医学界新聞

 

患者安全に不可欠の看護労働環境の変革

第1回「医療の質・安全学会」開催


 「医療の質・安全学会」の第1回学術集会が11月23-24日,東京ビックサイト(東京都江東区)にて開催された。同学会は,医療の質・安全の向上に資する科学的な研究の推進や,国内外における研究成果の交流を目的としている。医療関係者だけでなく,工学など異分野の英知も結集した学際的な研究をめざすのが特徴だ。

 理事長でもある高久史麿氏(自治医大)が会長を務めた今大会は,1334人が参加。メインテーマを「医療の質と安全をめざすパートナーシップ」とし,ハーバード・リスクマネジメント財団理事長の佐藤隆巧氏による特別講演,シンポジウム2題,ワークショップ9題などが企画された。本紙では,シンポジウム「患者安全のシステムを創る」のもようを報告する。


 世界中で注目された報告書「To Err is Human」(『人は誰でも間違える』)。その発行元である米国医学協会(IOM)が2004年に出した報告が「Keeping Patients Safe」だ。副題が「Transforming the Work Environment of Nurse」となっており,看護職の労働環境改善が患者安全の決め手となることを多くの研究論文をもとに主張している。

 シンポジウム「患者安全のシステムを創る――医療の質・安全と医療者の労働環境」(座長=聖路加看護大・井部俊子氏)では,このリポート作成の責任者であったドナルド・スタインワックス氏(ジョンズ・ホプキンス大)を基調講演者に迎えて企画された。

IOMが示す組織改革の青写真

 氏は「人間は100の作業をしたら,3つの間違いを犯すもの」というシステム工学の知見から,患者安全を守る組織改革の青写真として,(1)変革型リーダシップとエビデンス・ベースド・マネジメント,(2)職員の能力を最大限に活かす,(3)エラーを防ぎ減少させるために勤務内容と作業空間の設計に職員を関与させる,(4)安全文化の創出と維持,の4つの視点を提示。効率と信頼性のバランスを取ること,組織内の信頼を創造することなどのマネジメントの原則を紹介したほか,(3)においては与薬と手洗いがIOMリポートのプライオリティであるとして,その勧告内容を紹介した。

 続いて,楠本万里子氏(日看協)が看護提供体制の現状を概説。入院基本料7対1の取得状況に関して,一般病床において15.5%(549病院,2万1545床)であることを報告した。今後の課題として,24時間のチーム医療提供体制構築や,看護職員の定着につながる労働環境の改善を挙げた。

 病院薬剤師の立場で登壇した伊賀立二氏(日本病院薬剤師会)は,「薬のスペシャリストとして,薬剤師がチーム医療に不可欠の存在にならなければならない」と強調。さらに,病院薬剤師の人員配置基準の見直しを当面の課題としたうえで,「“訪問薬剤師”から“常駐薬剤師”へ」と今後のあり方を提示した。

 医師の立場からは相馬孝博氏(名大病院)が医師不足,特に勤務医の過酷な労働環境に危惧を表明。改善のためには医師数の絶対的増加策(医学部定員増員や外国人医師招聘)のほか,相対的増加策として医師業務の効率性向上と他職種への権限委譲が必要との見解を示した。さらに,医療事故に刑事罰が科せられる現状に触れ,安心して働ける職場づくりのためには「絶対に刑事訴追者をつくらないこと」と強調した。

 その後は,スタインワックス氏も交えての議論が展開された。最後に井部氏は,IOMリポートから学ぶものとして,「患者安全のシステムを創るためには,マクロ(制度上)とミクロ(各医療機関),双方での人員配置の問題の優先順位が高い」と総括し,今後の重要研究課題であるとした。なお,「Keeping Patients Safe」は,『患者の安全を守る』(井部俊子監訳,日本医学評論社)として2006年8月に日本語訳が出版されている。