MEDICAL LIBRARY 書評・新刊案内
この最良・最高の手術書が日本語で読める幸せ
膀胱全摘除と尿路変向・再建のテクニック 小川秋實 著《書 評》垣添忠生(国立がんセンター中央病院長)
私の敬愛する小川秋實先生が手術書を発刊された。題して『膀胱全摘除と尿路変向・再建のテク ニック』。見事な手術書である。自身で考えながら手術をやり抜いてきた人だけが書ける,具体的で明晰 で美しい書物である。
これまでの同テーマの手術書のなかで断然のNo.1
特徴は5つある。まず,詳細で実際的な局所解剖について十分な記述がなされていること。局所解剖 が著者の頭の中で,手術という視点から再構成されているので実にわかり良い。第2に,手術の各段階が 著者自身の絵によって示されており,自然に頭に入る。極論すれば,他領域の外科医が必要に迫られて初 めて膀胱全摘をする場合でも,この本にサッと眼を通し,手術台の傍らに開いて置き,確認しながら進め ば必ず安全に実施できると思う。それほど具体的で明解な記述がなされている。著者が自ら経験したこと のみが書かれている強みであろう。それでいて重要な文献はきちんと目配りされておりバランスもよい。 第3に,著者の手術哲学,美学,そして何よりも,手術は患者のために術者とそのチームが生命をかけて やるものだ,とする信念が随所に息づいている。第4に,術中の臓器損傷や他臓器合併切除など,非定型 的な状況に対して十分な配慮がなされている。また,そのような状況での心構え,決断,他科の技術の応 用などの重要性がよく述べられている。第5に,One Point AdviceとCoffee Breakが適切に配されていて,楽 しみながら勉強できること,などである。一言でいって,膀胱全摘除術とその周辺の手技に関して,日本語,外国語でこれまで数多く出版 された手術書の中で,断然No.1の書である。心底から推薦申しあげたい。
華麗で無駄のない明確な手術
私は泌尿器科医になって3年目に,腹部外科の病院で1年間外科医の経験をした。そのときの上司の華 麗な術野の展開,左手の使い方,ハサミやメスの使い方,糸結び,特に再手術,再々手術におけるオリエ ンテーションの的確さなど,「手術とは何か」を開眼させられた経験がある。泌尿器科にもどって大学に2年間在籍したとき,小川先生が外来講師であった。その診断,治療 に関する御方針,考え方の明快さに心酔した。とりわけ,手術に一緒に入れていただく機会があると,小 川先生は口も手も頭脳も全開で,外科で1年間経験したのと同様の,それまで泌尿器科であまり経験した ことのない,華麗で無駄がなくて明確な手術をたくさん見せていただいた。その後,小川先生と私の生き る途は随分と異なってしまったが,学会などでお会いする度に,いつも話題は手術のことだったような気 がする。
人生の諸般で手術に対するのと同じような考え方を貫かれた結果として,恐らくその御方針の明 快さの故に信州大学の学長の要職に就かれた。その激務の中で,このようなすばらしい手術書を発刊され たことには敬服するのみである。冒頭に「敬愛する」と記させていただいたのはこのような個人的な感慨 もあってのことだった。
重ねて記すが,本書は膀胱全摘と尿路変向・再建に関する最良,最高の手術書である。このよう な書物を日本語で読める幸せをなるべく多くの方々と共有したいものである。
(A4・頁176 定価12,360円(税込) 医学書院刊)
新知見を集積し客観的な細胞診を確立させる
細胞診のベーシックサイエンスと臨床病理 坂本穆彦 編集《書 評》西谷 巌(日本臨床細胞学会長,岩手医大教授)
苦難の歴史を乗り越えて
