1つであろう。

教科書として統一のとれた記載

 本書の総執筆者数は260名余とHurstの200名余,Braunwaldの69名,Willesson and Cohnの131名に比し群 を抜いて多い。それだけに各項目の記述が,執筆者自身の論文の寄せ集めのごときものにならないよう, 教科書として統一ある記載になるよう,編者の方々の努力は大変なものであったと推測できる。そしてそ の努力は大方のところ実ったものと拝察され,敬服に値する。ことに多数の文献が執筆者ごとではなく項 目ごとに整理され番号付けがなされているのは,一部文献の重複や先に五十嵐氏が指摘された文献終頁の 欠如などが散見されるものの編者の努力は賞讃されるべきであろう。なお文献の活字はもっと小さくても よいので,より多くの新しい文献の収集に努めることが本書の信頼性向上に役立つと思われる。
 心血管系の治療薬を1つの項目にまとめ,循環器領域におけるトピックスを最終項にとり上げるなど, 編者の親切な心くばりが隅ずみに読みとれる好著であり,わが国心臓病学の一時期を画するものとして, 広く江湖の士に愛読されるよう願ってやまない。
(B5・頁2,120 定価60,770円(税込) 医学書院刊)


Gray's Anatomy(第38版)

臨床呼吸器外科 Peter L. Williams, et al編集

《書 評》藤田尚男(広島大名誉教授)

 あまりにも有名な,イギリスの誇る解剖学の全書的な総合教科書である。
 この書の初版は,750頁,363図から成り,1858年にSt. George's Hospitalのlecturer, 31歳のHenry Grayに より出版された。以後137年の間に37回も改訂し版を重ねて現在に至っている。
 Gray博士は初版の成功により,早くも2年後の1860年に第2版を出したが,翌年に34歳の若さで世を去っ た。

最も重厚でしかも新鮮さをもつ世界の大解剖学書

 その後,彼の偉業は長い間に,イギリスの多くの優れた学者に次々と引き継がれ,歴史と伝統の上に 立つ名著となった。最初,主として外科医のための肉眼解剖書として始まった本書は,その後に勃興した 組織学,発生学,神経解剖学,細胞学を包含して解剖学の全領域を網羅し,さらに常に新しい思想や知識 を導入し続け,現在では最も重厚でしかも新鮮さをもった,世界の大解剖学書の1つとして高く評価され ている。"The anatomical basis of medicine and surgery"という本書の副題は,「臨床医もこれくらいの知識 を持ってほしい」というイギリスの解剖学者たちの伝統的な見識であろう。
 第38版はA4版,各頁2段組約2000頁からなり,どっしりと重く貫禄がある。Peter L. Williams (Professor Emeritus, Guy's Medical School University of London)をChairmanとする7名のEditorial Board,さ らに各章の編集にあずかる10名のSection Editors,加えて約120名のContributorsを総動員して改版を行なっ た事実は,イギリスの解剖学者が歴史の栄光に輝くこの書に大きな誇りと使命感を持っていることの証で あろう。
 内容を一瞥しよう。冒頭に初版の著者Gray博士の生涯と本書の歴史をかなりくわしく説明してから, 本論に入っている。収録範囲を理解していただくために,すべての章の題目を列挙してみよう。

奥行きのある思想と新しい観点に立った解説

 (1)Introduction to anatomy,(2)Cells and Tissues,(3)Embryology and development,(4)Neonatal anatomy and growth,(5)Integumental system,(6)Skeletal system,(7)Muscle,(8)Nervous system, (9)Haemolymphoid system,(10)Cardiovascular system,(11)Respiratory system,(12)Alimentary system,(13)Urinary system,(14)Reproductive system,(15)Endocrine system,(16)Surface anatomy の16章からなる。(1)では生命の誕生,動物の進化,人類の誕生が,(2),(3),(4)では細胞と組 織と,発生と新生児の成長が,いずれも奥行きのある思想と新しい観点に立ち,色彩豊かで魅力的な多く のシェーマや写真を用いて興味深く説かれている。
 (5)以下では,各器官の肉眼解剖学とその器官の組織構造と構成細胞の超微細構造とが同時に扱わ れ,写真とユニークなシェーマが有効に使われており見事である。電子顕微鏡の写真は比較的少ない。要 するに基礎的な内容から斬新な知識までが,機能との関連において論じられており,理解しやすい。なお 神経解剖学の章には感覚器を含み400頁が割かれている。巻末の文献は約7,000に及ぶ。
 詳細な点には,まったく間違いがないわけでもないが,どの方面を専攻する医師,研究者,学生にも, 体の仕組みや成り立ちを学習するうえで,また必要な項目について辞書的に調べるうえで大いに役に立つ であろう。
 昔からの伝統と歴史を尊重しつつ,時代の進歩に沿った新しい知識を取り入れた本書には,いかにも イギリスらしい見識と特色が溢れている。
(頁1,616 \21,800 Churchill Livingstone Edinburgh 刊 日本総代理店・医学書院洋書部)