細胞診断学(以下細胞診)のバイブルと言われる『Atlas of Exfoliative Cytology』がGeorge N.Papanicolaouによって刊行されたのは,1928年であり,今日の確固たる基盤を築くまでに60有余年の歳 月を費した。Virchow以来の病理組織学は,類型照合鑑別法とも言われ,細胞学的変化よりは,組織構造 の異常を重視した客観的診断基準を確立したのに対し,細胞診は,経験的除外診として,個々の細胞の形 態変化を診断の拠りどころとしていたために,多くの批判を浴び,前半の30年間は,苦難の歴史であった。 病理組織診に対して,細胞診は,それほど余計な(superfluous)方法であろうかとPapanicolaouは嘆いたと 言う逸話がある。しかし,1950年代に入って,欧米の多くの臨床病理学者がひとしく細胞診の価値を認識するよう になった。診断法としての根拠は,なお論理性に欠ける面はあるが,熟練した細胞診断医や細胞検査士の 経験と勘は,まさに職人芸と言うか,犯人を黒と見抜くベテラン刑事を彷彿とさせるところがあり,臨床 検査法としてまた,広く普及した癌の住民検診や集団検診の早期検出法として,実際的価値にささえられ て発展してきたと言うことができる。
細胞診のさらなる精度向上のために
とくに,細胞診の価値は,癌の確定診断といった特異性(specificity)よりは,臨床前癌,微小癌が存 在すれば,そこから癌細胞を捕捉する確率の高さにあり,鋭敏性(sensitivity)の良さにあることは言う までもない。しかし,細胞診の精度をさらに向上させるためには,細胞の形態学的変化に基づく判定にと どまることなく,目ざましい進歩を遂げた細胞生物学,分子病理学あるいは免疫組織学などの新知見を集 積して,客観的な細胞診を21世紀へ向けて確立しなければならないと思う。この指針ともなる好書が出版 された。『細胞診のベーシックサイエンスと臨床病理』である。まず,細胞学の基礎知識を簡明に解説し, 細胞診を批判し,叱咤してきた病理学,組織学の概念を詳述している。そして細胞診の価値を認知した臨 床病理学の立場から,各臓器疾患への応用をわかりやすく記述している。最前線の専門家が分担執筆
本書の圧巻は,編集にあたった坂本穆彦氏が序文で述べているように,多くの領域の第一線で活躍し ている専門家が分担執筆していることで,21世紀の細胞診に必須の先端的知見や技術として,電顕や共焦 点レーザーの新型顕微鏡,免疫組織細胞化学,染色体遺伝子解析,画像診断あるいは遠隔病理細胞診断な どを紹介していることであろう。ぜひ細胞診に関心をもつ多くの人々が座右の書として,活用することを お勧めしたい。(B5・頁368 定価13,390円(税込) 医学書院刊)
治療レベル向上に役立つ急病治療のスタンダード
内科レジデントマニュアル 第4 版 聖路加国際病院内科レジデント 編《書 評》石田祐一(石田内科クリニック)
1984年に本書の第1版が刊行されてから改版,増刷が繰り返され,今回早くも第4版が出版された。 これは,本書が全く新しい発想のマニュアルとして登場し,その優れた内容が多くの読者に認められたた めであろう。
ポケットサイズとは思えない充実した内容
第4版では,見出し,文字,チャートもさらに見やすく,使いやすく改善されている。内科治療の進 歩を反映し,また実際の診療に役立つように,項目の入れ替え,書き直しが随所に行なわれ,さらに完成 度の高いものになっている。主項目には,「発熱」,「敗血症」,「夜間せん妄」が新たに加えられ,31 項目となっている。他に8項目の事故と対策,57項目に及ぶ「side memo」が,治療,処置上の情報として 役立っている。これらの中には,「HCV陽性患者の針刺し事故」,「腎機能と薬剤投与」,「有機リン中 毒」など,多数の項目が含まれ,わずか360頁のポケットサイズの本とは思えないほど内容が充実してい る。また,索引と各項目に載せられている文献も利用価値が高い。編者の言葉によると,本書は卒後1~2年目の内科研修医を対象として,夜間における救急処置を なるべく自分ひとりの力で,しかも限られた臨床検査や診断装置のもとで,病歴と身体所見を中心とした 情報から,どのようにすれば重大な誤りなく,有効な処置ができるかのノウハウを教えるマニュアルとし て作られたものである。したがって,本書では処置,治療がきわめて具体的で,時間の経過によって順序 よく記載されており,1~2年目の研修医が,このマニュアル通りにすれば,合格点の治療を目指せるよう に組み立てられている。特に薬剤については,投与方法,特徴,副作用,注意事項,注射のスピードに至 るまで,詳細に説明されている。これは本書の基本姿勢である安全重視の表れであろう。
実際の臨床に即応するマニュアル
50年の歴史をもつ,ワシントン大学の『Manual of Medical Therapeutics』は,ワシントン大学内科のレ ジデントと学生らのカンファレンスから生れたものが,版を重ねるごとに充実して,全米の医師に幅広く 愛読され,田舎でも都会でも同じ手順でレベルの高い治療が行なわれるのに役立っている。本書も,上記 Manualと同様,文献の引用から作られたものではなく,日常実地臨床を行なっているレジデント,スタッ フの診療の積み重ねから生まれたものであり,それだけに実際の臨床に即応する優れたマニュアルに仕上っ ている。本書が,日本の内科,特に急病治療のスタンダードとして愛用され治療レベルの向上に役立つこ とが期待される。本書は,内科レジデントだけでなく,外科,産婦人科など各科医師,また一般実地内科医にとっ ても,最新の内科治療の手順を知り,しばしば遭遇する急病患者の治療に役立つ必携の書としてお薦めし たい。
(B6変・頁360 定価3,296 円(税込) 医学書院刊)
進歩の著しい最先端の話題を満載
メディカル用語ライブラリー 糖尿病 門脇 孝,河盛隆造,渥美義仁 編集《書 評》井村裕夫(京大総長)
医学の進歩によって専門分化が一層進み,専門以外の分野を理解することが大変困難となってき
た。この困難さを増すものとして,それぞれの分野で用いられる独得の学術用語やコンセプトがある。日
進月歩の医学の進歩を反映してこうした用語やコンセプトも日々増加しており,その中には略語も大変多
い。従って医学の大辞典などではとても対応できない状態となっている。
学術用語やコンセプトがとくに難しい領域として分子生物学と免疫学があり,これらの分野では
用語辞典も出版されている。しかしその他の医学の領域でも常に新しい用語は増加しており,新しいコン
セプトも生まれている。従って門外漢にとって理解しにくいことに,基本的には変わりはない。
新しいコンセプトも正確に紹介
『実験医学』の別冊として出版されている『メディカル用語ライブラリー』は,このような問題を解 決するため企画されたものと考えられる。糖尿病,骨粗鬆症,高血圧,アレルギーなど日常の臨床で重要 な疾患を取り上げ,病態,診断,治療について必要な用語を2頁にわたって解説したものである。通常の 用語辞典と異なるところは,病因から治療に至るまで主要な,そして最近の進歩の著しい課題を取り上げ ていることである。従って単なる用語のライブラリーに終わるものでなく,新しいコンセプトも正確に紹 介し,1冊の教科書ともなっている。その意味で従来例を見ない新しいタイプのシリーズと言えよう。着実に進歩する糖尿病治療
糖尿病は最近大変進歩の著しい領域の1つである。遺伝子の研究が進歩し,長い間「遺伝学者の悪夢」 と言われたこの疾患の病因解明にも曙光が見え始めた。そして糖尿病の大部分を占めるインスリン非依存 糖尿病は,遺伝と環境因子の複雑な関わり合いによって起こることも明らかとなり,遺伝素因の解明によっ て発症予防へ戦略も一層確かなものとなる見通しができた。『メディカル用語ライブラリー「糖尿病」』 では,こうした病因研究の最近の進歩がわかりやすく述べられている。一方,糖尿病の患者にとって最大の課題は血管合併症である。糖尿病に特異的な細小血管症の発 症が,血糖の厳格なコントロールによって防止しうることが,インスリン依存糖尿病を対象としたアメリ カのDCCTにより示唆された。また血管合併症の成因の研究も,着実に前進しつつある。こうした点も本 書の1つの重要なポイントとなっている。
糖尿病の治療も地味ではあるが着実に進歩している領域である。新しいインスリン製剤,新しい 経口剤の登場も間近であり,一層木目の細かい治療が可能となりつつある。
新進の学者による清新な内容
本書は糖尿病学の新進の学者によって編集されたもので,清新な内容のものとなっている。かつ用語 やコンセプトの紹介にとどまらず,糖尿病を広く理解する上に役立つよう企画されている。本書は学生から実地臨床に携わる医師まで,そして場合によっては基礎的な研究者にも役立つで あろう。
(B5・頁 224 定価 5,800円(税込) 羊土社刊)
病理診断に役立つ実戦的知識を教えてくれる
Current Histopathology Volume 24 Atlas of Correlative Surgical Neuropathology and Imaging Rutherfoord,G.S, R. Hewlett 著《書 評》岩田隆信(昭和大助教授・脳神経外科学)
この本はシリーズとして出版されている『Current Histopathology』の第24巻で,脳脊髄における 主として占拠性病変に関して教科書的にまとめたものである。著者のS. RutherfoordおよびR. Hewlettは英 国にて神経病理学の専門医の資格を取得しており,現在ケープタウンのStellenbosch大学を中心に活躍中で ある。またR. Hewlettは画像診断学にも造詣が深く,この本は彼らの経験したおびただしい症例の中から 典型的なものを厳選して分かりやすくまとめたものである。
総合的な診断を要求される時代に
脳神経領域の臨床において現在,CT(X線コンピューター断層撮影法),MRI(磁気共鳴画像法)は 診断および治療の補助検査としては欠くべからざるものとなっているが,今後は第一線で活躍する臨床医, 病理医にとってあらゆる情報を加味した総合的な診断を要求される時代になってくるものと思われる。こ の本の対象は実際に責任を持って病理診断を担当している一般病院病理医であり,実戦的に役立つように, CT,MRIの基本的な原理や実際の読影方法について分かりやすく解説し,またこの本の題名が示すように 実際の症例についてはCT,MRIの所見を具体的に記載し病理組織所見と対比している。本書の特徴を列挙 してみる。1.full colourでレイアウトも美しく,見やすい。
2.豊富な症例及び写真(CT,MRI600枚,病理組織400枚)。
3.迅速診断にも対応できるよう,今まであまりなかったsmearの所見も掲載している。
4.電子顕微鏡所見ばかりでなく最新の免疫組織化学を含んでいる。
5.CT,MRIを用いた,定位的脳腫瘍生検による症例も含んでいる。
6.病変を分かりやすく発生部位により分類している。
7.文献も多数検索している。
8.珍しい脳腫瘍や稀な症例も含まれている。
珍しい腫瘍も大半を網羅
最近の脳腫瘍の分類は,免疫組織化学などの急速な進歩に伴い概念が変わったり,新しいものが出て きている。現在用いられているものは1990年に提唱されたWHOの分類であるが,この本ではこの中の新 概念の珍しい腫瘍も大半網羅されている。また日本ではなじみの薄い寄生虫等の感染症も記載されており 興味深い。あえて言うならば一種の教科書でもあるため専門家にとってはvariation等の記載が少なく,ま た治療等に関してもほとんど触れられていないのはやむを得ないことなのかもしれない。しかしながら基礎と臨床をこれほど分かりやすく結びつけたものは今までになく,神経病理専門 医ばかりでなく,むしろ最前線の一般病理,脳神経外科,神経放射線科,神経内科など脳神経疾患を扱う 医師全てに役立つものと思われる。また各専門医試験を受験する医師の知識の整理や,カンファレンス, 研修医指導の際,時々チェックするのには最適である。何よりも眺めているだけでも楽しく,神経を扱う ものであればぜひ傍らに置いておきたい本である。
(頁251 定価33,750円 Kluwer Academic Publishers刊 日本総代理店・医学書院洋書部)